十二月十日土曜日
もうすぐクリスマス。ミンソに、聖夜は愛しのワイフと、どこかへお出掛けかと冷やかそうと思ったら、朝のホームにミンソの姿が無かった。
風邪でも引いたかと思っていたら、車内で年配の婦人に声を掛けられた。何となく見覚えのある顔だと思っていたら、教授の奥さんだったのだ。
名前を訊かれ、その通りだと答えると、一通の手紙を渡された。以下は、その手紙の本文である。
――前略。ペーパーバック君。この手紙が君の手に渡り、こうして文面を読んでいるということは、僕が鬼籍に入ったということだ。
君との付き合いは、ほんの僅かな期間であったけれども、とても充実した時間であったと思っている。
ただ、長話をクドクドと続ける老人に付き合わされて、君にとっては迷惑であったかもしれないね。
しかし、通勤時間に誰かと談笑するというのを、僕は、ずっと夢見ていたから、なけなしの勇気を振り絞って声を掛けたんだ。
些細で他愛もないことに感じるかもしれないが、戦災孤児として終戦の年の九月、修道院に置き去りにされた僕は、誰かと御喋りをするという習慣を身に付けられなかったのだよ。
笑いたければ、笑ってくれて構わない。でも、これだけは言わせてほしい。
自分にとっては造作もない行為でも、他人にとっては並々ならぬ努力を有する行為があることを、常に頭の片隅に置いておかなければならない。何もかも自分を基準にして考えていると、必ず、他人を傷付けてしまうものなんだ。
以上。ここまで読めたら、破いて捨てるなり、燃やしてしまうなり、好きに処分したまえ。




