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どろとてつ  作者: ニノフミ
第四十話
214/224

【延鏡】①




『はーい、どうもー。全国五百万人のファンの皆さん、残りのアンチの皆さん、こんにちはぁ。みんなのアイドル、ジャガー尾道ですぅ。イェイイェイ!』


 虹色に髪を染め、蛍光ピンクの迷彩服を着た男が画面の中で飛び跳ねていた。

 無言で鑑賞を決め込む篠咲と由々桐の眉間に深い皺が刻まれる。

 まだ開始から十秒も経っていない。

 二人の反応を待つ南場は何故だか分からないが寒気を感じていた。


『えー、今回は心霊スポット探索シリーズ番外編ということでぇー、岐阜の山奥に来てますぅ。この山道を進んだ先には八寒(はっかん)村と呼ばれていた廃村があってぇ、まぁ以前もリスナーリクエストで来たことあるんですけどね。あの時は根掛りですっ転んでド派手に滑落するハプニングがありましたねぇ。いやー懐かしー。あ、過去動画が気になるそこの君! まずはチャンネル登録よろしくぅ!』


 ミシリと何かが軋む音がした。

 篠咲の方向から聞こえたが何の音かは分からない。

 続いてカキンと甲高い金属音が鳴る。

 これは煙草の入れ替えで由々桐がライターの蓋を持ち上げた音だ。

 南場は冷や汗がジリジリと背中を滴っていく感触に耐えかねて僅かに身をくねらせた。


『で、こっから本題なのですがぁ、何でも今、件の廃村でリアル殺人有りなバトルロイヤルが行われているという噂がSNSで囁かれていましてぇ、こりゃあどーも海外ドラマ撮影なんかじゃねーぞってね。そのまことしやかな噂の真偽を確認すべく、不肖ながらこのジャガー尾道、再度馳せ参じた次第でございますぅ。体力は人並み以上のジャガーですが、今回は安全の為にライブ配信というスタイルを取らさせてもらってまーす。スパチャ大歓迎、欲しい物リストの支援お待ちしておりますイェイ! ブイブイ! ラーブ&ピィィィス!』


「おい」

「は、……はい」


 由々桐が感情を押し殺した低音で声を上げる。

 口元から立ち昇る紫煙が心なしか怒気で歪んでいるように見えた。


「これを観続ける意味はあるのか? 事情は察したから煙草が無くなる前に結末を口頭で説明して欲しい」

「同感だ。どうせコイツは死ぬのだろう? なぁ? 頼むからそうだと言ってくれ」


 行き場を求めて漂う感情の矛先が、卓を囲む最弱の者へと向かい始める気配。

 どんな時もユーモアを。

 決して裕福ではなく、安易ではない紆余曲折たる人生の途上にて、南場は唯一貫いてきた哲学が全く通じない怪物の存在を認めざるを得ない窮地に居た。


「まぁまぁ、御二方。ここから何回か山場があって、こう、チャット欄の盛り上がりも合わせて是非臨場感を追体験して欲」

「南場」

「……はいはい。分かったよ」


 異文化交流が失敗に終わったことを悟った南場は、人生哲学に『※例外あり』の文字を添えると、シークバーを動かして該当箇所の静止画を写す。


「まずこの配信者の安否は現状不明。捜索願が出されていた堀切卓というキャンパーの荷物を山頂付近で発見し、その後揉み合う声と共に配信は終了。SNSの報告も途絶えているみたい。ただコイツ、動画サイトYouChoose界隈では結構な有名人で、事件性を心配したファンが録画を拡散し、交友関係のあったユーチューバーや報道系の個人配信者、野次馬の地元民が続々と集結してるらしいよ」

「……」


 二人分の沈黙が場の重力を高めていく。

 解決策としては悪くない。

 野次馬の群衆とはいえ個々人が情報発信の手段を持っているのがこの人海戦術の肝だ。

 いくら八雲會とて検閲しきれるものではなく、現地入りする海外メディアなど現れようものなら組織の瓦解は確実になる。

 木崎の予想通り興行は早々に終了するだろう。


 由々桐と篠咲が押し黙るのは、自分たちのコントロール下にない誰かの解決策であることが起因している。


「無茶苦茶やってくれる。こっちの苦労が水の泡じゃないか」


 目下、二つの問題が卓を囲む各々を苛む。

 由々桐にとって重要なのは、佐久間が廃船の墓場に籠もり続けるのかという点。

 世界各地に活動拠点を持ち、国籍も定かでない裏社会のフィクサーである。

 篠咲との会談を諦めて出国したらお手上げ、成果を残せなかった由々桐はレジストの内部分裂で地位を追われるだろう。


 篠咲にとって重要なのは、闘技者はどうなるのかいう点。

 急遽撤収を余儀なくされる興行、その真っ只中で殺し合いをしている者たちへ情報を伝えることは容易ではない。

 血の気の多い変人が勝手にやったことだと置き去りにされる可能性が高い。

 死亡率が高い八雲會興行の性質上、組織存続を天秤にかけてまで闘技者を保護する思い入れもないはずだ。

 その気になれば逮捕された彼らを後々解放することだってできる。

 しかし事態がそこまで進行すれば、知り合いを表社会に復帰させたい篠咲の想いは潰えることになるだろう。


 猶予は余り残されていない。


「予定を早めよう。篠咲、佐久間との会談を巻いてくれ」

「了解した」

「少数精鋭で乗り込む。篠咲と南場は正面から。発信機は複数付けてもらうぞ。俺は『紫海(ズーハイ)』の手を借りて別ルートで武器を持ち込む。合流するまでは無理するな」

「能登原はどうすんの?」

「脱落した木崎と山雀に任せる。異論はないよな? 篠咲」

「……あるよ。由々桐」


 再度会話が途切れた。

 互いの思惑、感情を隠して進められる作戦会議であったが、篠咲にとって無視できない命令がある。


「能登原貴梨子は殺すな。飲めない条件だと言うなら佐久間との会談は中止する」

「よしてくれ。そいつは的外れな贖罪だ。守りたいものにはきちんと優先順位を付けろ。殺し合いの最中にトロッコ問題やってる暇はない」

「私は欲張りなんだ」

「呆れたな。命を狙われてる自覚がないのか?」

「彼女はまだ子供だ。拮抗する暴力で話し合う時間を作る。手を貸せ」


 篠咲の意地は南場にも理解できない。

 こいつらは普段から『殺し』という選択肢を持ち、それを平然と問題の解決に使う人種である。

 殺すか殺されるか。

 いくらかの修羅場を越えてきたつもりの南場ですら想像が及ばない別世界の住民。

 本来、仕掛けられた側の篠咲が殺人を躊躇する理由など微塵もないはず。

 故に南場は思う。


 ――或いは、篠咲鍵理という人間を誤解しているのかもしれない。


 どう誤解しているのかは分からない。

 だが、自分の思い込みを否定できる何かが垣間見えている。


「……分かったよ。なんだか、変わったなアンタ」

「お前ごときが私を語るな」


 一段落ついた舌戦だが、問題の先延ばしでしかないことは南場を含めた全員が理解している。

 由々桐からすれば佐久間を消せば守る必要のない条件だ。

 その結果篠咲を敵に回すリスクを受け入れるかどうかが判断のしきい値になる。

 今の篠咲はどれほどの強さを有しているのだろうか。

 南場は彼女の攻防を目撃しているが、底も天井も測れるような技量は持ち合わせていない。

 しかし由々桐が余裕で勝てると値踏みしてしまったら、佐久間を殺した後、そのまま篠咲も殺してしまうだろう。

 その時、どちらの味方をするべきなのか。

 南場の心情は揺れ動く。


「決行日時は未定だが、俺は今夜潜入を開始する。篠咲と南場は身なりを整えておけ。特に南場、お前匂うぞ?」

「自覚はある。理由は聞かないでくれ」


 やれやれと南場は後頭部を掻く。

 弱音を吐く暇もない。

 目まぐるしく降りかかる災難に何度も命を張る。

 認めたくはないが、生きている実感が今ここにある。

 いずれ来る安息と報酬の為に駆け抜けるというのも悪くはない。

 南場は卓上に置かれたスマートフォンを持ち上げ、出番を打ち切られたユーチューバーを供養するようにチャンネル登録のボタンをタップした。

 そして、ふと思う。

 考えたところで何の意味のない疑問だが、脳を休ませない閑談に丁度いい。


 ――最初の情報発信者は誰なのか。


 八雲會の内部事情に詳しい誰かが意図的にリークし、大衆を動かしている。

 やり方は稚拙だが結果は上々。

 匿名通信を警戒して情報に通し番号を忍ばせていた八雲會だが、噂や都市伝説の範囲で拡散されると対策が意味を成さない。

 むしろ根拠を提示せず、謎めいていた方が遊び半分のネット住民を動かし得る。

 頭の固い大人たちでは中々思い付かない方法だ。

 案外、本当に子供の思い付きなのかもしれない。

 そうであるならば、通信の偽装など考慮しておらず生のIPアドレスを八雲會に追われてしまう可能性がある。

 ちゃんと対策できているのだろうか。




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