忍びよる。策謀する。
「大統領だと……?」
「はい……たしかに、そう言っていました」
マーキュリーの証言に、沈黙する室内。話の間にフェアの傍に行き、一緒にナターシャが怪我人の背を支えている。
「大統領……過去にはそう呼ばれた指導者の記録は存在せず、現在でも自由都市国の指導者のみそう呼ばれておるはずだが……」
「サーシルさんはそんなことしないわよ!」
アランの言葉から述べようとしている事を、先に察したフェアが反論した。混乱した荒が大声で答える。
「わかっております! だからこそ我も……あの女……? 我には嘘は通じぬ……魔法か、虚偽か偽者か……」
「魔王様。彼女の体に響きますから大声はおやめ下さい」
ファンファンロに小言を言われつつも、苦悶するアラン。一週間ほど前に行われた公式的でありながらも、秘密裏に行われる領主達の会合――四主会議にて、怒りの為に魔力を暴走させたアランにも真っ向から立ち向かった自由都市国の現大統領サーシル・フェルトリサス。どれだけ自身の身に危険を感じようとも、一切意見を変えようとしなかったサーシルの姿に、アランは一種の尊敬と好感を持っていた。
「もうしわけありませんが、魔王様……私には、本気で叫んだようにしか、見えませんでした……」
「マーキュリーが言うならばそうなのだろう……となれば、偽者……だが、我の知らぬ魔法かもしれん……どちらだ……」
「どちらにしろ、まだ解決には鍵が足りないでありやす。まずは魔法を放った警備員の特定と拷問、その場にいた者達への聞き込みをしてからにしやしょう」
「あ、あぁ……そうだな。我としたことが取り乱してしまった……」
クロノスの冷静な指摘に、大きく深呼吸をするアラン。
(やはり、こういった事件に関してはクロノスは頼りになるな……なぜ言葉がことごとく胡散臭く感じてしまうのかはわからんが……)
「そういえば……」
「どうした?」
おずおずと呟くマーキュリーに即座に反応するアラン。マーキュリーが申し訳なさそうに言った。
「法務の……仕事は、どうしましょう……」
「……そんな事か。やはり少々真面目すぎるきらいがあるな。大丈夫だ、それくらいは我が代わりにやろう」
「も、もうしわけないでしゅ……す……」
アランは苦笑し、クロノスらと今後のことについて話をした。
フェアとナターシャが部下達を先に守ったことに「偉い偉い」と頭を撫で、メイルが布団に乗り出してマーキュリーの柔らかな頬を指でつつきながら「大丈夫ですか」と言ってくるため、イヤイヤとマーキュリーが顔を左右に振って抵抗していると看護室の扉がコンコンッとノックされた。
「魔王様……まだいらっしゃいましたか。血をお持ちいたしましたので……」
「むっ、そうだな。では我らは出ようか」
「あぅ……すいません……」
「別に謝らなくとも良い」
アランの言葉を皮切りに廊下の外へと歩いて行くクロノス、ライアー、ファンファンロ。メイルとナターシャも少々名残惜しそうにしつつも、立ち上がって廊下へと向かった。その行動を見たフェアが不思議そうな顔をした。
「ねぇ、魔王。何故、みんな外に出ていくの?」
「……血に埃などが入らないように、というのもあります、が」
「が?」
「吸血鬼の女性にとって血を飲むと言うのは恥ずかしい行為なのですよ」
「血を飲むって……それだけで?」
フェアが傍に居るマーキュリーをジッと見た。俯きながら顔を少し赤くし、恥ずかしそうにもじもじと体を揺らしていた。アランは主に対しする行動としては失礼な、ジトッとした冷ややかな目を向けながら言う。
「貴女は、自身が用を足す姿を人に見られても良いのですか?」
「うっ……わかったわ。とりあえず血を飲むまで廊下に出るわね」
「ご、ごめんにゃ……なさい……」
「いえ、大丈夫よ。こちらこそごめんなさい」
アランに促され、フェアも廊下へと出ていった。医師長が部屋の奥に入っていくなか、看護室の向かいの壁に並んで佇むのはマーキュリー以外の直属の部下達。彼らはアランが出てきた瞬間、一斉に片膝をついて頭を下げた。フェアが唖然とするなか、アランは頷いてそれぞれに命を与えた。
「クロノス、お前はこの事件について徹底的に調べ上げろ。当面は取り調べと拷問だ。ファンファンロ、お前も何か出来ることがあるなら手伝ってやれ。ただし、要人や貴族の取り調べは一度我の下へと来い。他の者も手伝ってやれ」
「了」「かしこまりやした」
「ライアー、ナターシャは外交官や商人達と連携し黒骸軍、自由都市国の噂について何か無いか調べろ。商人たちへの金は我のものから使っていい」
「「了解しました」」
「それと、メイル。戦線で何か動きがあるかもしれん。一度戦場に戻って確認作業をせよ。何もなければマーキュリーの傍にいてやれ。お前が居た方が落ち着くだろう」
「了」
「解散。各々の仕事もやりつつな」
アランの解散、という言葉に応じて立ち上がる五人。すると、マーキュリーに血を渡してきた医師長が部屋から出てきた。一瞬その光景を見て躊躇したものの、ゆっくり扉を閉めて廊下へと踊り出る。その場にいた全員に向かって几帳面に頭を下げると、アランの方を向いて口を開いた。
「そういえば魔王様、お伝えしたいことが……」
「どうした? 医師長」
「先ほど看護婦たちの報告がありまして……今回の裁判で擁護士を務めたクラウス氏が姿を消したと……」
「擁護士……? クロノス! ただちにその者を探せ! 何か知ってるやもしれぬ!」
「了解しやした!」
一瞬頭をアランに下げ、弾かれるように廊下を駆けだすクロノス。他の四人も少々戸惑いつつもアランに頭を下げて各々の行くべき場所へと向かって行った。ぽつねんと医師長を含めた三人が廊下に残る。
フェアはアランの方を向き、
「……魔王でも、魔王らしいことはするのね」
「それはどういうことですか。一度貴女とは魔王というものについて教えた方が良さそうですね」
などと、失礼なことを口に出した。すると、看護室の中からマーキュリーの人を呼ぶ声が聞こえて来た。医師長はその声を聞くと、看護室の中へと入っていった。フェアも入ろうとし、体半分を看護室に居れた状態で立ち止まるとアランの方に振り向いて声をかけた。
「あら、なんで来ないの?」
「……我も仕事があります故」
そんなアランの言葉がカチンと来たようで、フェアは廊下に出て扉を閉めるとアランの傍に歩み寄った。二倍ほどの身長差のある二人は立場とは逆の見下ろし、見上げる構図となった。
「何よ、あなたはマーキュリーの傍に居てやらないの? 養父だとしても、あの子の唯一の親でしょ!?」
「……確かに、そうですがね」
「なら、なんで……!」
「……支配者は公私の区別をつけねばならないのです。彼女には乳母も居ますし…………昔馴染みに魔族溺愛症とも呼ばれる我が、いつまでも傍に居てやりたい、慰めてあげたい、抱きしめてあげたいと、願わないと思いますか……! 我だって生きている。何度も死んで、生き返り、魔族を束ねる化物共の長だとしても…………」
アランの慟哭が石造りの廊下に響く。フェアは言葉を失い、そんなアランの前で立ちすくんだ。アランは溜息をつくと、ローブを翻してフェアに背を向けて歩いていった。フェアはかける言葉が見つからず、どうしたらよいのかと迷っていると、背後のドアがガチャリと開いた。
「マーキュリー! 寝てなきゃ駄目じゃない!」
「……これだけ、伝えたくて。お嬢様、本当に……ありがとう、ございます。私は、大丈夫です、から。魔王様のことを」
「…………わかった。ごめんなさい」
医師長にもたれながら扉のすぐ近くに佇むマーキュリー。ゆっくりと歩いて自身のベットに潜ると医師長はマーキュリーに礼をして廊下へと出ていった。
一人しかいない部屋のなかで、マーキュリーはボソリと呟いた。
「……なんで、あそこまでリュシア様に似ているの……? 優しかったリュシア様……あの子は……誰?」




