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元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜  作者: 水凪しおん


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第11話「変わる学園と静かな夜の散歩」

 季節は本格的な夏を迎え、天耀学舎の広大な庭園には、色鮮やかな大輪の牡丹が誇らしげに咲き誇っていた。


 セミの鳴き声が木々の間から喧しく響き、じりじりとした太陽の光が白く磨かれた石畳に反射して眩しい。


 あの旧校舎での襲撃事件からひと月が経ち、学園の空気は目に見えて変化していた。


 「会長、東棟の修繕計画書、確認をお願いします」


 「ああ。それと、平民生徒向けの奨学金制度の拡充案だが、予算の再計算を急がせろ」


 生徒会室では、蒼龍が側近たちに的確な指示を飛ばし、山積みの書類を恐ろしい速度で処理している。


 その傍らで、飛燕はいつもの特等席であるふかふかのソファに深々と腰を下ろし、冷たい果実水を飲みながら氷の溶けるカランという音を聞いていた。


 保守的な貴族派閥の中心人物たちが追放されたことで、蒼龍が以前から進めていた学園の改革案が、堰を切ったように一気に動き始めていたのだ。


 身分による施設利用の制限は大幅に緩和され、平民やオメガの生徒たちが理不尽な暴力を受けることも、目に見えて減っていた。


 「お前も暇なら、これでも読んでおくか」


 蒼龍が書類の束から顔を上げ、一冊の分厚い書物を飛燕に投げてよこした。


 飛燕がそれを受け取ると、表紙には『帝国法と身分制度の歴史』と難しい題字が踊っていた。


 「……勘弁してください。字ばっかり見てると頭痛くなるんで」


 「お前は学業の成績も悪くないのだから、もう少し政治に興味を持ってもいいと思うがな」


 「俺の頭は、喧嘩の段取り考えるか、今日の晩飯のこと考えるくらいしか容量ないっすよ」


 飛燕が自嘲気味に笑うと、蒼龍は呆れたように小さくため息をつきながらも、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。


 「まあいい。お前はお前のままでいろ」


 そんな穏やかなやり取りが、今ではすっかり生徒会室の日常となっていた。


***


 日が暮れて、昼間の熱気が少しだけ和らいだ頃。


 飛燕は自室へ戻る前に、夜の学園を少し散歩することにした。


 蒼龍には「一人で出歩くな」と口酸っぱく言われていたが、ずっと室内で甘やかされていると、身体がなまって仕方がなかったのだ。


 風鈴の音が涼やかに鳴る渡り廊下を抜け、中庭の池のほとりまで歩いていく。


 水面には月明かりが反射し、銀色の波紋が静かに揺れている。


 夏の夜の草の匂いと、微かに漂う水辺の湿った空気が、飛燕の火照った身体を心地よく冷ましてくれた。


 『ばあちゃん……俺、なんかすごいところに落ち着いちまったよ』


 夜空に浮かぶ丸い月を見上げながら、飛燕は心の中で亡き祖母に語りかけた。


 喧嘩ばかりして、誰にも迷惑をかけないようにとだけ思って生きてきた自分が、今では学園の頂点に立つ男に愛され、彼とともに学園を変える手伝いをしている。


 真っ当に生きるという約束の形は、思っていたものとは少し違ってしまったかもしれない。


 だが、今の自分は、自分の拳を正しいことのために使った結果として、この場所に立っているのだ。


 その事実に、飛燕は微かな誇りを感じていた。


 「……飛燕」


 背後から、低く静かな声が聞こえた。


 振り返らなくてもわかる。冬の夜気のような、重厚で安心するアルファの香り。


 「会長。仕事、終わったんですか」


 飛燕が振り返ると、月明かりに照らされた蒼龍が、静かな足取りで近づいてくるところだった。


 いつもの豪奢な漆黒の制服ではなく、少し着崩した簡素な衣服をまとっているが、それでも彼から放たれる圧倒的な存在感は変わらない。


 「お前がいないから、探しに来た。一人で出歩くなと言ったはずだが」


 「少し風に当たりたかっただけですよ。ここなら安全でしょ」


 蒼龍は飛燕の隣に並んで立ち、池の水面をじっと見つめた。


 二人の間には、言葉はなくても心地よい沈黙が流れている。


 「学園は、変わり始めていますね」


 飛燕がぽつりとつぶやくと、蒼龍は静かに頷いた。


 「ああ。だが、まだ始まりに過ぎない。この学園を変え、ゆくゆくは帝国の根腐れした制度そのものを正す。それが俺の使命だ」


 蒼龍の横顔には、揺るぎない覚悟と、途方もない重圧を一人で背負ってきた者の孤独が滲んでいた。


 飛燕は無意識のうちに、蒼龍の少し冷たい大きな手に、自分の手を重ねていた。


 「……俺は頭が悪いから、難しいことはわかりません。でも、あんたが間違った道に進みそうになったら、俺が力ずくで止めてやりますよ」


 飛燕のぶっきらぼうな、しかし本心からの言葉に、蒼龍は驚いたように目を見開いた。


 そして、すぐにその瞳を細め、愛おしそうに飛燕の手を強く握り返してきた。


 「頼もしいな。お前に殴られないように、俺も精進するとしよう」


 夜風が吹き抜け、二人の髪を優しく揺らす。


 飛燕は顔を赤くしてそっぽを向きながらも、蒼龍に握られた手の温もりを、決して手放そうとはしなかった。

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