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どろとてつ  作者: ニノフミ
第三十九話
208/224

【適者】①

   ■■■




 宵闇が濃くなる山中。

 見渡す方々の地面から白煙が立ち昇っていることに木南一巴は気付いた。

 普通の森林と異なる臭気。僅かに漂う火山性の亜硫酸ガス、硫化水素臭。

 戦闘区域外に温泉街があることを思い出していた。

 地熱の上昇で植生の成長に違いがある。

 目隠しになる枝葉を選んで進路を決めていたが、盆地を回り込むように山一つ分程越えてしまっていたようだ。

 そろそろ村落へと下りていく決断をしなければならない。

 生き残るだけならば何ヶ月でも可能だが目的は別にある。

 泥蓮も鉄華も無策で参加しているわけではないだろうが、時間をかければそれだけ死亡率も上がっていく。

 彼女らの所在を突き止めるには闘技者の活動区域へ立ち入る必要がある。


 予定していた銃器は未だ手に入れていない。

 下調べ済みの数カ所を巡ってみたがいずれも空振りに終わっている。

 侵入者を警戒して直前に配置換えしたのだろう。

 殺し合い興行の渦中で人探しをするという無茶は、近代兵器の所持という有利がなければ成立しない。

 大きなリスクを抱えたまま下山するという向こう見ずの勇気を一巴は持っていない。


 一方で、後方を歩く冬川亜麗は焦れているのが分かる。

 ここまでで持ちつ持たれつの関係性を築いていなければ、静止を振り切って村落へ直行しているだろう。

 彼女が欲していた日本刀だけは山中の死体から手に入れることができた現状、二人の意見が衝突する瞬間は近いように思えた。


 亜麗の説得手段を考えていた一巴は、強烈な血臭を捉えて思考を切り替えた。

 目の前には大きく枝葉を広げる欅の大木。

 その根本で磔にされている男がいる。息は無い。一巴も呼吸を潜めた。

 夥しい血溜まりから鑑みるに死因は出血性ショックだろう。

 その外傷、針山の如く突き刺さる複数の棒手裏剣が問題だ。


 後方に控える亜麗を手で制した一巴は、遺体から棒手裏剣の一本を抜き取って形状を検分する。

 研がれた刃先から八角形の断面が螺旋状に伸びている。

 ジャイロ効果によって軸を安定させるライフリングという知識。

 ダーツのように直線軌道で投擲する直打法を念頭に置いた形状である。

 見覚えがあった。

 棒手裏剣という括りでも大きさや断面、刃の形状は流派によって多岐に渡る。

 現代の知識を取り入れた形状ともなればかなり限定できてしまう。


 本来、手裏剣術というもの単体を流儀とする流派は存在しない。

 現代に残る手裏剣術流派、根岸流、白井流とて起源を辿れば剣術流派であり、明治期に廃刀令の煽りで暗器の意味合いが増しただけである。

 剣術流派のいち兵科に過ぎなかった投擲術。

 しかし、剣よりも広い間合いと携行性、毒術を絡めた暗殺性能の高さから好んで使用した集団が存在する。

 侍を表の戦力とするなら、裏の戦力を担う特殊工作員。

 国内の分断、群雄割拠の時代を幾度も通り抜けた日本は、戦争の経験知識として諜報と暗殺が必須だと結論を出している。

 その認識は剣術史とは別の独自技術として体系化が図られることになった。


 『サバイバル』という外来語が定着したのは適切な日本語が存在しなかった為とされるが、過去の日本を紐解けば『忍術』という言葉が相応しいだろう。

 孤立無援の状況での武器と食料確保、救急医療、環境適応、逃走手段の確保、それらの総合的な知識と経験が生存率を高める。

 現代では特殊作戦部隊のブートキャンプ、空軍のSERE訓練にて体系化された知識を古から有する集団。

 『忍び』と呼ばれた者たちである。


 敵を特定した一巴は森林迷彩のジャケットを脱ぎながら、踵を返して亜麗の元へと駆け抜ける。

 最中、頭上から降り注ぐ何かが金属音を響かせる。

 運足による回避先も予想した広範囲へのばら撒き。

 一巴は地面を蹴って歩幅を広めると同時に、上着の襟を掴んで頭上を振り払った。

 月明かりを反射する金属面が打ち落され地面で跳ねる。

 それは即席の撒菱。恐らくは毒が塗布されているであろう小さな釘であった。

 機動力の低下から狙うのは自らの退路を確保する意味合いがある。

 有利を押し付けながらも、剣術家のように命を投げ出す戦い方は念頭に無いのだ。

 たった一瞬の攻防で嫌になるほど相手の考え方が理解できてしまう。

 亜麗が背後の茂みに飛び込んでいるのを確認した一巴は、視覚を遮る黒粉を撒き散らして同じ茂みへと飛び込む。

 尖る小枝が顔の皮膚を引っ掻くが躊躇っている場合ではない。

 一巴は待ち構えていた亜麗ともつれ合いながら地面に伏し、撹乱の為に掴んだ石を何度か投擲して近くの枝葉を揺らした。


「状況が分からないわ、一巴さん」


 体の下から亜麗の視線が刺さる。

 一巴は迷わず言葉を紡ぐ。


「こいつは私の敵っす。援護するから亜麗ちゃんはこのまま静かに下山して」


 共闘はあり得ない。

 二の句を告げさせないよう、真っ直ぐに亜麗の瞳を捉える。

 今生の別れに思えた。

 しかし口元に浮かぶのは笑み。

 殺したくて、殺したくて仕方がない生涯の敵。

 この瞬間の為に生きてきた。生き長らえてきた。

 別れの悲しみを埋め尽くす憎悪と歓喜が少しずつ体外に漏れ出ていく。

 だから、これ以上は一緒に居られない。


「分かったわ。必ず殺すのよ」

「うん。すぐ追いかけるから無理しちゃ駄目っすよ」


 僅かな時間、互いの体温を共有し合い、そして離れていく。

 一巴は飲料水を含ませたバンダナで口元を覆い、缶状の発煙筒を四度放り投げた。

 フォグオイルの煙幕が樹木の間をゆっくりと広がっていく。

 屋外の風で視界を完全に奪うまではいかないが、長期的に光学センサーを遮るには充分。

 この先は古流の戦いだ。

 茂みから飛び出した一巴は枝の軋む木立へ向けて、鏡面を有する円月輪と黒色の棒手裏剣を投擲した。




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