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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十七話
122/224

【円相】③

   ◆




「頭おかしいのか?」


 勝ち目が無いなら自爆も辞さない敵に対し、由々桐は率直な感想を述べる。


「偽物だと思うなら試してみろよ」


 男の言葉は『命を賭ける』と宣言した由々桐を嘲笑って放たれた。

 事実、一番リスクの少ない行動を選択した由々桐は、土壇場になっても染み付いた生き方を越えられない自分自身に内心歯噛みしている。

 真に命を賭けているのはどちら側か、もはや言うまでもない。


 無限に思える無言の対峙。

 室内に広がりきった煙幕がエアダクトに吸い込まれて濃度を薄め、闇に浮かぶ互いの姿が鮮明になっていく。

 一方は日本刀を頸部に突き付け、一方は爆薬のスイッチを掲げ、少しずつ円を描くように動きながら隙を窺う。

 このまま両者共に引くことが最小のリスクになるが、手放しで信用できる程甘くはなれない。

 互いに疑念をぶつけ合う最中、懐中電灯で照らされた輪郭に既視感を覚えた由々桐は、記憶を手繰って答えを得た。


「思い出した。お前、山雀とかいう奴か。自衛隊が何でここにいる?」

「自衛隊はクビになって転職したんだよ。まぁ、またクビになりそうだけど」


 同じ官職とはいえ簡単に転職できるわけがない。

 能登原の裏稼業と金を押さえる為、超法的な権限を持った独立愚連隊が組まれていることを察した。

 だとすれば背後に居るのは公安というよりも、政治的野心を持った個人である可能性が高く、それが誰であるかも見当がつく。

 全ては当然起こり得る流れであり予想の範疇。

 おかしいのは単独行動をしている目の前の男だけだと由々桐はようやく理解できた。

 充分な報酬があるだろうに、思惑を踏破して動く山雀の目的が今だ謎なままだ。


「お前は何がしたいんだ?」

「オッサンはデスノート知ってる?」

「なんだそりゃ。知らん」

「マジかよ。めんどくせえな」


 山雀は懐中電灯の角で頭を掻きながら説明できる言葉を探していた。

 明かりを由々桐に向けて不意打ちする様子はない。

 ほんの数十秒の攻防で聴覚を武器とする由々桐の性能を測り終えていることが伝わる。


「俺は本能から来る嫌悪感、普遍の善悪を信じてるのさ。金と権力に屈さず、法に縛られることのないジョーカー。世の中には天網の代わりになる超暴力が必要なんだよ」

「……呆れたな。本当にヒーローごっこだったのか」

「ごっこ言うなよ。口だけのお前と違って俺は本気で命賭けてるんだからさ」


 何がこの男を作り上げたのだろうか。

 山雀州平はまともではない。壊れていると言っていい。

 一歩間違えれば快楽殺人者と同じ理論を掲げて正義を執行する個人。

 自分が道を踏み外す可能性を考えていない子供の理想論であり、もはや考察するのも馬鹿馬鹿しく思えた。

 短絡的に殺し続け、いつかそれが間違いだと気付いても誰も止めることが出来ないのだ。

 そんな幼稚な衝動で殺された百瀬が哀れでならない。


「……何故、百瀬を殺した?」


 由々桐は言葉にしたことを後悔する。

 胸中には、未だ命を賭けようとしない自分自身への言い訳も混じっていたからだ。


「生かしておく理由がどこにある? 逆に聞いてみたいね」

「婆さんは悔やんでいた。残りの人生を贖罪と日本のために使おうとしていたんだ」

「あのなぁ、いい歳こいたオッサンが更生したヤンキーみたいな戯言言ってんじゃねえよ。守られるべきは被害者だぞ」

「その被害者なんだよ俺は」

「背後関係は知らんが残した結果が全てなんでね。そんなに守りたかったならさっさと逃げ出せば良かったんだ。女々しく自分のミスの言い訳をするのは勘弁してくれ」


 当然見透かされる。

 山雀は望んで狂気の淵に立っているが今はまだ狂人ではない。

 百瀬が死んだのは職務を逸脱した欲を出してしまったミスだと指摘している。


 その言葉に、由々桐は敢えて直視してこなかった現実を改めて認識した。


 ――逃げ場など世界のどこにもない。


 真の安息というものは適度な幸福の中にあるもので、度を越えた大金を得ても命を狙われ続けるだけである。

 政府に、企業に、マフィアに、或いは山雀のような鉄砲玉に四六時中怯えながら生きていくだけの人生。

 だが今更手放そうとしても、もう遅かった。


「で次は俺の質問な。何故お前らは能登原と揉めたんだ? 拷問までして何を聞き出した?」

「は、雑な質問だ」


 赤軍遺産のことを知らないと相手に教えるだけの質問方法に由々桐は笑みが溢れた。

 案の定、山雀は正義を標榜しながらも能登原の意図で動かされている。


「まぁ時間稼ぎしている暇がないのはお互い様だしな。教えてやるよ。この大会の目的から懇切丁寧にな」


 ――お前にも呪いをくれてやる。


 由々桐は呪詛に似た言葉を紡ぐ。

 知ればあらゆる組織に追われる側になる血塗られた財宝の存在を。


 ――取り返しのつかない行き着くところまで運んでやろう。


 本物(ヒーロー)か俗物か。

 山雀の思想と存在意義を揺さぶることで能登原が握ろうとしていた手綱を横取りし、悪意を持って死ぬまで正義を行使する理由を与え続ける。

 身体も精神も擦り潰れるまで使い切り、山雀が足跡を振り返る日が来た時、百瀬に引き金を引いた意味を思い知るだろう。

 世のあらゆる矛盾と破綻を味わった正義が、最後の瞬間自分自身を罰することが出来るのだろうか?


 由々桐は復讐の怨嗟と僅かな興味を乗せて、最小のリスクとなる別解を提示した。




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