第一話
今日は昨日の夜とはうってかわって、外は晴れているみたいだ。
カーテンの隙間から漏れる光が、俺と沙織の体を横切っている。
太陽の光に触ってみると、タオルケットが暖かくなっていた。
俺が目を覚ますと、沙織の身体も動きだす。
寝ぼけて振り上げた腕が頭上の柵にぶつかり、痛そうに反対の手でさすっている。
また腕をふらふらとさせながら真横にある俺の枕を見つけ、手首が俺の顔にあたった。
沙織は寝相が悪い。
俺は夜中にベッドを落とされることもある。
沙織は俺が自分から落ちていると言ってるけど、それならどうして今朝も沙織はベッドの真ん中にいて俺はベッドの端っこに追い込まれているのだろうか。
「沙織、起きたのか?」
「ん……裕太、朝?」
加えて沙織は低血圧で寝起きが悪い。
朝急いでいないときは、なかなか起きない沙織とベッドで遊んでいる。
眠たい沙織に刺激的なことをすると猛烈に怒られるから加減が難しい。
しかし今日は俺も沙織も1限から授業があるから、ゆっくり遊んでいる時間はない。
沙織はここにいるのが俺だということを確かめるように、顔全体をくまなく撫で回している。
うー、くすぐったい。
俺も沙織の顔を撫で回し返したいのだけれど、今日は刺激的な遊びをしている時間はない。
沙織の手はそのままにして起きあがった。
「沙織おはよう。起きれるか?」
沙織の手が俺の顔から落っこちた。
「うん。おはよう」
沙織は俺の後ろから肩を抱き抱えて起き上がろうとした。
そこまで自分の力で起きたくないのか。
それもいつものことだから俺は沙織を支えて立ち上がる。
今朝の沙織は少し重くて、寝起きの俺は一瞬立ち上がれず、思わず「うっ」と声を上げてしまった。
「わたし重い?」
寝起きらしい低音と寝起きとは思えないクリアな声が耳をついて、目が冴え始める。
「大丈夫、いつも俺におぶさってるじゃん」
「そうだけどさ」
女の体は朝が一番重いのだろうか、力が入らず油断してるとか、とは口に出さなかった。
「なに?裕太?」
「なんでもないよ」
なぜか沙織の語気が荒くなっている。心が読まれた。
「今日、どうする?大学行くか?」
俺は沙織がふらふらして辛そうにしているのを見兼ねて、頭を撫で、おでこにキスをした。
たぶん沙織は全身の血液が足りなくなりつつある。もうすぐなんだな。
俺はその辺の観察に関しては抜かりない。
沙織はキスをしたほうに顔を上げて、俺の腕を掴み少し力を込めた。
「今日は行かない。明日も行かない。
明後日も明明後日も、裕太にはお荷物だし、邪魔なんでしょ?
今日の私なんかもう……。裕太の好きなようにして。
いつものように裕太が好きなように、さ。
私はちゃんとこのまま待ってる。夕方くらいでしょ?今日は」
たしかに大学で大人しくしていない沙織と一緒にいるのは、たまに面倒くさくなるけれど、別に嫌いってわけじゃない。
というか、そういう問題じゃない。
むしろ俺のほうが悪いのに、沙織が悪いような状況になるのが納得いかない。
「沙織!行くぞ。用意しよう。今日は一限からだから、急がないと」
俺と沙織は、一緒に顔を洗って、一緒にパンを食べて、一緒に歯を磨き、一緒に着替える。
気持ち悪いくらいに一緒にいるのはもちろん沙織のことが大好きだからだ。
沙織がなんて言おうと、俺は沙織と一緒にいたい。
「だめ!」
「いてーっ」
俺はドアに挟まれている。
トイレに一緒に入ろうとしたら、体が入りきる前に、扉に挟まれた。
半身を前に押し出して中に入ってしまうか、後ろに下がるか。悩む。
沙織のバカ力はどっちに動くことも許されていないから、結果的に中に入っていることと同じなのだけれど、沙織はどうやって要を足すのだろうか。
「裕太変態すぎる!いい加減にしてっ!!」
変態すぎる?どこからが変態でどこまでが変態で、どこからが変態すぎるのか。
……どんっ……。
「ぐっ……痛い」
俺は外側に蹴り出された。
「……」
「……」
「裕太?」
「なに?」
「トイレの前から消えてほしいんだけど」
「……」
「早く!」
「はい」
俺は沙織が好きすぎて変態すぎる。
「なあ、これ、取るのは簡単だけど、着けるの難しいな」
「死ねっ」
「わっ」
肘が飛んできた。加減がわからなくなってる。あぶない。
「こんなの自分でできるから、裕太はこっちを手伝って」
俺は沙織の命令に従ってシャツを着せてスカートを履かせた。
「沙織、今日もかわいい。俺はやっぱりスカートが好きだな」
「覗いたりしたら殺すよ」
「えっ、だって、さっきまでスカートを履いてない沙織を見てたんだよ。理不尽だ」
「いてっ」
覗きこむ俺の顎に沙織のつま先が飛んできた。素足じゃなくて助かった。
しかし頭がクラクラする。今日の沙織は少し暴力的な気がする。
「裕太は今日もシャツ一枚?」
「ああ」
そして俺の身支度は一瞬で終わる。
「行こう、沙織」
「うん」




