私はだぁれも好きじゃ無い
朝なんて、来なければいいのに。
夜が明けた。恐怖の一日が、又、私の上に降って来る。
学校。その何処にでも在る集団生活程、私を苦しめるものは無い。背は小さく小太り気味で、他人と話す事が大嫌いな私は、小さい頃から虐めの対象となっていた。
私は、あらゆるものが嫌いだ。自分を写す鏡、仲の良い親子、お節介なクラスメート、いちいち煩い先生と自分の親。切りが無い程、沢山ある。
学校にも何処にも友達はいない。そんな私にも、唯一、信頼出来る人がいた。
それは、同じ学校に通う私の従姉。スラリとした躰、色白で大きな瞳に、キュンと上を向いてる高い鼻。スポーツが得意で、頭も良い。何より、ぷっくりとしたその唇から奏でられる歌声は、柔らかく伸びがあり、毎年行われる校内合唱コンクールで、話題になるほどだ。
私は母親によく言われる。「父親は兄弟なのに、何でお前とはこうも違うんだろう。母さん、情けなくて、親戚に顔向け出来無いよ。」と。
言われる度に、私は心の中で叫び続ける。「どうして私のせいにするの?私は何も悪くないのに。」そして、自分を生んだ親を憎み続けた。スポーツをやっているわけじゃないのに、顔は色黒でニキビだらけ、おまけに目も小さく唇は妙に分厚い。むしろ、私が一番嫌いなのは、私自身かもしれない。
周りの誰からも認めて貰えない私に、小さな時から変わらず優しくしてくれたのが、従姉だった。
彼女は、私より一つ年上で、来年は高校受験を控えている。忙しいはずなのに、毎日メールをくれた。
その日も、登校すると、私の机が廊下に出されていた。教室の扉には、鍵がかかっていてあけられない。先生が来て開けてはくれたけど、誰がやったんだとか、虐めはやめなさいなんて、一言も言ってくれなかった。いたたまれなくて、私は逃げるように教室を出た。
家に帰ると、私は部屋に鍵をかけて、泣きながら携帯を見つめた。外が暗くなり始めた頃、彼女からメールが来た。「大丈夫?今日、学校で何かあった?窓の外に、走って校門を出て行くのが見えたから、心配してるよ。」
私は、初めて自分が抱えている苦しさを、彼女に打ち明けた。次の休日、彼女に呼ばれて家へ行くと、「綺麗になれる方法なんて、沢山あるよ。でも、自分にやる気がなきゃ駄目。」と言って、彼女は
私の目の前にウイッグや化粧品などを置いた。「やってみようか。」その言葉に、初めは躊躇していた私だったが、「二人だけだから恥ずかしいことは無いでしょ?」と言われて、思い切って試してみることにした。
「これはね、魔法の液体。瞼に塗ってこの小さな棒で押し上げると・・・・、 ほーら、パッチリ二重になった。でね、ウィッグはセミロングの巻き髪、少し明るい色。服は、流行りのシャーベットピンク。靴は私の貸してあげる。」「あ・・、ありがとう。」 「まだまだ、これから。」そう言うと彼女は、嫌がる私を少し離れたショッピングモールへと、連れ出した。自宅近くのスーパーにしか行った事が無い私が、彼女とこんな華やかな所にいるなんて、夢のようだった。「ここなら、知ってる人にも滅多に会う事ないから、大丈夫でしょ?」・・・・そう、知ってる人がいないという解放感からなのか、何故か周りの視線が気にならない。
あれ以来、私の中で何かが変わった。今まで学校で虐めにあっていた事を、両親に毎日のように話し、泣いて暴れて、先生と話し合ってくれるまで訴え続けた。周りの人間も、少しずつ、私に優しくしてくれるようになった。今まで、下を向いて歩くことしか出来なかった私が、顔を上げて歩いている。体型も、変わってきた。
最近、ショーウィンドーに写った自分を見て、私はドッキリした。そこに、彼女が写っているように見えたから。又、時々こんな事を考えるようになった。本当は・・・私が彼女なんじゃないかって。
朝起きて、テレビをつけた。何時もの時間、何時ものニュース番組。
「昨日、・・・公園で見つかった遺体の身元は、市内の中学校に通う三井麗華さん、十五歳であることが判明しました。三井さんは・・・・・・・」
あれっ?あのテレビに写ってるのって、私じゃないのぅ。私は死んでなんかいないわよぅ。さぁさぁ、今日も麗華、綺麗にお化粧しなくちゃ。あらやだ、一日剃らないと、お顔のお髭が濃くなっちゃって、大変だわぁ。
「・・・・・・・三井さんは、先週遺体で発見された三井聡子さんと従姉同士で、警察では、同一犯の可能性も視野に入れて、現在、捜査しています。・・・・」私は、テレビを消した。
赤い鬘をかぶり、ピンクのワンピースを着て、もう一度鏡を覗き込み、真っ赤な口紅を大きくて分厚い唇に塗りながら、男は呟いた。
「私はだぁれも好きじゃ無い。」
そう言うと、男は鏡に背を向けて、部屋を出て行った。その鏡の上には、全く似ていない少女が二人、並んで写っている写真が、飾られていた。
初めての短編、どうでしたか?連載の合間に又、書こうと思ってます。感想なども、聞かせて頂けたら、幸いです。