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どろとてつ  作者: ニノフミ
第四十話
217/224

【延鏡】④

   ◆




 現実的な有利を考えるならば、今の長楽にはスポンサーから提供してもらった特殊な武器がある。

 日本刀を模した刀身を圧電素子で振動させる超音波カッターの応用試作品。

 摩擦係数を大幅に低減し、一般的な衣服や人体、骨格ならばバターを斬るが如く。

 しかし問題もある。

 刀身の強度が長期戦を想定していない。

 元々切れる、切りにくい素材に対しては圧倒的な切断力を発揮するが、刀身の硬度を超える素材に対しては為す術がない。

 毎秒数十万回の振動も相まって刀身の寿命は短く、長楽もこれまで使い所の吟味を余儀なくされている。

 スポンサー曰く、先の撃剣大会にて発表された特殊繊維を切断可能とのことらしいが、工業的な需要ではなく『殺人用途』としてのコストを考えると割りに合わない武器だろう。


 そして、これらのメリット・デメリットをライオネルは知っている。

 もはや味方ではない男が、だ。


 先の挑発行為を思い返すに、ライオネルの背後にいる誰かは協力者の生存を望んでいない。

 米軍が関与している痕跡を全て抹消するつもりだ。

 だがライオネル自身は見逃してもいいし、殺し合いになってもいい中道で構えている。

 彼も何か弱みを握られ、仕方なくこの場にいるのだろう。

 その何かを知ることができれば再び共闘関係を築けるかもしれない。


 ――今更考えても仕方ない。


 長楽は利益にならない思考を心底に押し込んだ。

 もはや共闘は成立しない。

 乱入してきた馬渡も状況を把握している。

 至近距離の混戦は知略の領域ではない。

 軍隊格闘術を修めるライオネル、組討術に特化した強者である馬渡。

 長楽は関口流の居合と陰流を軸とし、攻撃手段の多くは剣術に終止している。

 刃物を持った組み付きという泥沼に引き込まれたら終わりだ。


「馬渡はん、あんた銃持ってないんか? そこの外人は持っとるで」

「ほぉ」


 左腰の鞘を持ち上げながら、日本語で馬渡に話しかける。

 まずは銃の優位を潰さなければならない。

 長楽は対銃器の体捌きもいくらか心得ているが、それは発砲を見てから躱すようなオカルトではない。

 経験則から被弾率の低い行動を選ぶだけで、後は度胸と運に頼ることになる。

 幸いにもライオネルはハンドガンを懐中のホルスターに仕舞っている。

 装弾数は七発。既に三発撃って、まだリロードはしていない。

 ライオネルが懐に手を伸ばせば馬渡も動かざるを得ない。

 全員が漁夫の利を狙う対峙の中、形ばかりの二対一を作ることができた。

 後はきっかけ。

 今度はライオネルを挑発するワードを探る――が、先に口を開いたのはライオネルの方だった。


「性格悪いな。銃を持ってるのはお前の方じゃないか」


 流暢に紡がれる日本語に長楽の思考は崩壊する。

 ライオネルは日本語に疎く、英語を話せる現地協力者を必要としていた。

 こればブラフではない。

 長楽は自らを過小評価しているわけではないが、強さだけに拘るなら米軍の選択肢はもっと他にあったはずだ。

 日本での開催ということで彼らが妥協した点が長楽十四朗という人選である。

 ならば何故ライオネルは今の会話に入れたのか?

 結論は出ない。

 出ないが、有り得ない想像だけが脳裏を過る。

 ライオネルは今の状況を予め想定し、対応できるだけの日本語を短期間で覚えていたという可能性。

 横須賀の軍港で顔見せしてから、或いはそれよりずっと前に長楽十四朗という人間を知り尽くして対策を立てていた。

 気味が悪い。

 相手を識るなどというレベルではなく、同調に等しいプロファイル。

 敵対して初めて理解できたライオネルの異能に、長楽は底の見えない気味悪さを覚え、気付けば抜刀の体勢に入っていた。


 ――ここで殺さなければ()はない。


 この場を逃げることはできても、ライオネルという男はいずれ必ず背後に立つだろう。

 逃亡は無意味。だからこそ余裕で見逃せる選択肢を持っている天性のストーカーだ。

 過去を知られた時点で殺さなければならない。


 ライオネルは既に銃を構えている。

 右手は懐に隠れたままだが、左脇のホルスターから右胸を引いて上着の中で抜銃を敢行している。

 速さ重視、エイムは二の次の発砲。

 対して長楽は右腕で頭部を守り、左腰を突き出して半身になる。

 先手を取られたならば、先に相打ちの覚悟を決めることで痛みと恐怖を緩和する。

 天然理心流では陰撓(いんぎょう)と呼ばれる心構えだが、殺し合いの舞台では常に必要とされる駆け引きだ。

 瞬時に撃ち放たれた三発の九ミリ弾の内、一発が右肘深くに埋もれ身体を押し返していく。

 痛みはない。

 長楽は銃撃で弾かれる右腕を脱力し回転運動へ変換。

 身体を一周した慣性を左腕に収束し、左腰の刀を左逆手で抜刀。

 渾身の斬り上げを振り切るよりも先に、長楽は逃走の準備を開始していた。

 もう右腕は使い物にならない。

 このままライオネルの右手を斬り裂けばイーブンで戦い続けることは可能だが、馬渡が静観しているとは思えない。

 そう、敵は一人ではない。


 ――馬渡は? 今この瞬間、何をしている?


 思考が外へ向くのと、長楽の斬り上げが空振るのは同時であった。

 続いて二発の銃声。最後にスライドがロックされる音が鳴り、ライオネルの残弾が尽きたことを知らせる。

 銃弾が向かったのは長楽の視界の外、馬渡が立っていた位置。

 馬渡の姿は、そこには無い。


 ――馬渡はどこにいる?


 ライオネルは残り二発の銃弾で長楽を殺せていたはずだった。

 両者にとっては結果論だが、長楽の予想と技の冴えを一発分上回る残弾があったのだ。

 薬室に一発送ってからフルマガジンを装填するという備えが勝敗を分けた、はずだった。

 しかし、ライオネルは目の前の勝利を捨てて馬渡へと発砲している。

 馬渡が礫を飛ばし、それを躱したライオネルは偶然にも長楽の斬り上げも躱していた。

 殺し合う両者は予期せぬ偶然に助けられている。

 しかし長楽にとっては斬り上げを躱されるのは想定内。

 手の内は斬り下ろしに備えて逆手から順手へと移行している。

 まずは最強武器を撃ち尽くした愚か者を確実に殺す。

 間合いは剣戟の圏内。

 柄内部の圧電素子が蠢き、いかなる防御も無効化する振動音が鳴り響く。

 全身全霊の斬撃を振り下ろす長楽の大きく開けた胸部に――馬渡の右手が刺さっていた。


 到達が見えなかった。

 小柄な男が身を低くして滑り込む歩法と、ソフトボールの投法に似たハンドワークから親指第一関節を突き出す指拳。

 充分に遠心力を乗せた当て身は、長楽の胸骨を容易く砕き、内部で脈打つ臓器を叩く。

 強力な外部衝撃で期外収縮が起こり、やがて致死性の不整脈へと繋がる。

 最中、長楽は使われた技を解した。


 【砕】。


 中条流の流れを組む小太刀術、冨田(とだ)流から、後の分派にて柔術を中心に進化した気楽流、または戸田流と呼ばれる流派。

 戸田流の打撃は組討前の崩しを前提とした【當て身】と、一撃で行動不能にする急所攻撃【砕】に別れる。

 正中線胸部、膻中と呼ばれる急所を穿つ打撃、【蓮華砕】。

 術理が秘匿されなくなった現代に於いて、源流を同じくする當田(とうだ)流の術者が知らぬ技ではない。


 積み重ねた経験も強固な覚悟も、靄がかる霧の向こうへ消えていく。

 長楽は己が足跡を振り返る走馬灯の中にいたが、手の内から刀の柄を奪い取る感触で現実へと引き戻された。

 自分を殺した男が強靭な腕で身体を支えてくれている。

 殺したい。

 だが身体はもう既に死んでいて、脳だけがわずかに動いている状態。

 爪を立てることすらできない。

 やがて笑みで歪む馬渡の顔貌が近づき、事切れる寸前の長楽へ耳打ちするように囁きかけた。


「いやはや、私、実はちゃんとした武器持ってなかったんですよ。面白い駆け引きでした」




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