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しるし

【生まれた街で】


朱里:この街を出ようと思います。

   会社からの遠いし、彼のマンションにも遠いから。

   それに、この街で雨が降ると貴之を探してしまうから。


貴之:何年も遠ざかっていた街に戻ります。

   まだ、運命を信じていますか


【宇宙で最初の運命】


 三十歳になった男が無職で実家に帰ってきたことに、両親は心配してくれた。

 体重が減った僕に母親はせっせと食事を作ってくれたが、あまり食欲はなく、夜も眠れなかった。

 この街にいると、嫌でも朱里のことを探してしまう。

 駅に向かう道が見えるコンビニ。

 漫画コーナーが増えた本屋。

 都心に向かう駅のホーム。

 朱里と出会った小学校。

 僕は良く街の中を歩いた。

 そして、朱里がこの街を出て行ったこと。

 秋には結婚をすること。

 そんな話を見つけては、胸の痣を傷ませた。

「どれくらい、この痣が傷めば朱里のことを笑って話せるのでしょう」

 会社を辞める前に草間さんに聞いた。

「へえ、こんな形の痣がある人が、僕の他に二人いるんだね」

 朱里の話をしたのは、僕と同じ水の王冠をもつ草間さんにだけだった。

「でも、僕は水の王冠だとは思ってなかったよ。これは、ビッグバーン。宇宙の始まりだと思ってたよ。この痣を持っている僕は、きっと宇宙で出来た最初の生命の末裔だと子供の頃は信じてた」

「面白い解釈ですね。でも、最初の祖先はみんな同じでしょう」

 僕は草間理論に異論を唱えた。

「そうなんだけどね。だから、僕の言う末裔というのは、生まれ変わり。何度も何度も生まれ変わって、いま僕がいる。

 前は蟻とか熊だったかもしれないんだけどね」

 草間さんは彼女が作ってくれた卵焼きを苦そうな顔をして食べると、僕にも進めてくれた。

「ありがとうございます」

 その焦げすぎた卵焼きは、予想通り苦かった。

「でもね、僕も神崎君の運命論には共感できるよ。生命が宇宙で構成されたことは間違いない。それが、どんな形で地球に来て発達したのかは解明されていないけど、だったら、コアな部分は常に宇宙に戻って再製されなければならないと思う。そこで、僕たちは何かの運命を背負わされる。宗教は持っていないけど、それを神だというなら、宇宙そのものが神なのかな。

 彼女は、どんな運命で僕なんかと一緒になるのかな。そして、僕は彼女の下手な料理を食べる運命なんだろうね」

 草間さんと話しているのは面白かった。

 途方もない話につい合ってくれるのは、朱里の他には草間さんだけだったし、話をしようと思ったのも二人だけだった。

「もしも、神崎君が彼女のことを忘れられないなら、それも何か意味があるんじゃない。

 その意味を考えるのも悪くないと思うよ。ただ、後悔は良くない。

 僕たちが考えるように運命が決まっているとしたら、後悔は無意味だよ。分からない運命に悩むより、今、この時を笑うことだけが僕たちが運命から逃げる方法じゃない。

 これ、彼女の受け売りだけどね」

 

 

【月と太陽】


彼は同棲の方が経済的だと言ったが、私は結婚をする前の少しの時間を一人で暮らしをしたかった。

「なんだか心配だな。ときどき朱里は心を何処かに飛ばしてしまうから」

 私は話の途中でも、つい空を見る癖があった。

 混雑する交差点の歩道で。

 会議中の会議室で。

 彼とキスした後の部屋で。

 私は空を探してしまう。


「ついに、水の王冠が消えたのよ」

 退院してきた川原さんが、嬉しそうにスマホを見せてくれた。

 そこには、月と太陽の銀細工がついていた。

「入院中に、あのチャームがなくなってね、つい病院中をうろうろ探していたの。そしたらさ」

 川原さんは、病院で男性と親しくなったらしい。

「髪も薄いし、すこしお腹もでてるけど、背は高いのよ。それに、すごい読書家で、語学も堪能なの」

 顔色が良くなったのは、病気が回復しただけじゃないようだ。

 私の水の王冠は、私の体に生まれた時からあった。そして、それはガラス細工のように消えたりはしない。


【しるし】

 引っ越の荷物を片付けていたら、入れたはずのものがなかった。

「あれは要らない」取りに戻りたい衝動を抑えるために、独り言を言った。

「大丈夫」

 もっと大きな声で言ったのに、雨が降り始めた。

 きっと降ると思ってた雨が降り始めた。

「小雨だから大丈夫」

 まだ、雨は水の王冠を作らないのは分かっていた。

 それでも、私はレインブーツを履いて駅に向かってしまう。

 日曜の夜は人が少なく、駅までの道は看板の灯を雨で反射して輝いていた。

 この道を行きなさい。雨がそう言っている気がした。

 実家のある駅に着くと、雨は強くなってきた。

 私は雨に導かれるようにまた歩きはじめる。商店街はもうシャッターを閉じ街灯が雨を照らす。

 私は貴之を探していた。

 もしも、貴之が言うように運命があるのなら、きっと会える。

 コンビニの雑誌売場、カフェの窓際、ハンバーガーショップの二階。私は貴之を探した。

 そして、貴之は不動産屋の前で雨宿りをしていた。

「なんで、なんで居るの。なんで傘を持ってないの」

 しゃがみこんで水の王冠を見つめる貴之に涙声で言った。

「朱里」

 貴之が私の名前を呼んでくれた。

「馬鹿じゃないの」

 私は貴之の胸を思いきり押した。私たちのしるしがついた、その胸を。

 よろけて倒れそうになった貴之は、私の右腕をつかんだ。

「水の王冠」

 私は貴之の腕にすがるようにしゃがみこむと、大粒の雨を手のひらで受けた。

「ずっと、何してたの」

 聞きたいことはいっぱいあった。

「生きてた」

 痩せた貴之の顔は、私が知っている笑顔よりもずっと嬉しそうだった。

「ずっと朱里のことを想ってた」

「じゃあ、なんで会いに来てくれなかったの。ずっと待ってたのに」

「なんでだろ」

「じゃあ、これからどうするの」

 私の口調はだんだん強くなり、涙声になって響いた。

「ただ、ずっと想ってる。これからも、朱里が結婚して幸せになっても、ただ朱里を想ってる。僕はそんな運命を楽しむよ」

「それでいいの」

「朱里は来月結婚するんでしょう」

「運命なんて言うなら、さらってよ」

 雨は激しくなり、私たちの前で踊り出した。

 煙った雨の向こうに、赤い傘をさした塾帰りの女の子が笑っていた。


 宇宙から入道雲に落ちた私たちは、抱き合ったまま地上に落ちた。

 地上に落ちた。

 私たちは、お互いを見失わないように雨でしるしをつけた。

 きっとまた出会うために。



最後までお付き合い頂きありがとうございます。

何かを感じましたでしょうか。

つたない物語。いかがでしたか

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