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どろとてつ  作者: ニノフミ
第四十話
215/224

【延鏡】②

   ■■■




 講堂に集められた聴衆は、説明を聴きながら壇上のスクリーンと手元の機械を交互に眺めていた。

 春休みも終盤。

 新学期、及び次年度の新入生を迎える時期であるのは私立刃心女子高等学校も例外ではない。

 とりわけ教科書教材の販売に関しては外部業者を校内へ招くことになり、春休みを満喫する生徒たちの水面下で教職員は入学式の準備に奔走をさせられていた。


『では、ホーム画面のアイコンをご覧ください。歯車の絵をタップして設定画面を呼び出します。そこにあるネットワークという項目が無線LANの選択画面になります。当校のSSIDは――』


 壇上でマイクを握る最上歌月は、操作に四苦八苦している高齢教職員の反応を見ながら説明のテンポを緩めていく。

 年配の理解を待つ傍らで、操作に慣れている新任教師や各部活動の代表者たちは暇を持て余したのか、勝手に操作を進めて機能を探っていく。

 今季から新たに教材として生徒に配布されるタブレット端末。

 そのリテラシー講習会は、時代に追いついていない教職員の炙り出しになっていた。


 舞台袖で成り行きを見守る教師、八重洲川富士子は気が気でなく、僅かな酒気を帯びながら引きつった笑顔を見せている。


 予め決まっていた日程の予備説明会。

 教材の電子化も予てより検討を重ねた上での導入。

 不自然な点は何もない。

 不測の事態に備えたリモート受講や、子供のネット参加を段階的にコントロールする点で必要不可欠な機器である。

 教職員のみではなく、各部活から代表者を数名ずつ集めたことも入部義務がある刃心女子校の縦社会には必須な事前連絡である。

 多額の寄付を納める最上紡績の令嬢自らの登壇するという僅かなイレギュラーこそあれ、彼女の愛校精神が最後の仕事を他者に譲らなかったのだと周囲は納得している。


 しかし集まった聴衆は知る由もなく、大きな陰謀に巻き込まれようとしているのだ。

 舞台の裏側で行われているのは世論誘導を目的とした電子戦である。


「モゲ姉さん、めっちゃ引き伸ばしてくれてるじゃん。あくしろよヲタ実」

「う、うるさいな。気が散るだろぉ」


 舞台袖、緞帳の裏側にて、複数台設置されたPCを右往左往するパソ研の織田実里(みのり)は飛ばされる檄に焦らされる。

 門外漢である西織曜子と津村鈴海は監視役であるかの如く、離れた位置から実里の作業を眺めている。

 モニター上では様々なSNSが並べられ、自動でメッセージ投稿とお気に入り追加を繰り返していた。

 新規で作られたアカウントもあれば、流出したパスワードを使った乗っ取りアカウントもある。

 特定ワードの連呼でネット世論を形成するSEOの初歩ではあるが、一種のメディアにまで成長したSNSの情報拡散能力は現実に動く生の人間に届きやすい。

 急遽ネット上に湧き出た八雲會の情報は既に各種SNSのトレンドワードに挙げられる程にまでなっていた。


「いやいや、もう充分ネットで話題になってるよ。ヲタ実ちゃんスゴイ! かっこいい!」

「ふへへ、も、もっと褒めて欲しいんだな」

「調子に乗るなし。終わったら風呂入れよヲタ実。オメエの体臭が直で届くと鼻に電気走んだよ、マジで」

「……ヨーコ、こいつ何でここに居んの? 不要だろ。早く帰ってパパ活こいてろや」

「お、臭くて近寄れないと思って強気かぁ? 文化部オタクはここが運動部の物置だってこと知らないのかぁ?」


 手近な鉄籠からバレーのボールを掴み上げた鈴海を曜子が制した。


「はーい、ストップ。ヲタ実ちゃんは徹夜で頑張ってくれてるんだから虐めないの」

「虐めじゃねえし! 喧嘩だし!」

「喧嘩も駄目でーす」


 姦しさを増していく舞台袖に、緊張の緩みを牽制する足踏みがドンッと響くと、少女たちは一様に言葉を飲み込み視線を上げる。

 緞帳の影に立つ富士子の顔がこちらを向いている。

 逆光を背負った顔貌は窺い知れないが、笑みか怒りか心なしかひび割れているように思えた。

 責任者を絞らせない作戦ではあるが元古武術部顧問の富士子が疑われる可能性は低くなく、当事者意識の高さが女子高生の戯れを蹴散らす寸前の機運を漂わせている。


 木を隠すなら森の中。人を隠すなら人混みの中。

 ならば、情報を隠すなら情報の奔流の中。

 嘘、噂、デマ、風評も束になれば、創作と事実の境目が見えてくる。

 一定の事実が示されればその先の顛末を実際に検証し始める人間も現れるだろう。

 土を耕し、種を植え、後は好奇心旺盛な誰かに委ねるだけでいい。

 八雲會の問題は誰もが当事者であり、誰もが被害者になり得る可能性がある。

 大衆を巻き込む形になったが、本来主権たる大衆で解決しなければならない案件だ。


 情報拡散の第一次ソースとして刃心女子のネットワークが特定されるだろう。

 それでも八雲會が今説明会に参加している全員を制裁対象とするのは無理がある。

 最後にタブレットを一旦回収、処分をして、MACアドレスの特定すら不可能にしてしまえば個人を特定できない。

 最上歌月の経済力を使った完璧な隠蔽工作である。


 ――そう思いたい。


 曜子は内心祈る想いで成り行きを見守っている。

 この場の全員を殺すことは、八雲會にとって決して不可能なことではない。

 可能ではあるがリスクの方が大きいというだけだ。


「……なーなー、ヨーコ。ちょっとこれ見てみ」


 緊張で満たされた空間。

 長らく手を止めてモニターを眺めていた実里は、腕組みを解いて静寂を破った。

 呼ばれた曜子も肩を並べて同じウィンドウを眺める。

 実里から漂う酸い匂いを我慢して記事を読み進める内に、その内容に没頭し、意味を求めて思考を組み立てていく。


「海外のマスコミだよねこれ」


 個人のブログではなく、名の知れた新聞社の記事。

 所々不自然な自動翻訳でも内容は十分に伝わってくる。

 問題なのは、トレンド入りした八雲會に関する考察トピックなどではなく、存在の証拠を携えた告発記事であるということだ。


「過去の興行に関する動画、出資者の詳しいリストまで掲載してんよ。……た、多分だけど――」

「うん。内部告発か、もしくは私たちと同じこと考えてる人がいるみたいだね」


 恐るべくことに、この日本の政財界を崩壊させる告発は複数のマスコミ、出版社が同じ記事を寄稿者の署名入りで公開している。

 『Fugaku Hanaoka』

 ハナオカフガクとは何者なのか。報復が怖くないのか。何故今このタイミングなのか。

 考えても埒が明かないが、これは僥倖と言える。

 第一次ソースとして危険に晒されるリスクを引き受けてくれた誰かが居るのだ。

 情報頒布の広さと証拠の確かさから、この場の女子高生など太刀打ちしようもない存在である事が分かる。

 自身の安全確保も織り込み済みだろう。

 もう充分だ、と曜子は引き際であることを記事から察した。


「ヲタ実ちゃん、鈴海。撤収の時間だよ。フジコちゃんとモゲ姉にも伝えて」


 合図を聞いた実里はPCに繋がるケーブルを抜いていき、鈴海は富士子へと駆け寄る。

 曜子はこの先の八雲會の一手を想像して思考の海へと潜っていく。

 全ては春旗鉄華を救うために。

 自身が打てる手は打った。安全も保証された。

 それなのに拭えない何かが心底にこびり付いている。


 鉄華は自ら●んで●加したのではないか。

 もう既に●を●しているのではないか。


 曜子は知ってか知らずか、その汚れの下に隠されたものを直視できないでいた。




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