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ヘンセイフウ

志望校に落ちた僕は、満員電車で一時間もかかる高校に通うことになった。

 朱里は、しきりに同じ高校に行こうと言ってくれたが、僕は両親の強い希望と自分の意思で私立の附属高校を受けることにしたのだが、結局、そこには受からず、第三志望の高校に通うことになった。

「高校に行っても地元に住んでるんだから大丈夫だよね」

 卒業式の日に朱里は、そう言って泣いてくれた。

 僕も、そう信じていたから、僕たちは制服のボタンとリボンを交換しなかった。

 僕たちの中学では、好きな人同士がボタンとリボンを交換するのが流行っていた。でも、交換をしたカップルは分れるという伝説もある。

「私と貴之は生まれる前からの縁なんだから、交換なんかしなくても大丈夫だよね」

 朱里は制服の上から正確に僕の痣を指で押した。

「うん。宇宙の運命だ」

 僕たちは、自分たちのことをそう呼んでいた。

 雲から一緒に落ちて雨に打たれた。それは、離れ離れになりたくなかった二人が、別々のお母さんのお腹に入るのを拒んだのが理由だ。

 馬鹿馬鹿しい話だと思うし、きっと朱里もそんな僕の考えた理由を信じてはいなかったと思う。

 でも、運命は宇宙で決められると信じていて、決められた運命は雲に乗り雨となって地上に運ばれると本気で信じている。

 そして、第三志望しか受からなかった僕は、朱里からのメールにも直ぐには返信しないことが多くなった。

 僕はそれが運命なのだと諦めていた。


 小学生の僕は教室の窓から昼間に見える星を探すのが好きだった。そんな僕の視界にはいつも朱里がいた。

 朱里が自分の右肩にある痣を気にしているのは、彼女の友達との会話で知っていた。

 だから、僕はそんなことは気にしなくていいと教えたかった。そして、僕にも同じ痣があることをいつか教えたかった。

 そして、その時が来たのが五年生のプールの時だった。

 僕はその時もっている最大の勇気をふりしぼって朱里を慰めたいと思ったのに、朱里を泣かせてしまった。

 だから、ずっとそのことを謝りたいと思っていた。

 不動産屋の軒下で雨宿りをしているとき、

「僕は朱里ちゃんと同じ痣があって嬉しいんだ」僕は必死でそう言った。本当にそう思っていたんだ。

「馬鹿みたい」

 朱里はそう言ったが、今度は笑ってくれた。

 それから僕たちは、図書館でいろんな話をした。彼女のお気に入りは雲の写真集で、僕は宇宙について書かれた子供向けの本を良く読んでいた。

「朱里ちゃんは気象予報士になるといいよ」僕たちは図書館の隅でだけ話をすることにしていた。

 うっかり教室で「朱里ちゃん」と呼びかけたのがきっかけで、僕たちは友達からからかわれるようになり、そのことが朱里を困らせているのが良く分かったから。

 朱里も僕も地味で目立たない、目立ちたくない性格だった。

「今年は偏西風の影響で台風が多いんだよ」

 朱里ちゃんが教えてくれた。偏西風がなんなのか分からなかったが、ヘンセイフウという言葉を使う彼女が大人びて見えた。

 いつもは動かない偏西風が、今年はジグザクに動き、台風をかき回す。気象写真を、おでこをぶつけるようにして僕たちは覗き込んだ。

 中学に入ると、僕たちは少しずつ一緒にいる時間が増えた。教室でも普通に話をし、放課後一緒に帰ることもあった。

 でも、あの雨宿りから、僕も朱里も「好き」という言葉を使うことは無かった気がする。


朱里:[元気ですか?今日は今年初めての入道雲です]

貴之:[今日は一日、雨は降らないよ]

 僕は毎朝満員電車の中から朱里にメールをした。

 一日に何通も来ていたメールは、朝昼晩の三回になったのは、僕がメールを返さなくなったからだ。

 そして、いつのまにかメールが来なくなった。

 夏休みの半ばに、一か月ぶりに朱里からメールが届いた。

朱里:[メールアドレスが変わりました。登録お願いします]

 一斉送信されたメールを僕は登録しなかった。

 僕は腐っていた。志望しない学校に満員電車で通うこと。附属を落ちたことで両親は予備校に行くことを強制し、そのことも僕を傷つけた。

 僕の周りにも、僕と同じような人間が集まり、その淀んだ空気の中に僕は居場所を見つけた。

 挫折感と無気力、それが僕の高校生活だった。

 高校二年の夏に予備校の帰りに朱里を見かけた。

 野球部員なのだろうか、真っ黒に日焼けして坊主頭の男とアイスを食べながら歩いていた。

朱里は三十度を超える猛暑でも長袖を着て痣を隠している。

もう、雲は見てないのだろうか。朱里の視線は背の高い男から上に行くことはなかった。

今年も偏西風が運命に逆らうようにジグザグに動き、穏やかな空に台風を呼び込んでいる。でも、今はその気配はない。

雨が降ればいいと思った。二人の上に浮かぶ入道雲が真っ黒になって大粒の雨が水の王冠を作るのを願ったが、雨の匂いはしなかった。


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