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ユメノハナシ

ユメノハナシ ~縛鎖の夢~

作者: 禍
掲載日:2026/05/20

のこっているのは、小さな傷だけ


◼️




はい、この傷です。





え?

ははは、そうですね、ずいぶん小さいでしょう?

パッと見だと小指の付け根に黒子《ほくろ》があるな、くらいにしか――いや、そもそも言われなきゃ気づかないでしょうね。


ええ、黒く見えるのは黒子じゃなくて――鉛筆の芯です。


ご存知ですか?

今の鉛筆削りって、いくら削ってもそんなに先が尖らないらしいんですよ。


はい、はい――そうです、子どもが怪我《けが》をしないように、あえて尖らないように作ってあるらしいですね。


まあ、私が子どもの頃はそんなことはなくて、鋭く尖った鉛筆ができましたね、ええ、鉛筆削りで削ると。


え?

ああ、いや、細かい事は覚えてないんです、さすがにね。

ただ――同級生の女の子に鉛筆で刺されたんですよ、はい、この、左手の甲を。


なんでまたそんな事になったのかは、全く記憶にないんですが――

ええ、その子と言い争いにでもなったんですかね、それで、その子が鉛筆でグサッと――


はい、ええ、すごい時代ですよね。

今ならそんな事、考えられないかもしれませんね。


そうです、その時の傷です。

皮膚の中に鉛筆の芯が残ってしまって。

まあ、今は痛くも痒くもないんですけどね、ははは。


それで――何でしたっけ、ああそう、その子、はい、鉛筆で突き刺してきた子なんですけど、早くにご結婚されたんですよ。

ええ、同窓会の時に、可愛らしい赤ちゃんを抱いてましたからね。

それもずいぶん昔の話になりますが――


え?

いやいや、そりゃ悪い感情なんか抱《いだ》かないですよ、幸せな人生を送ってらっしゃるなあ、って思いましたよ。


その時はこの傷の事も、たぶん忘れてましたからね。


それで、その後に――どれくらい経ってからですかねえ、5年や6年じゃきかないと思いますが――

まあとにかく、その後風の便りで聞いたんです。



はい、その子が――事故に遭ったと。



ええ、近所だったそうです、私の実家の。

車のスピードが出過ぎていて――単独事故だったそうです。

運転されていたのは――その子の旦那さんだかお兄さんだったかと聞いた気がしますが――


はい、ええ、亡くなったそうです、運転していた方と――子どもが。


ええ、きっとあの時に――同窓会の時に見た赤ちゃんだと思います。



ええ、痛ましいと思いましたよ、その時も。


今はより強くそう思います、同じように人の親になったんです、想像するだけで――おかしくなりそうです。

それは本当にそう思うんです。



ただ――



ふと左手の甲を見て


この傷を目にすると



何故ですかね――













愉快な気分になるんです。















ええ、もちろんその子の身に起こったことを考えると、胸が痛くなりますよ。

まあ、その事故自体、ずいぶん昔の話ですから――あの子の中でも、とっくに気持ちの整理が付いてるかもしれませんね。



ですが――



この傷を見る度に、ずうっと沸《わ》き上がり続けてるんです。



愉快な気持ちが――





ざ(・)ま(・)を(・)み(・)ろ(・)、(・)と(・)い(・)う(・)感(・)情(・)が(・)。





自分で抱いたその感情に、ずうっと苛《さいな》まれているんです。



これは――



誰が、誰にかけた呪いなんでしょうか?

いや――そもそも呪いなんでしょうか?



ええ、恐ろしいんです、自分が。



あの子の痛みや悲しみを、そんな風に使う自分自身が。


私にだって、愛する存在がいるのにです。



けれど、間違いないんです。

この傷が――私に愉悦を齎《もたら》しているのは。



ええ、傷を見る度に――

いえ、傷に気づく度に思います。



この高揚した気分が

この恐ろしい愉悦が










――夢であってくれればいいのにと。









(了)









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