2、ばれてないよね?
ある日のお昼休み、お弁当を食べ終えて(美術室で食べてた)教室に戻ってくると、佐川君が話しかけてきた。
「小山~、英語のノート見せてくんね?」
「英語のノート?」
「俺、次当たるんだけど、よくわかんなくって」
「し、しかたないわね。ほら」
佐川君は、よく私にノートを見せてと言ってくるから、言われなくたって、いつだって貸せるわ。
「さんきゅ。お~、小山のノート、分かりやすいな」
「べ、別に当然でしょ?まったく、こないだの授業ちゃんと聞いてなかったんじゃない?」
佐川君と話せるのが嬉しくって、ついつい声が大きくなっちゃいそうだから、気を付けなくちゃ。
隣の席だから、少し顔を寄せて・・・
なんか、あったかい。この人のそばって、なんかあったかい。
って、いやいやいやいや、違う。私が赤いんだ。どうして?どうして?今喋ってないのに、隣に座ってるだけで、どうして赤くなってんの、私。
「大丈夫か、小山。暑いの?」
「ち、違うわよっ、じゃなくて、そ、そうよっ。べ、別に、ノート見せてるから、赤くなってるとかじゃないんだからねっ」
「ふうん」
佐川君は、あまり気にしないで、ノートを一生懸命写してた。
よかった。気にしてなくて。
それにしても、大きい手だなぁ。ピアノも弾くし、指が長くて、細くて、ちょっと骨ばっててカッコいい。
あ、また顔がっ。暑い!
「トコちゃーん?赤いんじゃない?」
気が付くと、隣のクラスのはずの涼ちゃんが私の席の前に座って、私の顔をニヤニヤ覗き込んでいた。
「あ、暑いのよっ」
パタパタと手で顔を扇いでも全然風なんて来やしない。
「ふぅ~ん?」
何、その意味深な顔は。やめてよねっ。そんで、チラっと佐川君を見たりしないでよね。ますます赤く、じゃなくて、暑くなっちゃうじゃない。
「お弁当いっぱい食べて、は、走って戻ってきたからかしら」
「ふぅ~ん?」
何が言いたいのかしら、涼ちゃんったら。
「なあなあ」
そこに、ノートを写しているはずの佐川君が話しかけてきた。
「なっ、ホントよっ、いっぱい食べて、走って戻ってきたからっ」
つい立ち上がっちゃったら、佐川君がポカーンとして私を見ていた。しかも涼ちゃんがものっすごい無言で大笑いしてる。
「それは良いけどさ。小山ってどうして、トコって呼ばれてんの?名前、聡子だろ?」
佐川君、全然関係ない話ね。
良いのよ、良いの。それっくらいが良いよね!
なんかすっごく嬉しくなって、座り直して佐川君の方を向いた。もう、涼ちゃんなんて無視よ、無視。だって、佐川君が私のフルネームちゃんと覚えていてくれたんだもの~。しかも、聡子だろ?だって、聡子、だってー!!!!!!
むはあー!
もう一回呼んで欲しい。すっごくトキメクんだけど!
聡子、って。
うわ~、胸がヤバいー!
「おい?」
おっと、答えなきゃ。
「聡子だから、トコなの。聡子の“さ”を抜かして、とこ、よ」
「あ~、なるほどね!気づかなかったよ。なんで、聡子なのに“と”から呼ばれてるんだろって、すげぇ不思議だったんだ」
はあ~、聡子ってまた呼ばれちゃった・・・幸せ~。
「トコちゃん、赤いよっ」
涼ちゃんが、ニヤニヤして小声で言ってる。
もう、せっかく幸せに浸ってたのに。って、赤いか。気を付けよう、私。
「ま、まったく。それくらい、すぐわかるでしょ?男子ってこういうの、なかなか気づかないのよねー、ね、涼ちゃん」
って、急に涼ちゃんに話を振ったら、涼ちゃんがゲラゲラ笑ってた。何よー、せっかく佐川君との会話に入れてあげてるっていうのに。
「じゃあ、トコちゃんは、佐川君にはなんて呼ばれたいの?聡子?トコ?」
うわっ、ダメダメそんな話題ここでしたら、顔面が熱い!
「なっなに言っちゃってんの、涼ちゃんったらってばっ。さ、佐川君がささささささ聡子とかって、呼ぶわけなな、ないじゃないっ」
「ん?小山って、聡子って呼ばれたいの?」
ズギューン!
撃ち抜かれました、わたくし。
本当に鼻血が出ています。鼻の奥で今、タラりと音がしました。
じゃないっ。目を覚ませ私。
「さっ、佐川君がささささささ聡子って呼びたいなら、言ったって良いわよ」
「いや別に」
どどーん。
そりゃそうだ。
「そうでしょ?そ、それより、ノートは終わった?」
この話題はもうおしまいよ。
心臓がモたないわ。
「ああ、さんきゅ。バッチリだぜ。お前、ここの文法、分かりやすいな」
佐川君はノートを開きながら、“ここの文法”を指さしながら返してくれた。
「だって、佐川君、文法苦手って言ってたから、これだったら、わかるでしょ?」
「え、何?俺のためにわざわざ書いてくれてたの?いやあ、ありがとうな」
佐川君にお礼を言われて、さっき打ち抜かれた心臓が、爆発しちゃったみたい。
「べっべつにっ、佐川君のためとかじゃないからねっ!ただ、文法書いておいたほうが良いかと思っただけだからねっ。常識よ、常識!」
「お、おう。そうだな、ありがとう」
佐川君はちょっとびっくりしたみたいな顔をして私を見た。
― キーンコーン・キーンコーン ―
始業の鐘が鳴って、佐川君は前を向いた。
涼ちゃんは何か、ニヤニヤして私を向いたまま教室を出て行った。
私は、机に突っ伏した。
だって、あんな言い方するつもりなかったんだもん。本当はもっと可愛く言いたかったんだもん。「文法の苦手なヒトに分かりやすく書こうと思ってね」って言うつもりだったんだもん。
昨日の夜、ノートを書きながら、シュミレーションもしたのに、呼び名の話になって、舞い上がっちゃったら、何て言うんだか頭からすっぽ抜けちゃったんだもん。
良いんだ。明日はもっと可愛く、だけど自然に振舞うから。
今日の夜も、シュミレーションしなくちゃ。顔が赤くならないように練習もしなくちゃ。
顔が赤いからって、佐川君のこと好きだなんて、誰も思わないわよね?ばれてないよね?