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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

闘争シン話

作者: 天城恭助

この作品はC88で頒布されたものです。

 あぁ、これは走馬灯だ。死の危険にさらされて過去を振り返る一瞬の出来事。それでもその一瞬は濃密だ。俺の今まで生きてきた二十年がフラッシュバックする。


 二十二世紀、俺は人類史の中でも最も平和な世の中で育った。親は至って平凡なサラリーマン。東京近郊に住んでいたのでどちらかといえば裕福な家庭だった。

物心ついた頃、俺はそこらにいる子供となんら変わりがなかった。しばらくして、小学生になるあたりから違和感を覚え始めていた。その違和感の正体に気づいたのは、小学四年になったころだった。

俺は友達に誘われて野球をやり始めた。やっている人が少ないこともあってすぐにレギュラーになった。練習に真面目に練習に取り組んだかいがあってか、夏の地区大会は順調に勝ち進み決勝まで行った。少年野球故に七回で終わるわけだが、その七回裏得点は二対一、二死満塁一ボール二ストライク、一打サヨナラの場面。結果は頑張り虚しくボテボテのセカンドゴロ。準優勝となった。俺は悔し涙を流した。チームに迷惑をかけたと自責の念にも駆られた。だが、俺以外に悔し涙を流すものは一人もいなかった。むしろ、準優勝という結果に喜んでいた。その時、俺が今まで感じていた違和感の正体がわかったのだ。

 テストで良い点だろうと悪い点だろうと話題にもならない。体育のドッジボールなどでも勝ち負けに全くこだわらない。とにかく自分以外の人間は勝負事に全く興味がない。それが違和感の正体だった。この正体に気づいて以来、一部例外を除き深く人と絡むことはなくなった。


 小学六年にもなると近現代というのを学んだ。ここ百年から二百年程の歴史だ。それを見ると明らかにおかしい点に気づく。発展の速度が遅すぎる。一九世紀~二一世紀初頭にかけてそれはもう今からでは信じられない速度で技術が発展していることがわかる。どれくらい違うかといえば当時は十年で技術革新が起きていたが、今は百年前の技術とほとんど変わっていないと言っていい。百年以上昔の漫画で二十二世紀の未来から来るロボットの話があったが、その技術に遥か遠く及ばない。


 中学に上がる頃、親から捨て子であったことを知らされた。俺は驚くことはなかった。普通の人と比べて違うのだから、普通の親である二人とは血が繋がっていないことが自然に思えたからかもしれない。俺に兄弟がいないのは、母が不妊症だからということだった。両親にとっては、生まれてこなかった子供の代わりなのだろう。何も思うところが無かったわけではないが、両親に対して嫌な感情を向けることは無かった。俺に付けられた(すぐる)という名は今の両親が付けたわけではなく、そばに名前だけ記してあったそうだ。


 俺は周りと同じようになりたくない一心からか勉学に励み、それなりに良い大学に入れた。そして、その頃に世界中である二つのお祝いがなされた。全世界で戦争が終了して百年、さらにここ一年での死傷者ゼロだ。これは、今までの人類史において絶対にありえないことだった。世界がお祭り騒ぎの中、俺は悪いことの前兆なのではないかと異常事態のように感じていた。そして、その予感は的中することとなった。



 成人を迎えた頃、世界中を恐怖の底に叩き落とす事件が起こった。それは最早戦争、いや虐殺だった。突如としてイギリスに現れた女。西洋甲冑を着ており、大層な美女。神々しさすら感じられた。自らを『女神』と名乗り、次に行動を起こした時には、大剣を持ち道行く人々をただひたすらに斬った。もちろん人類は抵抗した。あるものはナイフを用い、警官は銃を用い、またあるものは車で轢こうとすらした。それでも『女神』を名乗る女を殺すことは叶わなかった。そして、一週間とかからずイギリスから人は居なくなった。さらに、翌日にはグレートブリテン島と周囲の島々が地球上から消えていた。女神はそれだけでは止まらなかった。他のヨーロッパの国々も壊滅させに行った。これにより世界中で再び軍隊が編成されようとしていた。

 徴兵令などという制度は一切ない。だが、希望者はかなり多かった。俺の通っている大学でも兵隊になるのが当たり前というような空気が流れ、その流れに流されるまま兵隊になることとなった。


 百年以上もなくなっていた軍隊というのは、思っていた以上にルーズなものだった。訓練はほぼ自主的に行うものだった。しかも、物資は常に送られてくるため、普段より裕福な暮らしができるほどだった。これが、希望者の多い理由なのだろう。ただ、そんな中でも堕落という程サボるやつは一人としていなかった。

 俺はその場の空気に流されて軍に入ったが、友人と呼べるような人はおらず半ば暇を潰すために毎日訓練に励んでいた。そんな中、俺に声をかける者がいた。

「よく頑張っているね」

 俺に話しかけてきたのは医療部隊の研修医だった。金の長髪で、美人と呼べる容姿だ。

「することもないからな」

「それでも毎日続けているんだから尊敬するわ」

「ありがとう」

「えっなんで?」

「別に褒められるために訓練しているわけじゃないけど、誰かに頑張ったことが認められるのはそれだけで嬉しいから」

「……そう。どういたしまして」

 久方ぶりに友人ができた瞬間だった。小学校の件以来、どうも人が苦手になってしまいまともに友人ができなくなっていたからだ。

 彼女の名は、シナ・ヴァルト。生まれはロシアの方で、こちらに避難してきたが、なんとかしたいと願い軍医になったそうだ。

 今まで考えたこともなかったが、異性として意識したのはこの人が初めてだったかもしれない。


 できれば彼女に毎日会いたいなんてことを思ったりしたが、あちらにはあちらの事情があるのでそれは叶わない願いだった。しかし代わりというには難だし、気持ち悪いし、嫌いだが同性の友人もできた。

 ある日のこと、普段通りに訓練をしていると声をかける奴がいた。

「おっ? 本当に真面目に訓練している奴が一人でもいるとは思わなかったな」

 声をかけてきた奴は、紫色の髪で白衣を着ていた。中肉中背どちらかといえば痩せていた。それよりなにより気に食わないのは常に浮かべているニヤけ面だった。

「あんた誰だよ?」

「俺? 俺を知らないのかぁ。それはもぐりだねぇ。無様だねぇ。無知だねぇ」

 今までに見たことない感じの奴だった。初対面ですぐここまで人をイラつかせる奴にはかつて会ったことがない。

「で、誰なんだよ?」

「俺はロキ。この世の救世主様だよ」

 そいつは誇らしげに手を広げ、そう言う。

「知らん。研究者か?」

「それで間違いないけど、本当に俺のこと知らないの? えっマジで? 本気で?」

「そう言っているだろうが」

「この稀代の天才科学者ロキを知らない奴がいるとは、全く予想外だったよ」

「自分で天才とか……プッ」

「笑うんじゃない! 俺が言っているのは誇張でもなんでもない、純然たる事実だ! なぜなら対女神用兵器を作れる人間はこの世に俺しか居ないんだからな」

「対女神用兵器を……! なんだそれ?」

 何もないところで転んだ。動いてもいないのに。どうしたんだ? 俺は何か変なことを言ってしまったのだろうか?

「……お前は本当に現代人か?」

「少なくとも二十年は生きてきた。ただ最近ニュースどころか、人と会話すらしない日があるからな」

 呆れた表情をされた。失礼な奴だな。

「最近って、お前は軍隊に入ったばかりなのか?」

「二ヶ月前だ」

「…………まぁいい。そんな無知なお前に俺の素晴らしい発明についてレクチャーをしてやる」

「別にいい」

「聞いておけよ。一般常識だしな」

「いや、別に……」

「いいから聞け」

 ロキの話を簡潔にまとめるとこうだった。女神に対する攻撃はすべて透過し、当たらないという。故に誰も勝てない。対女神用兵器はダメージこそは与えられていないようだが、女神に攻撃が当たるのだ。それが足止めになり、本来の速度であれば現時点――女神が現れてから三ヶ月の時点――でユーラシア大陸の三分の二は消えていたという(この時点ではユーラシア大陸の半分が消えている)。この話の間に俺はスゴイだろというような言葉を二十回近く言われてかなり辟易した。うざいし、キモイし、腹立つけれど、今までにない人間らしさのようなものを感じた。今まで会って来た奴は、小奇麗で悪意なんかとは無縁で、なんとなく機械的だと思っていた。けど、ロキという男は汚い自尊心に塗れていて逆に安心感を覚えた。


 女神が現れてから四ヶ月経った頃。最前線が着々と日本へと進行してきており、そろそろ最前線に向かう人間がさらに増えてくるだろうことが予測された。その予測通り、シナは最前線の補給部隊として派遣されることとなった。そんなことを俺に報告してきたのであった。

「それじゃあ、行くね」

「……やっぱり、行かないと行けないのか?」

「もう決まっちゃったことだし……そんなに心配しなくても最前線といっても補給部隊だから危険はないよ」

「それは違うだろ! 最前線に行って生き残ったのなんて、十パーセントにも満たないじゃないか!」

 彼女は語気を荒くした俺に少し怯えているようだった。

「ごめん。でも、嫌なんだ」

「怖いの?」

「そう……だな。俺って友達少ないからさ」

 自虐して笑ってみせた。

「わかったわ。代わりと言っては難だけど、これを貸してあげる」

 そう言って、彼女は首に下げていたネックレスを俺に渡した。

「これは?」

「これは母さんの形見よ」

「なんでこんな大事なものを」

「別にあげるわけじゃなくて、貸すだけよ。私が帰ってきたら返してね」

「……わかったよ」

「またね」

 彼女を見送り、思った。彼女はほぼ間違いなく死ぬ。自分のみっともなさに、彼女を止めることのできない不甲斐なさに苛立ちを覚えた。


 一週間後、ロキが神妙な顔をして俺に封筒を渡してきた。

「なんだよ、これ?」

「開ければわかる」

 その中には紙が入っており、その内容は訃報。シナ・ヴァルトの死の報せだった。

どうなるかなんてわかっていた。女神の近くに行けば死ぬのは当たり前のことで生き残る方が奇跡なのだと。それでも初恋の人が死んだという事実は、苦しく悲しかった。そして、小学生の時以来の涙を流した。

「これを取りに帰って来るんじゃなかったのかよ……!」

 ネックレスを握り締め、そう言わずにはいられなかった。


 しばらくして

「落ち着いたか?」

「あぁ。っていうか、お前はなんで俺とシナの関係知ってんだよ」

 彼女といたときにロキと会ったことは一度もなかったし、話したこともなかったはずだ。

「研究の休みがてらいつも歩き回っているからな。お前が顔を赤くしながら、シナ・ヴァルトと会っているところなんて何度も見たんだよ」

「顔を赤くって、おい!」

「冗談だよ、冗談。でも、お前が誰かといる時って大抵俺か彼女だったからな。気があるんだろうなって見かけたときはいつも思っていたぜ」

「確かに間違っちゃいない。けど、俺から言っておいて難だがもう彼女の話はしないでくれ」

「……悪い」

 ロキはそのまま立ち去ろうとした。が、立ち止まり振り返った。

「お前はこのままでいいのか?」

「いいわけないだろう。だけど、俺に何ができるって言うんだ」

「できるできないの問題じゃない。やるかやらないかだろ」

「そんなものに価値はないよ。結果がでなければそれは無意味なんだから」

「……結局、同じなのか?」

「何がだ?」

「人は一人一人違うものだろう?」

「何を当たり前のことを……」

 違う。俺は知っていた。平等を唱い、平和を愛し、争いを好まない素敵な世界と人々。それでも、そこに価値は見い出せない。変化がない退屈な奴ら。張り合いもない。

「わかっているんだろう? 人類はどいつもこいつも争いを好まない! 悪いことだとは思わん。だが、そこに進化はない! 激情こそが新たな力を、新たな技術をもたらす!」

 心底同意だった。そして、俺が感じるべきは悲しみなどではなかった。

「お前の日々の努力は惰性によって作られたものだが、その努力はお前の激情によって真価を発揮する」

 今までの悲しみなんてなかったように、怒りがこみ上げてくる。

「憎い! シナの命を奪った、女神が憎い!」

「それでいい。俺が全力で協力してやる」

「あぁ、ありがとう。俺はなんとしてでも女神を殺してみせる」

「その意気だ」

 ロキに焚きつけられ、怒りを燃やした。ただロキの表情はいつものニヤけ面ではなく、真剣な顔つきだった。それは何故か、悲痛に歪んでいるようにも見えた。


一週間後、女神は中国の西部の荒野まで迫って来ていた。

 前線へと向かう命令が下り、意気揚々と現地に向かった。

 ヘリに乗り、パラシュートで敵地に向かう。敵地と言っても、相手は一人しかいないのだが。このパラシュートで降りる間にも危険は伴う。前線部隊が戦っているとはいえ、すぐに壊滅させられてしまっている。

 ヘリから飛び降り、パラシュートを展開させる。風で流されつつ向かう。高所から眺める景色は恐怖そのものだった。何百、何千という部隊が、一瞬で血の海に変えられている。

怒りを元にここまで来たが、恐怖に塗りつぶされようとしているのがわかった。憎しみを頼りに恐怖を押さえ込んだ。

 地上に降り立ち、パラシュートを外し、女神の下へ。と意気込んだのはいいもののパラシュートの紐に足が絡み、こけてしまった。

「っ()

 突如、ビュウッと豪風が吹き荒れ、目を閉じた。目を開けて見渡すと、俺と共に来た部隊全員の上半身と下半身が真っ二つに分断されていたのが見えた。

「……え?」

 何が起きた? 一瞬で皆死んだ。どうしてだかわからない。でも、ひとつだけわかる。

「……勝てない」

 何をどう足掻こうと女神に勝つことは不可能。頼りになる仲間はどこにもいない。死ぬ!

「まだ生きている奴がいたのか……」

 どこか気だるげな女性の声。声のした先には、女神が居た。殺される……! 憎しみも怒りも意味なんてない! 今までのことはすべて無価値だった!

「ぐっ……!」

 とにかく逃げるしかない。

「何処へ行く?」

 目の前には既に女神が先回りしていた。大剣を振り上げる。

「何か言い残しておくことはあるか?」

「死にたくない! 死にたくない!」

「そうか」

 女神が剣を振り下ろす。

 終わった。短い人生だった。とはいえ、ここまで振り返ると意外と短くもなかったかもしれない。


――――痛みも何もない。もう死んだのか?

「奇跡……か」

 振り下ろしたと思った瞬間、反射的に閉じてしまった目を開けると、剣は俺の手前の地面を斬りつけていた。

「貴様はまだ生きるべき運命にあるのかもしれない。この場は見逃してやろう」

 背を向け立ち去っていく。

 何故かわからないが、生かされている。そして、あいつは背を向けている。

 今しかない! 銃を抜き脳天に狙いを定め、引き金を引いた。……だが無意味だった。

 女神は振り向きざまに剣を振い、弾丸を切り落とした。

「死にたくないのではなかったのか?」

 わかっていた。女神に勝つことなどできないと。それでも仇を討ちたかった。

「聞いているのか?」

 まだ何か言っている。殺さないのか?

「質問に答えろ。でなければ、今すぐ殺す」

「は?」

 女神が無言で剣を構える。

「ちょっと待て! 答える! 答えるから剣をしまってくれ!」

 女神は剣を背にある鞘にしまった。

「さっさと答えろ。お前は死にたくないなどと言いながら、何故私に攻撃を仕掛けた」

「……仇討ちだよ。お前に初恋の人を殺されて、あのタイミングならお前を殺せると思った」

 女神は腕を組み何かを考えているようだった。

「久しく見ないタイプの人間だな」

 こうして見ていると武具を装備しているもののただの美人にしか見えない。とても何十億人も殺した奴には思えなかった。

「俺も質問してもいいか?」

「急いでいるのだがな。まぁいいだろう」

「何のために人を殺しているんだ?」

「魂の存続」

「魂の存続? どういうことだ?」

「近いうち地球は滅ぶ。その時、魂も一緒に消えてしまうから保護のために回収している」

「待ってくれ。地球が滅ぶって今お前が滅ぼそうとしているんじゃないのか?」

「地球を滅ぼす気などない。そもそも地球の寿命は尽きようとしている。滅ぼそうとしなくても直に皆死ぬ」

「それじゃあ、お前は何のために……」

「言っただろう、魂の存続だ。魂を回収した後、異星へと移動し新たな生命を創る」

「……はは、あれか? お前は名前の通り神様なのか?」

 スケールの大きさに少し笑ってしまった。

「性質上女神という名前が近いのであって、実際は神などではない」

「神じゃなかったらなんなんだよ」

「うまく説明できないが、強いて言うなら意思を持つ自然現象というのが一番近い」

「よくわかったよ。それでどうして俺を殺さないんだ?」

「わからない。けれど、偶然とはいえ二回も私の攻撃が外れたのは何かあるのかもしれないと思っただけだ」

「……人間みたいだな」

「そうでもない。それとお前はそうでもないが、むしろ最近の人間は人間らしさを失っている。貪欲とも言えた様々な欲がかなり薄くなっているからな。本来ならその欲を持って、技術は進化し異星に移住する技術ぐらいあってもおかしくはなかったはずだ」

 言い方こそ違うが、俺も似たようなことを思ったことがある。周りの奴らは闘争心、向上心があまりない。

何故だろう? 憎くて仕方なかった上に怖い相手のはずなのに、興味が湧いて親近感のようなものを覚えている。

「つまり私が殺して魂を回収するという選択肢になったのは、人間が悪いと言えるな」

「それはおかしいだろ。そもそも地球の寿命が尽きそうだなんて知らなかった」

「そこまで技術が発展していないのか。どちらにしろ、魂は回収する」

「おい! 女神が居るぞ!」

 遠くから声が聞こえる。それと同時に銃声が響く。

「どうやら、おしゃべりはここまでのようだ」

 女神は試験管のようなガラスを見つめ「もう入らないか……」とつぶやき、瞬きした後には姿が見えなくなった。

「あれ?」

 女神がいなくなったのを確認したら俺は尻餅をついていた。

 腰が抜けたみたいだ。

「大丈夫か!?」

 他の部隊の奴だろう。

気が抜けたと同時に意識も手放してしまった。


 気が付いたときには、ベッドに寝かされていた。清潔感のある真っ白な天井と壁だ。つまりは、病院だろうな。どこの病院かはわからないけど。

 上体を起こし、横に座っていたのはロキだった。

「ようやくお目覚めかい?」

「ここはどこだ?」

「アメェリカ! だぜ」

 相変わらずうざいな。

「それと時間は?」

「午後三時だ。ちなみに一日寝たきりだったぜ」

 気が抜けて気絶しただけなのにそんなに寝ていたのか。俺はそんなに疲れていたのか?

「……そうか。さっさと帰れ」

「冷たいな。せっかく見舞いに来てやったんだ。話ぐらい聞かせろよ」

「何の話をしろって言うんだ?」

「知っているぞ。会ったんだろう? 女神に」

「確かに会ったけど、何を話せばいいんだよ」

「そりゃあ、どんなに美人だったか……そんなに睨むなよ。冗談だよ、冗談」

 こいつは本当によくわからん。

「本題は、女神の目的を聞いていないかと思ってな」

「……それを聞いてどうするんだ?」

「どうするもなにも俺は科学者だぜ。知的好奇心を埋めようとすることの何が悪い」

「別に悪いとは言ってない」

「それなら聞かせろよ。……どうしても知りたいんだ」

 ロキはいつぞや見せた悲痛な表情をしていた。何を考えているかはわからないが、きっとこいつなりに心配してくれているのだろうと思った。

 嘘偽りなくロキに女神の目的、何を話したかを教えた。話している最中、表情を変えることはなく集中していることが伺えた。こんなに何かに集中しているロキを見るのは初めてだったから、少しばかり緊張感を覚えた。

「ありがとよ」

「別に大したことはしていない」

「いや、そうでもない。むしろお前に謝らなくちゃならんことがある」

 謝る? 普段のうざい言動以外にこいつは俺に何かしたのか?

「何を謝るって言うんだ。いつもの言動についてか?」

 冗談交じりに聞いてみた。

「そうじゃない。俺はお前を煽って女神にけしかけたんだよ」

「確かにお前に乗せられてはいたが、女神に挑もうとしたのは俺自身の意思だ」

「そうかもしれない。だが、俺はほぼ確実に死ぬとわかっていた。それをわかっていた上でそうしたんだ」

「俺は生きているんだ。それでいいじゃないか」

「……実際はそれが目的でもあったんだよ」

「どういうことだよ? 意味がわからないぞ」

「俺は極僅かな可能性――女神がお前を、東流優を生かし目的を話すかもしれないということに期待していた」

「だからそれがなんだって言うんだ」

「女神の目的を知りたかったんだ。俺の目的に沿っているか、どうかを」

「その目的ってのはなんだよ」

「……俺の目的について知ったら、お前は俺を憎むかもしれないし、お前を殺すことになるかもしれない。それでも聞くか?」

「そもそも、そんなことがあることをどうして言うんだよ? おかしいだろ」

「そうだな、聞いてもらいたかったのかもしれないな。俺はこれでも百三十年生きていて、その目的を百年程誰にも言っていないからな」

「嘘を吐くな。冗談にしても面白くない」

「嘘じゃないぞ。でも、年齢についてはどうでもいいんだ。問題は俺が話を聞いてもらいたいってことだ。ただ、その結果お互いにとって取り返しのつかない結果になるかもしれない」

 こいつが俺を騙しているもしくはただのドッキリの可能性はある。本音か嘘かはわからない。それでも、真剣な表情をしているこいつは稀だし、なにより聞いてもらいたいと言っている。さらに言えば、数少ない友人だ。俺が傷つく結果になっても聞いておきたい。

「わかった。その話を聞こう」

「後悔はしないか?」

「お前が話すか話さないかの問題なんだろ?」

「そうだったな。俺の目的は端的に言うとリセットだ」

「リセット? 何をリセットするんだ?」

「全てを、だ」

 全く意味がわからん。

「……そもそもリセットっていうのはどういうことだ?」

「無に還すんだよ。地球丸ごと」

「もしかして地球の寿命が近いのは……」

「そうだ。俺がやったことだよ」

 嘘くさいが、嘘ではないのだろう。

「お前がそこまですごいやつだとは思わなかったよ」

「伊達に百年前から天才科学者をやっていない」

「けど、どうしてリセットしたいんだ?」

「一言で言えば今の世の中が気に食わないからだ。きっかけを話すと少し長くなる」

「別に構わない。聞かせてくれ」

 ロキは一枚の写真を取り出した。

「これは?」

「百年前の俺とその同僚の写真だ」

 その写真には、肩を組んでいる男二人組とその横に赤ん坊を抱える女性が写っていた。片方の男は精悍な顔つきで、もう片方の男は黒髪で顔が少し違うもののロキに似ていた。皆笑顔で幸せそうだった。

「この頃は黒髪だったんだな」

「当たり前だ。俺は純日本人だからな」

「へぇ」

「思ったより興味なさそうだな……とにかくここに写っている俺と肩を組んでいる男。こいつが俺がここに居て、地球をリセットしようと考えさせたきっかけだ」

「一体何があったんだ?」

「こいつは俺の幼馴染だ。生出寛一(おうでかんいち)って名前で、俺の親友かつライバルだった。小学生の時から学力を競い合っていて、中学以降はいつも首位争いをしていたよ。大学で研究室に入ってからは研究分野こそ違ったがお互い、どちらが先にノーベル賞を取るか競っていた」

「……自惚れがすごくないか?」

「それぐらい天才だったのさ。俺もあいつも。ついでに言うと俺たちの研究分野は違うと言ったが、非現実的なものという点においては共通していたよ」

「非現実的って何やっていたんだよ」

「俺は俗に言うタイムマシン、あいつは……何といったら言いだろう? そうだな、魂の研究をしていた」

「確かに非現実的だな。それに、そんな研究の話を聞いたことがない」

「発表はしていないからな。だが、結果から言えば俺たちはどちらも不完全な形ではあるが研究を完成させた。そして、事件は起こった」

 俺は息を呑んだ。

「当然、これまでの過程で教授になっているわけなんだが、あいつは俺より先に結婚したんだよ。しかも、子供まで作ってやがった!」

「おい、何の話をしてるんだ? ってか、なんでキレてんだよ」

「ちょっと、うらや……どうでもいいだろうそんなこと」

 羨ましいって言いかけたなこいつ。もしかして、童貞か? 話の腰を折りたくないから言わないけど。

「その結婚相手が、今はなき非営利団体に勤めていてな。俺たちの研究が一段落したところで子供を預けて、内戦地帯に行ったんだよ。それで、その先で死んじまった」

 何となく自分に似ている気がした。両想いではなく片思いでしかなかったけど。

「そのあとのあいつは、すべてを投げうつかのように研究に没頭していたよ。子供を俺に預けてな。この研究によってある意味じゃ、人類を救ったよ」

「ある意味って、何か悪いことでもあったのか?」

「少なくとも俺にとっては地獄に等しい。あいつの研究は人類から欲望を奪ったんだよ」

「欲望を奪う?」

「そのままの意味だ。ただ、俺はあいつの研究資料に目を通していたからある程度細工ができた。それで中途半端な形になって今の社会の形なった」

「よくわからないが、完璧な形にだったらどうなっていたんだ?」

「誰も生きようとしないだろうな。心臓と呼吸が動いているだけになって、とっくの昔に人類は滅んでる」

「恐ろしい話だな」

「俺は今の世の中でも十分恐ろしいと思っているけどな」

「人類が滅ぶ以上の恐ろしさってなんだよ」

「進化しないこと。人の進化は百年前から止まっているのさ」

「人類の進化って技術のことか? それなら近現代史で見たときに同じことを思ったよ」

「それもある。それより俺が何より気に食わないのは、人に競争心や闘争心といった考えが一切ないからだ」

 それは小学生の時に既に感じたことがあったことだ。その感覚が、人を遠ざけるきっかけになった。

「確かに、人の欲が奪われてから戦争がなくなり平和になった。途上国は先進国から援助を受けて発達した。そこからさらなる人口爆発を起こしながらも、利益を深く求めるものがいないから農業に専念する者も増え、食糧不足も回避された。ある意味じゃ、理想の世界だ。それでも俺はこんな世界認めたくない」

「俺もロキの気持ち、少しはわかる。けど、その理想の世界だというのにどうして認めたくないんだ?」

「人は争うからこそ強くなれる。誰かより優れたいと思うから努力できる。何かに妥協してばかりじゃ、面白いことなんて何一つ起こりはしない。それが許せないのさ。俺は誰よりもあいつを超えたいと思って生きてきたから」

「でも、そのロキの親友が望んでできた世界だろ?」

「あいつは装置を起動させた後、自殺したよ。だからあいつにとって、世界なんてどうでも良かったんだろ」

「……目的とか理由とか色々わかったよ。ただ、二つ気になることがある」

「なんだ?」

「一つは、その装置は世界中を対象に作動したんだよな? なら、なんでロキは影響を受けていないんだ?」

「俺にも理由はわからない。ただ、自分で人体実験を繰り返していたことがあったせいかもしれない。おかげで、今みたいな不老状態だ。不死かどうかは試したくないから知らん。それで、もう一つは?」

 こいつ、さりげなくとんでもないこと言わなかったか? ……とりあえず、それは考えないでおこう。

「俺にこの話をした本当の理由はなんだ?」

「さっき言ったとおりだよ。ただ、俺はあの装置が起動する前、欠陥品のタイムマシンにあいつの息子を放り込んだ。あいつの子供なら、きっと天才だろうと思っていたからそれが失われるのが嫌だった」

「一体何の話を……」

「その子供を俺は未来に送った。と言うより未来にしか送れないってだけだったんだが。それで、その子供の名は優だった」

「それって、つまりは……」

「察しの通りだ。絶対そうだとは言えないが、十中八九お前はあいつの息子だ。それに、お前には欲があった。あの時、お前は女神を憎んでいたからな。憎しみとは怒りであり、エゴだ。エゴはある意味じゃ欲望でもあるからな」

「あれは、それを確かめる意味でもあったのか?」

「そうだ。ただ結果がどちらにしろ、自分の行動を変えるつもりはなかった。それでもお前に会えたことは嬉しかったよ」

 ロキの話は、俺にとって人とは違うと感じてしまう感覚と辻褄があう。

「ちょっと待ってくれ。混乱している」

「全て信じろとは言わん。ただ、タイムリミットは近い」

 ロキは席を立った。

「タイムリミットってなんだよ」

「言わずもがな、だろ」

 そう言って、部屋を出て行った。


 翌日、フレンダ・イグナイア中将殿が士気を高める為、女神に接触し唯一残った人間として演説して欲しいと言われた。一体何を言ったら良いのかわからなかったから拒否しても良かったが、少し試したいこともあったので了承した。

 特大の作戦会議室に呼ばれ、壇上横で呼ばれるのを待つ。緊張する。

「それでは前回の作戦において、優秀な成果を収めた東流優大尉に激励の言葉を頂きたいと思う」

 あまり心の準備ができなかったから内心ビクつきまくりだった。っていうか、大尉っていつの間にそんなに階級上がっていたんだ? 確か戦場に行く前、軍曹だった気がするんだが。一応、俺を英雄視しているからそれなりの階級にしたんだろうか? どちらにしても言うことを変えるつもりはないけどな。

 壇上に上がり、一切のズレがなく整列された人の列を見る。この統率された並びは人ならではのものだなとか余計なことを考えて、大勢に見られている緊張を和らげようとした。だが、あまり効果はなかった。それでも今から言うことは恥ずかしい以前にバッシングを受ける可能性がある。それを考えれば一時の恥なんてと思ったが関係はなかった。むしろ自分を追い込むことになるかもしれない。軽く混乱しているのがわかる。考えなしと自分でも思ってしまうような、残念な演説をこれからすることになる。

「この戦争に勝ち目なんてありはしない」

 開口一番に爆弾を投下したつもりだったが、何の反応もない。

「そもそも戦争などと付けられていること自体おかしいと言える。これは戦争などではなく、虐殺されている側がわずかに抵抗しているに過ぎない。さしずめ百年以上前の人類がいくつもの生物を乱獲などによって絶滅に追いやったように今度は人類が絶滅させられようとしている」

 まだ、誰も俺を止めようとはしていない。

「先日の作戦において私は生き残った。それで私を英雄視しているものがいると聞く。しかし、私が生き残ったのは単なる偶然。運が良かっただけだ。女神を眼前にすれば誰でもわかる真実だ。出会った瞬間に死を確信することだろう」

 誰もが静かに聞き入っているだけだ。

「それでも諸君らが戦う理由はなんだ? 家族、友人、金、名誉。そのどれであっても命あっての物種だろう」

 わずかにざわめくがほぼ反応なし。

「女神と戦って死んだ者の人数を知っているか? 約八十億人だ。一般人も含めれば百四十億人を超える。それでも勝てる見込みがあると思うのか?」

 まるで人形相手に話している気分だ。演説故に会話しているわけではないが、反応はほぼない。煽っているのに誰も不快感を示しているようには見えない。これぐらいが限度か。

「ここまで絶望的な状況だが、覆す術は技術班にある。対女神用兵器はダメージを与えることは叶わないが間違いなく進行を遅らせている。もうしばらくすれば、ダメージを与えいずれは打ち倒すことも可能となるだろう。そのために戦おう! 絶望的なこの状況を覆してやろう!」

 最後は無理矢理今までの話を無視して、倒せるかもしれないという超低確率の話をそれまでの間に死んでしまうもしくは先に人類が滅亡するであろうことを伏せて希望的観測で盛り上げた。無理矢理でも乗っかってくれるものでその場のテンションと言うのはおかしなものだ。おかげで中将殿に文句を言われることもなかったから良かった。

 それにしても、これほど無反応だとは思わなかった。考えると言う機能がそもそも存在しないんじゃないかと思ってしまうほどに無反応だった。

 生きることへの渇望は恐らくある。けれど、自分の死については深く考えていないのだろう。普通なら受け入れたくないであろう事実に何の反応もないということは、自覚もしているのかもしれない。でも、諦めてはいない。

 ある程度、予想できていたことではあった。それでも実際に目の当たりにすると異常さが際立って気持ち悪さすら感じた。

 さらに、俺を追い詰めるかのようにロキが失踪したと報告が来た。


 俺はここまでやっておいて悩んでいた。ロキに勝つ意思がない以上こちらに勝ち目はない。その上、仮に倒せたとしても地球は崩壊。八方塞がりだ。つまりは人類が生き残るという選択肢は端からない。ならば選択するのは、女神に滅ばされるか、地球が吹っ飛んで滅ぶかのどちらかしかない。

 女神に滅ぼされた場合、魂は異星へと運ばれ転生する。実際のところどうなるかはわからないが、おそらく現在の人の性質を受け継ぐのだろう。だからこそロキは女神に協力しようとはしていなかったのだと思う。

 地球が吹っ飛んだ場合、女神は消失すると言った。だが、ロキはリセットと言っていた。魂は復活でもするのだろうか? どちらかが嘘をついている可能性はある。

 ただ、どちらにしてもロクな未来は見えてこない。俺やロキ以外の人間がこの真実を知ったとしてどれくらいの人間が悩むのだろう。普通の人は信じられないだろうが。そもそも普通の人というのを現代で言った場合、俺の方が異常なのではないか? 俺以外に同じような考え方をする奴がいなければ、少数派でしかない。少数どころか独り。

 考えがそれてしまった。それだけ自分が追い込まれているのだろう。

 シナならどう思っただろう? やはりシナも他の奴らと同じでしかなかったのだろうか? 今更、確かめようもないことだが、考えずにはいられない。彼女のことをよく知りもしないのにこんなことを考えてしまう。……何も決められない。また今度考えよう。


 明日から本気出すという言葉を聞いたことあるが、この明日は永遠に訪れることはない。どうしてかはわからない。ただ、俺はそれを身を持って体感した。女神が現れてから一年。女神はアメリカに上陸しようとしていた。しかし、俺は結論を出せてはいなかった。

 英雄視されていたおかげか俺が死んだ時の士気低下を防ぐため最前線に行くことはなかった。しかし、とうとう人類の終わりが見えてきてしまった。もう後退することはできないから自然と戦いに行かなくてはならない。前から分かっていたが、戦いに行くことと死ぬことは同義だ。

 防具とか邪魔、と言うより意味がないから外して、シナから預かったペンダントだけ胸ポケットにしまっておく。

 戦場はすぐそばにある。一般市民は地下シェルターに逃げ込んでいるが、意味はないだろう。この状況じゃ、仮に女神を倒し地球が滅ばなくても人が全員生きる術はない。生き残れて数十人から百数十人と言ったところだろうか? これですらひとかけらの可能性もないのだから救いなどないのだと改めて思う。

今となっては俺も軍の中ではかなりのお偉いさんになってしまった。おかげで大隊の

隊長を任されてしまった。隊列の一番前に立ち、声を上げる。

「ここが最後の砦だ! どうなっても最後まで足掻け!」

 俺の激励の言葉に「サー、イェッサー!」と数百人からの返答が来る。

 内心、ため息を吐きどうやって生き残るかだけを考えていた。


 女神のいる場所まで車を飛ばす。五キロ圏内に入った時点で降り、歩きで近づく。既に虐殺は始まっていた。肉眼では到底捉えることのできない速度で人を切り刻んでいっている。

 俺は生き延びるためだけに、仕掛けを用意してきた。結論を出さなくては、まだ死ぬわけにもいかない。煙幕を大量に用意し、あらゆる場所に設置してきた。そして、今使う。いたる所から煙を噴出させ、すぐに視界が真っ白になる。俺は大隊が混乱している中を逃げ出し、車に乗って逃走した。

 部下を、仲間を置いてしかも囮にして逃げ出した。最低最悪の行為だ。それでも不思議と罪悪感はそれほどなかった。自分がとんでもないゲス野郎になってしまったのだろうかとそんなことを思った。

 車には武器も食料も入っている。節約すれば一ヶ月は余裕で持つ。俺は人のいない山脈の麓にこもりひっそりと女神が来るのを待つことにした。


 逃げ出してからどれくらい時間が経っただろう。ついに食料が底をついてしまった。全てに目を背け、山にこもり今までの殺されるばかりの環境が嘘のように平和な時間だった。だが、食料が尽きてしまえば後は餓死に向かうだけ。時間はまるで無限のようにあったが、何かが考えつくはずもなかった。

 ふと気づくと、遠くに人影が見えた。まだ生き残っている人がいたのだろうか。その人影が自分に近づいている。逆光になっていて見えない。

「おーい! 生きているか!?」

 聞き覚えのある声だった。

「聞こえているだろう! 優!」

 ロキだ。あいつ、まだ生きていたんだ。

「あぁ!」

 近くまで来る。間違いない。安堵しているのがわかる。嬉しいんだ、俺は。

「久しぶりだな」

「あぁ、久しぶり。今までどこ行っていたんだよ」

「それは、お前が言えたことじゃないだろう。戦場から逃げ出しちゃって」

「そ、それは……どうしてそんなこと知っている?」

「生きてここに居る。それだけでそうだとわかる」

「外は、人類はどうなった?」

 何となく予想はついている。それでも一応だ。

「お前と俺だけだよ。もっとも、俺は人間辞めているようなものだからお前だけだな」

 やっぱりそうだよな。そうなるとわかっていた。見捨てたこともあるけれど、罪悪感もほとんどないと思っていたけど、何か辛い気がする。

「それで、どうしてここに?」

「答えを聞きに来た。お前は魂の存続を望むのか、それともリセットすることを望むのか」

 未だ答えの出せない選択。おそらく、もう時間はない。

「それはだな……その、あれだ」

「決められていないんだな……どっちにしても俺は俺のしたいことを貫くだけだ」

 ロキが白衣の内に手を入れる。拳銃を取り出していた。

「どうするつもりなんだ?」

「どちらにしろ君は死ぬ。なら、女神に殺されてしまう前に俺が殺すよ」

 仲間を裏切ってまで生き延びた命なのにここで死んでしまう。友人に殺される。これが罰なのだろうか? でも、皆同じく死んでいる。それを罰というには、軽すぎるくらいなのかもしれない。諦めるか。それで苦しみからも解放される。

「覚悟はできているみたいだな」

 銃声が響いたのを聞いた瞬間、左胸に衝撃を感じ一瞬で視界がブラックアウトした。


 揺れている。何かがぶつかるような低い音が、金属がぶつかり合うような高い音が何度も響いている。何だかよくわからない感覚。これが死ぬってことなんだろうか? 寝返りを打つように体を動かせそうだ……痛っ。――――死んでいない? 痛みを感じているぞ。確かに銃弾が心臓を貫いたはずじゃ……左胸に入れていたネックレスが邪魔したのか。悪運が強すぎるな。展開としてもベタすぎて三流もいいとこだ。

 体を起こし、目を開けた先は信じられない光景だった。

 いつか漫画で見た世界のように、遠く彼方で二つの影が空中で何度もぶつかりあっている。一撃ごとに山は砕け、大地は抉れる。その様はまさに終焉が間近であるようなそんな気にさせた。

 あの二つの影がぶつかるごとにこちらへ近づいてくる。衝撃は少しずつ強くなる。影の正体は何となくわかっていたが、女神とロキだった。

 ロキは日本刀、女神は大剣を持って何度も斬り合っていた。

 ある種憧れていた光景。けれど、希望のカケラもない戦いであることもわかっていた。

 生き残った俺に何ができるというのだ。何故、俺は生き残ったんだ。あそこで死んでしまった方が楽だったのに。

 斬撃が飛び交う。漫画ではよくあるけど、現実じゃありえない。その斬撃は俺にも飛んでくる。ようやく終わりか。死に方的にはさっきの方が良かった気がするけど、終わるなら……いつまで経っても来ない。目を開けた先にいたのは、ロキだった。

 背中からは血が吹き出している。

「どうして!?」

「言っただろう? 女神に殺されてしまうぐらいなら俺が殺すって」

「重要なのはそっちじゃないだろ!」

 女神がそばに降り、近づく。

「これで終わりだな」

「そうでもないぞ」

 ロキは手に持っていた日本刀を女神に投げつけ、それと同時に走る。女神は日本刀を避け、斬りかかった。ロキはそれを避けられなかった。いや、避けなかったのだろう。ロキの拳は女神の腹を貫いていた。

「……見事だ。だが、お前ももう長くはないようだな」

「……できれば……地球が吹っ飛ぶまで……生きて……いたかった」

 体は斜めに真っ二つに斬られ、息も絶え絶えになり、血反吐を吐いた。しばらくして、ピクリとも動かなくなった。

 親友も失ってしまった。けれど、怒りも何も沸き上がらない。ただ、その事実だけを認識していた。

「おい」

「な、なんだよ」

 女神の体のいたる部分から試験管のような物体が流れ出す。

 見ていて不気味な光景だ。それに、腹を貫かれたというのに表情は全く崩れていない。

「魂の行方はお前に託す。それがここに生き残った者の宿命だ」

「生き残った者って随分平気そうに見えるぞ」

「そういう感覚がないだけで、実際はすぐにでも死にそうだ」

「それで、どうしろって言うんだ」

「私から出ているこれの中には人々の魂が入っている。だが、これを破壊するにはそこの刀ぐらいしかない。星の爆発では、その入れ物は壊れない」

「壊した場合と壊さなかった場合はどう違うんだ?」

「壊さなかった場合、いつか流れ着いた星で転生する。壊した場合は消える。その先は私にもわからない」

「俺自身の魂は?」

「私の剣で死ねば、その入れ物にお前の魂が入る。それ以外なら消滅する」

 せっかく生き残った上に、選択することができるんだ。俺にしかできない選択をしよう。

「シナの魂がどれに入っているかわかるか?」

 女神が一つの試験管を俺に投げる。

「その中だ。それで、どうする?」

 俺は刀を拾い。片っ端から試験管のような入れ物を砕いた。

「それが、お前の答えか?」

「別になんでもいいだろ」

 シナの入っている入れ物を除き全てを砕き終えた。

「これ、借りるぞ」

 女神は死んでしまったのか反応をすることはなかった。

 女神を一瞥した後、俺は女神の大剣を自分自身に突き立てた。

 これが、俺の出した答え。ロキの望みを叶えつつ、俺自身の望みを叶えるための答え。

 親友に嫌われたくない上に初恋を引きずった醜い男の答えだ。

 来世でもシナに会えますように……



 目を覚ました。

目が覚めるというのは、今までの物語が夢オチだったことを示している。残念な結末。名前がどこか聞いたことがあるものばかりでより自分の作り出した妄想の世界であることをより一層感じさせた。

 ところで、俺には幼馴染がいるわけだがとてもシナに似ている。しかも、彼女には好意を抱いている。それ故にさっきの夢が恥ずかしすぎた。誰にいうわけでもないが、黒歴史は確定だ。軽く憂鬱な気分を変えるべく彼女を迎えに行く。

 家はすぐそばにあるし、通う学校も一緒。毎日、こうして会いにいくのが楽しみなのだ。

 彼女が家から出てくる。

「おはよう、シナ」

 やばい、さっきの夢と同じ呼び方をしてしまった。かなり恥ずかしい……

 少し驚いた表情をした後、彼女はこう言う。

「おはよう、優」

 それは夢の中で呼ばれていた名前。

 俺は前世というやつを信じてもいい気がした。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

一応、この作品には闘争心というメインテーマを基に作っています。

ここの世界観上、人類全てが最善策を取ろうとするので戦争や犯罪が一切ない平和な世界ということになっています。しかし、それはある種闘争をも奪っている気がするのです。そして闘争というのは、形はどうあれ人の成長の糧となるものだと考えています。戦争や犯罪のない世界は理想的な世界だとは思いますが、同時に成長も遅くなってしまうのではないかと思ってしまうのです。勘違いしては欲しくないので念のため言っておきますが戦争や犯罪を肯定しているわけではありません。ここで言いたいことをまとめると競争や闘争があるから成長は促されるのではないか?ということです。

ただ、僕に競い合うような親しい友人はいませんが、小説をこれからも頑張りたいと思います。なんか暗くてすみません。

最後に感想をください、お願いします。

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[良い点] 確固とした文章力。 [一言] 謎の存在が謎のまま人類を窮地に追い込んでいるといういわゆる「人類の敵」モノとして、映像作品よりも舞城王太郎を感じます。 文量もコンパクトにまとめられていて、ち…
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