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やましい、こいしい、くるおしい

「よく、わかんないなぁ」


高橋佐緒里に借りた漫画本を本人に返却しながら、由香子はまるでテストがとけなかったときのような言葉を口にした。

佐緒里が貸した漫画は、彼女の親が所蔵していた古い少女漫画で、これでもかと愛憎が塗りこめられた作品だ。普段はライトノベルから少年漫画、どちらかというとライトな少女漫画まで嗜む由香子の好みとはずれている。

親父准教授との関係は気に入らないものの、それでも由香子に普通の恋愛をしてもらいたい佐緒里が押し付けた品物だ。

表紙をみて一瞬顔を顰め、年代モノと思われる品物をそれでも大事に扱い、あまつさえ、きちんと最後まで読破するところが、由香子らしいところでもあるのだが。


「ここまでなるっていうのが、まずわからん」

「まあ、それはねぇ、でも憧れたりしない?」


由香子は、盛大に首をかしげたまま固まっている。


「や、なんかねとねとーっとしてて」

「納豆じゃないんだから」

「ああ、匂いとかもすごそう」

「そうじゃなくて」


未だに人気の高い、王道恋愛ものに対してのあまりの言い草に、佐緒里は肩を落とす。

由香子が示す反応を、半分わかっていて、半分期待していた自分に落胆する。


「彼氏もいないおこちゃまには、まだ早かったかね」


その言葉に由香子は僅かに動揺して、素早く表情を取り繕う。

由香子は、佐緒里に吉井との関係の変化を伝えていない。

もとからよくは思っていなかった、曖昧な二人の関係に、さらになし崩しでそんなことになってしまいました、とは報告できないでいるのだ。

彼氏を作れ、と言い募っている佐緒里の対象は、絶対に偏屈で年上で、少しだけずるい吉井ではないはずだ。


「まあ、なんとなーく、うっすら、わからんでもないような」


無理やり本の話題に戻し、よくわからない感想を口にする。

確かに、あれほど狂気にのめりこんだ恋愛に共感はしないものの、それでもやはり、どこかでわかる部分があるのだ。

以前の由香子と、今の由香子がどこが違うのか、と自問する。

答えは吉井の存在であり、なんとなくそんなもので自分に変化があるだなどと納得することに納得がいかない。

自分は大人になったのだと、言い聞かせながら、借りた本の表紙を眺める。


「確かにうっすらだわなぁ。普通の人間には縁遠い話だし」


そう言って、佐緒里はその本をしまい、代わりに新たな本を差し出した。


「なにこれ?」

「恋愛物の定番」


随分と今風な絵柄なそれをにこやかに押し付け、そして佐緒里は自分の居場所へと帰っていった。

教授が現れる前に、さっさとそれを仕舞い込み、ためいきをつく。

わかるような、わからないような。

わかりたいような、わかりたくないような。

吉井の顔が浮かび、あわてて取り消す。

あれ、と、あんな風な恋愛をする自分をぼんやりとだけ想像してしまい、吹き出す。

思い出し笑いをしたような由香子に、黙々と論文を読んでいた後輩が怪訝な視線を寄こす。

目線で詫び、そして仕事へと取り組む。

週末と、少しだけ借りた本を楽しみにしながら。

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