ユメノハナシ ~縛鎖の夢~
のこっているのは、小さな傷だけ
◼️
はい、この傷です。
え?
ははは、そうですね、ずいぶん小さいでしょう?
パッと見だと小指の付け根に黒子があるな、くらいにしか――いや、そもそも言われなきゃ気づかないでしょうね。
ええ、黒く見えるのは黒子じゃなくて――鉛筆の芯です。
ご存知ですか?
今の鉛筆削りって、いくら削ってもそんなに先が尖らないらしいんですよ。
はい、はい――そうです、子どもが怪我をしないように、あえて尖らないように作ってあるらしいですね。
まあ、私が子どもの頃はそんなことはなくて、鋭く尖った鉛筆ができましたね、ええ、鉛筆削りで削ると。
え?
ああ、いや、細かい事は覚えてないんです、さすがにね。
ただ――同級生の女の子に鉛筆で刺されたんですよ、はい、この、左手の甲を。
なんでまたそんな事になったのかは、全く記憶にないんですが――
ええ、その子と言い争いにでもなったんですかね、それで、その子が鉛筆でグサッと――
はい、ええ、すごい時代ですよね。
今ならそんな事、考えられないかもしれませんね。
そうです、その時の傷です。
皮膚の中に鉛筆の芯が残ってしまって。
まあ、今は痛くも痒くもないんですけどね、ははは。
それで――何でしたっけ、ああそう、その子、はい、鉛筆で突き刺してきた子なんですけど、早くにご結婚されたんですよ。
ええ、同窓会の時に、可愛らしい赤ちゃんを抱いてましたからね。
それもずいぶん昔の話になりますが――
え?
いやいや、そりゃ悪い感情なんか抱かないですよ、幸せな人生を送ってらっしゃるなあ、って思いましたよ。
その時はこの傷の事も、たぶん忘れてましたからね。
それで、その後に――どれくらい経ってからですかねえ、5年や6年じゃきかないと思いますが――
まあとにかく、その後風の便りで聞いたんです。
はい、その子が――事故に遭ったと。
ええ、近所だったそうです、私の実家の。
車のスピードが出過ぎていて――単独事故だったそうです。
運転されていたのは――その子の旦那さんだかお兄さんだったかと聞いた気がしますが――
はい、ええ、亡くなったそうです、運転していた方と――子どもが。
ええ、きっとあの時に――同窓会の時に見た赤ちゃんだと思います。
ええ、痛ましいと思いましたよ、その時も。
今はより強くそう思います、同じように人の親になったんです、想像するだけで――おかしくなりそうです。
それは本当にそう思うんです。
ただ――
ふと左手の甲を見て
この傷を目にすると
何故ですかね――
愉快な気分になるんです。
ええ、もちろんその子の身に起こったことを考えると、胸が痛くなりますよ。
まあ、その事故自体、ずいぶん昔の話ですから――あの子の中でも、とっくに気持ちの整理が付いてるかもしれませんね。
ですが――
この傷を見る度に、ずうっと沸き上がり続けてるんです。
愉快な気持ちが――
ざまをみろ、という感情が。
自分で抱いたその感情に、ずうっと苛まれているんです。
これは――
誰が、誰にかけた呪いなんでしょうか?
いや――そもそも呪いなんでしょうか?
ええ、恐ろしいんです、自分が。
あの子の痛みや悲しみを、そんな風に使う自分自身が。
私にだって、愛する存在がいるのにです。
けれど、間違いないんです。
この傷が――私に愉悦を齎しているのは。
ええ、傷を見る度に――
いえ、傷に気づく度に思います。
この高揚した気分が
この恐ろしい愉悦が
――夢であってくれればいいのにと。
(了)




