6、知りたくないけど
夏休み直前。うちの学校は、この時期に文化祭がある。忙しいったらありゃしない。だけど、これ以降だと受験生は大変だからね。
うちのクラスは「カフェ」をする。
女子は“執事”で、男子は“メイド”に変身する。うわ、キモっ、ていう子もいるけど、基本的にみんな結構似合ってる。男子とかって、なにげに美脚だし。ただ、声がキモい。そればっかりは仕方がない。
佐川君は、いなかった。
バスケ部はバスケ部の出し物があるから、クラスの方はやらなくて良いんだって。私は男子バスケ部のマネージャーだけど、ついこないだなったばかりの、にわかマネージャーだから(臨時だし)バスケ部の方はいいって言われて、クラスで執事をすることになった。
はあ、いいな、バスケ部。男女一緒でショーをするんだよ。カッコいい音楽に合わせてドリブルしたり、連続シュートしたりするの。
あと試合。試合の時は私もバスケ部に行くけどね。けが人が出たときのためにね。
ということで、佐川君のいないカフェなんて、つまんないー!見たかったな、佐川君のキモ可愛いメイド姿。
トホホ。
「トコちゃーん」
下駄履いて、絣の着物を着た子が手を振っている。って、顔、こわすぎ!
「涼ちゃん~、その顔で来ないでよ」
「しかたないじゃん。ボクのクラス、お化け屋敷なんだもーん」
「メイクが怖すぎるんだってば。そのままカフェにきたら、うちがお化けカフェになっちゃうってば」
「あはははは」
笑い事じゃないでしょ。似合ってるけどさ。
「涼ちゃん、休み時間なの?」
「うん、トコちゃんはこれからバスケの試合でしょ?ボクも見に行こうと思って、呼びに来たんだ」
「えっ、もうそんな時間?」
知らなかった。カフェとかって、お客さんがたくさん来ると、時間が経つのが早いんだね。てことで、執事の恰好のままバスケの試合に行くはめになった。
いくら文化祭でも、超恥ずかしいんですけど。試合を見に来た人になんて思われるか。
体育館に行くと、すでに部員たちはアップが完了していて、熱気がむんむんだった。
他高を招いての親善試合だから華やかな感じ。しかも男女混合試合だから、盛り上がるんだよね~。
「お、執事が来た!」
部長が私を見つけて手を振っている。いやー、執事って言わないでよー。
相手チームに挨拶に行かなきゃならないのに、この格好でいいかしら。ある意味正装だからいいわよね。
相手チームの先生にご挨拶をして、戻ってくると佐川君が走ってきた。
「小山!」
うわっ、カッコいい。
じゃない、落ち着け、私。
「どうしたの、佐川君」
「突き指しちまって、テーピングしてくれ」
そうだった。マネージャーの仕事しなくちゃ。佐川君のテーピングができるなんて、すごく幸せ~。
「どこヤったの?」
救急箱を取り出しながら聞くと、佐川君はコーチ椅子に勝手に座って私を待っていた。
「右手の中指」
「どれ」
見ると、佐川君のピアノを弾く素敵な指がすでに紫色に腫れていた。
「ありゃー、かなりやっちゃったね。コールドスプレーかけた?」
「お前が来るまで、やってた」
お前、だってー!なんか、良い~。ぐーふーふー!
「とりあえず、巻くけど、痛かったら言ってね」
おおおお手を失礼します。
ヤバい。
ドキドキしちゃって、手が汗ばんじゃう。手が震えちゃうし、ドキドキしすぎちゃう。
うりゃ!
「いてええー!」
「あっ、ごめん。痛かった?」
やだ、力んじゃうよ~。普段そんなに不器用じゃないのに、何このメタくそテーピング!自分じゃないみたい。
「大丈夫じゃねえけど、まあ、いいよ」
「ごご、ごめんね、まだ、慣れなくて」
っていうことにしておこう。そうだ、慣れてない、慣れてない。
手汗をぬぐいながら、一生懸命テーピングをしていると、佐川君が笑ってる。
「な、何よ」
「執事にテーピングしてもらうなんて、あはは」
もう、佐川君、のんきだなぁ。って、恥ずかしいんですけど。
「おぼっちゃま、あと少しでございますよ」
とりあえず、執事風に言ってみたら、さらに大笑いをしてくれた。ま、いっか。
「なあに、浩ったら、突き指?」
私の幸せをバリンと音を立て突き破って、背後から女の子の声が聞こえた。振り向くと、全然知らない子だった。うちの学校の子じゃないよね。
「こら、こっち来んなよ」
佐川君がシッシッと左手を振ってる。
誰?
「はあ~い、試合、頑張ってね。執事さん、よろしくね」
と言って、その子はすぐに行っちゃった。
「はい、かしこまりました」
とだけ、言っておくけど・・・誰なの?妹、とかじゃないよね。顔似てないと思うし。浩って呼び捨てだったし。
ドキン
呼び捨てにする間柄って・・・
ドキン
なんか、苦しい。
「終わりました。おぼっちゃま、気を付けて行ってきてくださいませ」
「おう、ありがと」
佐川君は立ち上がって、コートに入って行った。
佐川君が離れていくと、さっきまでのドキドキとかときめきとかが、急にしぼんで苦いものにグルグル巻きにされた気がした。
佐川君の姿を見送りながら、横目でさっきの子を探してみる。
ギャラリーの上からこっそり見てる姿を発見した。目立たない子だけど、佐川君ばっかりじっと見てるから、すぐわかる。
なんか嫌。もやもやしちゃう。
だいたいあの子、誰なの。
誰だか知らないけど、佐川君のことを浩って呼び捨てにする仲の人だってことはわかる。私よりずっと、佐川君と仲のいい子だっていうことも。
あの子のこと、誰に聞いたらいいの。誰に言ったらいいの。
こんな気持ちになっても、それでも私の気持ちは誰にも知られたくないのに、佐川君のことは知りたい。あの子が何なのか、知りたくないけど、やっぱり知りたいの。