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魔王様はお嬢様の下僕になりました  作者: 亜桜蝶々
第2章、愛と忠誠心、そして四主。
18/26

動き出す世界

 その頃人間領、木々のまばらに生えた広大な平原にある皇国の首都、ヲーベリスク。

 住む人々から発せられる喧騒。奇声、怒号、嬌声、悲鳴、喝采、男女の睦言などにより構成される賑やかさに包まれる城下町。その中心にそびえ立つのは人間の職人が作った豪華絢爛でありながら、その最終拠点であるという目的をも最後まで成し遂げるであろう多数の防衛設備が設置された巨大な石造りの建造物。建国者の名を冠するそれは――ガリオンフォード城である。


 皇国は魔族領と戦争中であるが、戦地とは離れておりその王宮内は整然とした静寂に包まれていた。その一角で、封蝋の施された書簡を持つ戦地からの伝令が、大きな扉の前に立っていた。

その伝令の両脇に立っていた見張りの二人の兵士は、協力して伝令の身体検査をし、扱いようによっては凶器ともなりえる道具や防具などは見張り達に没収した。鈍器として扱えるとして、鎧や兜をとられた伝令は走った汗によって冷えた体を一度大きくブルリと震わせた。体が冷えた、意外の理由もあるであろうが。

 見張りの二人は自身の持ち場に戻り、その背後の巨大な扉に手をかけた。それぞれ片側ずつ。

 右側の扉には、裸の男が扉の中央上にあるものをあがめるように両手を掲げ、左の扉には裸の女が右の男の合わせ鏡のような逆向きのポーズを取っている。男女の足元には虫や鼠や魚などの多種多様な生物がおり、男女の手の先には何かの球体が彫られていた。見張りの兵士は同時にその扉を力いっぱい押し、巨大な扉を開いた。


 その扉の先を一言で表すのならば、豪奢、という言葉が適当であろう。

 乳白色の淡い色の壁に、赤い絨毯を挟むように建ち並ぶ純白の列柱。眼前奥の上部には赤や青の最高技術によって作られた芸術性の高いガラスの窓。高い天井には列柱に掲げられた蝋燭の光や、窓から入ってくる日光があまり届かず見えにくいものの、初代“人天王”のである英雄アリウス・ガリオンフォードの活躍を描いた絵が描かれている。


見張りの一人が声を張り上げた。


「陛下! 戦地にいるオーロロ将軍より緊急の書簡です!」


 伝令役たる兵士はゴクリと唾を飲み込み、広間の奥に居た人物の許しを得るとその赤い絨毯の上を真っ直ぐ前を見ながら歩いた。緊張のためか、どことなくその歩く様子はぎこちない。見据えた先の床は三段ほどの階段のついた舞台のようになっており、その舞台の中央には革張りの大きな椅子に座った老人。兵士から見て老人の右に演台のような机の前に立つ青年が、かえって左にはいかにも強そうに見える鎧を纏った壮年の男。計三名がその舞台の上には居た。

 兵士は緊張に震える息を押し殺しながらその、革張りの椅子に座った男の正面に来る位置に来た。その場に膝をつき、書簡を持つ右手を掲げた。老人は指で演台前に居る青年を指さしたあと兵士の持つ書簡を指差した。青年は「かしこまりました」と、そのいかにも文人らしく静かな口調で答えると兵士から封蝋の施された巻物を預かった。

 封蝋を割って開かれた書簡の中から青年の目に飛び込んできた情報は、一瞬で落ち着いた雰囲気だった青年に冷や汗を流させるには十分だった。老人が落ち着いた低い声で言う。


「早く読むのだ、文書長」

「は、はい! ……皇国歴五月十二日八ノ刻、ロッソ大将軍が流行病にかかり病没。指揮系統が混乱したため、急きょオーロロ将軍がその任の代わりを務めるそうです。死亡による混乱で出た損害は、死者百一名、戦闘不能二百五十三名」

「…………」


 老人は体勢を変え、ひじ掛けを使って右腕で支えつつ顎に手をついた。そのまま右を向き、視線の先に居る甲冑の男に命令をした。


「親衛隊長……あとでロッソ将軍一家の者共を全て捕えるように命令せよ。妻と長兄は死刑、父親と母親は城下からの永久追放。その他は奴隷とせよ、いや……たしか次女は美しいと評判であったな……次女は今日の夜、我が寝所へと連れて来るがよい」

「……で、ですがロッソ将軍は我が皇国の為に今まで……」


 ゴクリと唾をのんだあと、壮年の男は老人に恐る恐る意見した。親衛隊帳と呼ばれたその男は疫病で亡くなった大将軍の後輩で、若い時に良く世話になったと言われている。恩を感じている為に男は、主君であるとしても、その老人に言った。老人が冷たく睨む。


「そなた如きが口出しするようなことでは無い。あやつは十二年前の付け上がった貴族の将の動向に対応することが出来ず、兵士を無駄にした。あやつの監督不行き届きだ」

「そ、それは……」

「儂の“家畜”を、儂の“許可無く”、無駄にした罪は重い」


 老人の言葉を聞き、何かを堪えるようにしながら、苦々しく了解の意を唱えた。次に老人は文書長と呼んだ青年の方を向き、


「文書長、次に言う言葉を書にあらわせ」


 それはオーロロと呼ばれる将軍を、正式に大将軍という役職に据える。という命であった。青年がその言葉を演台の下から取り出した紙に書き、老人に確認するように見せた。老人はそれを見ると頷き、そして、嗤った。

嘲笑った。


「皮肉なものだな。かつて英雄と呼ばれた一行の光は、今や世界中に追われる反逆者。たいしてその影に隠れていた者が、今や戦争を指揮する英雄なのだから。……どうした、笑え」


 老人の言葉に乾いた笑い声を上げる室内の者達。老人……現人天王、ゴロン・ガリオンフォードは、詰まらなさそうに兵士の方に手を振りつつ、ゆっくりと立ち上がった。倒れそうになるゴロンを、親衛隊長が慌てて支える。


「もういい、さっさと行け。儂は餌をやらねばならぬ時間なのだ」


 ゴロンの言葉に冷や汗を掻く文書長と親衛隊長。ゴロンは体のバランスを取り体を安定させると親衛隊長の手を振りほどいた。伝令は絨毯の脇に移動し、ゴロンが部屋の外へと出ていくのをジッと待つのであった。


 ☆


 ガリオンフォード城の地下の一室。ゴロンは数名のトップクラスの実力を持つ兵士などを引き連れてそこにやってきた。一国の王が来るような場所ではなく、苔むし、ジメジメと暗い一室である。部屋の中央で仕切るように鉄格子があり、その鉄格子の奥の闇の中で何かが蠢いていた。

 ゴクリと、武装した兵士の誰かが息を飲み込んだ。


 ゴロンは傍に控えていた執事に、手で合図を送った。執事はその手に持った鈴を鳴らした。その瞬間、その闇の中で蠢いていた者が爆発的な速度で動いた。鉄格子に何かがぶつかる音が地下室に響く。その音の原因は、ぼろ布を纏った幼い金髪の少女であった。痩せ細った体、何かで汚れた肌。そんな姿をしているものの、少女のその顔は悲嘆に暮れておらず、むしろ爛々とその瞳を輝かせていた。


「あははははははははっ! あははははははっ!」


 少女は鉄格子に張り付きながら、地下室に入って来た一団を見つめ、ただその狂喜に溢れた笑いを延々続ける少女。ゴロンは醜悪なものを見るように視線を向けたあと、その手元にある鞭を振るった。


「ぎゃっ! ……あははははははっ!」


 鞭で叩き落されてもなお一団を見つめて笑う少女。ゴロンはもう一方の手に持った小さな袋を、鉄格子の間からその少女が居る場所に投げ入れた。少女はその袋の飛びつき、その中身を取り出して一心不乱に食べる。

 プチプチという音がどこからか聞こえた。


 ゴロンは床に唾を吐き捨てると、忌々しそうに呻いた。兵士や執事が何かに恐れおののく。


「この醜悪な化物め」


◆◇◆◇


 最後にやってきたルグリウスが自身の席、アランの右側の席に座ると同時に気を取り直したサーシルが四主会議の開会の宣言をした。


「皆様、御集まりいただきまことにありがとうございます」

「挨拶なんざどうでもいい。早く議題を言え」


 バルドロスがバッサリと切り捨てる様に言った。アランが一瞬バルドロスを睨んだが、サーシルはそんなアランの気遣いのような物にも触れず、バルドロスの言うとおりに議題を提示する。


「三対戦争の講和条約の締結です」

「……そんな議題なら俺はもう帰るぞ」


 ルグリウスが立ち上がった。その身に纏う、腐った臓物の様な色をしたその鎧を鈍く光らせつつ。そんなルグリウスを、アランが遠回しに嘲る。


「ふむ……まぁここには、我に、奇人に、強力な回復魔法を扱う元勇者一行がおるからなぁ……恐れて尻尾を巻いて逃げるのも仕方あるまい」

「誰が奇人だコラ、アラン。てめぇこなクソが」

「そのまんまの意味であろうが……」


 ルグリウスは円卓に背を向けていたが、アランの言葉にその腰に提げていた剣の柄に手をかけ、ゆっくりと振り向いた。一斉に杖の様な武器を構えるバルドロスの護衛。そして、自身の護衛対象の横に移動しようとするファンファンロと“黒服”ザムラビを、それぞれアランとサーシルが制した。落ち着き払った声でアランが言う。


「どうした? 剣を抜けば良いであろう、単細胞。まぁその時は我とお前の一騎打ちになるだろうがな。この場で剣を抜くことは謀反も同じ、つまりはお前を殺す良い切っ掛けが出来るという事だ」

「はっ、まぁここにいる奴らを全員斬り殺すとして、テメェはしぶとく残るだろうよ。ゴキブリみてぇに生命力だけは高いからな」

「何を言っておる? 戯言を語るな。お前がこやつらを斬る前に我が逃がすに決まっておろう。お前如きが我の魔法を上回れるとでも思っておるのか?」


 アランの言葉に更に剣の柄を握る手の力を強めるルグリウス。アランも立ち上がり、両者は睨み合った。それを見ていたサーシルがそっと胸の前に両手を持っていき、祈るようなポーズを取るとポソポソと何かを呟いた。


「万物を形作りし聖なるマナの一端よ。ただ平穏を望む我らに、凪の海のような、安らぎと、幸福の場をお与えください……“静かなる大海の抱擁レファーディア”」


 サーシルが言葉を唱え終わると、その組まれた手の中から白く淡い光が漏れ出ていた。ゆっくりとその手を開くと光が飛び出し、その場にいる全員にあたかも雪が降りかかって体の熱によって溶けていくかのように、それぞれの体の中に吸い込まれていった。すると、バルドロスの護衛達が杖のような武器を降ろし、その他にも会議場にいる全員が体の緊張を解いた。

 煩わしげにルグリウスはサーシルの方を見た。


「テメェ……変な魔法使ってんじゃねぇよ。しらけたじゃねえか」

「“静かなる大海の抱擁”。……“聖獣女王の子守唄”と並ぶ僧侶最高峰の魔法の一つで、魔術十二階位中、十階位の世界級魔法、か。効果は敵愾心、闘争心の鎮静化。危害を加えるようなものではないが……このような場で魔法を使用するのは好ましく無いな。……まぁ我にも非はある。続けてくれ」


 そう言ってアランは再び席についた。ルグリウスも舌打ちをしつつ自身の席へと戻った。サーシルはホッと肩をなで下ろすと、一度深呼吸をして議題を再提示する。


(わたくし)、共生都市国大統領であるサーシル・フェルトリサスが提示するのは、アラン様が治める魔族国と、ルグリウス様の率いる黒骸軍。そして人間領の帝国との三対戦争の休戦です」

「休戦による戦争特需の損害はどうするつもりだ?」

「共生都市国がお支払いたします……と言いたいところなのですが、あいにくそこまで経済的余裕が無い為に……そのことを含め、今日ここに四主会議を開きました次第です」


 バルドロスの毒の孕んだ質問を、先ほどまでとは違い、上手く利用して開会した理由を付け加えた。アランは静かにそんなサーシルを観察し、心の中で感心するように頷いた。決して、表には出さない。


(顔つきが少しばかり変わったか。先ほどまではなんとも言えなかったが……まぁまだ観察せねば何とも言えぬか)


 するとバルドロスが机に気怠そうに突っ伏し、ルグリウスが足を組んだ後に椅子の背もたれにもたれかかった。アランが何事かと両者を見ると、バルドロスは子供のようにまったく関心を持たずにブツブツと何か計算しているように呟き、ルグリウスは超然とした態度で……寝ようとしていた。アランのどこかの血管が切れる。サーシルはその二人の自由さに全力で戸惑っていた。

 ファンファンロはそんな彼らを横目に見たあと、手元にある資料に目を再び通した。


(共生都市国。魔族領内人口一位、民衆幸福度一位、軍隊戦績は不明だが四領中最弱と見られると……)


 ふと、アランが影を操り自身にメモを見せているのをファンファンロは見つけた。そこには、〈共生都市国、講和派〉と書いてあった。ファンファンロはその〈講和派〉という字を今見ていた紙の開いている場所に書きこんだ。

 その紙をめくり、他の紙ももう一度目を通す。その下にあったのはバルドロスが代表となっている“楽都”と、ルグリウスが率いる黒骸軍陣地の情報が纏められていた。


 そんなファンファンロの前に座るアランは、重要な会議での二人の様子にだいぶイラッとしていた。とはいえ、サーシルの魔法によってその怒りはすぐさま鎮静化されてしまい、なんとなく強制的にストレスを消されたことで残った、地味な不快感に煩わしげに顔を一度振るとサーシルの方を向いた。


「講和か……別に我は他国、他領、の者共が攻めてこなければ戦争はせぬ。我が領は先代魔王の意思を継ぎ、〈防戦主義〉を貫き通す。攻めてこなければ……の、話だがなぁ?」


 アランは自信の右側の位置に座る人物を睨みつけた。常人や軍人、果ては勇者の娘までも瞬時に萎縮させるその眼を向けられつつも、ルグリウスはピクリと動いただけで寝るような姿勢をやめるそぶりは一切見られない。


(バルドロスはもう性格的にどうしようもないが……そもそも〈傍観派〉な為にこういった話にはあまり関係が無い。武器の輸出などで経済が潤っておるのは問題となるだろうが……一先ず)


 アランはサーシルに聞いた。


「お前は何故休戦させたいのだ?」

「……民が、怯えているからです。それに、私は目の前で何の罪も無い命が次々と散っていくのが、許せないのです」


 サーシルは堂々と語った。バルドロスの護衛の誰かが「おぉ」と感慨深げに呻いた。みれば、年若い瑞々しい鱗を持った蜥蜴人(リザードマン)であった。まだ世を知らぬ為にそうなったのだろうと、この世を1000年以上生きる者達は、視界からその者を外した。

 その言葉に、背を独立させ少しばかり姿勢を正したルグリウスが嗤った。


「くだらねぇな、そんなものはテメェの自己満足でしかねぇ、勝手に他の奴に押し付けんじゃねぇよ。所詮は短命の人間が考え付くこと……んな甘っちょろいとは、ガキの頃に卒業するこったな」

「まぁ、だが、その長命の中で刹那のやりとりをする戦いを求め、先代魔王の意に従わずに反乱を起こし、いたずらに民衆を恐怖させるのはどうかと思うがな」


 アランがルグリウスの言葉に反応して語ったのは一つのまぎれもない事実。それを聞いたルグリウスは「テメェの説教なんざ聞いてねぇよ」と、再び背もたれにもたれかかった。

 そんなルグリウスの取った行動に、絶対に釣り出せるだろうが同時に問題も引き起こすであろう、一つの言葉を唱えることを決心した。初めにアランはサーシルの方を向き、その言葉へ繋ぐ為の文を紡ぎ出した


「戦争の終結、か。休戦、講和とお前は言っておるが……」


 アランが言葉尻を濁し、続いてその言葉の軸を語ろうとした時。アランの左後ろ、南の方角から一体の龍の敵意を感じ取った。そして、その龍の咆哮が轟く。


「グラララララララララッ!!」


 木々の間から飛び出したのは美しい青い鱗を全身に纏った、もはや天災の内に数えられる魔獣の一角、龍であった。森の中央にとどまり続ける者達から断続的に発せられる殺気や怒りに当てられ、その龍は気が狂いアラン達のいる白い建物を睨みつけ“竜の息吹”と呼ばれる一つの魔法を吐こうとしていた。“龍の息吹”とはその一撃のみで一つの街を破壊し尽くすとまで言われ、破壊魔法の中でも最強最悪と謳われる魔法。

 そんな魔法を放たんとしているブルードラゴンを、冷めた目で四人の領主は見た。バルドロスの護衛達は皆が震えているものの、ファンファンロと“黒服”と呼ばれる男、ザムラビは落ち着き払っていた。


「なんだぁ? あの青トカゲは。喧嘩売ってんのか」

「知らぬわ。まぁ馬鹿だとは思うがな」

「んで、どうすんだあの邪魔くせぇクソトカゲ。出来るなら持って帰って研究材料にしたいところだが」

「この会議の邪魔をしているとはいえそれはどうかと思います」


 面倒事を互いに押し付け合うような抑揚をつけつつ三人は語る。サーシルはブルードラゴンの“龍の息吹”に対抗する技を持たないために他力に頼るように言った。


「とはいえここは四主会議の場。我らの内の誰かが抜けるわけにはいくまい。……ファンファンロ、行って来い」

「しかし……」

「我は大丈夫だ」


 アランの言葉にファンファンロは頷き、主に背を向けると南側へ駆けた。自身の胸ほどの位置にある柵の上に飛び乗り、そして、飛んだ。

柵に乗った瞬間のファンファンロの口から漏れ出た言葉は、


「“人体化(リ・ヒューマン)”、解除(アンロック)


 というものであった。その後にファンファンロは柵を蹴って跳躍する。少年然とした柔らかな茶色の髪は瞬間的に赤々と燃え上り、袖やズボンのからもメラメラと赤い物が揺らめいた。その瞳は白く燃え上がり、その巨大な胴体が通った後に煌々と燃えるその尾羽を引く。


 ファンファンロは、不死鳥(フェニックス)と呼ばれる魔獣である。


 たとえ死んでも再びヒナとして生き返り、その高貴な翼は誰にも邪魔をされずに空を舞う。絶対数の少ないそれは、天災と呼ばれる龍さえも凌ぐものとされた、“伝説上”の鳥の王だ。


 不死鳥の圧倒的な熱量を感じ、若干の汗を流したアランは円卓に向き直り、先ほど中断された言葉を語った。龍と燃え盛る鳥の戦いを見ている三人の領主は、そのアランの言葉に各々違う反応を見せた。


「休戦、講和。それだけではあるまい、戦争を終わらせる方法はな」

「……魔族領やこの世界の統一、か」


 アランの言葉にバルドロスが続き、アランはニタリと笑った。同時にルグリウスも笑った。嘲りを込めて。


「お前の領の軍隊が俺の(コマ)に勝てると?」

「勝てるに決まっておろう、そもそも貴様の部下なぞ我一人で殲滅出来るわ」

「まぁ所詮雑魚の集まった烏合の衆だからな」


 ルグリウスは自身の部下を嘲った。バルドロスは再び机に突っ伏して興味が無さそうに何かを呟き、サーシルは二人の様子を見てコクリと唾を飲み込んだ。そのサーシルの好意は緊張感からではなく、恐怖心からの無意識の行動であった。それは無理もないことである。なぜならばルグリウスの率いる反乱軍こそ、四つの領の内で最も高い軍事力を誇る集団である為だ。

 そんな軍隊を烏合の衆という事が出来る存在は、サーシルはいまだ一人しか知らなかった。


「大統領よ」

「は、はい!」


 サーシルはアランに急に語りかけられ、慌てて返事をした。


「休戦や講和と違い、統一には多くの血が流れるであろう。もし、講和を結べなかった場合は……それでも良いのか?」

「……流れる血を減らせるのならば、私は」


 言葉を途中で止め、サーシルはアランに向かって頷いた。アランとルグリウスが、まるで静かに酒を酌み交わすように、同時にクククと笑った。音では笑っていてもそれは、底冷えするような悪意や敵意の見え隠れする、様々な表情がごちゃ混ぜになった闇の深い笑いであった。


(今まで保留していたが……やはりこの戦争は終わらせなければならんな。どんな手を使ってでも)


 そして、アランは大仰に身振り手振りを取る。出来るだけルグリウスの率いる軍勢との総力戦という最終手段を避ける為に。


「さぁ、話を続けるぞ。起きろ、バルドロス」


 アランの背後で龍が倒れ、少しばかりグラリと地面が揺れた。


今回の話で第二章は終わりです。

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