死神
アランは椅子に座り、メイルにはベットに腰掛けた。彼女は床でも良かったのだが、アランが勧めたために断ることが出来なかった。背筋をしっかりと伸ばし、主に謁見するに相応しい姿勢で座る。
アランはその姿を見て頷き、語りかける。
「では、メイル。我がいない間に法律に動きはあったか?」
「はい。十年前に民からの意見書があがってきました。内容は魔獣ケルベロスが絶滅しかけているため、保護してほしいとのことです。法務省は審議の結果、保護と密猟者への厳罰、ケルベロスの森の見張りを強化する法律を作り四年前に施行いたしました」
「ふむ。なるほどな」
アランが勇者に討たれる前からケルベロスは毛皮が高く売れるとの理由で、規制されていたのにもかかわらず密猟をする者が後を絶えなかった。さらに、実力が無いにもかかわらず狩ろうとして返り討ちにあい死体で見つかる密猟者は、狩られたケルベロスの100倍の数はいるとの報告があがっていた。
法律を作ろうとしていた時に勇者が来たために部下だけに任せることになってしまった。
勇者め。生きていたらこの手で殺してくれる。と、アランは心の中で毒づく。
「経済に動きは?」
「特に大きな動きありません。同様に司法も何も起きていません」
アランは言葉に違和感を感じとる。警務と軍務には何かが起こったようだ。
「軍務と警務では何かあったのか?」
「…警務ではテロ組織ウェイマルシュのメンバーを大量に捕まえました。一ヶ月前のことです」
「おおぉ! 良く捕まえたな!! どうやって捕まえたのだ?」
「クロノス殿が指揮を執り、大規模な作戦をおこなって捕まえました。詳しい内容は私も聞いて居ないのでなんとも……」
「さすがは、“満ち潮のクロノス”だな! 私が死ぬ前からジワジワと追いつめていたからな」
「ええ。ここまで時間をかけて捕まえるとは思ってもいませんでした。素人目には何ら変わりは無いように見えますからね」
アランは誇らしそうに胸をはる。その後、メイルがクスっと笑う。主はニヤっとしたあと、二人は声を出して笑った。はたから見れば仲睦まじい新婚夫婦のような光景である。
メイルは急に耳まで赤くなり、虚空を見つめた。それを見たアランは不思議に思う。
「どうした? どうかしたのか?」
「あ、いえ。なんでもありません! ちょっと昔の恥ずかしいことを……い、いえ! なんでもありません!!」
メイルは自分の隣にあった枕を手に取り顔を隠した。なんでもないと言われても、思い出してしまうのが理性を持つもの習性である。メイルが赤面した場面を思い出してニヤニヤしてしまうアランである。
メイルは一通り悶えた後、さっきまでの真っ赤な顔から元の顔にもどる。
「すいません、魔王様。取り乱しました。……軍務のことですよね」
「……どうした、誰か死んだのか?」
「……」
メイルは首を横に振った。アランはメイルの言葉から後ろめたい感情を感じ取っていた。なんだろうか、彼女が他にそんな事を思うこと…と思案する。
そして、まさかッ!!っと思いたった。
「……ルグリウス様が戦場に現れました」
「……なんだと!? 何故、奴が戦場に降りてきたのだ!! メイル! 答えろ!! 奴は何を言っていた!!」
「……あ、ああ。ま、魔王様ぁ……お許しくださいぃ……!」
アランはハッとした。焦りと怒りで我を忘れ、部下にあたってしまった。それにメイルは言葉に出す時に震えていた。奴に会ったからであろう。それを考えずに怒りに身を任せた自分を恨む。部下の震えを抑えるためにベットまで歩いて座り、メイルを抱きしめた。
メイルはビクっと震えたが、自身を抱きしめるアランを見てその胸の中で泣いた。子どものように。死神と恐れられた者と対面した時に感じた確実に死ぬという恐怖を忘れるために。わんわんと泣き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
何分、何十分の時が流れただろうか。メイルから嗚咽が聞こえることは無くなり、彼女はゆっくりと支えてもらっていた体を自立させる。そんな姿を見たアランは頭を垂れ、部下に謝罪した。
「落ち着いたか…?すまない。メイルも怖かったであろうに、辛く当たってしまった」
「いえ、とんでもありません、頭をあげて下さい。魔王様。……ありがとうございます」
と、顔を赤くしたまま答えるメイル。彼女の頬には幾筋もの泣いた跡が残っている。
「つらいだろうが、話してくれるか?」
「はい。魔王様」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十年前のある日、私は淡々と人間軍からの侵攻を魔王様の命令通りに食い止めていました。人間軍の作戦や人数によって大変な戦いはありましたが、魔王様の命令を完遂するために皆が一丸となって戦い、侵攻を押しとどめています。
人間共はいつも負けているのに何故攻めてくるのか理解に苦しむな。…今でも。
私は前線で戦っておりました。その時の侵攻は大規模だったからです。人間軍は20万人ほどいたと思います。たいして、我が軍は10万ほど。人間軍は故意に守りの強固な場所を攻撃してきました。
まさか、人間軍はエルスメディオン街道を通ってきたのか!馬鹿者共め!!
その通りです。そして、御察しの通りに黒骸軍が現れました。エルスメディオン街道の向こう側、ハロンの森から灰色に黒の骸骨が描かれた旗を掲げる軍勢ですので確かです。
何故、奴らを刺激する道を通ったのか理解できんな。人間軍もこの魔族領の情勢くらい知っているはずだろうに。我が軍には奴らは攻撃をしてきたか?
はい、その時は我が軍にまで攻撃をしてきました。いつもは攻撃をしてこないのに…
……ルグリウスがいたから攻撃するしか無かったのだろう。そうだな?
そして、ルグリウス様は先陣に立っていました。腐った臓物のような色をした禍々しい愛用の長剣を手に持ち、同じ色の鎧をつけた馬にまたがっていました。
…………ッ…………すみません。
ゆっくりで良い。お前の恐怖は私の恐怖だお前一人ではない。“感情共感”。
…魔王様。…私は貴方様のもとにいることが出来ることに感謝いたします。…ルグリウス様に仕えていたらどうなっていたことか…すいません、話が逸れました。
ルグリウス様はまず、人間の軍勢を片っ端から殺していきました。一振り毎に5人、多ければ10人の首を切り落としていました。ときどき魔法を使い、100人、いや500人を殺しました。その姿はまさに、ルグリウス様自身の性、死神の通りに魂を刈り取る死神のごとく見えました。
……ここまで怖かったか。だが、我はこいつに恐怖を感じないからな。私が落ち着いていて気が楽だろう? ……感情でわかるな。
……ええ。落ち着いています。とっても。
ルグリウス様は目の前の人間を殺し尽くし、私の目の前に来ました。そして、こう語りました。
「お前はアランのとこの……メイルとか言ったか? ……なぁ。お前、なんでアランのとこなんかに居んの? こっちこいよ。お前の実力なら俺の軍の大将軍に据えてやるぜ? もしかして、あれか。アランみたいな人間と共存目指すみたいな吐き気がすること考えてるくちか」
それを聞いて私は魔王様が馬鹿にされた気がして、その通りです!何か悪いと言うのですか!!と、反発してしまいました。そうしたら、ルグリウス様が、
「は? なに俺に反発してんのお前。生意気だぞカスごときが。殺すぞ。」
私はルグリウス様が放つ殺意と力の差を感じて恐怖しました、その時すでにルグリウス様は長剣を振り上げていました。私は足がすくみ、座りこんでしまいました。
周りに助けを求めようとしましたが、部下たちは黒骸軍に襲われ、疲弊していたために攻撃を防ぐのに必死でした。私は死んだと思いました。……!? ま、魔王様! お気をお静め下さい!!
……すまない。だが、許すことはできんな。
ルグリウス様は何かを思ったように剣を鞘にしまいました。
「まぁいい。アランって勇者に殺されたんだろ? ざまぁねぇな。お前殺すとあの世で会ってめんどくせぇことになりそうだから良いや。俺、あいつ嫌いだし。で? どうする? 引き上げて欲しいか? 今なら無償に引き上げてやるぜ? なんせ気分が良いからな。見ろやこれ、裏切り者の首。クックック、最高に面白かったなぁ、あの恐怖に歪んだ顔」
ルグリウス様は脇にいる僕が持っている箱の中から魔族の女の生首を私に自慢そうに見せました。……いえ、警察に素性を調べてもらってますが何もわかっていません。
私は引き返して欲しいと懇願しました。不思議と屈辱を感じませんでした。相手にはどうやっても勝てないと思ったからだと思います。そして、ルグリウス様は軍を引き連れて森の中へと消えていきました。
話の流れからすると奴はその女の首を狙ってどこかに行っていて、帰り際に戦争しているのを発見したようだな。
えぇ。私も同意見です魔王様。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「感情共感解除。裏切り者……か。なんとしても、その女の身元を探さねばならんな」
アランは考えこんでいた。すると、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
隣の部屋を開く音が聞こえてきたので、アランは廊下に出ることにした。
「何の用d「さっきから呼んでるんだから来なさいよ!バカァ!!蜘蛛が出たからど、どど、どうにかして!!」……わかりましたから、落ち着いてください」
「私は蜘蛛が苦手なのぉ!!」
メイルとアランはお互いに顔を見合わせて苦笑した。その後もニヤニヤしながら蜘蛛を除去したアランが死んだのは言うまでもない。
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