4、顔が戻らない
高校生になってまず思ったのは、女子はみんな恋バナが好きということ。だけど、私は苦手。だって、恥ずかしいじゃない。たとえ恋人になれたとしたって、恥ずかしい。
親友の涼ちゃんだけは、わかってくれるから「好きな人はいない」と言ったら信じてくれて、それ以上は聞かないでくれるけど、クラスの女子たちはみんな信じてくれないし、何度も何度も聞いてくる。はっきりいって面倒くさい。
だけど、最近ちょっと変わってきた。
私の気持ち。
だって、本当は好きな人がいるんだもん。バスケ部の佐川君。すごくイケメンってわけじゃないけど、背が高くて姿勢が良くて髪の毛がサラっとしててカッコいい。
クラスが一緒で、隣の席だからドキドキする。時々喋るととっても楽しい。それに、彼に好きな人がいるのか、すごく気になる。
そういう、私の気持ちがだんだん膨らんできていっぱいになって、自分では持て余すような感じになってくると、涼ちゃんに聞いてほしくなる。だけど言わない。恥ずかしいから。いくら親友だからって、恥ずかしいものは恥ずかしいし、言えないことだってあるのよ。
涼ちゃんは、私が佐川君のことが好きだってこと、知らないはずなの。
なのに、よく一緒にバスケ部見に行こうって誘ってくれる。もう、それだけで良いんだ。涼ちゃんは私が“バスケ部を”見ることが好きだってわかってくれるから。
とはいえ、今日はバスケ部のない日。
涼ちゃんは委員会活動があるっていうので、私は珍しく一人。ちょうど帰ろうと思って昇降口を出ようとしたら、雨が降ってきた。
数人の下級生が
「いや~、傘持ってきてない~」
って言いながら走って行った。あのまま駅まで走るのかな。根性あるなぁ。
今朝は晴れていたけど、急に降ってきたもんね。傘持ってない人多いだろうな。私は持ってるよ。いつでもスクールバッグに折りたたみ傘が入ってるから。
「涼ちゃん、傘持ってない気がするなぁ」
うん、絶対。涼ちゃんは雨が降ってても傘を持ってないことすらある。動きがちょこちょこしているから、傘をさしてても平気で頭まで濡れてるし。まったく、いつまでたってもお子様だよね。そのくせ規律委員長とかやっている。しっかりしているのかどうか、いまいちよく分からない。
とりあえず、少しの間涼ちゃんが来ないか待つことにした。委員会が長引くようだったら帰っちゃうけど、あと15分くらいなら、ここで待っててもいいや。
下駄箱に寄りかかるようにして、ぼんやりと外の雨を見ている。
こういうの、実は結構好き。ぼんやりしているのって、気持ちいいよね。ちょっと暗くて、湿度もあって、快適快適。
何を考えるでもなく、ぼんやりと外を見ていたら、
「あれ、小山。帰んねぇの?」
と声をかけられた。
「ああっ、ささ佐川君っ」
きゃああああー!なんで、佐川君がここに!?なんで、学校に佐川君が?あ、良いのか、学校に佐川君がいても全然問題ないか。
「笹川じゃないけど?」
佐川君がケタケタ笑ってる。素敵・・・っじゃない!
「違うってば、びっくりしたからっ、“さ”が増えちゃったのっ。し、知ってるからね?佐川君だって」
って言い訳をしたら、佐川君さらに大笑い。うわ~、そんな眩しい笑顔を!
「ははっ、小山って面白れぇな。からかっただけだよ」
「もお、ひどぉい!」
うわ、私、なんか乙女っぽい。なに、今のセリフっ。自分で信じられない!
「で?何やってんの?帰んねえの?」
「あ、う、うん。帰るけど、雨が」
「ああ、雨結構降ってきたな。傘ねぇの?」
ちょっとー!何このシチュエーション!放課後に二人っきりとかって!むきゃあああー!
「あ、あるよ?」
「なんだ、あるのか。用意良いなぁ」
「佐川君は?傘」
「俺、持ってるわけねぇじゃん。じゃ、また明日な~」
そう言って、佐川君は雨の中に出て行った。
「えっ、しょ、しょうがないわねっ。いいい入れてあげようか?」
言ったわよ!勇気を出して、この恥ずかしいセリフ。だって、一緒に帰りたいもん。
「平気平気。気持ちいいから。じゃな!」
そそ、そんな!行かないで!
「ちょっ」と佐川君・・・と言いかけたところで、肩をたたかれた。
「トコちゃん、ボクのこと待っててくれたの?」
涼ちゃんだよねー。
タイミング、悪し。佐川君行っちゃった。がっくり。
「涼ちゃん、委員会終わった?」
しかたない。当初の目的通り、涼ちゃんを傘に入れてあげて、一緒に帰るか。
「終わったよ。待っててくれてありがとう」
涼ちゃんはすぐに靴を履き替えて、私の傘に入ってきた。まったく、傘持ち歩きなさいよね。
二人で校門を出たところで、涼ちゃんが気づいた。
「あ、佐川君じゃん。傘ないみたいだね」
「うん」
知ってるけど・・・と、思ったら涼ちゃんが大声を出した。
「おーい、佐川君―!入っていきなー」
って、この傘私のなんですけど?
涼ちゃんは私の傘を持って佐川君に向かってダッシュした。ちょっと待ってよー。
「傘ないんでしょ?一緒に駅まで行こう」
涼ちゃん、くったくのない笑顔で佐川君に傘を差しだした。
「なんだ、追いついたのか。せっかくだけど、3人は無理だろ」
佐川君はまたケタケタ笑ってくれた。はう~、ステキな笑顔~。
「大丈夫だって、ほら、詰めてぎゅうぎゅうで帰ろうよ~」
涼ちゃんは佐川君と私をぎゅーっと両腕で無理やり抱えるようにしている。って、近い近いっ!佐川君が近い!やだ、なんかニヤけてる気がするんだけどっ。顔が戻らない。普通の顔にならない~。
「まったく。じゃあ、ほら。俺が持ってやるよ」
と、佐川君は傘を持ってくれた。さすがにバスケ部だけあって、背が高い。私と涼ちゃんだって、そんなに小さくないけど、佐川君はとても大きいから、真ん中で傘を持つにはピッタリ。
佐川君がこんなに近くにいて、佐川君が私の傘を持っている。
う、ニヤけ顔が戻らない。私の顔ってこんなに筋肉あるんだ!いや違う、感心するところが違う。
もう、涼ちゃんったら、強引なんだから。
ほっぺの筋肉が戻らないのは、涼ちゃんのせいだからね!