【衡量】②
◆
構えというより舞踊に近い。
右手で掴むファルカタを手首の操作で縦に回転させ、左手は防除に備え開掌のまま宙を泳がせる。
足元はリズムを刻むような歩法で円を描く。
ロコサビオの構えは日本古流の定石から大きくかけ離れていた。
ネグロイド武術とリズムは切っても切れない関係性がある。
儀式的な側面もあるが、彼らはリズムと型稽古を結び付けることで一連の動きをダンスのように習得するのだ。
理詰めではなく、体感的な修得を可能にしているのはネグロイドが持つ先天性のアスリート体質である。
鍛え上げられた黒色人種のフィジカルにモンゴロイドが対抗することは難しい。
男女の差があるならば尚更で厳しい。
観察を終えた篠咲は刀を右蜻蛉で掲げた。
八相に近い示現流の蜻蛉構え。
未知の武術と戦うには攻防のバランスに優れた中段構えが安定しているが、立体的な運足を駆使する相手には隙が生まれる。
「ヘーイ、ドラゴンフライスタイル。アイノウ、アイノウ」
「よく喋る」
真剣な命のやりとり、殺し合いの場合に於いて最強という概念など有りはしない。
そこにはただ相性があるだけだ。
故に剣術家は相手の術理を解し、自らの術理を秘匿し、未知を押し付けることで攻防の流れを制する。
篠咲鍵理にとっても未知の剣術と戦うことは初めてのことではない。
こちらの術理を一方的に知られているのもよくあることだ。
だから単純な攻防に導く。
如何にフィジカル差があれど、刀剣の片手保持は両手保持に比べて刀勢で劣る。
両手剣の斬撃を片手剣で受け流すのは至難の業。
ましてや、篠咲の雲耀は受けを許さない粘りが宿る。
二刀流の続飯付で名を挙げた安納林在であっても受けるという選択は容易でないだろう。
片手剣と両手剣で対峙した時点で、攻防の帰結はほぼ見えていた。
しかし、一方で本能が警鐘を鳴らす。
相手は八雲會の闘技者。
日本古流との戦闘など幾度となく経験しているはずだ。
その上で生き残っていることは無視できない。
篠咲の洞察は結論に辿り着くことなく、先に動いたロコサビオへの対応を迫られた。
「アレ!」
巨躯が爆ぜるように飛び出す。
床に落とす影と一体化するかのような低姿勢。
恐るべきは運足ではなく跳躍である点。
七メートルの距離を一飛びで詰めるフィジカル。
表舞台にいれば陸上競技で記録を残せる逸材だろう。
そして跳躍する身体の内側から鈍色の先端が伸びて更に間合いを広げた。
フェンシングの刺突。
片手剣術は軽い得物でハンドスピードを活かす。
短剣術然り、フェンシング然り。
しかしロコサビオが握るのは一メートルの片刃刀。湾曲した打突部はククリナイフのように膨らんでいる。
恐るべき腕力ではあるが――瞬間、篠咲は術理を見定めた。
刺突が狙いではない。
引き斬り。素早い斬撃を目的とした闘法。
競技フェンシングにも斬撃を有効とするサーブル部門が存在する。
死闘の場で使われたフェンシングの源流は盾とプレートアーマーの普及によって早くに淘汰されたが、術理そのものは大航海時代のスペインによって世界各地に広まっている。
かつては介者剣術から素肌剣術に移行した日本にも輸入された技術。その枝葉。
支配された土地で多くの外夷を取り込んで独自進化を遂げた武術。
それがロコサビオから感じる既存剣術の残滓となっているのだろう。
篠咲は袈裟斬りを振り下ろす手を、止めた。
示現流の初手は捨て身の一撃。
心理的な居着きを伴ったまま放てば剣速を鈍らせる。
代わりに蜻蛉構えを前に伸ばし、眼前に迫るファルカタの剣尖を柄元で弾いて軌道を逸らす。
まだ観に徹しなければならない。
毒に侵された身体の活動時間は限られている。
そして、その篠咲の慎重さが功を奏した。
刺突で伸びたファルカタが僅かに引き戻される。
――否。引き戻されたのではない。
篠咲の観見は剣尖のみを捉えていたわけではない。相手の全体像を捉えている。
右手の刺突を伸ばしていたロコサビオは、次の瞬間、腰の捻りで構えを左右転化し素手の左手を伸ばしていた。
篠咲の顔を覆い隠す巨大な左手。その表皮には無数の刀傷が刻まれている。
小手打ちを刻む事は可能だが、それは相手も望むところだろう。
咄嗟の膝抜きと後退でロコサビオの圏内を逃れた篠咲は、少し考えた後、また右蜻蛉を掲げた。
追撃はない。
「ウィール、チルタ~イム。俺のドープなスキル、気付いてしまった感じかい?」
「あぁ」
ダンスのような腰の捻りによるスタンス変化。
日本古流に当て嵌めるなら東軍流の【微塵】の術理に近い。
それに加えてフェンシング技術と素手による着衣コントロールを使うのならば答えは出る。
「ガローテ・トクヤーノだな」
「はっは、ほんと恐ろしいビッチだぜ」
スペインの植民地であった中南米の武術。
名前だけは知っているが、実際の遣い手を見るのは初めて。
篠咲は封をしていたはずの感情に思考を占拠され、体外にも漏れ出てくるのを感じていた。
――なんて、心躍る。
新しい術理。新しい知見。
他流を取り込む魔物が好奇心で目を輝かせ、重い鎌首をもたげる。
この男はどれほどの年月を掛けて研鑽しているのか。
切り刻み、殺してしまうまでにどれだけ自分は進化できるのか。
全ては父を殺す為に。
一度では足りない。何度も何度も殺す。
欲している。求めて止まない。
どうやらこの感情だけは抑え切れない。
表裏一体の感情を滲ませ、牙を剥くように嗤う。
しかし篠咲の身体は、活動限界へと向かい刻一刻と針を進めていた。




