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どろとてつ  作者: ニノフミ
第三十一話
152/224

【私淑】④

   ■■■




 鞘走りの音を聞き逃す泥蓮ではなかった。

 背後からとはいえ、踏み込む音の反響から距離すら把握できている。

 もはや向ける場所を見失っているというのに、どんどん研ぎ澄まされていく強さの感触。

 泥蓮は心中で無意味な成長に戸惑いつつも、身体は勝手に対応行動を実行していた。


 ――なんだ。大したことはないな。


 感触。臭い。光景。

 全てが感動的ではなく、かと言って醜悪なものでもない。

 例えるなら日常。

 毎朝食べていた米をその日の気分でパンに変えただけ。その程度の感想しか持てなかった。


 泥蓮は小首を傾げて、ナイフを握る血塗れの手の平を見ていた。


 夜半過ぎ。

 雑踏から数歩抜けただけの路地裏は不気味なほどの静けさを保っている。

 足元に倒れている男は目を抉られ、首を斬られ、腹部を刺され、睾丸を潰されている。

 今し方人生を終えた肉塊の手には真剣が握られていた。


 この数日間泥蓮を尾行していた男は、人気の無い場所に入るや否や抜刀して襲いかかっていた。

 結果は無残。

 少女の見た目をした化物であることに気付く間もなく事切れている。

 しかし、男は時間稼ぎと力試しという役目を完璧に果たしていたと言えよう。

 人目を避ける為に選んだ裏道の前後を塞ぐ人影に気付いて、泥蓮は小さく舌打ちをした。


 喪服のような黒スーツで統一された集団。

 街中で目立ちすぎるように思えるが、規律ある組織の行動だと誇示する必要があるのだろう。


「なんだ? 最近のロリコンにはユニフォームでもあるのか?」


 泥蓮は毒づきながらも、倒れた男の手にある刀を足先で跳ね上げて掴む。

 相手は十人。後ろに六人、奥に四人。

 分が悪いように思えた。

 もし烏合の衆であるのなら僅かな逡巡を突けば打開できるが、黒スーツの集団にはない。

 確実に殺される最初の一人目になっても構わないという覚悟が全員にある。

 逃走路を探って視線を上げた泥蓮の目に、上空に浮かぶドローンが映った。

 映像を送信する何処かを予測するが答えは出ない。


「どうかお収めください、小枩原様。我らに争う意志はありません」


 黒服の先頭に立つ一人が声を上げた。


「そうか。てっきりエロ同人みたいなことになるかと心配してたよ」


 刀とナイフは手放さない。

 争う意思がないと言ってはいるが、先程斬りかかってきた男はどう考えても彼らの差金だ。

 通り魔ではなく、名前を知った上での襲撃であるなら事情は変わる。

 撃剣大会の関係者である可能性浮上した。


「その男の無礼はお許しください。貴方様の強さに関しては我々の間でも意見が分かれていまして、一部反対派が暴走してしまったようです」

「事情は知らんが、ちゃんと後始末しとけよ」

「はい。お任せください」


 内紛。一権力に収束する組織構造ではない。

 それでも殺人事件を揉み消す力を持ち、末端ですら命を懸ける覚悟を持っている。

 能登原英梨子が死亡した後釜か、或いは対抗勢力でもいたのか。

 泥蓮は目の前に立つ男たちに初めて興味を持った。


「我らは八雲會と言います。選りすぐりの強者を集めて試合を組む地下闘技、と言えば分かりますか?」

「あぁ、そういえば大会にもそれっぽい奴らがいたな」


 裏賭博、地下闘技ならば合点がいく。

 複数の出資者が議会政治のように運営している組織なのだろう。

 泥蓮には思い当たる節がある。

 一巴が調べ上げた参加者の情報では、地下闘技場で殺人を繰り返していた男が二人存在していた。

 共に大会で死亡の末路を辿っているが。


「二人共死んじまったから代わりを探しているってところか」

「ええ。素早い洞察力、恐れ入ります」


 黒服の男は手に持っていた白い封筒を差し出して微笑む。

 差し出す所作、僅かに浮かぶ筋肉から男もかなりの実力者であることを泥蓮は感じ取っていた。

 ただのハッタリで現れるような詐欺師ではない。


「招待状です。撃剣大会の選手も何人か参加する意思を見せています。もし貴方様がより強きを求めるのならばご連絡ください」


 招待状を受け取りながら泥蓮も口元を緩める。


「決勝戦だ」

「……と言いますと?」

「どうせ薙刀使いの女も参加するんだろう? 合気のジジイは逃亡しやがったからな。事実上の最終試合をお前らが整えろ」


 殺人という重大な反則を犯し失格となったが、滝ヶ谷香集の強さは疑いようもない。

 今や戦う価値もない雑魚へと成り下がった篠咲よりは、いくらか意味のある戦いになるだろう。


「私に決定権はありませんが……貴方様の願い、必ずや叶うものだとお答えしましょう」


 男は視線を路地裏の上空へ向けて答えた。

 視線の先のドローン、その映像の送信先を理解した泥蓮は、この場が既に賭けの対象であったことを知り小さく鼻息を鳴らした。

 皮肉にも賭博に参加する狂人共と利害が一致している。

 ならば互いに利用するだけ。

 目標を見失ってしまったというのに、加速的に伸びていく強さがどこに着地するのか見届けたい。

 彼らは最後の最後、どちらが踏み台になっていたかを思い知ることになるだろう。

 

 この先の人生の螺旋。

 無限に続く闘争の約束を得た泥蓮は、安堵を感じてしまっている自分に対して笑みが溢れた。

 そして黒服が用意したタオルで血を拭い、再び行く宛もなく夜の雑踏へと踏み出していくのであった。




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