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魔王様はお嬢様の下僕になりました  作者: 亜桜蝶々
第3章、テロリズムと形の無い悪意
22/26

どうしてこうな(ry

 魔王城の廊下を一緒に歩くのはクロノスとライアー、そしてナターシャ。目的地への道順が途中まで同じであるためであった。実際にはナターシャとクロノスが前を歩き、ライアーがその後ろを歩いているが。


「あたいは仕事をしつつ商人ギルド長とかと話をしとく。ライアーはどうするんだい?」

「そうなると必然的にわいは外交官や国境警備兵とか相手に、情報を聞き出すことになるんじゃないかな。どうするんだって、選択権無いよねこれ。少々理不尽なような気が」


 ナターシャの言葉に思わずツッコミを入れるライアー。ナターシャは背後でピョコンピョコンと跳ねるようにして移動するライアーを、振り返ってジッと見たあと腕を組みながらさも当然というように言った。頭部の蛇達も不思議そうに首を傾げた。


「だって、あんたおとこ……オスだろ?」

「……それを言うならわいよりナターシャの方が年うむぐっ!」


 ライアーが口走ろうとしたことに即座に反応し、口元を塞ぐナターシャ。特異な魔力の籠った瞳に怒りが混じっているのと同じように、黒い髪に混じった様々な色の蛇達は一斉に鎌首をもたげて威嚇するような行動を取った。一方ライアーは野生動物の勘のようなものか、伏せたあとに耳を下ろしてジリジリと後退をしようとした。


「レディの年齢を軽々しく口に出すもんじゃないよ」

「んんんんん! んんんんんんんんんん!」

「とりあえず二人とも落ち着くでありやすよ」


 間に割って入り、ナターシャの手をライアーの口元から離させるクロノス。とあるものに絡むことを除けば、常に淡々とした口調の彼の言葉にハッとするナターシャ。頭部の蛇の頭を指でつまんで指の腹で撫でたりしたあと、ライアーに向かって謝った。


「あー……ライアー。すまないね。なんだか、苛立っちゃってさ……」

「それはわいもだから……まぁ良いよ。わいも悪かった。ごめん」


 互いに謝りあうとその後また三人は先ほどまでと同じように歩きだし、再び大雑把な打ち合わせのようなものを始めた。途中ですれ違った侍従や侍女などに礼をされつつ、歩くこと数分。廊下のわかれ道に当たり、ナターシャの仕事場が二人とは別方向であるためクロノスとライアーが二人で廊下を歩く。


「ウェイマルシュ……って、ルグリウスさま「あんなやつに様なんてつける必要はないでありやすよ」……相も変わらず嫌ってるね」

「魔王様に立てつくような輩に、敬礼を出来るような度量は持ち合わせてないでありやす」

「はぁ……まぁ良いけど、そのウェイマルシュって組織は黒骸軍傘下なんだよね?」

「うむ。まぁ今回の被告の最後の台詞……を含めると、そうと決めつけるわけにもいかなくなりやしたがね……」


 二人が歩きながら話をしていると、前方から何か小走りで移動してくる者がいた。


「ん?秘書君?」

「ら、ライアー様…!それにクロノス様も……こ、ここにいらっしゃいましたか……」


 ライアーが秘書と呼んだ人物は、軽く息を荒くしながら、


「魔王城内を走るもんじゃないよ。咎めはしないけど……それで、そんなに焦ってどうしたんだい」

「す、すいません……それよりも、ゔ、ヴィクティム候が何者かに、お屋敷にて殺害されました」


 秘書が語った。ライアーは驚嘆し、クロノスは悲嘆とも怒りとも呆れとも言えない表情をした。


「ヴィクティム侯爵が!?」

「立て続けに……組織的なものでありやすかね。あとライアー、今なんて言ったでありやすか」


 気が動転して早口になってライアーの言葉を、聞き返すクロノス。が、そんな言葉に気も配らず秘書は言葉をつづけた。


「しかも家族から始まり、護衛や使用人までもその日屋敷にいた者たち全員が……」

「……今すぐ警察大館へと向かうでありやす。ライアー、たぶん大変だろうから犯人などが解ったら教えるでありやす」

「うん。ありがとう……くあぁ……」


 小走りで走り去るクロノスの背を見送ったあと、よたよたと千鳥足のようになるライアー。おおきく体が傾いだのと同時に床に倒れようとしたのを慌てて秘書が両手で支えた。そんな秘書が上司の対応をどうしたら良いのかと困っているのも気にせず、そのまま怠そうにひとりごちた。


「いつもの院会にマーキュリーのことだけでもいっぱいいっぱいなのに……よりによってヴィクティム候かよ……」


 ◆◇◆◇


 魔王城の東側にある、壁面から屋根にいたるまで植物に覆われた建物。王都インペリアルの中でも魔王城などに次いで古い建物であるそれは、立法・政務の中心である二両院公館(通称:両院)である。


 建物の中には二つの巨大な空間と、その他の大小様々な空間が点在している。二つの巨大な空間の一つ、東側に存在するのは平民院。文字通りアランの治める魔族国内の平民達の選挙によって選ばれた者達が、日々新しい法案などを作る為に討論――という名の殴り合い――を繰り広げる場である。

 そしてその反対に位置するのは、貴族院。爵位の低いものから最高位の大公まで、全ての貴族という貴族の家長が参加することの出来る議会である。平民院とは対照的に議会中は整然としているものの、背後では汚いやりとりが横行していると言われる議会が貴族院であった。

 その各々の性質上、やはり平民院議員と貴族院議員は仲が悪いため、それぞれの議会の時間が被らないように調整されている。


「それでは、首相。失礼いたしました」

「はい、お疲れ様でした」


 そんな二両院公館の北側にある首相室と呼ばれる部屋。……の目の前にある、昼間には中庭から南向きの日が差し込む応接室がある。二階に位置するその部屋は、普段は巨大な耐火加工のほどこされた頑強な木製の机と、据え付けの棚に飾られた花瓶や絵画などしかない簡素なものであった。机はどうしたのかといえば、カラフルな棚を良く見てみればそれは収納された椅子である事がわかる。座面に水を溜める場所がある椅子、全て石で出来た椅子、絶縁体で全体を覆われた椅子など、多種多様で大量の椅子。

 その中から数種類の椅子が出され、先ほどまでヒトが座っていたそれは丁寧に机の下に入れられ、その入れ方から真面目な人物たちが座っていたのだろうと推測できる。


「つかれてぁ……」

「お疲れ様ですライアー様」


 応接室の訪れていたのはライアーとも親しいアランを支持する有力な貴族達と、何年も平民院の議員に選挙で選ばれたベテランの魔王を支持する議員達であった。平民院、貴族院におけるいわゆる魔王派と呼ばれる最大勢力で、又の名を与権勢とも呼ばれる。

 そんな与権勢が応接室から出ていったのを見送るのと同時に、目の前の大机に突っ伏して情けない声を漏らすライアー。傍らの秘書が少しばかり冷やされたハーブティーをコップに入れ、そんな彼のもとに置く。ライアーは体を椅子の背もたれにあずけ、仰向けのようになりながらそれを飲んだ。


「今何時……」

「現在十六時となります」


 中庭に面した窓から左斜めに傾いだ日光が部屋の中に差し込み、真っ白な陶器の花瓶に活けられた花を照らし出している。


「……殺すにしてもヴィクティム公は無しでしょ。ねぇ? そう思わない?」

「はい。そうですね……よりにもよって魔王派の中心人物を……お疲れ様ですライアー様」

「…………」

「……この後十七時頃より外交長官様とのお食事、その後十八時頃から……ライアー様?」

「………………」


 ハーブティーを飲みほし、何も言わず再び机に突っ伏すライアー。それを見かねた秘書がライアーの左耳を摘まんで持ち上げ、諭すように言った。


「…………御自身がここまでご予定を詰めたのではないですか。とりあえず裁判所の事件を早くなんとかしようと」


 秘書の言葉に顔を上げる兎。


「わかったって……もう疲れた……一時間休ませてく」ココンココンコンッ


 ふと、応接室のドアを叩く音が響いた。その独特のリズムのノックする音を聞いて途端に押し黙るライアー。長年彼の下で働いている秘書は、考えるのをやめたのだろうと察しながらその扉を開いた。


「ライア~。つ、い、か、の仕事を持ってきましたよぉ?」

「いつもありがとうございます、ファンファンロ様」

「最高機密だしねぇ……それより、そこの思考停止してる美味しそうな兎君よい」

「な、ななななないにが美味しそ「あ、ごめん。何言ってるかわかんないからちょっと黙っといて」

「おま…………ちくせう!」


 応接室に入って来たファンファンロの言葉に、思わず絶句するライアー。そんな彼を横目に、ファンファンロは要件を伝える。


「魔王様からの命。まぁ意味は薄いだろうけど、とりあえず魔王様が御帰還なさったことについては戒厳令を敷くとのこと。実際今も城門の前に人が殺到してるから、そういった情報は流布しないこと」

「戒厳令か……官僚達に……」

「それと、三日目に伯爵以上の達と平民院の党首達を魔王城の庭園へ招集。そこで魔王様の御帰還の御触令を出されるから、それと同時に戒厳令を解除。この旨は以上の者達に伝えなくとも良い」

「わかった。手配しておこう」


 ライアーの頷きに、ファンファンロは手元に脇に挟んでいた紙の束を、両手で持ち上げて掲げるという動作で返した。髪の束を小さく左右に振りながら、先ほどまでの真面目な様子はどこへやら、なんともわざとらしく呟く。


「はい! こ、ち、ら、に、な、り、ま、す、よっと」

「…………」

「期限はいつごろまでに」

「できるだけ早くお願いしたいかな。それくらいなら一時間くらいで終わるでしょ?」

「………………」


 椅子からのそりと降り、椅子の背後へと歩くライアー。


「えっと……はい。かしこまりました。とりあえず五十分ほど後、また来ていただければ」


 無言のまま、がちゃりと窓の鍵を開ける。


「はいはーい。了解しました。それじゃぁの、頑張ってー」


 ファンファンロが部屋の外へ出ていくなか、床から窓枠へと飛び移り、ジッと中庭の地面を見つめる。


「ライアー様? ……仕事ですよ」


 背後からの冷たい声にビクリと体が震え、おそるおそる振り返るライアー。その瞳に映るのは冷たい笑みを浮かべる秘書の顔。ライアーは慌てて窓枠から飛び降りると、どうしようも無い弁明を始めた。


「あ、いや別にわいは逃げようとかそんなんじゃないんや、ただ暑いなぁいうだけで別に他意はないんやで? ほ、ほんまだぜよ!?」

「何言ってるか解らないですし、弁明も見苦しいのでおやめ下さい」

「ちっくしょう!!」

「なに騒いでんのさ」


 外に出たはずのファンファンロがその応接室のドアを少しだけ開け、頭だけ覗かせながら呟いた。ライアーのことを呆れたように見つつ、言葉を続ける。


「そういや……今日って仮眠室使う?」

「スケジュール的にはそうなりそうだけど……どうかしたのか?」

「まいったな……いや、実は侍女(メイド)の一人がベッドの脚を折っちゃってさ。その子は当分謹慎処分にしたんだけど……」

「ベッドの脚を折るってどんだけ器用なんだ。何をどうしたらそうなる」

「あんまりにも器用に折れっちゃってて、もはやベッドとして使えそうにないから、とりあえず直すか新しいのかってことで運び出しちゃったんだよね……」

「え、魔法使っても直らないの」

「うん……それはもう木端微塵に……」

「なぜそうなる。だからそれ、折れたってレベルの話じゃないだろ、絶対故意だろ」


 そんな二人の会話の脇で、とても眠そうに大きなあくびをするなかなかに失礼な秘書。


「……そんで問題なのが、直したベッドとか新しいベッドを……ってのにも明日以降になりそうなんだ」

「本気で言ってる?」

「本気本気。この僕のつぶらな瞳が嘘をついているように見えるかね兎君」

「お前だから信じられないというのが、わいの中で大半を占めてる」

「酷いなぁ」

「お前がなんどわいに酷いことをしてきたか、今一度ここで今すぐ思い出せ。なんなら蹴って思い出させてやろうか」

「おお怖い怖い。まぁとりあえず代わりの寝床用意しとくわー」


 そう言って頭を引っ込めるファンファンロ。聴覚の鋭いライアーの耳は彼の足音が遠ざかって行くのを、しっかりと聞き取った。小さく溜息をもらすと、そのままドアへと向かって行った。応接室の真向いの部屋、首相室に向かう為に。


「ほら、こっち。さっさと終わらせちまおう……少しでも休まないとキツイしな……」


 ☆


「ふぅ……は、ハードな一日だった……はやく寝床……」


 またもやフラフラとした足取りで歩くライアー。時刻は二十五時を回り、もはや日付まで変わっていた。彼が向かっているのは仮眠室。二両院公館応接室の中庭を挟んだ場所にいくつか存在する部屋である。


「……よるーはー……ふっくろうが、おっそいくるっ! ふくっふくっコンコンきつねいぬ……ワンワン!」


 深夜テンションというべきか、はたまた疲れのために壊れたのか訳の分からない歌を口ずさみながらただ歩く。夜目は利くため壁などにぶつかることは無いものの、今にも転びそうな危なっかしい足取りである。


「ぴっぽーぴっぽー……卵焼きとはー哲学~」


 自身の仮眠室の前に来たライアーは、自分用にドアにつけられた小さなドアを開いて部屋の中へと入っていった。そして、寝ぼけ眼だったものがわずかに覚醒した。


「お、ぉぉ……」


 徐々に覚醒していき、体がわなわなと震えだすライアー。

 ライアーのベットが置かれていた場所に、ポツンと置いてあるものがある。上部が赤く塗られ、壁は白色に、入口と看板のついたもの。中にはライアーが仮眠室のベッドで使用していた毛布が敷かれているそれは、




 犬小屋である。




「ファンファンロォォォォォォォォォ!! てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! やっぱりろくでもねぇことでふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 二両院公館に響くライアーの叫び声は、一階で寝泊まりしていた事務員をも起こすほどのものであった。


 ◆◇◆◇


 ライアーが絶叫した翌日……というよりも当日の朝のこと。クロノスは警察長官として、徹夜をして仕事をこなしていた。一晩中机に向かっており、腕も肩も目も疲れているもののその書類に書きこまれる字は、几帳面にまったくぶれていなかった。


「…………」


 黙々と書類へと向かうクロノス。コンコンッと彼のいる部屋のドアがノックされ、一人の女性が入って来た。人間に近い姿はしているものの、耳にあたる部分が魚のヒレのようになっていたり、その髪色が群青色をしていたりなど、明らかに人間ではない。その手に持ったお盆の上には、濃く淹れられた冷たい紅茶の入ったコップが乗っていた。


「長官、おはようございます。こちら、濃茶をお持ちいたしました……」

「おや、いつの間に。ありがとうでありやす」


 女性からコップを受けとり、優しげに微笑んだあと軽く会釈をするクロノス。女性は軽く顔を赤くしたものの、すぐにその表情は浮かないものとなった。


「長官……一度お休みになられては……昨日からずっと働きづめでは」

「……あっしが今やれることは、やっておかねば部下にそのツケが回っていきやすからね。それに、はやく事件を解決しなければ領民達も不安でありやすから」


 そう言って呟くと、再び書類に目を戻すクロノス。そんなクロノスの様子に女性がやきもきしていると、クロノスが背を逸らし椅子にもたれるようにした。指で目頭をつまみ、グリグリと刺激しながらひとりごちる。


「けどやっぱり……厳しいでありやすかね。眠気であまり頭も働かんでありやすし……」

「ですです、そうです。寝所を整えておきましょうか?」


 なぜか明るい表情になる女性。が、そんな女性の表情とは対照的に、クロノスの表情は冴えない様子である。


「うぅむ……どうしやしょうか。また新しい情報か何かが入って来るかもしれやせんし……」

「そんな……その時は私が起こしますから、寝てくださいませ……いずれ長官の妻となる身としては心配でなりません……」

「婚約者の君にそう言われると、なんとも断りづらいでありやすが……」


 なんとも言えない表情で頭を捻るクロノス。そのついでに何気なく窓の外へと視線を移し、ゆっくりと立ち上がった。


「まぁ寝るかどうかは別として、とりあえず一度屋上にでも出て外の空気でも吸うでありやすよ」

「まったく……話を聞いてくださらないのですから……私もついて行きます」

「すまんでありやすね。身勝手な男で」

「まったくです……でも、そんな長官に恋をして告白をしたのは私ですから。ついていきますよ。どこまでも」


 それぞれ和やかに、柔らかく笑いながら歩く二人。時刻は早朝、東から登ろうとしている太陽の光が豊潤なマナを纏いながら、夏らしくゆっくりと薄暗い空を鮮やかに染め上げていく。

一階分の階段を登り、屋上へと出るドアを開ける。ドアの近くに集まっていたらしい小鳥達が、急な出来事に一気にどこかへと飛んで行った。


「はぁ……しかし、こう偶然事件が重なるなんてことはありやすかね……」

「テロリスト……じゃないのですか?」

「……ヴィクティム候の事件は、犯人の目星がついたでありやすよ。ただし、もうどこへ逃げたのかもわかりやせんが……その犯人はテロ組織に関与していた疑いはないでありやす」

「なるほど……長官がそうおっしゃるのなら信じます」


 屋上の壁にもたれながら、二人でポツポツと今起こっている事件について仮説などを話していると、不意に警察庁の目の前にある二両院公館のどこかからライアーの叫び声が聞こえて来た。


「また円ハゲ出来てるぅうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 唐突に聞こえてきたライアーの言葉に思わず吹き出すクロノスとその婚約者。本人には悪いと思いつつも、思わず笑ってしまう二人であった。

クロノス、お前達のイチャラブなんて誰も期待してないぞ……(おい

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