隠者の拾いモノ
――ガタン
「ん?」
不意に聞こえた音に顔を上げた。
ここは私にとって異世界、剣と魔法の世界グランフィリエの、ゲームで言うなら魔王を倒した後の隠しダンジョンに当たる、魔王が雑魚にしか見えない凶悪な魔獣、魔物が跳梁跋扈するエルフェンの森だ。そこの奥に結界を敷いて暮らしているのが私だ。
人が来た、という事は無いだろう。そもそも、聞こえたのは天頂方向、つまり二階だ。
「物でも落ちたかね、っと、いかんな。つい独り言が」
やれやれ。首を振って作業を中断すると、私は階段へと足を向けた。
そして、聞こえてきた泣き声に足を止める。
「人? いや、精霊の悪戯か」
たまにやってくる寂しがり屋の精霊の存在を思い出し、苦笑する。精霊ならば結界に引っかかる事は無いし、そもそも、泣き声を上げるバンジーのような魔物はここにいないから一択だ。
どっかの馬鹿がランダム転移で飛ばしたとかじゃなければ、と注釈が付くが。
「コラ! 何をや……って……女の子?」
唖然。そんな状態になったのはいつぶりだろうかと思う。
歳の頃は小学校に上がったかどうか、五歳から六歳といったところだろうか。新品じゃないかと思われるピカピカのランドセルを背負った幼女が、驚いた顔でこちらを見ている。
その瞳に再び涙が溜まっていくのを見て盛大に焦った。
「な、泣くな! ほら、飴ちゃんやるから! な?」
「ままからしらないひとからものをもらっちゃいけませんっていってたもん」
「明人! 新井田 明人! ほら、これで知らない人じゃないだろ?」
「う~?」
首を傾げて悩む幼女に「おいしいぞ~」「甘いぞ~」なんて言って無理矢理飴を握らせる。
もうなんかどっかの誘拐犯みたいだな。などとそこまで考えて、ようやく幼女が明らかに日本人である事に気付いた。
「って事はまさかのトリッパー? こんなラスダンより後に来るような場所に転移とか、運無さ過ぎだろ。いや、私のところに来たから運はいいのか?」
「おにいちゃん、ここ、どこ?」
「え、ああ、いや、ここはお兄ちゃんのお家だよ。君はちょっと迷っちゃったみたいだね。外は危ないから、お母さんが迎えに来るまで、ここで待ってようか」
「……おにいちゃん、ゆうかい?」
「違うから。幼女を浚うような悪い人じゃないから」
首を傾げて聞いてくる幼女にどっと疲れが押し寄せてきた気がして、目頭を揉む。
ぐ~、と、お腹の鳴る音がして視線を戻すと、幼女がお腹を押さえていた。
「とりあえず、ごはんにしよっか」
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
突如としてやってきた幼女――ミツキは、結局私の所で暮らすことになった。
聡明な彼女は数日で自分が捨てられたのではないかと思い始め、夜に添い寝してやらなければ泣き出してしまったり、捨てられたのではないと信じさせるのにずいぶんと時間が掛かったが、最近では少なくとも表面に出ることはなくなってきている。
良い事か、悪い事かはいずれ分かるだろう。今確実なのは、子供一人救えない私の無力だけだ。
その代わりにもならないが、私が覚えている限りの日本の教育と、この世界で生きていけるだけの教育を平行して教えている。聡明な相手に一対一で教えているからか、飲み込みは早く、たったの三年で勉学は中学から高校といったところで、戦闘力に関しては、この森を一人で歩き回れるほどになってしまった。
元々異世界人は魔力の量が異常に多いが、それでも私が中学生、十三歳でここに来てこの森に入れたのが二十歳、ミツキが来る前年の末である事を考えると、天才という枠で収まらない才能である。
もしかしたら、私が送還術を完成させるより、彼女が自力で帰還する方が早いかもしれない。
「お兄ちゃん! すごいの取れたー!」
「ああ、凍え鳥の雹卵だね。調理が難しいが、とても美味しい食材だ」
自身の身長と同じほどの大きさの卵を抱えて走る姿に微笑みながら、私は立ち上がる。
私に何かが起きなければ、きっとこの関係はあと数年で終わるだろう。泣き虫のミツキはきっと泣いてしまうだろうけど、待っている家族がいるのだから、きっと帰った方がいいのだ。
それまでは、私がきちんと親代わりを勤めて見せようと思う。