3、無言を貫くべきよ
放課後、帰ろうと思っているところに涼ちゃんが迎えに来た。
「トコちゃん、帰る?」
「うん、帰るよ」
変なの。いつもは「帰ろう~」って来るのに、なんで疑問形なの?(ちなみに、涼ちゃんと私は幼稚園からの幼馴染でご近所だからいつも一緒に帰っている。)
「ボク、寄っていきたいところがあるんだけど、一緒に行かない?」
「うん、良いよ。どこ行くの?」
涼ちゃんとは帰りに、友達の誕生日プレゼントを一緒に選んだり、おしゃれなカフェでお茶したりよく寄り道をするから、わざわざ聞かなくたって良いのに。どこに行くんだろ?
ところが涼ちゃんが行きたいところは、雑貨屋さんでもカフェでもなかった。
「東高!」
「東高?なんでまた」
東高って言ったら、駅から家とは反対方向に2駅ほど。定期が使えないし、行きにくいなぁ。
「今日、合同練習があるんだって。ボク、東高行ってみたくて」
「えー…合同練習ってなんの?」
ちょっと行きたくないなぁ。涼ちゃんと一緒ならだいたいどこでも行くけど、なんだか面倒くさい。
「バスケ部の。ね、トコちゃんも見たいでしょ?」
ドキン。
バスケ部って聞いただけで、なんかドキドキしちゃう。だって、バスケ部ってことは、佐川君もいるよね。
そう考えたら、鼻息が荒くなった気がする。
行きたい。見に行きたい!行っていいのかな。
「え、でも、そそそんな他校に勝手に入ったら怒られるんじゃないの?」
「大丈夫だよ、そんなの。トコちゃんだって、バスケ部見たいでしょ?」
「うん!あ、べ、別に?バスケ部が見たいんじゃなくて、ひひ、東高のことなら、ちょっと見てみたいかなぁっていうか、東の制服とか?校舎とか?あ、まあ、バスケットにも興味は少しあるし、体育館とか練習とか、見てもいいかなって、少しは思うけど、べ、別に、バスケ部が見たいってわけじゃないっていうか」
「そうなの?見たくないのかぁ、ふうん」
「涼ちゃんが行きたいって言うなら、し仕方ないわね。一緒に行ってあげるわ」
「えー、行きたくないなら良いよ?ボクのクラスの子何人か行くって言ってるから」
「ええええっと、私もちょうど、東高見てみたいな~って思ってたから、いいのよ。ついでだし、行くつもりだったから、ね、一緒に行こう?」
私が行ってあげるって言ったら、涼ちゃんはすごく嬉しそうにスキップした。
「じゃ、行こうか~」
しょうがないわね、ついてってあげるわ。って、私も本当は行きたくてしょうがないんだけどねっ。
◇◇◇
東高に着くと、すぐに体育館を見つけた。
体育館の横にある二つの扉にはうちの学校の生徒が群がっている。女子ばっかり。何しに来てるのかしら。もしかして、佐川君を見に来たのかしら。カッコいいもんね。
でもなんかヤダ。
べつに、やきもち焼ける立場じゃないけど、なんかね。
練習はランニングから始まって、フォーメーションの練習を軽くすると、すぐにゲームが始まった。両方の学校混合でのゲームはなんだか楽しそう。
「キャー!」
「カッコいい~!」
ゲームが白熱してくると女子たちがみんな黄色い声を上げている。うん、確かにカッコいいよね。
でも、私は言わない。
恥ずかしいもん。
「キャー、すごおい!」
「ナイスシュー!」
向こうのキャプテンがカットインからシュートを決めると、すごく盛り上がった。
私も、声は出さないけど、両手がグーになっちゃう。
負けるな、佐川君。がんばれ、佐川君!
「キャー!頑張ってー!」
向こうのキャプテン、人気だな。
佐川君だってカッコいいのに。ほら、リバウンド飛んだし!
「トコちゃん、ちょっと痛い」
「あ、あら、ごめん」
ちょっと興奮しちゃって、思わず涼ちゃんの腕を叩きまくっちゃった。だけど、無言よ。あんな黄色い声なんて恥ずかしいだけだもん。
「ファイトー!」
また、向こうのキャプテンに声援が飛んでる。
佐川君だってカッコいいのに!うー、もどかしいっ。うわ、ファウルっ。私の佐川君に何すんのよ!
「トコちゃん、ねじらないで」
「あ、ご、ごめんっ」
うわ、涼ちゃんの腕捻ってた。わざとじゃないのよー!
でも、声援はしない。無言よ、無言。
それにしたって、向こうのキャプテンばっかり応援されて、うちの学校どうなるのよ。
「こらー!頑張れー!」
「・・・トコちゃん?」
あ!
思わず叫んじゃった。
しかも「こらー!」って。みんながこっち向いて静かになった。
ギャー!見ないでー。
だから、声出さないって決めてたのに~。なんで叫んじゃったの、私。バカバカバカ!
ハッと気づくと、佐川君と目が合った。
こっち見てるー!
今の声、聞いちゃった?ギャー!うそうそ、今の声私じゃないから!
って、ジェスチャーで伝えようとしているのに、佐川君がこっちに手を振ってくれた。
「トコちゃん、踊りが変だよ」
涼ちゃんが何か言ってるけど、なんて言ってるかわかんない。
だって、う、嬉しすぎる!
佐川君が手を。私に手を振ってくれた。しかも、最高にさわやかな笑顔で。
「ばっ、手なんか振ってないで、走れー!」
うわっ、また心にもないことを私の口がぁ!
「トコちゃん、楽しそうだね?」
手をばたばたさせている私を、涼ちゃんが冷静な目で見ている。
「ち、違うからね?うちの部が、あんまりにも不甲斐ないから、つい、出ちゃっただけだからね?」
何が「違うから」なのか自分でもわからない。涼ちゃん、ニヤニヤ笑って見ないでよっ。
「も、もう帰ろうっ」
恥ずかしくって、涼ちゃんの手を引っ張った。
「えー、ボクもうちょっと見たいよ。試合終わるまで、ダメ?」
「じゃ、じゃあ、私あっちに行ってる」
なんか、みんなが見てる気がするんだもん。佐川君も、私が来てるのに気づいちゃったし、「こらー!」なんて言っちゃったし。恥ずかしいんだもーん!
なんか私、おかしい。佐川君と関わるすべてが恥ずかしい!
佐川君のこと、見たくて東高まで来ちゃったくせに、見たら見たで恥ずかしくって、気が付いたら変なこと口走ってるし。
だから、変なこと口走らないために、恋バナはやめた方が良い。
恥ずかしい思いをしないためには、やっぱり無言を貫くべきだわ!