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打倒月ノ灯流!  作者: 東京輔
一人目! 期待の新人 レオ=バーナード
2/19

闘いは情報から

 シグナ国、西地区中央都市ザヴァンにて。

 闘技場を中心に、蜘蛛の巣のようにして道路が張り巡らされている。都市によってこそ異なるが、太い通りに行けば大体の事は済ませられる。大衆が行き来するある通りに、朝から屋台で飲んだくれるしょうもない中年もいれば、その一方の向かいの上品なテラスでは、若い女達が好みの男性のタイプについて和気藹々と話している。少し奇妙な風景だ。

 だが、その相容れない組み合わせにそれぞれ共通している話題がある。それは、現在進行中で行われているシングルトーナメントについてだ。


「ねぇ、それより明後日のチケット買った?」

「買ったよ~! まだ本戦じゃないのにすごい人混みだった! やっぱりゲッカ様って、すごい人気なんだな~」

「ほんとほんと! ファンクラブもできたみたいだし」

「え~、もう!? 最初に目を付けてたのは私達だったのに、何だかゲッカ様が段々遠くに感じちゃうなぁ……」

「しょうがないよ。久し振りにザヴァンから強い人が出てきたんだし。しかもその人が筋肉ダルマじゃなくって、めちゃカッコいいんだから噂はすぐ広がっちゃったし」

「あ~あ、また新たな人材を発掘しなくちゃいけないのかなぁ」

「ねぇねぇ」


 一人の若い女が何かに気づき、友人の肩を指で突っつく。


「隣の青い髪の人、トーナメントの出場者かな?」

「ほんとだ、でっかい斧……」

「そこじゃなくって! 顔見て、顔!」

「……あ、割といいかも」

「でしょでしょ!? ちょっと話かけてみよっか」

「え~、さすがに積極的過ぎじゃない? それにさ、~~」


 自分の噂話をされている事に気がついた青年だったが、残念ながら今はそれどころではなかった。雑念を払い、今一度相席する意地悪そうな鉤鼻の老人の話に耳を傾ける。


「――そこで彼奴は半身で躱し、敵の脇腹に一閃かまして勝ちやした。今まで、彼奴が二の太刀を振るった事はないようですぜ」

「……どうにも信じ難いな」


 青年は椅子にもたれかかり、腕組みをした。青年の名はレオ=バーナード。今回のトーナメントに出場している、志高き若人である。隣のテーブルに座る、名も知らぬ女性に注目されるくらいには顔が整っており、彼女らだけではなく、既に『美男戦士』という雑誌の編集者から声をかけられたのは、つい先日の出来事であった。

 だが、そんなレオの次の対戦相手がかなりの強者であるらしく、その強さがどれほどのものであるかを知るべく、こうして情報屋に高い金を払って聞いている次第だった。鉤鼻の老人は妖しげな笑みを浮かべ、癖のある声をレオに発した。


「あっしの言う事は本当だよ。ここザヴァンじゃあ『情報屋のハムカッチ』を知らない奴はいねぇ。ありのままを伝えるのがあっしのポリシーなんでね。だがまぁ、その代わり()()()のほうは高くつくんですがねぇ」


 ハムカッチと名乗る情報屋は、右手の親指と人差し指で輪を作り、()のジェスチャーをした。情報屋に聞いたのはあくまで気休めで、そして本当に気休め程度の情報しか得られなかったレオは、嘆息して不満を漏らした。


「にしても、二万マニーはいくらなんでもボッタクリ過ぎなんじゃない?」

「うぇっへっへ、そう言いなさんな」


 いかにも、という悪い笑い方のハムカッチに、これ以上時間を割く必要もない。そう判断したレオは席を立った。


「じゃあ、俺はこれで」

「待ちな、あんちゃん」


 踵を返そうとしたレオは、少し驚いて鉤鼻の情報屋の顔を見た。ハムカッチはまだその皺だらけの顔に、怪しげな笑みを残していた。


「彼奴についてのマル秘情報が、まだ一つあるんでさぁ」

「え、マジで? 早く教えてよ」


 レオがそう言うと、ハムカッチはさらに頬を上げてにんまりとし、テーブルの上に両の手の平を差し出した。


「もう5千マニーいただきやす」

「……下衆い商売だね。悪いけど遠慮しとくよ。あんまり無駄遣いすると()()()も五月蝿いし」


 呆れかえって再び踵を返そうとするレオだったが、「ちょぉっと待ったぁ!」というハムカッチの叫び声に足を止めてしまった。周囲の人間が一斉にこちらを向いたものだから、レオは仕方なく再び椅子に腰を下ろす羽目になった。ハムカッチは気にすることなく話を続ける。


「彼奴との闘いの後、あんちゃんがあっしに彼奴の情報を教えてくれるんなら、特別にタダでお話してもいいんですがねぇ」

「……というか、そっちが本命だったんじゃない?」

「うぇっへっへ、察しがいいですねぇ」

「まぁ、俺も死ぬつもりは毛頭ないからね。少しでも勝率を上げておきたいから、聞くだけ聞いておくよ」

「毎度あり!」


 レオが座り直すのを見届けた後、一呼吸置いてハムカッチは一段と声を潜めて話した。


「で、そのマル秘情報なんですがね」


 周りの音にかき消されそうなその声に耳を傾けるため、レオは右耳をハムカッチに向けて聞き取った。


「今まで戦ってきた連中が、揃って同じ事を言うんですわ。『嫌な予感がした』って」

「嫌な予感?」

「彼奴に斬りかかろうした瞬間、それまでうっすらとしか感じなかった彼奴の殺気を当てられた……と言う輩もいやした。体感した事のない手前、どういう感覚かはわかりかねやすが……。あんちゃんは良い人そうだから、特別に教えておきやした」


 先程まで饒舌に話していたハムカッチの語り。その語りは潤滑さを満たしたままであったが、何となく含みを持つような謎めいたものに変わっていた。どうやら次の対戦相手は、ただ単に剣技が優れているというわけではなく、殺気すらも操る事ができる強者らしい。

 だからといって、二日間という短い期間に完璧な対策を練られるはずもなく、レオは情報屋の言葉を鵜呑みにする事しかできず、後ろ髪を撫でて視線を宙に泳がせるだけだった。


「殺気か……。よくわかんないけど、とりあえずヤバいと思ったら避ければいいのかな? あんまり期待してなかったけど、思ったより良い話が聞けたよ。ありがと」

「あっしとの約束、どうか守ってくだせぇよ」


 簡単に言ってくれるものだ。いくらなまくら刀とはいえ、行われるのは真剣勝負。しかも相手が強ければ強いほど、致命傷は避けられなくなってくる。まぁ、単なる情報屋がその恐怖を知らなくて当然か。

 レオは一人で納得し、右手を上げる軽い挨拶を残して席を立った。向かうのは宿泊先の宿屋。そこのベッドでもう少し作戦でも練るつもりだ。


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