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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十八話
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【草書】①




 能登原英梨子直属の社長室長であり、能登原財閥の秘書課長でもある舞園璃穂(リスイ)は質問に答えた。


「大会は続行します」


 大会会場の一角にある会議室にて。

 集まった面々からは呆れとも言える溜息が溢れた。


「お前じゃ話にならんだろ。能登原はどこにいる?」


 舞園に対して気炎を吐くのは大会スポンサーである最上紡績の重役である。

 質問の意図は明確だ。

 闘技者同士の闇討ちに不服があるのではない。

 政財界に関わる者の内、能登原英梨子の現状をある程度知る者がいるということである。

 大会の裏にある賭博、及び地下闘技場の存在が事件に発展した場合、大会の中止どころか出資者にも風評被害が及ぶ可能性は否めない。


「能登原の所在は分かりませんが、大会の運営はあくまで財団法人です。続行は法人の決定であり、いち出資者に過ぎない能登原に決定権はありません。代表者である篠咲が負傷するのは端から想定していますし、賞金も含めて運営に支障をきたす事態にはなっていません」


 舞園の言葉で静寂が訪れる。

 声を上げていた何人か気付いたのだろう。

 能登原家が長女を切り捨てたことに。

 眼の前にいる秘書課長が本家の意向を汲み、利権の乗っ取りを始めていることに。

 ならば今ここで彼女に逆らうのは得策ではなく、どちらにでも動けるよう日和見を決め込むべきだと、含みを乗せた笑みで言葉を飲み込んでいた。


「反対意見が無いようなので議題を続けます。まず、セコンドの補充ですが――」




   ◆




 会議も終わり、一応は事態が落ち着いたことに舞園は嘆息する。

 そして少しずつ怒りが込み上げてくるのを実感していた。

 旧態依然の本家に囚われない長女にある種心酔して今迄付いてきたが、もはや限界が見え始めている。

 財務官僚である父親が絶縁に近い判断を下した今、これ以上自身のキャリアを傷付ける前に恭順するべきだろう。


 しかし手土産は必要である。

 英梨子の利権、資産を奪い取って献上することでしか本家帰りが認められないことは理解していた。


 確実な方法は死んでもらうことだ。

 失踪宣告が可能な七年も本家が待つとは思えないので、公の場で、それも事件性のある死亡をしてくれるのが望ましい。

 具体的には大会後に闇賭博の露見を図る。

 八雲會なる非合法の地下闘技場運営に関わっているのは英梨子の独断であり、ベクターフレーム社や財団法人は無関係である。

 大会運営の裏の顔を彼女一人に背負わせて、そのまま暗殺されれば全てが丸く収まるのだ。

 その為に無理をしてでも大会を続行する必要がある。

 社長職を含め英梨子のネットワークを掌握するにも時間がかかる上、今全てを撤収してしまえば後々被害者として振る舞うことが出来なくなる。


 舞園の苦悩は未だ終わらない。

 それでも、口端が歪むのだ。

 忘れかけていた感情が喉を潤すように腹の底へと流れていく。

 降って湧いた逆境は、権力を駆け上がれる階段でもある。

 今回の件を制することこそが耐え忍んだ年月の集大成だと、自らの運命を感じながら舞園は襟を正すのであった。




   ■■■




「ほんと、バカね」


 簡易的な検査を終えた小枩原泥蓮を病院の出口で待っていたのは、学友の最上歌月であった。


「んだよ。似合わねえドレスひらつかせやがって」

「デレ子みたいな下賤な者には縁遠い社交場があってよ」

「はーそうでっか。その偉そうな車で会場まで送ってくれよ」

「ちょっと! 何を勝手に」


 小言を無視して車に乗り込む泥蓮を見て、歌月も慌てて同乗する。

 元々送迎のつもりで待っていたが、厚かましさが変わらない泥蓮の態度に安心と苛立ちが同時に湧き上がった。

 絞め技で失神させられた程度では人格まで変わらないのだろうと、泥蓮を倒した者への怒りも滲み出る。


「……警告してあげるわ。もうこれ以上はやめなさい」

「何の話だ」


 一応の配慮として歌月はリタイヤを促す。

 聞き分けが悪い上にあまのじゃくな泥蓮だが、狙っていた篠咲が倒れた今、大会に参加する理由はない。


「大会に決っているでしょ。私もはっきりとは分からないけど主催者側で揉めているらしいわ。どうもこの大会、裏社会と関わりが深いらしいのよ」

「知ってるよ」

「……知っているのなら、もう関わるのはお止しなさい。本当に死ぬわよデレ子」

「いいんだよ、死んでも」


 袋から取り出したバナナを頬張りながら、泥蓮は大会参加の続投を宣言する。


「呆れたバカね。仇討ちの決闘だなんて少しも似合ってないわよ。いつも気怠そうにお菓子食べて漫画読んで惰眠貪るだけの植物みたいな貴方はどこに行ったのかしら」

「容赦ねえなお前。金持ちだからって何言っても許されると思うなよ」

「友人なら許されるでしょ?」


 駄目だ、と歌月は思った。

 一度口にしてしまえば心の堰が崩壊しそうになる。

 泥蓮が無事だったことがどうしようもなく嬉しく、また死地に踏み込もうとする友人を止められない自分が腹立たしい。

 弱みを見せていい相手ではないと分かっていても、目頭が熱くなっていくのを感じていた。


「なんだ? 心配してんのか?」

「そうよ。悪い?」


 膝上に大粒の雫をぽろぽろと落としながら、歌月は気丈に振る舞い続ける。


「……貴方、私と春旗さんがどれだけ裏で動いたか分かってないでしょう? 貴方が無事で済んだのは周りの人間を巻き込んだからよ。だから……これ以上心配させないで」

「悪いな。まー私ももうやる気は無いんだけどな、おふくろからの至上命令ってやつでね。残りの試合に出場して優勝しないと絶縁だってさ」

「デレ子の家族は一体どうなってるのよ……」


 親子で出場する小枩原家の価値観と歪みに歌月は閉口してしまう。

 チケットの払い戻し等の点で運営側が引き返せないのは理解できるが、既に死者も出ている武器術の大会から逃げようとしない武術家の矜持には、憐れみ以外の感情を持つことはできない。


「泣くなよ。そんなに私の剣が恋しいなら全部終わった後またボコってやるからさ」

「それだけは遠慮して欲しいかしら……」


 嗚咽に肩を震わせる歌月の頭をくしゃくしゃと撫で付けて、不器用な親愛を示す泥蓮であった。




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