1、言いたくないもん
女子高生は恋バナが好きだ。クラスメイトの子たちを見ていると、よくもまあ、こんなに誰が好きだという話ができるものだと思ってしまう。
なんで、自分の心にしまっておきたい恋心をわざわざ他人に話して聞かせているのかが分からない。
良いの?それ、聞かれちゃって、恥ずかしくないの?
私はいつもそう思っている。だから、
「ねえ、トコちゃんは好きなヒトいる?」
って、話になると
「い、いないわよ!」
って答える。これだけハッキリ言ってるのに、なぜか誰もそれを信じてくれない。絶対に好きなヒトがいるって、勝手に決めつけないでほしいわ。
「えー、真由子とおんなじ人だったらどうしよう~」
って、知らんがな。
「いないってば」
「うそうそ~、ホントはいるんでしょ?誰?隣のクラス?」
「えー、真由子とおんなじ人?」
「違うわよ」
真由子の好きなヒト、知らないし。
「えー!違うってことは、やっぱりいるのね!誰?隣のクラス?」
「そういう意味じゃないわよ、好きなヒトなんていないってば」
聞きなさいよ。なんで私、こんなにたくさんの女子に囲まれて、“いない”って言い張っているはずの、好きなヒトを聞きだされてるのよ。
「何々~?」
その隣のクラスから、親友の涼ちゃんがやってきて、女子の輪に溶け込んだ。この子はまた、こういう話題が大好きで、ちょっとでも聞こえてくると、隣のクラスからでも飛んできて話に混ざる。
「涼ちゃん、トコちゃんの好きなヒトって知ってる?」
「え、ボク?知らないよ?」
当たり前でしょ。いくら親友だって、言わないわよ。
「でも、好きなヒトいると思うけど」
「りょーうーちゃーんー?」
勝手なこと言わないでよ、もう!という気迫を込めて言ったら、みんなが盛り上がった。
「やっぱりいるんだ、涼ちゃん、ホントは知ってるの?教えて~」
「いないわよ!」
キッパリと言い切ったからね!
一瞬静かになった女子の輪は、すぐに違う方向から攻めてきた。
「じゃあ、どのクラスか聞いてみようよ」
「だから、いないってば!」
「A組?」
「いないってば」
「B組?」
「いないってば」
「C組?」
「いないってば」
「D組?」
「ち、ちがうわよっ、い、いるわけ、ないじゃない!」
「E組?」
「いないってば」
よし、完璧。
「へぇ~、D組か~。まさかの同じクラスなのね~。毎日ドキドキでしょ」
ば、バレてる。どうして・・・完璧に取り繕ったのに。いえ、大丈夫よ。クラスなんて5分の一の確率で当たるんだもの。ただ同じクラスってだけじゃない。本当に私の好きなヒトがこのクラスにいるなんて、分かってないはずだわ。
「じゃあ、誰~?」
「だから、いないってば!」
さっきと同じやり取りがまた始まっちゃった。
「阿川君?」
「違うってば」
「井川君?」
「違うってば」
「鵜川くん?」
「違うってば」
「江川君?」
「違うってば」
「小川君?」
「違うってば」
しつこいなぁ。これ、続くの?
「香川君?」
「違うってば」
「木川君?」
「違うってば」
「久川君?」
「違うってば」
「外川君?」
「違うってば」
「古川くん?」
「違うってば」
そろそろ、やばい。正念場よ私。悟られるな、私。
「佐川君?」
「ば、な、何言ってるの。そ、そんなわけないじゃない。なんで私が!」
「志川君?」
「違うってば」
「須川君?」
「違うってば」
「瀬川君?」
「違うってば」
「十川君?」
「違うってば」
よし、完璧。乗り切った。
「へえっ、佐川君!?意外~」
ぎゃー!!!
なんで、バレたの!?なんで、どうして!?
いや、顔が赤くなってる気がするけど、ダメダメ。ここは、みんなのペースに巻き込まれちゃいけないわ。あくまでもポーカーフェイスよ。
「ち、違うわよ。さ、佐川君なんて何とも思ってないからね?べ、別に単なるクラスメイトよ」
どう?これで誤解は解けたかしら?
「うん、佐川君、バスケ上手いしね。優しそうだし」
「トコちゃん、真面目そうな人が好きなのね」
解けるどころか、なぜか印象づいちゃったみたい。
「そんな真っ赤にならなくたって、誰にも言わないわよ」
・・・そう思うなら、ここで大声で喋らないでよ。
違うわ、きっとまぐれよ。きっと、みんなが佐川君のこと気になってるだけだわ。
「ボク、知らなかった~」
涼ちゃんまで、そんなことを。私がこういう話題苦手だって知ってるくせに。
ジロりと涼ちゃんを睨むと、涼ちゃんはえへへと笑って、自分のクラスに戻って行った。
だいたい、私の好きなヒトが誰かなんて聞いてどうしようって言うの?協力してくれるの?佐川君と両想いにさせてくれるの?
違うでしょ?単なる興味で、面白がってるだけでしょ?
そんな人たちに、私のこの恋心を教えるなんてできないわ。自分だってこの恋心を考えただけで、プルプルしちゃってドキドキしちゃって、ハアハアしちゃうって言うのに、誰かに言われたりしたら、もっとドキドキしちゃって困るじゃない。
誰にも面白がられたりしたくない。
そっとしておいて欲しいの。
だから、誰にも知られたくない。たとえ、親友の涼ちゃんだって、教えたくないの。
でもきっと、大丈夫よね?さっきのは単なるまぐれ。
私に好きなヒトなんていないって、これからも答えればいいんだわ。
だから絶対、誰にも言わないもん。