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魔王様はお嬢様の下僕になりました  作者: 亜桜蝶々
第1章、慣れと再会
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番外・魔王と閻魔「咎」

シリアス注意です。

 天界。それは死んだ者のが向かう場所である。そして、天界に来た者たちが初めて訪れるのは、天国と中間霊界、地獄のどこに行くのかを決める閻魔の仕事場、三枝天秤(さんしてんびん)の城である。


 この場所はがらんとしていた。時折動くのは子鬼たち。そして閻魔その人だけである。

 最近は戦争の為に人が絶えなかったのだが、今日はやっと人々が夜になったので戦争を中断したためにやっと落ち着いてきたのだ。今の時間帯はせいぜい、寿命か病気、事件で死ぬ者だけである。その者達はせかせかと閻魔の前に来て、三国のどこに行くのか言い渡されて終わりだ。


「あぁ。楽だ。このまま人来なければ良いのに」


 だが、閻魔のそんな願いは叶わなかった。閻魔は一瞬眉を顰める。


(また、誰か死んだのか。……だが、なんだ?このバカみたいに強い奴は。魔族だとしても異常すぎるぞこいつは……。一体、何故こんなに強大な力を持つ奴が死んだんだ……?)




 城の正門から入って来たのは真っ黒なローブを纏った大男。


(こいつは……現世では確か魔王だとかって呼ばれてるやつか)


 閻魔は柱の影で魔王に怯える子鬼共を無視し、脇の机に置いてある罪状の巻物を手に取ろうとする。


(……っな!? こんな大きさの巻物見たことが無いぞ……!?)


 彼の罪状が記された巻物は異常な程太い。普通が棒と呼ぶならばこれは車輪のような形をしている。


(魔王と言われるとかなり凶悪なイメージがあったりするが、まさかこれほどまでとはな)


「我の名はアラン・ドゥ・ナイトメア。審判などいらぬ。我をコキュートスへ堕とせ」


 閻魔は目を細めた。今まで自ら一番辛いコキュートスへ堕とせなどと言った者はいなかったからだ。


 コキュートス。別名嘆きの川と呼ばれ、その凍った川に閉じ込められ続けるという最も罰の重い地獄である。


(とりあえず、この分厚い巻物に何が書いてあるか見るか)


 閻魔は巻物に片手を添え、意識を集中する。すると、閻魔の目の前に彼の罪状の中でも重い順に内容が浮かんでくる。そして、一番前に見える罪状を見て目を見開く。


(なんだ……これは。こんな罪の者が存在したのか……!!? しかも、罪の分厚い巻物の内容のほとんどがこれ一つだけだと……?)


 閻魔は唾をのみこんだ後、目の前の男に問いかけた。まず、最初に問わねばならない事。


「アラン・ドゥ・ナイトメアだと……? それは本当の名では無いだろう。何故、俺に嘘をつく。」

「我がその質問に答える必要性は感じないな」


 閻魔は溜息をついた。巻物からわかるのだが、答えないと言うのならそのまま続けるしかない。そして、閻魔はそもそもの仕事として問わねばならないことを聞く。


「まあ、良いだろう。ではアラン・ドゥ・ナイトメア、汝に問う。お前の最大の(とが)はなんだ?」


 目の前の骨のような頭の人物は数秒の間を置いて答えた。


「我は答えよう。我の最大の咎。それは、“我の存在そのもの”だ。」


 閻魔は頭を片手で押さえた。


(こいつは自分で理解しているのか。自分の咎を。確かにこいつが犯した罪はコキュートスに行ってもおかしくは無いが……)


「生きようとは、思わないのか…? お前の復活を望む者たちもいるのだぞ?」


 骨のような頭は空虚な目を閻魔に向けた。口を小さく動かすが、その喉から音は聞こえない。次の瞬間、魔王は顎関節(口元)を大きくゆがめ、胸の内にたまっていることを吐き出した。


「我に存在する資格があると言うのか! 我が居なければ地上は平和なままでいられたのだ!! 我さえいなければこのような戦争が起こることさえ無かった!!!」


 魂の叫び。

 魔王の口から出た叫びはまさにそのような言葉が合うものだった。

 絶望、失望、悲哀、苦渋、恨み、慈愛、憤怒、悔恨、殺意、喜び、反抗。様々な感情が混ざり合ったその悲痛な叫びは、いくつの重荷を背負い枷をつければ出せるのか。




 閻魔はその叫びを聞いた途端、目の前の死んだ者を殴った。

 全体重を乗せ、己の内にある感情を拳に乗せて相手の頭を殴りぬいた。


「…………っ!!?」


 目の前の殴られた男は再び空虚に、焦点の合わなくなったその目で閻魔を見た。


(何故、俺はこいつを殴り飛ばした? わからない。わからない……が。だが、こいつはこんなとこじゃなくて、地上で罪を償わなければいけないやつだってことは分かる)


「魔王、アラン・ドゥ・ナイトメア! お前には復活の罰を与える!! 貴様の罪はコキュートス程度では生温い! 現世でその咎を償うがいい!!」


 すると、魔王の焦点が合い目に焦りの色が浮かぶ。


「ま、待て! 待ってくれ! 我をコキュートスに堕とせ! 別に他の階層でも良いのだ!! 頼む、現世だけは止めてくれぇ!! 我が存在していては不幸が生まれるだけだ!!」


 閻魔は目の前の男の言葉にズキリと心が痛む。だが、


「お前には守るべき魔族が居るじゃ無いか! 彼らを置いてお前は逃げるのか!!」


 閻魔の怒りと真実の籠った反論に、魔王は言葉を失った。彼の足もとが淡白く光る。


「……逃げて苦しくなるのはお前だけじゃ無いんだ。もう少し考えろよ統治者のクセに。……次に会う時はいつものお前に会いたいもんだな。魔王。いや……アラン。」


 淡く光っていた地面は徐々に光量を増し、アランの体を包み込んでいった。

 アランの姿が完全に隠れると、光ははじけるように消えた。




 三枝天秤の城にある人影はほんの両手の指で足りるほど。閻魔と子鬼たちだけ。

 今は、ここを訪れる者は昼間でも少ない。逆に夜の方が多いくらいだ。

 閻魔はこっそりと呟いた。


「アランのやつめ、やれば戦争を止めるくらいできたじゃないか」


 そんな閻魔の独り言は誰にも聞かれることも無く、ただ静かに静寂の中へと消えていった。

お読みいただきありがとうございます。

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