5、恋バナが聞きたくなった
中間試験が終わって数日後、暑い日だった。
「トコちゃーん」
隣のクラスの涼ちゃんが目をランランとさせて、私を呼びに来た。ちなみに放課後。もう帰るところ。
「涼ちゃん、帰ろっか」
私たちはいつも一緒に帰るから、そのつもりだったのに、涼ちゃんが顔を近づけてきて、小声で言った。
「トコちゃん、チャンスだよ」
「チャンス?なんの?」
「男バス、女子マネージャー募集してるんだって」
「男子バスケ部が?いたでしょ、女子マネージャー」
だった気がする。だいたい、マネージャーって結構大変なんだよ?でも、1人で十分って言って、1人しかなれないはずだけどな。
「その女子マネージャー、こないだの試験が悪くて、親にやめさせられたんだって」
「えっ」
可哀想に。ていうか、中間テストの結果が悪くてやめさせられるって、よっぽど酷かったんだろうな。
「それでね、もうすぐ大会だから、夏休みまででいいから、臨時の女子マネージャーを募集してるんだってさ」
「なんで、臨時なの?」
「え、その女子マネが二学期に戻ってくるかもしれないから、だって」
微妙~。
「だからね、トコちゃんのチャンスだってば!」
「チャンスって言ったって、私だって受験があるから、無理だよ」
「夏休みまでだってば~。大会で男バスが負けちゃえば、それで終わりだもん。ちょうど良いじゃーん」
「ま、まあ、そのくらいなら、できなくないけど」
ていうか、かなり魅力的なんだけど!だって、男子バスケ部のマネージャーだよ?1人しか席のない、そのマネージャーをみんなが狙ってるのに。
そして、男バスには佐川君がいるんだよー!涼ちゃんったら、どこでこんなおいしい話を聞いてきたの?
「でしょ~?トコちゃん、バスケ見るの好きだって言ってたし、ちょうど良いじゃん!ほかの子に取られる前に、体育館行こう」
え、今?ちょっと、心の準備が・・・え、今?心の準備が・・・え、今?え、今?
「もう、誰かなっちゃってるんじゃないの?」
ちょっと足掻いてみたりして。だって、心の準備ができたてないうえに、恥ずかしいんだもん。
「大丈夫だよ、ボクの情報速いんだから」
まあ、確かにそうだけどさ。
「だったら、涼ちゃんがやればいいじゃない」
「ボクにできるはずないでしょ!トコちゃんが一番だってば。優しいし、可愛いし、気が利くし、バスケ好きだし、仕事できるし、みんなと仲良しだし・・・」
「わかった、わかったからっ」
って、涼ちゃん、褒めすぎ。
「わかった?よし、行こう!」
涼ちゃんは、私の手を取るとすぐに体育館に向かって駆け出した。
もう~、なんかこういう時は行動的なんだよね。まったく、子どもなんだから。
でも、男バスのマネージャーかぁ。
良いかも。
ポワンとしている(実際にはニヤニヤしている)、私の手を引っ張って、涼ちゃんは体育館に駆け込んだ。
「先生!連れてきたよ!」
おーっと、いきなり、先生か~。
「お、連れてきてくれたか。小山、待ってたぞ」
待ってた?先生が、私を?
「ボクがトコちゃん、推薦しておいたの」
「涼ちゃんが?」
「小山なら安心してうちの男子バスケ部を任せられるからな。大会が終わるまで、受験生には悪いが、よろしく頼んだぞ」
「は、はい」
えーっと、話がもう決まっている、んですね?
◇◇◇
マネージャー業務はハードではあったけれど、すぐに慣れた。そうすると、私は・・・気になることがあった。
それは、男子更衣室。
いやーん。
バカじゃないの、私。男子更衣室ったって、ただ着替えてるだけよ。わかっているのよ。わかっているけど、妄想がー!
変態だわ。
本当に、本気で変態。
いやいやいや、違うの。佐川君の着替えシーンが見たいとか、裸が見たいとかそういうんじゃないのよ。違うの。なんていうんだろ。部活が終わってリラックスして笑ってるところとか、少し疲れてアンニュイな感じとか、どんなだろーっていう妄想よ?
それが、着替えシーンなだけだって。
じゅうぶん変態な妄想か?は、鼻の奥がなんか変~。
部日誌を書き終えて、職員室に持っていく途中、男子更衣室の前を通りかかった。
妄想をしながら通る男子更衣室の前。少し足を緩める。というか、立ち止まる私。で、きょろきょろと周りを見回したところで、誰もいないんですのよっ、奥さま!
誰も来ないなら、ちょっと隙間がないか、探したりして。
さすがに扉は開いてないし、部屋の下にある小窓も閉まっているし。壁に穴なんてあるわけないし。って、それを真剣に探すアホ丸出しな私。
でもそうしたら、姿は見えないけど、声は少し聞こえてきた。
「お前、彼女できたんだって~?」
「マジでー?」
みたいな声。盛り上がってる。
もしかして、男子も恋バナってするの?
なんて気になる話題。
・・・誰も来ない、よね?
「お前は?好きなやついんの?」
「俺?」
さ、佐川君の声!いるの?好きな人、いるの?
むふー!は、鼻息荒い!静まれ、鼻息っ、気づかれちゃうじゃない。って、怪しすぎる。
「まあな」
いるんだー!
え~、誰?誰?うちのクラス?隣のクラス?
誰なのっ。
さらに扉に耳をくっつけて聞こうとしたところ、
「トコちゃん、終わった~?」
「うわあっ!」
思わず飛び上がっちゃった。
良いところだったのにー!って、違う。見た?見たのね?今の私を!
「りょ、涼ちゃん、違うの、これは、その」
「早く帰ろう~」
よし、気づいていない。覗ける穴を探していたとか、聞き耳を立てていたとか、見られていない。よし。
「う、うん、これだけ先生のところに置いたらおしまい」
「ボクも一緒に行ってあげるよ」
「うん」
佐川君の好きな人のこと。聞きたいけど・・・
だけど涼ちゃんには知られたくない。私たちは部日誌を先生に届けて、学校を出た。
男子も恋バナするんだ。すごく気になる。恋バナが聞きたくなったのなんて、初めてだった。