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これだからこの人は…

 こんなに手が早いとは思ってもいなかった。

はじめて吉井の部屋へ踏み入れ、はじめてそのベッドで寝た由香子はぼんやりとした頭で考える。

今、自分がどういう状況に陥っているのかさえ考えることができないでいる。

遠回りしながらも、どうにかこうにか気持ちが一致した、と、思っていた由香子は、次の段階へ進むことなど正直な話考えてもいなかった。

この年齢で、と、友人達にからかわれそうだけれども、本当のことなのだから仕方がない。

手に入らないものが手に入った、精神的身分違いの恋愛。

彼女の中の吉井の立ち位置は、口に出してけなしているほど低くはなく、いや、どちらかといえば別分野で比べ物にならないほど頭がいい、と思っている吉井のことを尊敬してもいる。

だからこそ、二人の関係はじっくり進むはずだ。

うっすらとそんなことを考えてもいた。

だからこそ、今のこの状態に少し気持ちが追いついてきてくれないのだ。

どうにか男物のシャツを一枚だけ羽織った自分の隣には、恐らく何も身に付けていないであろう吉井が横たわっており。当然、そういう状況の男女に起こるべくしておこった出来事は、由香子の身にも降りかかっている。

――信じられない。

よく考えれば、割と手の早そうな男だ、というのは勘の良い女性ならば気が付いてもよさそうなものだが、そう言った点では由香子はまったくもって経験値がたりない。

――だからといって。

思考がそのあたりでループする。

体も頭も実のところ疲れている。だけれども寝付けないでいる由香子は、隣の人間を嫌がらせに起こしてしまおうか、と、思うほど思考が混乱している。

あまり隔てるもののない人肌は、自分のものよりも少し低くて、そんな経験のない由香子はこういうときに、どうしていいのかわからない。 仕方なしに隣人に背中を向けるようにして毛布を手繰りよせる。

目を瞑っていれば、そのうち眠くなるだろう。

だけれども、由香子のその計画は、後ろから伸びてきた腕に邪魔をされ、頓挫することとなる。


「ちょっ、ちょっと」


振りほどくようにして右腕をどけた由香子は、再び吉井と向き合うような形に身を反転させる。

ニヤリと意地悪そうな笑顔を湛え、吉井が由香子を引き寄せる。


「眠れないんですけど」

「どうせ寝てなかっただろうが」

「っていうか、起きてたわけ?」

「悪いか?」

「悪いっていうか、悪くないっていうか」


ダイレクトに感じる肌の感触に、やっぱりどうしていいのかわからなくなる。


「ちゃんと女だったんだな、おまえ」


衝撃的に膝蹴りしそうになり、思いとどまる。

この人が口が悪いのは今にはじまったことではないと、とりあえず耳を引っ張る程度の復讐で気を落ち着かせる。


「悪かったですね、女らしくなくって」

「まあ、そう悲観することはない」


癖なのか由香子の髪を指先でいじりながら、いつも見る表情を浮かべる。

この屈折したような、でも素直な笑顔が大好きで、由香子はわけもなく照れながら枕に顔を沈める。


「鼻がけずれるぞ」

「これ以上削り様が無いから心配しないでください」


笑い声が漏れ、剥き出しの肩に毛布がかけられる。


「おやすみ」

「……おやすみなさい」


初めてで、でも、今日で終わりじゃなくて。

これからもずっとお休みが言えるのなら、こういうのも悪くは無いと、由香子は目を瞑る。

ようやく訪れた睡魔に、静かに身を任せる。

明日はおはようと、この人に言える楽しみに浸りながら。


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