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7、聞いてほしいの



 文化祭が終わり、期末試験が終わり、夏休みになった。

 バスケ部は大会が始まって、今日は2試合目。うちの学校のバスケ部弱いらしいんだけど、とりあえず1試合目は勝ったのね。だけど、今日の対戦相手は地区優勝の経験もある実力校。とても勝てるとは思えない。

 誰も言わないけど、たぶんこの試合が私たち3年生の引退試合になるんだわ。

 ほんのちょっとしかいなかったバスケ部だけど、終わってしまうのはなんだか寂しい。できれば、もう一勝くらいして、もうちょっと熱い夏にしたい気もする。



 マネージャーの仕事は、試合の日はいつもと違う。

 ここのところ試合があったから、やっと書き方を覚えたけれど、試合のスコアシートを書かなければならない。これがまたよくわからない。バスケットのルールもきちんと把握していないとならないし、ウチはマネージャーが1人だから、全部私がやらなけりゃならないし、間違えられない。

 声援を送る余裕もなく、ひたすらゲーム内容を記号化して書き込んでいく。


 青いユニフォームがウチ、白が相手。

 4番がキャプテン。佐川君は5番。背が高いからゴール下を任されるセンター。キャプテンと並んで、ゲームの勝利を左右する大事なポジションなの。

 今日も、ケガとかしないでね。

 たくさんリバウンド飛んでね。

 頑張って。

 頑張って。

 って、えーっと、みんなね。みんなを応援してるよ?佐川君だけじゃなくってね。みんなのこと、ちゃんと見てるから。引退する3年生はもちろん、一緒に練習してきた2年生も1年生も、みんな頑張ってね。



 ゲームが始まってしまえば、ただ集中してゲームを見る。

 佐川君だから、とか、引退試合だから、とか、そんなの関係ない。みんなが真剣に頑張っているから、私も真剣に頑張る。

 そのつもりだった。

 だけど、チラっと見えた。佐川君を応援している女の子が。視界の端にチラっと見えただけなのに、それが、あの文化祭で佐川君のことを浩と呼んでいた子だってすぐにわかった。

 真っ赤な顔をして、大きな声を出して佐川君を応援している、あの子。

 気になって仕方がない。

 スコアシート書かなきゃならないのに。タイムも測らなきゃならないのに、なんだか、私の周りの音が聞こえなくなったみたいに変な感覚がした。

 妙にゲームがゆっくりと進んでいて、私はスコアシートをサラサラ書いていて、だけど、あの子が気になって、ずっと視界に入っている。

 あの子ばかり意識しちゃう。


― わあ! ―


 と歓声がした。

 佐川君がエンドラインぎりぎりをドリブルで抜けて、ゴール下にもぐりこんで、フックシュートを決めた。

 私の一番好きなシュート。

 カッコいい。

 今日これが見られただけで、もう良い。

 かっこよかった。

 

 そう思っているうちに、時間は進み、ゲームは終了していた。



 3年生の引退が決まった。すごく頑張った。負けたけど、いい試合だった。本当にそう思う試合だった。

 礼をすると、3年生たちはみんな抱き合っていた。

 良い引退試合だったなって、肩を抱き合ってたたき合って笑い合っていた。

 私も、最後のふた月だけだったけれど、マネージャーになれて良かった。とても楽しかったし、やりがいがあったし、何よりも、こんなに良いメンバーを見られて一緒にいられて、幸せだった。



 着替えて集合して、3年生は拍手で送りだされた。あっさりとした引退試合だったなぁ。3年生は振り返らないで、体育館を後にした。



 体育館を出ると、涼ちゃんが待っていた。

「お疲れさま~」

 はあ、このいつものテンポ。いつもの笑顔。すごく気持ちが楽になる。最後の試合っていうのもあって、私すごく緊張していたんだよね。だから、涼ちゃんが迎えに来てくれていて、いつも通りに声をかけてくれて、ホッとした。

 3年生男子たちは、もう数メートル先に行っていたけど、あとは流れ解散だから、涼ちゃんと一緒に帰るか。


 そう思って歩き出した時だった。

「あっ」

 涼ちゃんと私とで、思わず声を出した。

 前方に佐川君が歩いていた。隣にはあの子がいて、手をつないでいるのが見えた。

「あの子」

 思わず声が出ちゃった。別に言おうと思わなかったのに。そばに涼ちゃんがいるのに、勝手に口から出ちゃったの。

 そうしたら、涼ちゃんが口を開いた。

「あのね、ボク聞いちゃったんだ。佐川君の彼女が来てるって。たぶん、あの子」

 うん。

 わかってたよ。文化祭の時に、そうかなって思ったもん。さっきも、試合の時に見て、そうだろうなってわかったもん。

 わかってたよ。

 わかってたけど、改めて言われると、重い。

 ズーンって、心なのか、体なのか、頭なのか、どこかが重くなって、暗くなって、何も考えられなくなった。

「中学の時の同級生なんだって。今は女子高らしいよ・・・トコちゃん?」

 涼ちゃんが、私のこと心配しているのがわかる。だけど、足を止めたくない。このまま歩いて駅まで行って、電車に乗って帰らなきゃ。歩けるうちに戻らなきゃ。

 何にも考えられないのに、家に帰らなきゃ、ってことだけはわかった。

「トコちゃん、大丈夫?」

 涼ちゃんの声が、遠くから聞こえる。

 大丈夫?って聞かれたんだ。私、大丈夫。


 ううん、大丈夫じゃない。なんか、変な気持ちが、いっぱい膨らんできちゃった。好きだとか嫌いだとかじゃなくて、苦しいの。泣きたいような喉が締め付けられるような、体中が自分じゃないみたいに、血が逆流しちゃってるみたいに苦しいの。

 何を言っていいかわからない。どんな言葉が口から出るのかわからない。だけど、

「涼ちゃん、聞いてほしいの」


 私は、恋バナなんてしたくないけど、何か、話したくて、言いたくて、仕方がなくなった。


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