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どろとてつ  作者: ニノフミ
第六話
19/224

【一叢】④

   *****




 安友化学はダムの建設、及び併設した電気化学工場での肥料、火薬の製造を主産業として終戦期から急成長してきた新興財閥である。

 安友家の長男として生まれた安友幸太朗は幼少期から家業を継ぐ為の英才教育を課され、海外留学から帰国後はすぐに中核企業の代表取締役社長に就任した。

 同族経営の放蕩息子と揶揄される中、持ち前の勤勉さで徐々に頭角を現していき、事業の海外展開で大きな功績を残す。


 その後四十歳を期に政界入りし、総務大臣、外務大臣を務めた後、現在では内閣総理大臣を務める男である。


 安友は何者も恐れない。

 アフリカへの滞在中、コンゴの内戦に巻き込まれ生還した経験が終生貫く胆力を育てていた。

 経済力、社会地位を得ながらにして、それでも強靭な精神を支えに不断の努力を続けることが突出した力になることを知っていた。


 今、その自信が揺らいでいた。


 支援者と料亭での会合、密会に於ける頼まれ事というものは日常茶飯事であったが、今夜の客は余りにも日常からかけ離れた異質さを放っている。

 テーブルの上には五本の真剣。

 五千億円のもの寄付を提案する女、篠咲鍵理は説明を続ける。


『蓬莱』(ホウライ)『九曜』(クヨウ)『霊依』(タマヨリ)『久世幡』(クゼハタ)『三尊』(サンゾン)、――以上が守山蘭道の手で打たれ、後世に託された日本刀です」


 篠咲の有する矜持は自身が持つ暴力が拠り所であることを安友は見抜いていた。

 例え警護の者を控えさせていても「一人の強い人間」の気迫に当てられると、積み上げた自信が所詮は金と立場に支えられたものではないのかと思えてしまう。


 ――人の業というものは面白い。

 安友はこの状況と自分の心理変化をどこか楽しんでいた。

 寄付金を受け取るかどうかは、これから彼女が謳う内容次第である。


「総理は(なかご)というものをご存知ですか?」

「ああ、知ってるよ。柄を外した部分だろ。これでも剣道は三段持っとるからな、ハハハ」

「そうですか。ではこちらをご覧ください」


 篠咲は二枚の写真を取り出してテーブルの上に置いた。

 一枚目は五本の真剣の茎を並べた写真である。それぞれに鵜戸水泉の銘と、篠咲が挙げた刀の名前が書かれていた。

 二枚目はその裏側の写真である。

 隙間なくピッタリと合わせられた五つの茎はさながら一幅の絵のように絶妙な凹凸で模様が描かれていた。


「ほう、こりゃあ……地図の等高線のようだな」

「素晴らしいご慧眼です。これは木曽のある山中を示す地図です」

「なんだ? まさか埋蔵金の在り処なのか? あっはっは!」

「ご明察。そのまさかです」

「…………」


 真剣な篠咲の表情を見て安友は押し黙った。


 ――これは想像以上にくだらない。

 このような詐欺の手口に近い戯言に、一国の総理を預かる者が付き合わさせることなどあってはならない。

 前途有る若者への叱責を行うべく口を開きかけたが、それに被せるように篠咲は続けた。


「念のために言っておきますが、既に山を買い取って発掘した後です。掘り出すから融資しろなどというありがちな詐欺ではないのでご安心ください」

「掘り出しただと? まさか本当に埋蔵金が見つかったのか?」

「はい。金塊百八トン、プラチナ二十七トン、銀塊十トン。現在の価値にして六千億円になります。その内の五千億を国庫に返却しようと思います」


 安友は思考が混濁する。

 埋蔵金の地図を発見し、掘り起こして、その大部分を放棄するなどもはや狂人の提案だ。

 そこまでしてどんな対価を求めるというのだろうか。

 篠咲の目的と動機を探らなければ、自身のスキャンダルにもなりかねないように思えた。


「国庫に返却と言ったな? それはどういう意味だ?」

「独自に調査した結果、その埋蔵金は恐らくM資金に当たるものだと思われるからです」


 昭和二十一年四月、東京都江東区越中島の運河の底から大量の金塊が発見された。

 それらは敗戦を予感した旧日本軍が東南アジアなどで押収した貴金属を沈めた隠匿物資だとされていて、最終的に国庫に返却されたとも、米軍に没収されたとも、発見された金塊自体が偽物であったとも言われているが、真相は今だ闇のままだ。

 マッカーサーの頭文字を取ってM資金。

 昭和期に行方を巡って国会で取り上げられたり、度々詐欺事件に利用されたりと世間を騒がせていた埋蔵金の一つである。


「守山蘭道は言わずと知れた剣聖。大戦期は剣術、軍刀術の指導教官を勤め、軍部に慕う者も多かったと聞きます。その清貧極まる人柄もあってか隠匿物資の管理を託されたのでしょう。この五剣はいずれも弟子や子孫に受け継がれていたものです。まだ見ぬ遠い未来の日本を想って遺されたものだと私は考えています」


 一応話の筋は通っている、と安友は警戒しつつも彼女の考察力と行動力に感心していた。

 その気になれば篠咲が手元に残した一千億円ですら司法を動かして押収できるが、その時はまた全てが闇の中に消えるだけの手筈は整えての会合であろう。

 少なくとも、剣道一筋で暴力を全面に押し出していい気になっているような小娘ではない。


「まぁ経緯を省けばただの寄付金です。埋蔵金のくだりを含めてあなたの功績にすれば英雄になれるでしょうし、幾つかの政治的問題を先送りすれば支持率に貢献できるのではないでしょうか。……尤も、使い道はあなたの自由です。本来存在しないはずの金ですから」

「ほぉ気前いいな……で、何が見返りだ?」


 それこそが一番の問題で、この会合の核心部分であろう。

 寄付とは言うが奉仕ではない。何らかの思惑で対価を求めての支払いだ。


「貴方の職務に比べれば、私の頼み事など単純で幼稚なものです」


 ふすま越しの中庭から鹿威しの音が響く。

 息を呑み気配の変化を見逃すまいと睨む安友とは対象的に、篠咲はほろ酔いの頬を緩め、濡れた唇を瑞々しく弾ませながら告げた。


「競技として認めて頂きたい。……いえ、見逃して頂きたいのです。私が主催する大会を」




   *****

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