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8、初めて気が付いた


 佐川君は彼女と手をつないで帰って行った。


 そのことは、私を、抜け殻のようにしてしまった。考えることができないほどに、気持ちが暗くなって、そのくせ、何かどうしようもないような感情が心の中をうごめいている気がするの。

 そんな私の気持ちがわかったのか、涼ちゃんは、ウンと頷いて、カフェに連れてきてくれた。


 変なカフェ。

 入口にカピバラのシルエットがあって、中に入ると、いろんなところにカピバラの絵が描いてあったり写真が飾ってあったり、カピバラ写真集がおいてあったりする。

 席に座ると、カピバラの大きなぬいぐるみを貸してもらえた。なにこれ、抱っこして良いってこと?

「可愛いでしょ、カピバラカフェ。ボク一度来たかったんだよね~」

 涼ちゃん、変な趣味。

 私が笑うと、涼ちゃんもにっこり笑った。


 飲み物を頼むと、カップにもカピバラの絵が付いてる。ケーキ皿にももちろんカピバラさん。うん、なんだか癒されるね。

「で、聞いてほしいことって?」

 私が少し落ち着いたのを見て、涼ちゃんが水を向けた。涼ちゃんって、サバサバしてるよね。あんまり遠回しに言わないっていうか。でも、そういう涼ちゃんだからこそ、話しやすい。


「あ、あのね?」

 言おうとすると、急に体が緊張してきた。だって、何を言ったらいいんだろう。今まで、かたくなに恋バナはしたくないって言ってきたのに。

 言いたくないんだもん。言いたくないけど、聞いてほしいんだもん。

 涼ちゃんはあったかいコーヒーを飲みながらゆったり座って私を見ている。

「私・・・実は・・・」

 ふう、まだ本題に入らないのに、何この緊張感。深呼吸しなくちゃ。

「あのね、私、さ・・・佐川君のことが好き、だ・・・ったの」

 過去形。

 かなぁ。

「そうだったの」

 涼ちゃんは驚かないで、まじめな顔をして聞いてくれた。

「だ、だけどね、さっき、か、彼女が来てたじゃない。だから、わたし、し、失恋した、ことになる、んだけど」

 なんでだろ。私カタコト。

「だけど、ね、こ、これで、良いと思うんだ」

 涼ちゃんは、何も言わないで、ただウンと頷いた。

「わ、わたし、わかってたの、ほんとは、ね。佐川、君に、彼女がいるって、なんと、なく。好きだから、か、わかっちゃったの」

 そう言ったら、急に涙が出てきた。

 佐川君に彼女がいるだろう、って考えたときからずーっと我慢していた涙。今、涼ちゃんに話したら、耐えられなくなったみたい。

「でも、良いの。佐川君、が、幸せなら、それが、一番、いい、もん。佐川君に、幸せで、いてほしい。だから、私、この気持ち、だれにも、言わない、つもり、だったの」

 私、顔が笑ってる。

 涙がだーだー出てるのに、顔が、笑ってる。

 気持ち悪いって、思ってるだろうな。でも、いいや。涼ちゃんだから。幼馴染の親友だもん。今更、嫌がられないってわかるから。


「トコちゃん、佐川君のこと、本当にすごく好きだったんだね」

 涼ちゃんがやっと口を開いた。その言葉は、今の私を一番よくわかってくれた言葉だった。だから、涼ちゃんの声を聞いたら、涙がさらにブワって溢れてきた。

「好きな人には幸せでいて欲しいもんね」

 そう言って、涼ちゃんは私の頭を撫でてくれた。

 涼ちゃんって、本当に不思議。私のことなんでもわかってくれて、いつもそばにいてくれる。こんなに良い友達がいて、よかったなぁ。

 今まで、恋バナとかしたことなかったけど、涼ちゃんは本当はわかっていたのかもしれない。

 だから、何かあると私のことをバスケ部とかに誘ってくれていたのかも。


 ちょっとの間、涙と鼻水をだらだら流している間、涼ちゃんは何も言わないでコーヒーを飲んで待っていた。

 そしてやっと私の涙が止まろうとした。

「ほら、ジュース、飲んで」

 涼ちゃんがストローを私の口に入れようとしてくる。

「うん」

 気持ちを涙と一緒に出したから、少しすっきりした。ジュースを飲むと、冷たい感触がのどを通って、やっと落ち着いた感じがした。

 さっきまでの、暗くて重くて苦しい感じはずいぶんと軽くなった気がする。

 涼ちゃんが聞いてくれたから、話すことができたから、きっと気持ちの整理が少しできたんだと思う。恋バナって言うにはお粗末だけど、必要なことなのかもしれないって、少し思った。



「トコちゃん、落ち着いた?」

 涼ちゃんが笑顔で聞いてきた。

「うん、ごめんね、ありがとう」

「じゃあ、今度はボクの番ね」

 って言って、涼ちゃんはクリっとした目をさらに大きくして、顔を乗り出してきた。

「涼ちゃんの番って?」

 涼ちゃんも何かあったの?え、もしかして、涼ちゃんも佐川君が好きだったの?どひゃっ。ありえん、ありえん。

「ボクはね、トコちゃんが幸せになって欲しいと思ってるよ。ボクは、絶対にトコちゃんのこと泣かせないから。だからさ、」

 涼ちゃんは一度椅子の背もたれに、もたれかかった。それからフっと息を吐いて、聞いたことないような低い声で言った。

「ボクにしておきなよ」

 え?何?どういうこと?

 急に胸がキューンと熱くなる気がした。

 涼ちゃんが何を言ったのかわからなくて、しばらく呆然と見つめ合っちゃってる。だけど、涼ちゃんはなんだか楽しそうに私のことを見ていた。


 カピバラのぬいぐるみを抱いている目の前の幼馴染の親友が、急に男の子に見えた。

 顔が、熱い。

 私が自分の気持ちを誰にも知られないようにしている以上に、涼ちゃんは自分の気持ちを誰にも言ってなかったということに、今初めて気がついたのだった。


次回で終わりです。

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