第三話
沙織は突然とんでもないことを言い出した。
「やめてくれよ、沙織の不器用さは俺が一番知ってる」
「一番ってさ、まるで裕太が私のことを一番知ってるみたいに言わないでくれる?」
そういうこと?
「それに、裕太がいるじゃん」
沙織はいつからこんなことを考えていたのだろう。
妙にテンションが高い。
「いつもどおり俺が作るってことでいいんだな?」
「違う違う、聞いてたのか裕太?」
「聞いてたけど……」
どうなっちゃうんだろう。
俺は自炊が得意なほうだ。
なにより好きなものを好きなだけ作れるのがいい。
沙織が最初に褒めてくれたのも俺の手料理だった。
そんな沙織は料理ができない。
そのくせして好き嫌いは激しい。
俺の作ったものだって半分くらいは美味しくないっていうし。
裕福なの家庭で甘やかされて育った典型だ。
「ささっ、スーパー寄っていこう。
裕太がいつも行ってるとこ、なんていったっけ。
んー、ま、いいや、そこに連れていくのだ」
沙織は俺の腕に絡みついて、ずんずん前に進んでいく。
「わかったから……」
二の腕のあたりがとっても柔らかいものに包まれて、このままじっとしていたい。
けれど方向が違う。
絡みついた腕を解いて、沙織の手を握って歩き出す。
「沙織、こっちな」
「ははー、逆か!」
「なんか、果物のにおいがすごいね。甘い」
スーパーに入ると、目の前には生鮮食料品が並んでいる。
見た目が綺麗な果物がいっぱいだ。
今日のデザートは沙織が好きなパイナップルにする。
「今日パイナップルが食べたい気分」
「わかったわかった」
「それで沙織、何を作るんだ?」
「んーんー」
「……」
考えてなかったのか?
「んーんー」
「どうした?」
沙織は考えている。
これはきっと考えても答えが出ないパターンだ。
「私、わかんないや」
しかたない。
「わかった、今日は俺がいつも作ってるのを沙織に作ってもらおう」
「うん。そだね。それがよろしい」
「ねえ、裕太?」
「ん?」
買い物を済ませ、太陽が沈む方向へゆっくりと歩いている。
「私さ、いいのかな」
「なにが?」
「こんなことやっててさ」
大学であんな風に言われたからだろうか。
沙織が何を言いたいのかはわかってる。
「急に料理とか」
「あ、いや、うん、それは、いつも食べさせてもらっちゃってるから」
俺は話しを逸らすしかない。
「俺が作ったのを勝手に食べてるだけじゃん」
「はは、それもそうだ」
「こんな日に言わなくても」
「んー、どうしてだろうね。裕太が迷惑なら今日はこのまま帰るよ」
そういう話しをしたいんじゃないんだ。俺も沙織も。それなのに。
「それは……」
でも、もう大丈夫。
「着いたよ、すぐに作るぞ」
「あっ、うん」
大丈夫、大丈夫だから。




