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打倒月ノ灯流!  作者: 東京輔
一人目! 期待の新人 レオ=バーナード
7/19

打倒予告

 少量の血飛沫が飛んだ。ゲッカの持つ日本刀の切っ先に、赤い液体が付着している。振りぬいた得物を今一度構え直し、ゲッカは正面を見据えた。右わき腹を赤く染め、息を切らしながらも、強い闘志を瞳に宿す対戦者の姿がそこにあった。勝負はまだ終わっていないのだ。


『おぉ~~っと! 勝負あったと思われましたが、レオ選手、ギリギリのところで回避しているぅ~~! ゲッカ選手の十八番、月面歩きからのカウンターを初めて躱したのは、レオ選手となりました! セノンさん、今のところの解説をお願いします!』

『……すごいのを見させてもらいました。まずはゲッカ選手、少し単調気味になったレオ選手の突きに対して呼吸を合わせ、月面歩きで一気に接近します。そこからの一閃で仕留めたかに思われましたが、すごいのはここからです。

 突き攻撃を出し切りかけたレオ選手、咄嗟の判断で手首(リスト)だけで地面に戦闘斧(バトルアクス)を叩きつけます。その反動で後ろにのけ反り、致命傷を免れたというわけです。弾性のある金属を、回避の手段として使うとは……。恐ろしい新人が出てきたものです』


 勝負はまだ決まっていなかったが、観客たちは拍手をして二人の戦士を讃えた。なまくら刀を使用した勝負とはいえ、一瞬で決着がつく事は珍しい話ではない。ちょっと目を離した隙に終わってしまう事は多々あった。無名の新人ながらも、ハイレベルの攻防を続ける両者を拍手で称賛するのは、当然と言ってもいいだろう。

 当の本人であるレオはそれどころではなかった。冷や汗が背中を滲ませる。先程の回避は狙ってやったものではなかった。あの刹那にできる事を探していたら、運よくああいう結果になっただけだ。敢えて言うならば、あのボッタくりの情報屋から聞いた、何の足しにもならないと思っていた情報が、役に立ったというわけだ。


 構えに固さがある事に気づき、レオは得物の柄を握り直した。涼しげな顔をして立ちはだかる対戦相手の構えには、精神的なゆとりさえ感じられる。自分に斬りかかった瞬間、邪悪とも言える殺気を放った張本人だとは、とても思えないほどに。

 牽制として連発していた突き攻撃に対し、逆にリスクを背負わされる羽目になったレオは、その後の立ち回りに消極的な印象が目立った。突進からの空震斬、そして打撃によるコンビネーションも見せたが、その一回だけに終わった。ゲッカのカウンターを恐れるあまり、強気な行動を取れなくなってしまったのだ。まんまと相手に場を支配された。


『さぁ、制限時間の二〇分が迫って参りました! ゲッカ選手と対戦して、ここまで闘いを継続できたのはレオ選手だけです! 傷を負わせたのはゲッカ選手ですが、手数が多いのはレオ選手。このまま制限時間が経過すると、判定での決着となりますが……』


 今行われているのは予選なので、延長時間は設けられていない。観客の中にはもっと見せろとブーイングをする者もいたが、レオとしては幸運だった。どのみち延長戦になっても、まともに得物を振るう事はできないのが現実だった。

 二〇分と聞くと短いように感じるかもしれないが、真剣勝負によるその時間は、極めて長く、遅く感じるようになる。コンマ一秒の駆け引きを延々と行っているが故の、相対性によるものだ。とすれば、通常時よりも体力を消耗するのは必至。短期決戦で駆け上がってきたレオにとっては、体力的な限界が待ち受けていた。


『有利なのはレオ選手です。ここは無理する必要はありませんね。勝ちに行くなら、ここは受けに徹する方がいいでしょう。これはまだ予選、闘いはまだ続くのですから』


 集中力が途切れ途切れになっていたからなのか、ここにきて初めて、解説者の声がレオの耳に届いた。冗談じゃない。こんな形で勝っても何も嬉しくない。相手の方が格上なのは誰が見てもそうだ。かと言って、自分が敗者だとは認めたくない。まだ全てを出し切っていないのに、いい勝負だったなどと言われたくない。

 若さ故の見栄、未熟な勝負哲学がレオを葛藤させた。待てばいいのはわかりきっている。それなのに、愚かな選択をしてしまいそうな自分がいる。


「レオーーー!」


 目の覚めるような叫び、自分の名を呼ぶその声。対戦相手のその奥、観客席の最前列に幼馴染の姿があった。対戦中だというのに、レオは数秒間の間、相手から目を逸らしてしまった。メイサは首を横に振って、何かを訴えているようだった。長い間一緒にいる手前、彼女が何を訴えているのかはすぐにわかった。けれども、レオはそれと同時に心の中で謝った。君の言う通りにはできないと。そして、自分が狭い枠内でしか物事を捉えていない事に気がついたのだ。


 受けに徹する? 全部を出し切ってやられる? どっちでもない。



 全部を出し切って、勝ってやる――!



 レオは構えを解き、無防備とも言える仁王立ちをした。そして得物の戦闘斧を天に掲げる。瞬間、闘技場が今日一番の歓声に溢れた。


『こ、こ、これはッ!? 自らの武器を天に掲げるのは、「決着をつける」という宣言!! レオ選手、ここでまさかの()()()()だぁ~~~!!』

『賢明では……ないですね。ですが、その漢気やよし。レオ選手の武、とくと拝見しましょうか』


 皆が興奮して立ち上がる中、一人だけ顔に両手を当てて落胆するメイサを見て、レオは本当にすまないと思った。だが、これ以上彼女を気にかける事はできない。言い訳は闘いの後に考えよう。メイサが聞いてくれればの話だが。

 まともに動ける時間は残り少ない。今、戦闘斧を掲げた時だって、疲労が蓄積して腕が震えていた。極度の緊張感が続いたせいで、呼吸はずっと荒いままだ。あとワンプレー、息を止めての無酸素運動、最後は温めておいた大技で決着をつけてやる!


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