現在から4時間前
アランと閻魔は閉じ込められた。
「どこぞの誰かがこの居酒屋の要らん説明をしたから、フラグにでもなったのだろう」
「そうだねぇ……まさにこの状況、フラグのそれだし」
アランは誰かに向かって説明していた野郎に睨みをくれた後、二人はアマテラスの胸を揉んで周りの客にボコボコにされて倒れている、下級の悪魔を見てそれぞれ溜め息をついた。
「流石に天然なアマテラスでも胸を揉まれるのは許せなかったようだな」
「天然とかいうな。というか、あいつがボコボコにされる前にはもう閉じこもってたよね。驚嘆だ驚嘆」
「瞬間移動能力をもつ、天使でさえ驚きの速さだな。」
実際店の中にいる天使の過半数はその速さに目を丸くし、ちらほらとまばらに座っているドミニオンズ以上の高位の天使でさえ舌をまいていた。
アマテラスが閉じこもり店内が真っ暗になったため、他のほとんどの客は明かりを取り出そうとしていたが、閻魔とアランや悪魔たちは非常に夜目がきくため平然とバッカス印のビールをのんでいた。夜闇にまぎれて閻魔が呑気にあくびをする。
「ふわぁーあ……帰れなくなるにしてもここでならいいよね。ここに閉じ込められたっていえば、閉じ込められてる間、仕事しなくていいし。」
「いやいや、閻魔がいなかったら審判ができないであろうが」
と、アランのツッコミ。引き続き閻魔から呑気な返答が来る。
「別にここから思念体を審判の間に送って、思念体を通して審判をすればいいんだもの」
「……前から思っておったのだが……思念体を出している間は集中してるから、他に何もできないとお前言っておったよな? それって結局仕事しておるのと違わないのでは無いか?」
「えっ? …………」
「……………………」
「うわあぁぁああぁぁあぁあああぁぁあぁああぁぁあぁぁあぁぁっぁあああああああああああああ!!? だまされた! 神にだまされた!!」
「気付いてなかったのか……アホかお前は…………」
はたから見れば発狂したようにしかみえない言葉を閻魔が大声で叫んだ。しかもポーズは完全に絶望しているいわゆる四つん這いという格好であり、他の客の、殴られた悪魔に向かっていた視線をかっさらっていった。
「くっそう! 意味ないじゃねぇか! っざけんなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「落ち着け閻魔! そもそも全く使えないわけでは無いだろう!」
ドンッと机を叩き、閻魔がアランを正面から睨みながら言った。
「いや、まっ…………たくもって、他の使い道がねえ!」
「なぜだ? 危険な取引の時などにでも使えるではないか」
荒々しく首を左右に振る閻魔。紅蓮の髪が暗闇の中で軌跡を作る。
「……天界に身の危険のある取引とかあると思うか? 肉体が無いのに? それは生を地上でもった者特有の言葉だぜ?」
「……それもそうだな。」
閻魔は元の正座ではなくあぐらをかき、グイッとビールをのどに流し込んだ。アランから見るとひどいやさぐれようであった。
(閻魔は仕事が絡んだ怒りだと、かなり荒れるからな……いや、もはや素というより別の人格か)
普段の口調とは程遠い口調になり、普通の一挙手一等足でさえ荒れる。という、一般的な怒りの表現で違いは無いのだが、元々の性格が温厚そう(に見える)性格であるため、振り幅が大きく見えるために人格が変わったようにすら見えるのである。
(これまでも何度か見たことがあるが今回は特別ひどいな……)
今は枝豆をくちゃくちゃと口をあけて頬杖をつきながら食べ、ぶつぶつと神に対して悪口を言っていた。「ほんと爆ぜろ」とか、「地獄に落ちろ」などと呟いていた。
すると不意にアランの頭の中にテヘぺろなどと言いながら、敵愾心を煽るかのようなポーズをとる女のイメージが浮かんできた。おそら創造神と呼ばれる者からの啓示だろう。と、アランはなんとなく推測した。
天界に住んでいると日に二、三度ほど創造神から啓示がおくられてくるのである。たいてい今食事中なうなどというくだらないやつであるが。食事を本当にとっているのかは定かではない。本来、神が送信したかったのであろう人物である閻魔は完全にぶち切れ、
「てめぇ! 姿あらわせや! 殺す! ぜってぇー地獄に堕としてやる!!」
などと暴言を吐きながら、八つ当たりの為に自分の席のテーブルをひっくり返した。
◆◇◆◇
閻魔は三十分ほどずっと暴れまわり、最後にアランが閻魔を抑えるために生み出した、“影の尖兵”なる魔法をワンパンでぶちのめして消し去った後、やっと落ち着いた。
「はぁ、はぁ……ありがとう、アラン。抑えといてくれて。勢い余って他のお客さんを殴る所だったよ」
「その客に被害がなくて良かったが……店のこちら側はボロボロだぞ?」
アランは閻魔の周りを指さしながら言った。
「う~ん……これはアマテラスに悪い事をしたなぁ……」
「しっかり修理して謝らぬとな……しかし、スローンズでさえ苦戦する影の尖兵を一発で倒すとは、さすがだな」
「そんな事はどうでもいいよ。どうせ、僕は永遠にただの社畜なんだからさ」
(……今度は拗ねだしたぞオイ。面倒くさい奴だな、ほんとに)
と、アランは思った。テーブルを閻魔がひっくり返す前に魔法によって自分の影を使い、手元に引き寄せて持っていた物の中で、焼き鳥をもぐもぐと食いながらである。閻魔は机を元の位置に直した後、自分のツマミがそこらじゅうに散乱し、無くなっているのを見て少しばかりショボくれながら片付け始めた。
微妙な味な気がするツマミを食べつつ、アランは周りの客を見渡した。閻魔は閉じ込められたままでも良いと言っていたものの、他の客は家族や上司に帰れないことを連絡したりなどしていた。まったくもってよろしくないため、アランは目の前の面倒くさい奴に言った。
「閻魔、結局仕事をしないといけないのだったら、お前の妻に外に出てこいと説得して来い。他の客は閉じ込められるのは全く良くないであろうが」
「……うん。もう、アマテラスに慰めてもらうよ。……急に彼女が恋しくなってきた」
「あーわかった、わかった。良いから早くいって来い」
やかましいわ! この腐れ脳みそめが! お前の惚気なんぞ聞いて無いわ!!
そう叫びたくなったが、アランはぐっと我慢した。余計面倒くさい事になるのは御免だからである。しかし、他者からすれば、この心の叫びはお前が言えたことじゃないだろという感じであった。魔族溺愛症のお前が何を言う。ということである。
閻魔は説得しに行くために立ち上がろうとした。すると「ん?」と疑問の声をあげた。アランが不思議そうに名前を呼ぶ。
「どうした? 閻魔」
「……すごいな、きみの復活の条件をすべて満たした人物が現れたよ」
「なにぃ!? 本当か!!?」
急に立ち上がり、大きな声をあげるアラン。視線が一気に集まる中、閻魔はどこか虚空を眺めながら言う。
「うん、今まで何の反応が無かったのに急に現れるなんて……フラグの力ってすごいねぇ」
閻魔は振り向いて友人を見た。アランはとても喜び、浮かれていた。そんなアランを見て閻魔は、
「もう少しで復活するけど、復活させてくれるのは人間の少女のようだ。アラン、しっかり願いを叶えるんだよ?」
「うむ、わかっている。命の恩人の願いだ、我が出来うる限り、何でも叶えよう」
「しっかり叶えなよ ?まあ、大抵は巨万の富とかだろうし君なら大丈夫だ、ろう……?」
『魔王ねぇ。願いを三つ叶える……良い暇つぶしになりそうね。クスッ』
閻魔は現世の復活させようとしている少女の話を聞いて友に伝えようとしたが、喜んでいるアランの姿を見てきっと大丈夫だろう、あれは気のせいだろうと自分に言い聞かせた。
「ま、まぁ頑張ってくれアラン」
しかし、閻魔は自分に嘘をつく事が出来なかった。なぜなら、少女の独り言が本気にしか聞こえなかったからである。
◆◇◆◇
問題の少女は地上界にて、復活の台座に片手を添えて一人言をつぶやいた。復活させるための台詞である。
「私の呼びかけに応じ、魔王アラン・ドゥ・ナイトメアよ、復活しなさい」
すると、こういった復活とかにありがちな、台座がまばゆいばかりにパァーッと光り、なにか上の方からも謎の光がバーッと降りてきて、その光の中でアランがゆっくり降りて来る。
なんて事を想像した誰かがいるみたいだが、そんなめんどうくさいことを怠惰な閻魔がするわけがなかった。
台座が光ったりはしたものの、それは台座の奥に置いてある棺に向かって台座から光線が向かって言っているだけであり、棺がガタっと動いた瞬間には中には何もいなかった。
覗きこんでいた少女は首をかしげた。
「……失敗したのかしら」と、少し不満そうにつぶやきつつ。そして手順をまちがえたのかと思い、少女が手順の書いてある石碑を振り向き見ると、そこに〝魔王〟がいた。
狼の骸骨に鹿の角が生えたような頭の(鹿の角を入れずに)3mの身長ほどの人物がドス黒いローブを身にまとい、鋭そうな爪の生えた右手で杖を持ちながら、石碑に腰かけていた。オーラからして魔王って感じを少女は感じた。
何故かその人物の登場の仕方に、えも言われぬ苛立ちを覚えながら少女は黙った。
アランは少女が黙った事に何故か漠然とした恐怖を覚えながら、ありがちな言葉を口にした。
「感謝するぞ、人間よ。できる限りの事なら願いを3つ叶えてやろう。なにが望みなのだ?」
「…………」
「どんな物好きな娘かと思ったが、何とも可憐な娘ではないか。望むなら我の妃にしてやってもよいぞ?」
これはアランの本心からの賞賛の言葉であった。少女の容姿はアマテラスやリリスなどの天界の美女たちにも負けるとも劣らないほどの美貌だったからである。
その言葉の大部分は冗談で構成されてはいたが。
少女は表情を変えず、重々しく口を開いた。
「……第一の願いよ。一度死んで、セクハラ発言をしたことを後悔しなさい。」
「は?」
魔王は思考が停止した。それはそうである。復活したすぐあとに、復活させた本人に死ねと言われたのだから。数十秒間何もしなかったためか、閻魔の命令どおりアランは〝死んだ〟。
アランはあの世に来て、すぐに閻魔に連絡を取った。
「閻魔!どういうことだ?何が起きた!」
天界の電話の向こうの閻魔の声は完全にひきつっていた。
「え、えーっと。君が彼女にセクハラ発言をしたから、死ねと言われたんじゃないかなぁ・・・。」
「妃にしてやろうかといtt
ただけ、ってクオォッラ!!」
謎の雄叫びをあげて、目の前にあった棺桶のふたをブッ飛ばすアラン。石造りの棺に蓋が洞窟の天井に当たり、粉々に砕け散った。キョロキョロとまわりを見、左を向くとあの少女がいたため、数秒間キョトンとした顔で見た。
アランは顎関節のあたりが笑ったら吊り上ったりするため、アンデット等よりもはるかに表情がわかりやすい。
そして数秒後。アランはハッとした後に怒った顔になり、怒気を孕んだ声で元凶に言った。
「何がしたいのだ! 小娘ぇ! 何かそれ相応の理由があるのであろうなぁ!!」
その言葉を聞いた少女は笑みをこぼし、
「クスクスッさっきの間抜け面、最高ね。ゾクゾクしちゃうわ。しかし、小娘なんてひどいわね。もう一度反省しなさい。第一の願いよ。……死んで」
アランは復活運が無いなぁと静かに思った。死ねと言われたため、自分に魔法をかけて死んでも良かったが、天下の魔王の一人の死因が自殺。というのが、かなり嫌だったため閻魔に殺されるのを待った。
アランはまた死ぬことが無いように冷静になろうと深呼吸をした。ただ、怒りの為かまるで興奮した牛のようになっていたが。
そんなアランを見て、少女は「フフフフフッ」と笑っていた。
「……そなたは何がしたいのだ。それ以前に何者だ。」
「あら、そういえば名を名乗っていなかったわね。私は性をハートレス、名をフェアと言うわ。とりあえず、第一の願いよ。」
少女、フェアは気品あふれる声で自己紹介をした。
フェアは黒いドレスを着て、魔族特有の白い髪を長く伸ばしていた。
アランはハートレスと言う名を聞いた時、何か聞いたことのある性だなと思ったが。ぱっと思い出せなかったのでどうでもいいかと思い出すのをやめた。
「何をいうつもりだ。まさか、また死ねと言うのではあるまいな? そんな無益なことを繰り返すだけならば殺すぞ」
「血気盛んねぇ。そういうの嫌いじゃないけれど……。一つ目の願いは……私が〝老衰〟で死ぬまで私の下僕になりなさい!!」