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魔王様はお嬢様の下僕になりました  作者: 亜桜蝶々
第1章、慣れと再会
11/26

修羅

今回グロシーンがあります。

 山から下りて来るのは一人の男。いや、頂上に近いため、登ってきたのかもしれないが。

 細身ながら屈強な体つきをしたなかなかハンサムな男だ。ただ、疲れたのか荷物を降ろして前かがみになっていた。

 降ろしていたバックを再び背負い、屋敷の方へと向かおうとすると、男の目に二人の人物が目に映った。


 一人は金髪のシンプルな白と水色のドレスを着た帯剣をしている美しい女。もう一人は執事服を着た髪の一部が白い男。

 良く見ると、執事服の男の眉間に皺が寄っていて相当怒っているように見える。女性は山を下りてきた男に剣に手を添えながら近づいていく。

 山から下りてきた男は護身用のものだと思うが、剣を取り出して構えながら叫んだ。


「誰だお前らは! 俺の首を狙いに来たのか!!」


 その言葉を聞いた執事服を着た男アランは、指の関節を鳴らす。バキリ、ベキリと尋常ではないほどの音が聞こえ、相当怒っているようだ。

 二人と一人、両者の距離が10mほどになった所でアランが怨嗟交じりの唸り声を吐いた。


「貴様ァ……あの時は良くもやってくれたなぁ…!!」


 男は何か聞いたことのあるような無いような……とでも言いたげな表情をした。目も良いアランはその表情をとらえて更に眉間の皺を深くする。

 そして、アランはとある魔法を解除した。


「“人体化(リ・フューマン)解除(アンロック)。……この姿を忘れたとは言わせんぞ!勇者、ルーク・セントハートォォオ!!」


 狼の頭に鹿の角、そして3 mを超すその相手を見て、下山してきた男。いや、ルークは驚愕した。ルークは武器を投げ捨て、かつての敵に“頭を下げた。”

 今度はアランが驚愕した。まさか、勇者の剣が無いからと言って自分勝手な正義感は異常に強かったルークが頭を下げたりすると思っていなかったからだ。

 だが、他に武器を隠し持っているかもしれないので警戒しながら近づいていく。


「敬愛する、魔王アラン・ドゥ・ナイトメア。貴方の怒りはこの元勇者ルーク・セントハートが甘んじて引き受けよう。だから頼む、私の娘だけは何もしないでくれ!!」


 アランは自分の頭の一本血管が切れた気がした。


「敬愛するだと……? 貴様に言われたくは無いわ!! ……それと今、〝元〟勇者と言ったな? どういうことだ…それに、娘と言ったか? ……“魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ”だと…?」


 アランは不意に魔法名を呟いた。そして、その頭をルークとは反対の方向に向ける。メイルも首を傾げながらフェアの魔力をついさっきまで感じていた方向を見やる。


 “魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ”。十二階位ある魔法の中で八段目に存在する魔法。放出されるマナや、気を遮断する魔法である。

 この八階位に位置する魔法を会得するには才能と努力、どちらが欠けても会得が極めて難しくなる。その上の九階位などは、かなりの才能と努力が必要とされる。

 八階位の魔法など、軍の将軍クラスが持っていれば良いレベルの魔法なのだ。


「……何故あんな魔法が発動したのだ?…ん、“自影の双腕(シャドウ・アームズ)”」


 アランが呟くと、彼の地面に映る影から黒い腕が生える。すると、その腕が伸びて何かを掴んだ。


「矢ぶみ……」


 アランが掴んだ矢には紙が結び付けられていた。アランが鋭く長い爪が生えている手でその紙を広げた。

 アランは溜息をつき、メイルは眉根を顰め、いつの間にか近くにいたルークは文面を読んで目を見開いた。


「勇者……貴様、指名手配されているのか……? 面倒くさいことばかりしおって」

「ああ、フェア……助けに行かねば……!」

「待て。ルーク・セントハート。今の貴様が誘拐犯共に勝てるわけがないだろうが。我を倒した時の魔力の欠片すらない貴様が」


 そう、フェアは誘拐された。賞金首の勇者を安全に捕まえるための人質として。

 ……つくづく迷惑しかかけない小娘だな。…そんなところがどことなく彼女と似ているんだが。

と、アランは内心で呟く。


「じゃあ、どうしろと言うのだ! 貴方が助けてくれるとでも言うのか!!」


 アランは心底面倒くさそうに、されど大胆不敵に笑う。


「その通りだ。貴様に娘を助けなければ、我は復活できんからな」


 その言葉を聞き、今まで黙っていたメイルがしっかと首肯する。それとは対照的にルークは大いに戸惑った。


「そ、それはどういう……」

「ここで、我が娘を助け出すのを指をくわえて待っておけという事だ!!」


 アランは杖の先を地面につき、立て続けに魔法を発動させる。


「“魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ遮断(ダウン)”“人体化(リ・フューマン)”。“魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ”、“魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ”フォルベスタ(彼女に)、“任意消音化(ザ・スカー・エコー)”」


そして、杖と両腕を前につきだし、


「“空間転移門(ワープゲート)”」


 と、アランが言うと三人の目の前の空間に巨大な(ひず)みが出来た。


「行くぞ、メイル」

「了解しました、魔王様」


 ルークが呆けていて、ハッと我に返ると二人は目の前から姿を消していた。

 彼は娘の無事を神、そしてアランに祈った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 大きな倉庫の木の陰にアラン達は隠れていた。


「男が……十三人と女が二人。片方はあの小娘だな。……注意すべき者としては八階位魔法を使った奴くらいだが……この姿でもどうということは無いな」


 九階位、英雄級魔法である“魔力探知妨害魔法マナズ・ノット・サーチ”を使って妨害魔法を解除し、探知できるようになった犯人達のマナを感じとり、潜伏している場所へと転移してきた。


「“透過視(クリアアイズ)”、“不可視化(インビジョビリティ)”フォルベスタ(彼女に)」


 人間の姿をしているアランは、二つの魔法をメイルに付与した。メイルは薄い光に包まれた後その姿を忽然と消した。その後、メイルの姿があった虚空から声が聞こえる。


「姫様怯えていらっしゃいますね……早く救出しましょう魔王様。合図を」

「……あの娘、我を玩具のように扱っておきながら誘拐犯なぞに怯えるなよ……」


 アランは顔を(しか)めて文句を垂れ、もう少し怯えさえておこうかと思った。が、アランの耳に飛び込んできた誘拐犯の男達の台詞を聞き、早口で喋る。


「“黒影の鎧(シャドウアーマー)”。“紅蓮障壁(ファイアシールド)”。メイル、目をつぶっておけ…“閃光(フラッシュ)”」


 倉庫の中にいる犯人達から動揺し、アランが最後に唱えた呪文のあとに倉庫の窓から光が溢れ出てきた。


「“そよ風が届ける囁き声(シルフィートエコー)”………お嬢様。聞こえますか?」


 アランの魔力から発生した空気の空間が倉庫の向こうにいるフェアに声を送る。


『げ、下僕……? な、何が起こったの…? 誘拐犯達が私のところに集まって来たと思ったら、急に目の前が真っ暗になったのよ! あなたがやったの……?』


 フェアの声を聞いて、犯人達に暴れ怒る自身の心を落ちつけるために深呼吸をして、「……そうです。今から救出す……します」と、言った後に魔法を切った。


「予定変更だメイル。我が行く」

「何故ですか? 魔王様が出る幕でも無いと思うのですが」


 アランは溜息をついた後に黒い怒りの籠った声で


「……お前に男の欲望の滾った汚らわしいものなど、見せるわけにはいかないだろう。あの小娘は襲われそうになっていたから魔法を使った。……腐った外道共には制裁を与えねばならん、わかってくれたか?」


 メイルは嬉しそうな悲しそうな微笑みを浮かべて了解の意を伝えた。


「メイルは……逃走した奴がいたら殺してくれ。まぁ、そんな奴は出さんがな」


 アランは倉庫の外壁の隣に立って右腕を引き絞った。


「“鋼化(シュウシン)”。……フッ!」


 アランが鋼よりも固くなった右腕を勢いよく放ち、壁に当てるとレンガの壁に人ひとりが通れるくらいの穴が開いた。


 視力が戻ったばかりの男達は倉庫の壁を壊したアランを見ると、一斉に剣を抜き殺気を放った。


「てめぇ!…何者だ!! ルーク・セントハートか!!」


 倉庫内にいる者達はそれぞれかり腕ききの戦士なのだろう。彼らから発せられる一般人や有象無象の兵士であれば、思わず失禁して逃げ出したりするであろう殺気を浴びながらもアランは平然と立っている。

 それはそうだろう、彼はそんなどこにでもいるような戦闘力を持つ者ではないだから。逆に、この世界で最強の生き物と言える人物なのだから。


「修羅だ」


 このアランが発した短い言葉のあと、一方的な蹂躙が開始した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 まず、アランは燃え盛る炎に包まれたフェアをどうにかして人質に取ろうと近づく男に向かって、何かを握るようにして右手を伸ばした。


「“悪魔の握手(グラップ・ハート)”」


 右手で何かを潰すように握りしめると、先にいた男の心臓が破裂し口から血を吐いて息絶える。


「な……闇属性の英雄級魔法だと……!!」


 アランのすぐ近くにいた皇帝級魔法を使った男が叫んだ。しかし、勿体無いことをしただろう。この一言で寿命が少し縮んだのだから。アランが次に標的に選んだのはその男。

 アランは瞬きの間に男の目の前に現れ、対象の頭を鋼鉄の片手で掴んだ。そして力を入れ、……赤い花が一瞬咲いた。


「ば、化け物め!!」「死ねぇ!!」「くそったれがぁ!!」


三人の男が剣を振りかざしてくる。速度は中々のものだが、アランに魔法を唱える時間を与えてしまった。


「“|永久凍河に潜む悪魔のデモン・アイス・キラー”」


アランは両手で三人の男に軽く触れた。


「な、なんだこれ……か、体の感覚がねぇよ……っ!!」


 男達の体は頭を残して凍り付いていた。足先から手先まで。血液が回らないためにこのままでも死ぬだろうが、アランは両手を合わせて一人ずつ頭から腹のあたりまで振り下ろした。


「や、やめてくr」「死にたくn」「何なんだよぉ! お前はぁ!!」


 アランは返り血も気にせずにポツリと呟く。


「あと、七人か…」


 アランは凍らして砕き、電撃や炎で焼き殺し、風で切り裂いた。


 ☆


 残る誘拐犯は二人、守るられるように奥に逃げていた女とその前に立つ、2mもあろうかという大男だった。アランはリーダーだと認識した女性に問いかける。


「何故お前らはあの娘をさらったのだ?」

「ゆ、勇者を、つ、捕まえる為だ……です」

「何故、勇者は狙われておるのだ……?」

「し、知らないわ……知らないです。ど、どうか命だけは……」


 アランはメイルからルグリウスの話を聞いた時と同じくらいの憤怒の感情を得た。


(これだから、人間は……! 己の欲望の為に他人を簡単に陥れる!)


「その願いの答えは、駄目だ。が、質問の答えを嘘偽り無く答えたからな」

「じゃ、じゃあ!」


 女と大男の目に一筋の希望の光が灯る。


「冥途の土産に教えてやろう。我の姿を」


アランは“人体化(リ・フューマン)”を解除した。


「我の名はアラン・ドゥ・ナイトメア。復活した、魔王だ!…“死神の口笛(リーバー・フィード)”」


 アランの姿に恐怖した二人は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。脈は止まり、呼吸も止まっている。

 アランは周りを見渡した後、血が散乱している倉庫の様子を見て溜息をついた。


「“鮮血の球(ブラッド・ケット)”」


 倉庫の中に散らばった血や、死体の中にあった血。さらにアランの服に染み込んでいた返り血ははアランの右手に収束し、赤い球体になった。十四人の血はさすがに巨大だが、周囲の血が集まりきるとどういう原理か解らないが小さく圧縮され結果的に小指の爪程まで小さくなった。非常に硬質なその血の塊を、アランはポケットにしまう。


「さて…、“透過視(クリアアイズ)”、“不可視化(インビジョビリティ)”、“黒影の鎧(シャドウ・アーマー)”、“紅蓮障壁ファイアシールド解除(アンロック)。……お嬢様。大丈夫ですか?」


 姿を現したメイルが傍に来て、アランは黒い鎧を着た者に同じ目線になるように座って話かけた。

 フェアの服や髪は乱れ、頬が軽く腫れている。フェアはアランとメイルを交互に見比べた。二人はそれに微笑み返す。

 すると、フェアの目から大粒の涙が零れてきた。ポロポロと流れ、やがて溢れて止まらなくなった。


 フェアはまだ子供である。どれだけ美しかろうがそれだけは変わりない。子どもにとってどれだけ怖いことか。

 アランは泣きじゃくるフェアを優しく抱きしめた。親が子を抱きしめるように、夫が妻を抱きしめるように。

 メイルも傍にしゃがんで寄り添った。


 倉庫の中には少女の嗚咽だけが響き渡る。そしてその少女を優しさが包み込む。



 フェアが泣き止み、アランは二人に問いかけた。


「では、帰りましょうか? メイル。そして、お嬢様」

「ええ。そうね」

「はい。魔王様」


 “空間転移門(ワープゲート)”をアランが唱え、屋敷へと三人は転移(帰って)いった。

 倉庫には見えないところに隠された十四体の人間のミイラと少女の涙のあとが残るだけであった。

お読みいただきありがとうございます。

今回にて第一章が終わり、第二章の制作に取り掛かりますがテスト期間が入ってきますので当分(一、二週間だと思いますが)投稿は難しいかもしれません。

なんとか投稿したいとはおもうんですがね…。真に申し訳ございません。

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