月が綺麗だ
月が綺麗だ
「こんばんわ、少年」
夏の早朝四時、まだ世界が産声を上げる寸前の、寂れた公園の月光に照らされたベンチに、一人の美少女が座っている。紺色の髪の毛をボブにして、銀色の組みひもで髪を結び、青色の瞳で僕を見つめる。
この人は少年と呼んでくるが、恐らく同年代、それか一つ年上くらいの外見だ。
彼女は少し横にずれて、空いたスペースをトントンと叩く。それに甘えて横に座る。
「ねぇ、少年、今日も早起きだね.......いや、寝れなかった.....の方が正しいかな?」
「そうですね.....今日も寝れませんでした」
「そっか、じゃあ今日も少し話そうか」
「お願いします」
この人と出会ったのは一か月前、なかなか寝付けずにいた僕は、少し外を散歩することにした。
この時間帯の外は酷く静かで、暗くて、寂しくて、怖かった。だけど、少しずつ、ゆっくり進んで行く。
たどり着いたのは、寂れた公園、そのベンチに彼女は座っていた。前かがみになって頬杖をつき、月を見上げていた。手に缶のカフェオレを携え、ゆっくりと回し揺らしている。
僕は目を奪われた、まるで月の精霊のような美貌と儚げな表情に。だから僕は声をかけようとした。
その時
「ねぇ、少年、なぜ夏目漱石はI Love You を月が綺麗ですね、と訳したんだと思う?」
視線は夜空を見上げたままそんな質問が飛んでくる。
僕は唐突の質問で頭が真っ白になる。それでも僕は口を開く。
「月みたいに輝いていて眩しい人を好きになったから....?とかでしょうか」
彼女はそれを聞いて、笑った。
僕は一瞬でこの人の事を好きになってしまった。
現在
「ねぇ少年、この時間は好きかい?」
「どうでしょうか、でも初めての時よりも周りが穏やかに感じます」
「そうか、私はこの時間は好きなんだ。一人になれたような気がしたから。あぁ別に君がいてもこの時間は好きだ」
彼女と目線は合わない
「あなたはなんでこんな時間に起きてるんですか?僕が言えたことじゃないけど」
「私は、この時間が好きなんだよ、それと、月が綺麗に見れる」
「月が好きなんですか?」
「そうだよ、誰にも奪われることなく、私を照らしている。知っているかな?月はずっと地球に同じ面を向けていて、裏側は見れないんだよ。まるで感情や本音を隠している人間みたいで、私は好きだよ。
今日は月が綺麗だね」
今日初めて。目線が合った、その眼は少し震えている。こんな表情初めて見た。
月光が彼女の横顔を照らす。世界が彼女と言う存在にスポットライトを当てるように。
きっと、小説が書かれるとしたら、この人はきっと誰よりも輝くヒロインなのだろう。
彼女はすぐに視線を逸らし話を続ける。
「君、よく鈍感って言われない?」
「どうしてですか?」
「はぁ、そういうところだよ、君は」
彼女少しむすっとした横顔を見せてくる。不覚にも可愛いと思ってしまう。
「流れ星だ」
彼女はそう呟く。
夜空を見上げると、そこには命を燃やさんとする星の灯が一瞬流れている。
赤、青、白。たくさんの色が混ざり合い、調和しあってできたこの世に一つしかない色。
綺麗だ、そう自然にこぼれてしまうほどに。その景色は心に焼き付けておきたい物だった。
「流れ星といったら願い事だよ、少年、君は何か叶えたいことがあるのかな?」
「僕は.....この時間がずっと続いて欲しいです、出来る事なら」
「そっか、私も同じだよ」
沈黙が流れる。風の音が聞こえる、すこし明るくなった世界には町の喧騒が生まれつつある。
車の走行音にヘッドライトの明かり、烏の鳴き声に自転車のチェーンが回る音。
「そろそろ、今日が始まるね、私はもう、ここには来ないと思うから、さようならだね」
「え、」
そう告げた彼女の目は酷く震えていた。僕の世界がモノクロに染め上げられる。
もう、逢えない?なんで、そんなに唐突に
「な、んで....そんな急に、まだあなたの名前すら知らないんです」
「それでいい、私たちの関係はそれでいい。きっとこの関係じゃない私たちはきっと、私たちではなくなってしまう。だから、私の事は夢の中の、あるいは君が開いている小説のヒロインとでも思って」
「.......わかりました」
「じゃあね」
そうして彼女はどこかへ行ってしまった。
一か月間の夏休み。齢十数年程度であるが、一番印象に残った一か月。
夏の花火のように一瞬で、それでも花火のように印象深く、綺麗な一か月。
時間は永遠、されど止まることを知らない。星に願ったとしても、時の流れだけは変えられない。
もっと、話したかった。もっと、君を知りたかった。もっと、そばにいたかった。
世界が青に染まっていく。夜と朝の狭間。この曖昧な時間の名前を僕は知らない。でもこの空の色は好きだ。だから、僕はこの名前を知りたくない、名前を知ってしまったらこの曖昧さが消えてしまいそうだから。
それと同じように、彼女の名前を知りたい気持ちと知りたくない気持ちが混在している。
君にはあの月がどんな色で見めているのだろうか、僕とおんなじ?それとも全く違う?あるいは少し似ている?それは君にしかわからない。
もしかしたら、月が丸く見えているのは自分だけなのか......わからない。
そんな事を考え黄昏ながら僕は今日から二学期が始まる学校に行く。
「今日は転校生を紹介する」
「月野 沙良と言います、よろしくお願いします」
彼女は僕の隣の席に座る。
そしてにっこりとした笑顔を見せる
「言い忘れてたけど、あの時の関係は変えられなくても、クラスメイトとしての私たちなら変えられるのかもね、少年」
「あ、そういえば言い忘れてました。今日の月は綺麗でしたね」
彼女は、満面の笑みで笑った。
それは眩しい月のような。
なぜ夏目漱石はI Love Youを月が綺麗ですねと訳したのか。
僕は思う、きっと。月のように綺麗で眩しくて、不思議で儚い人に恋をしたからだと、僕は思う。
僕達はきっと、これからも、こんな会話を繰り広げるのだろう。
完走した感想
言い回しが詩的な文章を書きたかった




