第四話
「裕太、これ見て」
「あぶねー」
沙織が包丁を俺のほうに向けてくる。
「それはこっち」
体ごと台所のほうに促す。
沙織は不思議な格好をしている。
後ろが涼しそうだ。
「わかってるよー」
沙織は不服そうだが、多分わかってない。
「切れ味いい包丁だから気をつけろよ」
「うん、猫の手だよね」
沙織は猫の手をやってた。
爪が長いし、料理向きの手ではない。
しかも猫の手そのものをバツンと切ってしまいそうなくらいに震えてる。
「いや、沙織は包丁持つな」
「えー、それじゃ料理する意味ないよー」
「いや、料理にはもっと大事なことがある!」
「な、なにそれ!」
ごまかせ!
「すぐに用意するから、ちょっとまっててくれ」
「う、うん」
ああ、沙織がそわそわしてる。どうしよう。
俺は素早くタマネギを炒めて、軽く味付けをする。
大きめに切ったジャガイモと人参、豚肉、タマネギを鍋に放り込み軽く茹でる。
沙織が嫌いなブロッコリーもこっそり入れちゃう。
「よし、できた。これから煮込むから、よーくかき混ぜててくれ。
ちゃんと混ぜてないと、沙織が好きなシチューにはならないからな」
「はーい」
そして最後に牛乳とルーを混ぜて煮込むのは沙織の仕事だ。
沙織の仕事はそれだけだ。
ああ、やっぱり沙織はつまらなそうな顔をしている。
チーン。
トースターの音がした。
「パン?」
「あっ、焼けた?」
沙織が焼いたのか。
「うん、しっかり焼けてる」
うわ、焦げてる……。
トースターは古いから調節が難しい。
適当にやったらすぐにこなる。
さっきの沙織の顔はつまらなそうなのではなくて、きっとパンが心配だったんだ。
しかたないので俺はもう一枚焼いた。
「裕太、もう腕痛いよ。とろとろしてきた気がする」
「おっ、できてるな」
自分で命じておいてなんだが混ぜすぎだ。
ジャガイモや人参が砕けてる。
三日目って感じだ。
「あー、もういい匂い。お腹好きすぎだよ」
「だな。食べよう」
俺はシチューをお皿によそってテーブルに置いた。
沙織はパンが乗ったお皿を持って、俺のほうへ向かってくる。
「沙織……」
夫婦みたいだ。
「んしょ。ひっ、なんか背中が寒いし、クッションも冷たいよ」
沙織の定位置はエアコンの真下だから、そんなこともあるだろう。
裸にエプロンを着せてる俺は変態すぎる何かだろうが、知ったことではない。
いつも裸で歩いてる沙織とはいえエプロンはやばい。
いつも裸といっても小さい布は身につけてる。
今日は何故かそれがなくてエプロンだけなのだ。ああ気になる。
「はやく食べようよ、あったまりたい」
「あ、うん」
沙織に見惚れてたとは言えない。
「沙織」
「なに?」
「かわいいね」
言った。
「ありがと。ささっ食べようよ」
「うん。いただきます!」
「いただきまーす」
まあ、そんなもんだろ。裸にエプロンなんて。
「うまい!」
「毎日いける。これ私の主食!」
「味噌汁みたいなものと言いたいんだよね」
「なんで?味噌汁じゃないでしょ」
「……」
「パンの焼き具合、ちょうどいい!」
それ、俺が焼いたやつね。
「裕太も食べる」
「んー、大丈夫」
ご飯を食べたかったけど、わたわたしてて炊飯器のセットを忘れてたんだ。
シチューとご飯の相性は抜群なのに。
「ごちそうさま!」
「私が大好きなシチューに、私が大好きなパイナップル。さすが裕太!あと今日は私も!」
「うまかった。よかったな、沙織」
「うん、おいしかった……おいしかったよ……」
沙織が泣いている?
「沙織?」
「ううん、大丈夫、なんか嬉しくて」
「ああ、俺も嬉しいよ」
「よかった、よかった」
「ああ」
沙織が眠そうだ。床でとろけてる。
寝てるといい。
沙織にタオルケットをかけて、俺は片付けを始める。




