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どろとてつ  作者: ニノフミ
第三十三話
165/224

【胎動】③

   ◆




 亜麗の表情、手元、バイク、工具、春旗家の玄関、庭、植え込み、屋根、そしてまた亜麗へ。

 鈴海の視線は目まぐるしく動く。


「で、アンタこんなとこで何やってんの? 春旗は?」

「不在だから今帰るところよ」


 状況の把握に時間を掛けた鈴海に対し、同じ時間で立ち去る言い訳を考えた亜麗。

 会話の拒絶で先手を打った亜麗は鈴海に視線を向けることなく荷物を纏めてバイクに跨った。


「あいつ携帯も繋がらないんだけど、冬川は何か知ってる?」

「知らないわ。春休みだから、携帯電話忘れたまま家族旅行に出かけたのではないかしら」

「……なーんだ。そっかそっか」


 後はさっさと走り去るだけ。

 亜麗はハンドルのセルスイッチに親指を掛けた、その時、


「おい、逃げんなし」


 鈴海の声に動作を止めた。


 ――逃げる? 逃げるだと?


 急激に降り注ぐ怒りの緩急で、思考に一瞬の空白が顕れる。

 逃げるというワードに昔日の神社での敗走を想起し、現在の光景と紐付き始めていた。

 顔も名前もよく知らないケバい女。

 それでも鉄華の友人らしき人間だから巻き込まないよう、角が立たないよう最大限の配慮をしてやったのに、言うに事欠いて逃げると断ずる阿呆。

 亜麗は初めて鈴海と正面から向き合い、敵意と興味を込めて無言の視線を飛ばす。


「あーしは心配してんのよ。あんたらナイフ持ち歩かなきゃならんようなことに巻き込まれてるじゃないの?」


 見た目以上には賢いが、やはり阿呆だ。

 理解したなら言葉にするべきではなかった。

 友人以上の覚悟を求められる場面、質の悪い相手だと友情や正義や自己犠牲といった自己陶酔の選択を迫られることになる。

 ナルシシズムでは誰かの為に命を懸けられないことに気付いても後の祭りだ。


「例えばそうだとして、貴方に何が出来るのかしら?」


 亜麗は興味を抑えられず言葉にしてしまう。

 それでいくらか冷静に戻ることができた。

 こんなのはただの八つ当たりだ。

 眼の前の女を追い詰めても、自分への苛立ちが解消されるわけなどない。


「そんなん話聞かないと返事できんし。説明無しで契約迫る悪徳セールスかよ」

「聞いても同じよ」

「まぁ、どーせあの小枩原とかいう失踪した先輩と何か関係あるんしょ?」


 少しの驚きがあった。

 状況を纏め、表情を読み、正解へ向かって歩を進めている。

 亜麗は津村鈴海を侮り過ぎていたことを反省し、これ以上会話の必要はないとばかりにフルフェイスのヘルメットで表情を遮断してバイクのエンジンを掛けた。

 同時に近づいてくる鈴海が視界に映る。

 フルスロットルの音と加速で振り切ることもできるが、亜麗は僅かな可能性を試したくなって敢えて鈴海のさせたいようにした。


「おい! 勝手に部外者にしてんじゃねーよ。格闘技やら武術やらやってんのがそんなに偉いとでも思ってんのか?」


 鈴海が掴んだのはライダースジャケットの襟であった。

 彼女の言葉通り、戦いに関する経験も知識も無いことが分かり、亜麗は失望の溜め息をついた。


「はぁ~筋肉と暴力を拠り所に物怖じしない自信が付きましたってか? アホかっつーの。その思考が子供のままだって気付けよ」


 じゃあ今お前がやってることはなんなんだ、と亜麗は反論する気すら失せる。

 親切心からのお節介なのか、世話焼きの自分に酔っているのか。

 いずれにせよ、取るに足らない存在である。

 行動原理として『愛』に勝るものはない。

 見返りすら求めないのなら最強で無敵の燃料だ。


 ――但し、行動を起こした責任だけは果たしてもらうわ。


 亜麗はハンドルから離した両手を合わせて身体の左下に伸ばす。そして、胸倉を掴む鈴海の右手の外から両腕を覆い被せるように回転させて振り払った。

 その最中、左手を伸ばし鈴海の前髪を掴んで引き寄せる。

 ヘルメット越しに近づいた顔を暫し見聞した亜麗は、笑みを浮かべ囁くように呟いた。


「わざわざご忠告どうも。お礼に呪いをプレゼントしてあげるけど、貴方のお花畑人生が永遠に続くことを祈ってるわ。これは本心よ」


 何をされたかも分からず掴みを解かれ逆に掴み返されている状況で、鈴海は恐怖も焦りも物怖じもせずに睨み返している。

 ミラーシールドに映る自分を見ているはずの鈴海だが、亜麗の両眼の位置を正確に捉えて視線を交差させていた。


「八雲會。八つの雲に旧字体の会で八雲會よ。それが私達の敵。あぁそれと、無意味に死にたくないなら警察に頼るのはやめた方が良いわね」

「なによ、それ。死ぬってどういう――」

「頑張って調べなさい。何なのか分からず途方に暮れるか、知って自分の無力を悟るか、踏み込んで犬死するか。この先は自己責任でどうぞ」


 髪の毛を放された鈴海はまだ何か言いたげに再度掴み掛かろうとしていたが、亜麗がスロットルを捻ると爆音に気圧され尻餅をついて倒れた。

 鈴海を一瞥した亜麗は居着きを振り払うように二速に入れて距離を離す。

 バックミラーに映る鈴海が追い掛けてくる様子はなかった。


 ――何が正解だったのか?


 風を切って走りながら亜麗は考える。

 鉄華への義理を考えると騒動の元凶を教えるべきではなかったのかもしれない。

 それでも後悔はなかった。

 一見感情的に動く鈴海だが、彼女も彼女の着地点を探しているのだ。

 誰かを想い行動で示すのならば結果から目を逸らしてはいけない。

 本当に命を懸ける馬鹿ではないと思いたいが、念の為最上歌月に彼女のことを伝えておけば死にはしないだろう。


 強さというものは暴力一辺倒ではない。

 その考え方は知っている。

 盾だけで戦うというならば、盾だけで勝利する手段まで考えておく必要がある。

 亜麗には到底受け入れられない戦い方だが、調略が跋扈する世界では案外その手の正攻法が通じてしまうかもしれない。

 ならばどんな些細な可能性だって利用し、あらゆる布石を投じる。

 全ては鉄華への道を切り開くために。

 冬川亜麗は迷いを振り切るように加速し、今の自分にできることを再確認していた。




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