第12話「不器用な誓いと未来への種まき」
夏の夜の静寂の中、池のほとりで手を繋いだままの二人の間に、甘く、そして少しだけ緊張感のある空気が漂っていた。
蒼龍の大きな手が飛燕の指の間に自分の指を絡ませ、さらに深く握り込んでくる。
その熱と力強さに、飛燕の心臓が早鐘のように激しく脈打ち始めた。
「あのな、会長……あんまり強く握ると、折れちゃうんですけど」
飛燕が照れ隠しに軽口を叩くと、蒼龍はわずかに力を緩めたが、手を離す気配は全くない。
「すまない。お前が俺のそばから消えてしまいそうで、つい力が入ってしまった」
「消えませんよ。どこにも行くあてなんてないし」
「そうか。それは都合がいい」
蒼龍は満足げに微笑み、空いているもう片方の手で、飛燕の頬にそっと触れた。
月明かりの下、蒼龍の氷のように冷たかったはずの瞳が、今は信じられないほど熱を帯び、真っすぐに飛燕を見つめている。
「飛燕。俺は近いうちに、正式に学園の全生徒の前で、お前を俺の『番』として公表するつもりだ」
その言葉は、静かな夜の空気に爆弾を投げ込んだような破壊力を持っていた。
飛燕の頭の中が真っ白になり、呼吸が一瞬止まる。
「……は。ちょっと待って、今、なんて……」
「聞こえなかったか。お前を、俺の番にすると言ったんだ。学園中……いや、帝国中にそれを知らしめ、誰一人としてお前に手出しできないようにする」
蒼龍の声には、一切の迷いも冗談の色もなかった。
オメガバースの世界において、『番』となることは、ただの恋人同士になるのとは訳が違う。
魂と身体を永遠に結びつけ、運命を共にし、生涯をかけて相手を愛し抜くという絶対的な誓いだ。
ましてや、学園の頂点に立つ絶対的支配者である蒼龍の番となれば、その影響力は計り知れない。
「冗談……ですよね。俺みたいな平民上がりの、しかも元不良のオメガなんかと番になったら、会長の立場が……」
「俺の立場などどうでもいい。俺が欲しいのはお前だけだ」
蒼龍は飛燕の言葉を遮り、さらに一歩距離を詰めた。
二人のつま先が触れ合うほどの近さ。
冬の夜気のような深いアルファの香りが飛燕の全身を包み込み、頭をくらくらとさせる。
「お前のその真っすぐな瞳も、理不尽に立ち向かうその力も、俺の手の中で甘く香るその匂いも……すべて俺だけのものにしたい」
蒼龍の顔がゆっくりと近づいてくる。
飛燕は逃げることもできず、ただ目を固く閉じることしかできなかった。
重なる唇は、予想に反してとても優しく、そして途方もなく熱かった。
オメガとしての本能が歓喜の声を上げ、身体の奥底から甘い痺れが広がっていく。
前世で誰とも深い関わりを持たず、孤独に生きてきた飛燕にとって、誰かにここまで強く求められ、愛されることは初めての経験だった。
怖い。けれど、心地よい。
飛燕は無意識のうちに、蒼龍の広い背中に腕を回し、その不器用な誓いに応えるように唇を少しだけ開いた。
深く、長い口づけの後、蒼龍は名残惜しそうに唇を離し、飛燕の耳元で低く囁いた。
「……お前はもう、逃げられないぞ。俺が一生、お前を甘やかして閉じ込めておくからな」
「……望むところですよ。ただし、あんたが間違った道に進んだら、その時は容赦なくぶん殴って目を覚まさせてやりますからね」
飛燕が顔を真っ赤にしながら精一杯の強がりを口にすると、蒼龍は声を上げて笑った。
冷徹な生徒会長が、心からの楽しそうな笑い声を上げる姿。
それを見ていると、飛燕の胸の奥にあった不安や戸惑いは、すっかり溶けて消え去っていた。
学園の改革はまだ始まったばかりで、これからも数え切れないほどの困難が待ち受けているだろう。
理不尽な身分制度や偏見が、そう簡単に消え去るわけではない。
だが、この不器用で過保護すぎる絶対君主が隣にいれば、どんな壁でもぶち壊していける気がした。
飛燕は祖母との約束を胸に、そして新しい自分の居場所を守り抜く決意を固めながら、蒼龍の温かい腕の中に再び身を委ねたのだった。




