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打倒月ノ灯流!  作者: 東京輔
二人目! 剛の武人 ビネガー=マルティネス
11/19

漢は背中で語るもの

「――とまぁ、俺が言える事はこのくらいです」

「ふむ……。では、テン=ゲッカという輩は、恐ろしく呼吸の合わせ方が上手いと……。レオ殿は実際に刃を交えてそう感じたのですな?」


 二人用の洒落た丸いテーブル。しかし何故だか、今は三人がそれを囲んで椅子に座っている。メイサが元々座っていた場所には、恵体の武人ビネガーが陣取っていた。ビネガーの正面にレオ、レオの隣に寄り添う形でメイサが座る事になった。

 何でもこのビネガーという男、レオにとある話を聞きに来たらしい。テン=ゲッカ、先日レオから勝ちを収めた人物の情報を得るために。二人で食事を取っていた時のあの甘い雰囲気はどこへやら、男二人はメイサそっちのけで闘いについての談義を始めていたのだ。当然、メイサはこの事に御立腹であったが、闘いの事となると目を輝かせる幼馴染の姿を見ると、彼を責める事はできなかった。

 そんなぶーたれた彼女の事はいざ知らず、レオとビネガーは話を続ける。


「う~ん。上手いというか、それしか考えていないって感じです。何ていうのかな、常にじゃんけんを後出しされてるみたいな……。って、わかりにくいですよね?」

「いえ、とても参考になりますぞ。専ら闘いというのは、後手の方が有利とされていますからな。その考えを忠実に体現しているのでしょう、テン=ゲッカとやらは」

「先手を取るのは駄目なんですか? 相手の不意を突いたり、フェイクをかければ断然有利だと思うんですけど。何より当たってなんぼの攻撃でしょ?」


 レオは身を乗り出してビネガーに訊ねた。闘いの事になると、こうも積極的に自分の意見を口に出すものなのか。それとも自分に魅力がないだけなのか。いつも自分と話す時はふにゃふにゃした緩い表情なのに、と隣のメイサは憤慨していた。


「実践的な期待値を考慮すれば、確かに先手の方が大いに有利と言えましょう。ただ、果たしてそれが真の強者に通用するか……ですな。レオ殿が彼奴に敗北した原因を、今一度考えてみてくだされ」


 一本取られたと言わんばかりに、レオはテーブルにへたり込んだ。


「――そっかぁ。先手必勝は甘い考えだったのかな……。俺もまだまだ半端者だったみたいです。世界は広いなぁ……」

「しかし、話を聞く限りでは、レオ殿も中々の猛者とお見受けした。変幻自在の斧使い、街の者達からの人気は伊達ではないようですな」

「いや~、それほどでも」


 レオは自分の後ろ髪を撫でてにやついた。地元では負け知らずといっても、所詮は井の中の蛙だと痛感したレオは、実は最近まで落ち込んでいたのである。表情にこそ出さなかったが、昔から一緒にいるメイサはそれを感じ取っていた。そんな彼の気持ちを思い、気分転換に街の中を歩こうと誘ったのが昨日だった。

 街中を歩く人々は青髪の青年を見るなり、嬉々として彼に称賛の言葉を贈った。素晴らしい闘いを見せてくれてありがとうと伝えてくれた。闘いには負けてしまったが、レオはその負けから人生で大切なものを学んだのである。

 そんな詳細は知らずとも、向かいに座る武人に説明は不要だった。彼らが言葉を交わした時間は、お茶を一杯飲み干す程度のものであったが、そこには戦士だけが共有できる時の空間があったのだ。


「巡り合わせがあれば、いつか手合せ願いましょうぞ」

「その時が来たら、ぜひ。もちろん真剣勝負で!」


 レオがそう言った直後、彼の顔が苦悶の表情に歪んだ。傍にいるメイサに太腿の外側を思いっきり抓られたのだ。どうやら、真剣勝負という言葉が彼女にとって聞き捨てならなかったようだ。来客を前にしてにこやかな顔は崩さなかったが、メイサはレオに制裁を加え続けたのであった。

 メイサは飲んでいた紅茶のカップに手をかけると、ふと向かいに座るビネガーと目が合った。ビネガーはメイサを一瞥した後、再度レオに視線を戻す。そして表情を変えぬまま、ビネガーは二人に向かって口を開いた。


「ところで、御二人は御夫婦でいらっしゃるのか?」


 直後、ブホッと紅茶を軽く噴き出すメイサの姿があった。実はレオもかなり動揺していたのだが、あまりに狼狽する幼馴染を見て、いくらか冷静になれたのである。メイサは立ち上がり、声を張った。それがまた大衆の注目を浴びている、という事に気づかずに。


「ち、ちち違います! 私達ほら、まだ未成年ですし!」

()()ということは、いずれそうなるのですな?」


 ビネガーの言葉の差し返しに、メイサはそれ以上何も言えず、顔を赤らめながらへなへなと腰を下ろした。そんな彼女を横目に、レオは優雅に緑茶をすするビネガーに弁明した。


「あ、あはは。やだなぁビネガーさん、俺達はただの幼馴染ですって」

「そうであったか、それは失礼した」


 ビネガーは湯呑をテーブルに置いて一息ついた後、おもむろに席を立った。


「しかし、守るべき存在がいれば、人は己の限界を超えて強くなれる、というのもまた事実。望むらくは御二人の将来に幸があるよう……」

「ビネガーさんはどうなんですか?」


 立ち去ろうとするビネガーの背中に、レオが言葉をかけた。


「ビネガーさんは守るべき存在がいたから、ここまで勝ち進んでこれたのですか?」

「……その通り、と答えておきましょう。しかし、今の拙者にとっては……」


 立ちはだかる岩壁のようなビネガーの背中。レオは一瞬だが、その背中が少しだけ縮こまったように見えた。数秒の沈黙の後、ビネガーはこちらを見ぬままかぶりを振り、こう続けた。


「それを、確かめにいかねばならぬのです。どうか御達者で」


 群衆の中に消えていく武人の姿を、レオとメイサは黙って見届けた。


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