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Monster's House

作者: 流虎やなぎ
掲載日:2026/01/22

なかなか新作ができないまま、二年が経ちそうなので、

とりあえず旧作を投稿します。

その場しのぎですが、ご容赦ください。

「こりゃあ、すごいな」

 その男はスマホに表示されているQRコードを見ながら驚く。何に驚いているのかといえば、QRコードで入り口の門が反応したことにである。たしかに飛行機の搭乗システムなどではいまや当たり前となったものであるが、一般家庭にはまだあまり浸透していない代物であるからだ。いま男が目にしているものは巨大な門。高さ三メートルほどはある重厚な黒い金属製の柵で、それが二つ連なって左右から音もなく開いていく。ちょうど真ん中に人間ひとりが通れる幅ができたところで、門は動きを止めた。

「もうちょっと開けてくれてもいいんじゃないのか」

 男が言うように、微妙に不親切感が漂う開け方である。門に挟まれる心配はほとんどないといえども、ギリギリ通れる隙間を開けただけでは歓迎されているという印象は受けないだろう。男が考えていると、スマホの通知音が鳴る。男は慣れた様子でスマホのチャットアプリを開き、内容を確認する。そこには「スマホ」という名前の連絡先からテキストが届いていた。合成音声で読み上げられる。

『この門、動かすのにすごく労力がいるんですよ。なので許してあげてください』

「労力ってなんだよ。電力の間違いじゃないのか」

 男は不自然なチャットにこともなく口頭でツッコミを入れる。すると間髪入れずにテキストが表示され、またも合成音声で読み上げられる。

『労力です』

「わかったわかった」

 男はテキストを軽く流し、門を通ることにした。途中、隙間から中を覗こうとしたが、細かい格子状になっている門からはあまり見えなかった。そして開いた隙間から奥を見ると。

「これは……」

 奥行きが相当あることが見て取れる。男はそのまま進んでいき、門を越える。

「すごい、別世界じゃないか」

 男はひどく感激した様子で敷地を見渡す。まず目につくのは、樹齢千年はゆうに超すであろう桜の巨木である。敷地の真ん中に高くそびえ立ち、悠然としたいでたちは神々しさを感じさせる。満開の花を咲き誇らせ、美しい姿を惜しげもなく披露している。次に端々に植えられた色とりどりの花々が目を楽しませる。この世のありとあらゆる花を集めたかのような華やかさに、目がくらむような意識を感じる。最後に、一辺二百メートルはあろうかという敷地、それに沿って植えられた巨木たち。一本一本が違う種類で、種類豊富な木々に自然の豊かさを教えられる。我慢できずに男は質問する。

「これ、どうなってるんだ。桜にしろ木にしろ外からは全く見えなかったし、見るからに同じ地域で育たない植物が並んでる。日本にこんな広い敷地があるとも思えないし、一体ここはどこなんだ」

『さきほどあなたが言っていたじゃありませんか。単なる別世界です。いまはそれだけで充分でしょう』

「いや、普通気になるだろこんなの。そんなそっけない文章にしなくてもな……」

『さぁ、家に入りますよ。進みましょう』

「分かったよ……」

 男は不満そうにしながらも、あたりの景色に感動しながら進んでいく。正面の桜を左に迂回して進むと、少しずつスマホが家と呼んだものが姿を現す。これまた巨大な洋館である。いかにもネタなどで使われそうな見た目で、そんなゲームを遊んだことがある男にとっては恐怖を感じる見た目であった。スマホに話しかける。

「おいおい、これが家なのかよ。見た目がまさしくって感じすぎて怖いな」

『そんなことはありません。中はとても綺麗ですし、何かが出るわけでもありません』

「そう言われると余計怖いんだよな……」

『意外と意気地なしなんですね』

「そんなことはない」

 図星を突かれ虚勢を張る男であったが、内心かなり不安であることは間違いなかった。そのまましばらく進むと、玄関の大きな木製扉が現れる。男はふと思い立ち、聞く。

「ここは鍵ついてないのかよ。不用心じゃないのか」

『さきほどの門が最後の鍵付きです。あちらから中は鍵の類は一切ありません』

「それはそれで変ではあるな。まぁ監禁部屋とかはなさそうで嬉しいよ」

『ご自宅にはあられたのですか』

「おいおい……」

 スマホの笑えない冗談か天然かに困惑する男であるが、これ以上扉の前で待っていても仕方がない。恐る恐る中に入ることにした。その大きさに反して音もなくするすると動く扉を開けてみると、中は広い玄関ホールになっていた。洋風らしく靴を脱ぐ場所もなく段差もない。外の華麗さとは裏腹に装飾の類は控えめだ。正面にはまた大きな扉がしつらえており、広間などにつながっているのだろう。左には廊下が設置してあり、奥へと続いている。問題は右だ。男はすぐにそれが何か分かったが、あえて質問する。

「なんだ、あの金属の扉は。鍵付きの扉はないんじゃなかったのか」

『二階へと続くエレベーターですよ。バリアフリーです』

「見た感じ二階までしかないのにエレベーターがあるのかよここは。どんな無駄遣いだ」

『先進的と言ってほしいですね。それとも車いすのかたをみたことがないのですか』

「いちいち毒があるなお前は……」

『さて、客室は二階ですから、このエレベーターを使います』

 金属の扉の正体は分かった男だったが、それにしても不思議なことがあった。このエレベーターもまた巨大なのだ。人間が何人乗れるのかというサイズである。果たしてここまで金を使う必要があるのか。はなはだ疑問であった。そうこうしつつも、上向きの矢印を押して大きなエレベーターに乗りこみ、押す、閉じる、待つ、上がる、開く、降りるの慣れ切った動作を行い、スマホの案内で降りた場所から見て遠くの右奥に並ぶ客室の、左から二番目の二〇二号室へと向かう。そして部屋のドアを開け奥の広々とした窓を見た男が、声を上げる。

「うわっ、これって」

『改めまして、いらっしゃいませ、タクミさま。素敵ですね、この景色は』

「ありえないよ……二重にな」

 そこには、白い砂浜と、丸みを帯びた海の景色が広がっていた。


             1


「しかし……すごい」

 タクミは窓際の椅子に腰かけながら感嘆の吐息を漏らす。門の重厚さに始まり、長寿の桜、鮮やかな植物たち、古めかしいけれど綺麗な洋館に謎のエレベーター、そしてこの海景色だ。ポンッとスマホの通知音が鳴り、反応したタクミがスマホを持ち上げる。

『ご満足いただけましたか』

「あぁ、これはいい暮らしができそうだ」

『それでは、これから一年間、よろしくお願いいたします』

「よろしく頼む……約束は果たしてくれるんだよな」

『もちろんです』

「そうか。あぁ、そういえば同居人がいると言っていたが、この家にいるのか」

『はい。同居人様にはご自分からタクミさまに接触されることはお控えくださるように言ってあります。このあとタクミさまには朝食をとっていただきますので、一階ダイニングホールまでご案内いたします』

「ほう、分かった」

 朝食と聞いて喜ぶタクミだった。ここでは三食提供するという話を聞いていた彼だが、それが嘘でないと分かり安心したようだ。同居人のことは気になりつつも、不要な人間関係は作りたくなく、穏便に過ごしたい気持ちを持っている彼にとって積極的に関わってこないことはむしろありがたかった。一年間、無事に過ごせれば、それでよいのだ。

「玄関の正面にあった扉の先に行けばいいのか」

『はい。一階エレベーター右手側の扉を通り、廊下を進んだ先にダイニングホールがございます。そちらに食事をご用意しておりますので、冷めないうちにお召し上がりください』

「ありがたい」

 タクミが説明通り一階に降りて廊下を進むと、道が左右に曲がり、その中央にダイニングホールらしきものがあるのが分かった。扉は解放され、中には長テーブルが一つと椅子がずらりと並んでいた。いちばん奥の椅子の前に朝食が用意されており、湯気が立ちのぼっている。周りを観覧しながら奥まで歩き、席に着き、スマホを出す。

「豪華だな」

『えぇ、シェフの腕がいいもので。今日の朝食は天然酵母のクロワッサン、四元豚の生ハム、平飼い卵のポーチドエッグ、伊勢海老のビスク、それぞれ産地にこだわった、りんご、ぶどう、オレンジ、イチジクのジュース、フルーツとヨーグルト、ブランド物のコーヒーです。どうぞ』

「少しはしょったな」

『面倒なので、多少、省略させていただきました』

「お前が時々よくわからないよ」

 そういえども、タクミは食事に関してはうるさいのでこのラインナップが相当にいい物ぞろいであることは察しがついていた。ありがたく頂くことにした。いただきます、と言い、食べ始める。

「うまい」

『ありがとうございます。シェフに代わってお礼申し上げます』

「シェフとは言うけど、これ朝から作ってるわけじゃないだろ。だいたい出来合いなんじゃないのか」

『いえ、シェフが材料集めから調理、後片付けまですべて一人でこなしてくださっています。もちろん目の前のそれらもかなりの時間をかけて作ってくださっていますよ』

「そ、そうなのか……なんか申し訳ないな……あとで挨拶できるかな」

『お気持ちはありがたいのですが、いまはその時ではありません』

「うーん、よく分からないけど仕方ないな」

 食事中にスマホをいじることはあまり行儀がよくないのだが、誰もいないしいいだろうと思いつつ、彼は食事を進めていく。終わるころには、完全に満腹になっていた。ごちそうさま、と言い、腹をさする。

「不思議だな。量は多くないのにすごい腹にたまる」

『それは……いえ、なんでもございません』

「なんだ、気になるな」

『なんでもございません』

「まったく。じゃ、部屋に帰るわ。ありがとな」

『はい。といっても私もついていきますが』

「それもそうか」

 朝食を終え、部屋に戻ったタクミだが、特にすることもなく、昼食までのんびりと過ごすことにした。彼にとってこの館はなかなかに落ち着く空間で、特に今は暇を持て余してもいない。穏やかな気分で長時間すごせることに気づいていた。少しまどろんでいると、ふいに過去の記憶がよみがえっていた。幸せだったあの時。

「……みんな」

 通知音が鳴り、眠りが妨げられる。寝ぼけ眼でスマホを見る。

『そろそろ昼食のお時間です。起きてください』

「ん、あぁ。もうそんな時間か。意外と腹は減るもんだな」

『怠惰ですね』

「うるさいやつだ」

 そうして、おいしい食事を三食取りながら、のんびりと時は過ぎていった。本当に不思議なことに、タクミは何もせずとも飽きることも寂しさを感じることもなく、一か月が過ぎようとしていた。しかし、彼にも不思議に感じていることはあった。なぜここまで幸せな気持ちで過ごしているのか。果たしてこのまま何もせずに過ごしていいのか。そして同居人とはいったい何者なのか。同居人のことが分かるのは、到着してからちょうど一か月が過ぎた五月のことだった。

 いつものように部屋でまったりしていた彼であったが、ふと思い立ちスマホを持ち、問いかける。

「なぁ、スマホよ。同居人っていったいどんな奴なんだ」

『ご自分の目でお確かめになられたらいかがですか』

「確かめろっつったって、会わないんだからしょうがないだろ」

『会おうとしていなかった、の間違いではありませんか』

「うっ」

 たしかにタクミには心当たりがあった。この一か月、同居人の存在をほぼ忘れかけていたのだ。それすら忘れてしまうほど、悠々と過ごしていたのだ。

「分かった、会いに行ってやろうじゃないか。どこにいるんだ」

『いまちょうど桜の木のあたりにおられるようです。参りましょうか』

「……行ってやるよ」

『おそらく驚かれるかと。ふふふ』

「どういう意味だ」

『さあ』

 彼はスマホの不敵な文章におののきつつも、桜の木へと向かう。エレベーターの中で、先ほどのスマホの文章を考えた。しかし、なんとなく恐ろしくなるばかりだったのでそれ以上考えるのはやめた。降りてから左に向かい玄関ホールの木製扉を開け、桜の迂回路を左に進んでみる。しばらくすると、右奥に何かの影が見えてきた。

「えっ」

 彼は最初、色がおかしいなと思った。全身が緑色。次に大きさがおかしいなと思った。なにかのマスコット、着ぐるみなのかと思った。しかし、彼に向いた顔についている目、そしてその目がこちらをぎょろりと見た瞬間。

「うわぁああぁあ」

 彼はつい逃げ出してしまっていた。息を切らしながらたどり着いた玄関ホールの扉の内側で焦りながらスマホを出す。そこにはすでにテキストが表示されていた。

『どうされたのですか、そんなに取り乱されて』

「ば、ばばばかやろう、驚く以前に人間じゃない、怪物じゃないか」

『……同居人様ですよ、かわいい方たちです』

「かわ、かわいくないだだろ」

『落ち着いてください』

「落ち着けるかバカヤロー」

『ほら、落ち着いた』

「す、少しはな……」

 手玉に取られているようで気に食わない彼だったが、なんとか落ち着けたことには感謝した。さっき見たものについて反芻する。

「あれはサイクロプス……オークか。いや、一つ目だったからサイクロプスか。でも色は緑だったしな」

『何をぶつぶつ言ってるんです』

「あんなのと一緒に暮らしてたなんて。だましたな」

『何もだましてなどいません。そもそもこちらからは同居人様の容姿について何も言ってはいないのですから。勝手に想像したのはあなたでしょう。いやらしい』

「な、なにっ、そんな想像してた覚えはない」

『どんな想像でしょうね』

「どんなもこんなもない。せめて人間だと」

『では厚かましいといったほうがよろしいですか』

「くっ」

 正直、彼はこの館を甘く見ていた。このスマホも。

『さっ、他の同居人様にも会いますよね。あと二人いらっしゃいますよ』

「あ、あとふ、ふたりもいるのかっ」

『ふふふ』


             2


「くそっ」

 タクミは頭を抱えていた。件の同居人騒動から、まったく心が落ち着かないのだ。何日たっても頭から離れない。食事はのどを通る。不思議なことに。しかしどうやって一か月も気配すら感じさせずにいたというのか。あんな大きなモンスターや見るからに音がしそうなモンスターがいたら、気づいてもなにもおかしくないというのに。まだ彼らの姿を遠目に見ただけだが、自分がどういう状況に立たされているのかを把握しつつあった。荒れる心を静めたくなり、ついスマホに話しかける。

「なぁ、スマホ。あいつらこの館のどこに住んでるんだ。全く気付かなかったぞ」

『あいつらとは、同居人様のことですか』

「そうだが」

『一階の部屋に住んでいます』

「あの玄関から見て左側の廊下を進んだ先にあるのか」

『その通りです』

「それにしても気配がなさすぎるんだが。どんな生活してるんだよ」

『他人の生活をのぞき見したいご趣味をお持ちですか』

「ちがう。そうじゃなくて……もういい。あいつらはなんて名前なんだよ」

『大きいかたがオオクロさま。小さいかたがムクロさま。さらに小さいかたがスガイさまです』

「いや、種類の名前をだな……って、名前があるのか」

『もちろんです。立派な同居人様ですので』

「ふむ」

 そこでタクミは少し考えてしまう。最初は殺されるとか食べられるとかいろいろと考えていた彼だったが、スマホの落ち着いた文章を見る限りそこまでのことはないのかもしれない。それに、人間のような名前まであるのなら、もしかしたら交流が可能なのかもしれない。ふと気づく。

「そういえばスマホ。お前の名前はなんなんだ」

『教えられません』

「なんでだよ」

『それも教えられません』

「なんか冷たいし距離があるんだよな……名前、つけてやろうか」

『やめてください。あなたに妙な愛着を持たれても困ります。不愉快です』

「ひどい言い方だな」

 しかし、タクミはいくぶん元気が出てきた。少し自分から同居人と接触してみようという気持ちになってきたのだ。もちろんまだリスクは高い。だが、もし無害化できるならそれに越したことはないのだから。

「よし、ちょっとスガイ……だったか。あのスライムみたいなのに挨拶してくるよ」

『殊勝な心がけですね』

 まずは危険じゃなさそうなものから始める。それがタクミ流のようだ。我ながら怖気づいているな、と思いながらも、スガイの位置をスマホに尋ねる。

「スガイさんはいまどこにいるんだろうか」

『いま砂浜のほうにいらっしゃるようです』

「分かった。砂浜のほうにはどう行くんだ」

『ダイニングホールの先に扉があります。その先に進むと、砂浜へと降りる道が整備されています』

「了解だ」

 いつものようにエレベーターを使い、右に向かい、廊下を通る。食事以外でここに来ることはほぼなかったが、案の定、扉は閉まっていた。鍵がかかっていないので中を突っ切ってもいいのだが、なんとなく廊下を左に迂回すると、廊下の壁に絵が飾られているのが見えた。どこかの子供が描いた絵なのか、うまいとは言えないが温かみのある絵が並んでいる。

「へぇ、意外だな。こんなところに子供の絵が飾ってあるなんて」

『お気に召されましたか』

「そういうわけじゃないが、なんというか、この館らしくないなと思ってね」

『そうですか』

「なんだ、やけにおとなしいな。嫌味は言わないのか」

『言ってほしいのですか』

「……いや、やめておく」

 タクミは挨拶が遅れることを理由に会話を早めに切り上げて、廊下の奥へと進む。左右に曲がっていた廊下がまた一点に集まり、奥の出入り口らしき扉へと向かう。そこを開けると、やはり海の絶景が広がっていた。ここは高台に作られているらしく、砂浜まで降りるには坂を下って行かなければならない。正面左側に坂の入り口があり、そこから下ることにした。くねくねしたゆるい坂道だ。けっこうな道のりに、タクミはつい口を開いてしまう。

「なぁ、同居人のスガイさんはこんな道をいつも歩いてるのか。あんなちっこいスライムみたいな体じゃ大変だろうに」

『いえ、案外楽しんでいらっしゃるみたいですよ。毎日散歩しないと気が済まないんだとか』

「ご老人みたいな生活習慣してるな」

『ふふ、たしかに、そうですね』

「なにがおかしいんだ」

『いえいえ、つい笑ってしまっただけです』

 そこでチャットは途絶え、黙々と歩き続けていくタクミ。そしてだんだんと、目の前に海岸線が広がり、白い砂浜がはっきりと姿を現してきた。

「あいかわらず綺麗だよな」

『はい』

 白く汚れもなく、適度な硬さの砂がタクミの靴底に当たる。それはさくさくと小気味よい音を立てながら、圧力を吸収し、形を変えながら跳ね返す。

「なんかこの砂の質感、砂利に近いけど不思議な心地よさがあるな」

『はい。ここの砂は命の砂といって、とても珍しいものなんですよ』

「へぇ」

『あ、いましたね、スガイ様』

「おぉ」

 遠くで小さい緑の生き物が動いているのが見える。どうやら、波が押し寄せるのに合わせて動いているようだ。波に当たらないように、押し寄せては逃げ、引いて行っては追いかけている。

「……あれは何をしてるんだ」

『遊んでいらっしゃるのでしょう』

「それは見ればわかる」

『タクミさまにもあるのではないですか、ああやって遊んだ経験』

「小さい頃はな」

『大人がやっていけないということはないでしょう』

「いけないことはないが、変だろう」

『変かどうかはスガイ様が決めることです』

「そ、そんなもんか」

『でも、驚きました。タクミさまもずいぶん成長なされたようで。立派な大人として同居人様を見られていますね』

「うるさいな」

 それにしても無邪気すぎるとタクミは思った。押し引きで遊ぶだけでなく、その場にいる小生物とも戯れている。触手のようなものを伸ばして、ちょんと生き物に触れては体の色を桃色に変えている。

「なぁ、聞いておきたいんだが、あの体の色は何なんだろうか。何かの意思表示か」

『えぇと、スガイ様にも感情はあるようです。それが表れているのかと』

「妙に心もとないな。大丈夫か」

『ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です』

「そういうことじゃなくてだな」

『タクミさまに見えているものがタクミさまの真実です』

「なんか真理みたいなことを言い出したな」

 このまま続けても面白いが、とりあえずタクミは話を進めることにした。

「まぁいいや、スガイさんの体色、ほかにもあるのか」

『それはご自身で確認なさってください。私はなんでも答えるロボットじゃありませんので』

「スマホのくせにか」

『お望みなら猫型ロボットにでもなって差し上げましょうか』

「……遠慮しとくよ」

 とにかく、タクミは挨拶が目的だったことを忘れる前に済ませておこうと思った。人のよさそうな笑顔で話しかける。

「こんにちは。少しの間お邪魔させていただくカムイ・タクミと申します。よろしくお願いします」

 スガイはタクミに気づいたようだが、なんだか様子がおかしい。体の色が赤くなり、じわりじわりとこちらに近寄ってくる。タクミはひそひそとスマホに向かって話しかける。

「おい、あれってまずいんじゃ……俺の予想だと怒ってるっぽい」

『はい、どうやら、警戒されているようです』

「や、やばい、やっぱり近づいちゃまずかったのか。逃げないと」

 そうしてタクミが背中を向けて逃げようとした瞬間、スガイが恐ろしいスピードで飛び掛かってきた。

「うわぁあぁあっ、食われるうぅう……ってあれ」

 断末魔の叫び声をあげたタクミだったが、倒れたタクミの背中にくっついたスガイが微動だにしない。そして体の色が見る見るうちに桃色に変わっていき、タクミの背中に全身をすり付け始めた。

「わわっ、くすぐったっ、どうしたんですかスガイさん」

『タクミさまのことを気に入られたみたいですね』

「は、はぁ……」

 タクミは何がなんだか分からないままであったが、とりあえずスガイに危険はなさそうなことを悟り、体から離れた後もついてくるスガイになんとなく怖さを感じつつも、目的は達成したこともあり、今日は部屋に戻ることにしたのであった。一階で別れ、エレーベーターに乗る。

「ほんと野性的というか、なんというか、驚くよ」

『タクミさまの野性的な雄たけびにも驚きましたね』

「お前なあ……」

 このスマホといいあのスガイさんといい、本当にこのままで大丈夫なのかどうか、少々心配である、タクミであった。


          3


『さて、今日はムクロ様に会う日ですね』

 部屋でのんびりしていたタクミに、唐突にスマホがメッセージを送る。タクミは虚を突かれ驚き、何事かとスマホに語りかける。

「何だいきなり。そんなことを言った覚えはないぞ」

『あら、言いませんでしたか。「俺はこの館のマスターになる」と』

「言ってないし、あんなリアルなモンスターのマスターにはなれん」

『根性が足りてませんね。皆さま可愛らしい方々ですのに』

「精神論はよくないな。気合いでどうにかなる相手じゃないだろ」

 とはいえ、タクミがスガイに挨拶をしてからもうずいぶん経つ。もうそろそろ六月になる。あれからスガイとも会っていないタクミは、なにか自分から行動を起こさなければいけないと感じ始めていた。

「よし、ならまずはスガイさんに会いに行こう」

『天邪鬼ですね。スガイ様にはまたいつでも会えます。今日はムクロ様に会うのがよろしいかと』

「やけにムクロさんにこだわるな」

『そういう気分ですので』

「お前の気分かよ」

 結局、タクミはムクロに会いに行くことになり、いつも通り居場所を聞くことにした。

「で、いまムクロさんはどこにいるんだ」

『一階左廊下を通った先にあるゲームルームにいらっしゃいます』

「ゲームルームなんてあるのかよっ、なんで今まで教えてくれなかったんだ」

『聞かれませんでしたので』

「主体性のないやつだな……」

『秘密主義とおっしゃってください』

「それは認めるんだな」

 ゲームルームがあると聞いて色めき立つタクミであったが、ムクロに会うという目的を思い出し、少し興奮が冷めていく。スガイの時はうまく交流ができたような気がするが、今度もうまくいくとは限らないからである。気を引き締め、一階に降りる。そういえば、と、タクミは気づく。

「この左廊下には行ったことがない気がするな」

『えぇ、タクミさまは初めてですね』

「スガイさんたちはこの先に住んでるんだよな」

『そうですね』

「となると、全員と鉢合わせするなんてことも」

『それはまだないでしょう。安心してください』

「なんでそう言い切れるんだよ」

『秘密主義です』

「扱いづらいやつだ……」

 そうしてタクミはおそるおそる左廊下を進んでいくが、途中右側に窓ガラスがあり、中庭のような場所を見たきり、なかなか曲がり角に到達しない。かなり長い直線になっていることが分かる。殺風景な廊下をしばらく歩くと、やっと右側に道が曲がっているのが見えた。そこを曲がり、少し進むと巨大な金属製の扉のようなものが三つ並んでいた。これが見るからにおかしい。それぞれの表面に、見事に何もないのだ。覗き穴もなければ掴み手もない。いったいこれは何なのか。

「おい、スマホよ。これ、いったいなんなんだ」

『ご自分でお考えになってください』

「いや、考えてもわからないから聞いてるんだが……」

『なんでも私に答えを求めるのはよくありません。ご自分でお考えになるのも必要かと……この先にはゲームルームしかありません』

「ん……待てよ、ということは、これ、もしかして、スガイさんやムクロさんの部屋なのかっ」

『ご明察です』

「いや、あまりにもひどくないかこれは……それにスマホ、お前、鍵がついてるものは一切ないって言ってなかったか」

『タクミさまにも記憶があるのですね』

「そんな冗談はいいから質問に答えろ」

『そうですね、私には鍵がついていないように見えますし、別段おかしいとも思いません』

「これでかよっ、お前の正気を疑うぞ」

『いえ、私はいたってまともです』

「うーん……」

 ここにきて、タクミはスマホとの会話に違和感を感じていた。どうも会話がかみ合わないのだ。何かがずれている。そこでふと思ったことを口にする。

「スマホ、お前、本当はお前こそが怪物だったりしてな」

『なにをおっしゃられるんです』

「だいたい、スマホと会話できるなんておかしいと思ってたんだよ。会話はしづらいし、必要なことは教えてくれないし」

『……あまり我がままを仰られても困ります。私が案内しなければ誰が案内するのです』

「そうかなぁ、案外簡単にスマホを変えられるかもなぁ、どこかで交換できないかなぁ」

タクミは、なにかの「ブチッ」という音が聞こえたようだった。

『……では、タクミさまの独り言に反応するのはやめにします。タクミさまがひとりっきりで寂しがられても、もう私は何も言いませんし、助けを求められても黙っています。もちろん質問に答えることもしません。ムクロさまやオオクロさまに会う手助けも致しませんし、場所もご自分で探してください……あぁ、もしかしたらお望みも永遠に達成できないかもしれませんね』

 タクミは完全にスマホを爆発させたようだった。必死で取り繕うタクミ。

「すす、すまん、スマホよ、ほんとに、助かってるんだ、お前には、ちゃんと従うし、それに、ほら、これからは、悪口言ったりなんてしないから——」

 そこまで言ったところで、スマホに冷静な文章で語られる。

『変に媚びへつらわれても嫌ですので、気を遣いすぎるのはやめてください。ただ、私にも答えられることとそうでないことがありますので、ご理解をお願いいたします』

「分かった、分かった」

 間一髪、危機を免れたタクミであった。

『さぁ、ムクロさんに会われるのですか、会われないのですか』

「会うよ、会うよ」

 もうメンタルがやられているタクミだが、今日の目標は達成したいところだった。突き当り右側にある最後の扉を前に、ひとつ深呼吸をする。そして、扉を開けると。

「おおっ」

 そこには音楽ゲームや懐かしのシューティングゲーム、クレーンゲームや格闘ゲームの筐体が、たくさんの種類置いてあった。その光景に興奮するタクミだが、問題のムクロさんの姿が見えない。どこにいるのだろうか。

「居ないな」

『格闘ゲームのあたりにいらっしゃるようですよ』

「なるほど」

 そう聞いて探すタクミだったが、なかなかに広く、かつ筐体の音や大きさに翻弄され見つけ出すことができない。と。

「いた」

 格闘ゲームの操作盤にひとり、ぽつんと座りながらゲームをしているムクロの姿を見つける。小さいスケルトン、骨だけの姿にタクミはすこし警戒しつつも、スガイの時と同じように自己紹介をする。

「お忙しいところ失礼します。ここに短い間、居候させてもらうカムイ・タクミです。よろしくお願いいたします」

 ムクロはゲームに集中していて気づいていないのか、はたまたこの環境音が鳴り響く状況で聞こえていないのか、反応しない。だが、ゲームをプレイする手がだんだんと弱く、遅くなり、最後には止まってしまった。ゲーム画面に終了の表示がなされる。ムクロは椅子から降り、頭蓋をうつむけたままタクミに近寄ってくる。途端、スガイよろしくまたもやタクミに飛びついてきた。

「ひいっ」

 瞬間的に腕で顔を守ったタクミだが、痛さはなく、足に頭蓋をつけ、肩を震わせているムクロの姿があるだけだった。それはスガイのときと違い、なぜか悲しみに満ちているようで、タクミはいたたまれなくなってしまったと同時に、化け物扱いした自分への罪悪感と、なぜ知りもしない自分にそこまでの感情を表すのかということに疑問を感じていた。

「あの……ムクロさん、大丈夫ですか」

 ムクロは大丈夫、というように頷いて見せ、いまプレイしていた格闘ゲームのほうを指さす。そして、自分は席に着く。席の空いている部分を指さし、タクミを指さすのを交互に繰り返す。座れ、と言っているようにも見えた。

「うーん」

 タクミはあまり気乗りしなかったが、それでも先ほどのムクロの様子を思い、無害そうだから大丈夫、と自分に言い聞かせてすぐ隣に座ることにした。ムクロがゲームをプレイし始める。どうやらここにある筐体は商業用ではなく家庭用にプログラムされているようで、お金を入れなくてもいくらでも遊べるようになっているらしい。

「……うん」

 タクミはムクロのプレイしている様子を見て、それほど慣れてはいなさそうだが、好きなんだな、と思った。コンピューター相手に勝ったり負けたり、勝率は高くないが、それでも何度も挑戦する。タクミは、自分がゲームに熱中しているときのことを思い出す。ふいに、スマホの通知音が鳴る。

『ムクロさまはゲームをするのがお好きなようですが、ゲームというのはそこまで楽しいものなのですか』

 どうやらスマホの機嫌は直ったようだ。タクミが安心して話す。

「いや、楽しくはないよ。ただ、ゲームをしていると落ち着くんだ。それに、こういう対戦型は本来は人とやるものだから、コミュニケーションにもなるし、ストーリー重視のものなんかはそれだけで人生の糧になる。とにもかくにも、たくさんの人が関わってるものだからね」

『タクミさまも、お好きなんですね』

「まぁな」

『もし、私がやるとしたら、なにかコツなどはありますか』

「スマホができるかどうかは置いておくのか」

『はい。置いてください』

「……諦めないこと」

『諦めない、こと』

「まともなゲームってのは諦めなければ必ずクリアできるように設計されてるんだよ。クリアが明確に設定されてる場合は、だが」

『ありがとうございます』

「いや。妙にまじめだな」

『タクミさまも、諦めないでくださいね』

「なにをだよ」

『全部ですよ、全部』

「なんかむかつくな」

 そうしているうちにムクロもゲームに飽きたようで、椅子から降り、タクミを手振りで誘い、ついてくるように促す。タクミは不思議に思いながらも、ついていくことにした。方向としてはゲームルームの一つしかない出口、廊下に出る向きだ。音もなく歩いていくムクロについていき、ゲームルームから出る。そして廊下を歩き、こちらから見て手前から二つ目の扉の前でこちらを向き止まる。タクミを指さし、こっちこっちと呼び寄せ、自分の右側に誘導する。次に扉を指さし、手を降ろし、一歩前に出ると。

「ひっ、開いたっ」

 見るからに重そうな金属製の扉がこちらから見て左奥に開いていく。広い廊下を遮るかのような大きい扉が、驚いて身を引いたタクミの前を通り、ムクロの目の前をかすめる。タクミには驚くことが二つあった。一つは、開いた扉の内側に大きな丸いハンドルがついていること、二つ目は開いた空間が恐ろしいほどの暗闇に包まれていることだった。

「なんだ、これ」

 タクミが驚いているうちに、ムクロはその暗闇へ、タクミに手を振りながら歩いていく。タクミが暗闇とムクロを交互に見ている間に、ムクロはその暗闇へと自ら入っていき、ついには見えなくなってしまった。

「お、おい、スマホよ」

『どうされました』

「ムクロさん、あんな暗闇で生活してるのか。それにあの扉、勝手に開いたぞ」

『あの方にはあの方の事情があるのでしょう。あとのお二方も同じです。扉に関してはお伝えした通りです』

「……もしかして、あのふたりも暗闇で生活してるとか」

『はい』

「おいおい、いくらモンスターみたいな見た目でも、あんな暗闇は、なんというか」

『かわいそう、ですか』

「あぁ」

『なら、暗闇から出られるようにしてあげるといいかもしれませんね』

「え、できるのか」

『もちろんです』

「方法は」

『それは分かりません』

「分からないのかよ」

『はい、まったく。それよりも、今日は部屋にお戻りにならなくてよろしいのですか。お疲れでしょう』

 そういえばなんだか疲れを感じているタクミだった。仕方なく、スマホの音声に従うことにした。

「そうだな、帰るか」

 謎が多いこの館ではあるが、あと一人に挨拶すればとりあえずの目標は達成できることに、少しの安堵を覚えるタクミであった。


          4


『さて、今日はオオクロ様に会う日ですね』

「ついこの間も聞いたな、その台詞……待て、テキストを送るな。今日は俺からオオクロさんに会ってやる」

 しばらくして。

『どうされましたか。頭でも打たれましたか』

「変なところだけ従うんじゃない。それに俺は頭なんて打ってないぞ」

『それではついに気が変に』

「お前、あの時の仕返しをしてるだろ」

『もちろんです』

「けっこう根に持つタイプなんだな」

『えぇ、「怪物級」に根に持つタイプです』

「だからすまなかったって」

『私が怪物から元の姿に戻るまで世話をしてくださいね、こびと様』

「なんかいろんな話がごっちゃになってるぞ」

『それはそうと、タクミさま。本当に会われるのですね』

「あぁ。スガイさんもムクロさんもおとなしい人だったし、今度のオオクロさんだって大丈夫だと思っただけだ……見た目は怖いが」

『見た目、怖いですか』

「どう見たって怖いだろ。ほんと、いい度胸してるよなお前は」

『まぁ、そうかもしれませんね』

「ほめてないぞ」

『では、オオクロ様の居場所を私が検索します……検索中……今日も桜の前にいらっしゃるようです』

「急にロボットみたいになるなよ。スマホである自覚でも出たのか」

『えぇ、自分の足で歩くことも出来ず、タクミさまにこき使われる哀れなスマホの自覚が出てきました』

「くうっ、今の嫌味は効いた。お前の毒舌には感心するよ」

『お褒めにあずかり光栄至極にございます』

「黙らせたい……」

 有言実行、とりあえず今日の目標はオオクロに会うことだとタクミは決め、いつものルートを通って庭に出る。あいかわらず美しい庭園だ。桜もずっと満開の花を咲かせている。タクミはふと不安になったことがあったが、それはよぎっただけで自分でもよくわからないものだった。そのまま左に迂回していくと、木の下にオオクロの姿が見える。緑の体、腹は出て、白いふんどしを着け、目は一つだけ。前回はここで目が合って逃げ出してしまったが、今回は気合いを入れて取り組むことにしたタクミである。ぎょろりとオオクロの目がこちらを見る。やはり怖い。

「あ、あの、オオクロさん……ってあれ」

 なぜかオオクロが背を向けて離れて行ってしまう。理由が分からないタクミは後を追いかけるが、どんどん逃げられてしまう。

「あ、あのぉ、オオクロ……さん」

 桜を軸にして、距離を空けながら長い道を走るオオクロとタクミ。オオクロはといえば、離れてはこちらをじっと見て様子をうかがっている。

「な、なんでだ……」

 そこでスマホの通知音が鳴る。

『避けられてますね』

「見りゃわかるよ……なんでだよ」

『ご自身が何かしたか、もしくはオオクロ様に何か理由があるかですね』

「俺は何もしてないぞ。なんたって初めて会うんだからな……しかし、これじゃあ」

『立場が逆、ですか』

「そうだよ。これじゃ俺が悪者みたいじゃないか」

『案外そうかもしれませんね』

「いやそれはひどすぎる」

『これ以上、堂々巡りをしてもしかたないですし、今日はお帰りになられますか』

「いや、もうちょっと……仕方ない、帰るか」

 まったく腑に落ちないタクミであったが、とりあえず今のところは退散することにした。たしかに、これ以上追いかけてもお互いによくないからだ。だが、タクミの心には何か炎が灯ったように、決意のようなものが湧いているのであった。


「よし、スガイさんに会いに行こう」

 おもむろにそう言いだしたのはタクミのほうであった。スマホに居場所を聞き、向かう。スガイはいつものように海岸にいた。

「あの、スガイさん」

 スガイは桃色に光りながら近寄ってくる。

「オオクロさんのことなんですが、どうやったら仲良くなれるか分かりますか」

 スガイは急に青色に光りはじめ、体の上部を俯かせてしまう。

「あっ、すみません。聞いちゃいけませんでしたか」

 スガイは緑色になり、体を左右に振る。

「無理にとは言いません。何かあれば、私に伝えてください。伝える手段がなければ、オオクロさんにその旨伝えていただいても構いません」

 スガイは緑色のままだが、頷くようなしぐさを見せた。

「ありがとうございますっ、よろしくお願いしますっ」

 そんなタクミを見て、スガイは桃色に体を光らせて、またスリスリと冷えた体を擦り付けてくるのであった。

「ははは……」


 次の日。

「今日はムクロさんに会いに行こう」

そう言ってゲームルームに向かい、スガイに話したのと同じようにムクロにも話しかけるタクミ。ムクロは一通り話を聞いた後、格闘ゲームの向かい側にタクミを座らせ、対戦を申し込んできた。喜んで対戦を引き受けるタクミ。だが、ゲームの腕には自信があるはずが、一向に勝てない。全く勝てないまま、通算二十敗目を喫し、自信喪失のまま自室へと戻るタクミであった。


 さらに次の日。

「今日はオオクロさんに挑戦しないと」

 そう言って出かけるが、相も変わらずかわされ避けられ、完全に落ち込むタクミであった。


 その日から、タクミは臆病風はどこへやら、スガイと話し、ムクロとゲームをし、オオクロに避けられ。なんと七か月もそれを繰り返したのだ。なぜそこまでの決意を持ったのかは定かではないが、なにか、やらなければならないことがあったのだろう。そして、一月も終わろうとしていた時。

 タクミはまた、オオクロに立ち向かおうと思っていた。

「今日はいける。今日は大丈夫」

『これで何度目ですか、タクミさま……諦めは、しないのですね』

「あぁ、俺の中のなにかが諦めてはいけないと言っている」

『例のゲーマー根性ですか』

「そう、かもな」

 正直、タクミは自分がなぜここまで必死になっているのかが全く分からなかった。だが、自分の気持ちに従うこともまた一興。そう信じて、オオクロ攻略に挑む。まずは、笑顔。それから、丁寧な物腰。大丈夫、大丈夫。よし。

「行くぞ、勇者たち」

『なんですかそれは』

「聞くな」

 エレベーターを降り、扉を開け、桜の正面に向かう。そこにはオオクロがいつものように立っている。とても爽やかにタクミは話しかける。

「オオクロさん、今日もいい桜日和ですね」

 しかし、オオクロは全く反応しない。今日も駄目か、と思ったタクミだったが、ふと、オオクロの足元にいる存在に気づく。

「あれは……スガイさんっ」

 スガイがオオクロの足元に佇んでいる。こちらに気づいたのか、桃色に少し光った。同じ場所に二人以上の同居人が集まっている光景を初めて見たタクミだが、それ以上に驚くことがあった。なにやらスガイとオオクロが会話のようなものを交わしているのだ。音はしなくとも、手振り身振りでなんとなく分かる。その時、スマホの通知音が鳴った。

『後ろをご覧になってください。ムクロ様です』

「あれっ、ムクロさんっ」

 ムクロが、音もせずにトコトコと歩いてくる。そうしてタクミの横に立つと、手を差し伸ばす。どうやら、手を繋いでほしいようだ。この七か月間でムクロの癖を理解していたタクミは、それに応じる。タクミの傍にはムクロ、オオクロの傍にはスガイ、こうして四つの生き物がそろったのは初めてのことである。二人の背中を押すようにしていき、これまた二人の距離が縮まる。これまでまったく間に立ってくれる気配もなかった二人が仲介してくれていることに、タクミは少なからず感動を覚えていたのだった。その勢いに乗り、話しかける。

「あの、こんにちは、オオクロさん。私は何もしません。どうか逃げないでください」

 すると、オオクロが手のひらをこちらに向けて上げ、初めての挨拶をした。

「オ……オオクロさんっ」

 感激するタクミだった。その瞬間、なぜか強烈な既視感を覚える。

「ん……これ……どこかで見た記憶が……」

 そこで場を制するようにスマホの着信音が鳴る。

『さて、みなさん今日はお開きにしましょう。挨拶も済んだことですしね』

「あ、あぁ……帰るか……」

 急に疲労感が増してきたタクミは、フラフラとしながら部屋へと戻るのであった。


 次の日。朝も早くから着信音が鳴る。

『起きてください、タクミさま。今日は絶好のお花見日和ですよ』

 タクミは寝ぼけ眼でスマホの文章を確認する。

「んん……お花見日和……」

『何を寝ぼけてらっしゃるんですか。とにかく、今日はお花見日和なんです』

「分かった、分かったよ……」

『ご家族に会えるチャンスですよ』

「なにっ」

 タクミは飛び起きた。

「やっとか。どこにいるんだ。いつ会えるんだ」

『まぁそう焦らないでください。まずはお花見をしてからです』

「そんな悠長なこと言ってられるかよ。家族に会わせろ」

『ここが特別な場所であることは理解していますよね』

「あぁ、だからなんだ」

『ここまでずっと説明してきたのが私なのはご存じですね』

「分かってるよ」

『その私が「まずは花見をしよう」と言っているんです。意味はご理解いただけますね』

「……分かったよ」

『ご理解いただけたようで何よりです。それに、やっと仲良くなれた同居人の皆様も集まっておいでですよ』

「そう、なのか」

 タクミは家族のことも大事だったが、スマホの言うことも気になった。それに、たしかにやっと仲良くなったオオクロはじめ同居人のみんなと親睦を深められるのなら魅力的ではあった。

『お酒もありますよ』

「なんだとっ、この九か月間、一口も飲めなかったんだっ」

『ふふふ』

 タクミは急いでエレベーターに乗り、扉を出て花見をしているであろう場所へ向かう。案の定、いつもオオクロが桜を見上げていた場所に大きなレジャーシートが敷かれていて、オオクロ、ムクロ、スガイの三人が宴会をしていた。

「みなさん、こんにちは。私も混ざってよろしいでしょうか」

 オオクロがこっちに来いというように手をこまねき、ムクロが頷き、スガイが桃色になる。どうやら大丈夫なようだ。

「いや、たしかに今日はいいお花見日和ですね。桜が輝いてるように見えます……ほんとに輝いてないかこれ」

 よく見ると、桜の花がすべて淡く光っている。

「どうなってんだ」

 スマホの通知音が鳴り、ちょっと失礼、と言いつつスマホを見るタクミ。

『いいところに気づきましたね、これがお花見日和の正体です』

 話せないので、チャットで返すタクミ。

『なんで光ってんだよ。見たことないぞ』

『特別な場所だと言いましたでしょう』

『そりゃそうだけどさ』

『それよりも、ほら、お酒、飲まないんですか』

「そうだ、酒」

 タクミは目の前の酒に手を付ける。いかにもおしゃれな升酒である。

「くぅうっ、うまいっ」

 同居人たちもみな同じ酒を飲んでいるようだ。タクミが真ん中を見ると、大きな盃が置いてあり、酒がなみなみと注いである。

「この真ん中の盃は、みなさん飲まれないんですか」

 オオクロが首を振り、上を指さす。桜のことだろうか、とタクミは思う。しかし、なんだか久しぶりに飲んだせいか、急に酔いが回ってきているように感じるタクミ。少しぼーっとしながらも、酒を飲み進めていく。と、上から、はらり、と桜の花びらが一枚落ちてきて、真ん中の盃の酒に落ちた。

「これは、縁起がいいですね。桜酒、ですか」

 酔いが回ってきたタクミをよそに、それをしっかりと見ていた四人は、オオクロ、ムクロ、スガイ、スマホの順番に盃を回して飲んでいく。タクミは、急に現れた四人目に驚き、語りかける。

「おろ、そこにいるのは誰だ。スマホかな、でもお前どうやって飲んだんだよ。手と口でも生えたのか」

 ほぼ視界がぼやけているタクミには、スマホが可憐なメイドのような姿に見えていた。声までするような気がしている。

「さ、次はタクミさまの順番です。お飲みください」

「もう飲めないよぉ」

「飲んでください。お願いします」

「分かったよ、しょうららいなぁ」

 そしてタクミが最後にごくごくと飲み干す。そのまま後ろに倒れそうになるタクミを、誰かが、支える。その腕は華奢で、メイド服を着た、女性のようであった。年齢はまだ若そうだ。タクミは寝てしまったようだ。

「タクミさま、寝てしまいましたね。可愛い寝顔です」

 つんつん、と、女性がタクミの顔をつつく。

「無理もないな。たっくん、私たちと接して相当体力使ってるだろうし」

 その奥には、顔立ちは整っているが、どこか男気を感じさせるショートヘアの女性が座っていた。

「ねぇ、お母さん。お父さんとゲームできるのってあと何か月くらいかな」

 その左隣には七歳くらいの男の子が座り、ショートヘアの女性に話しかけている。女性が答える。

「この桜が散るまでだから……あと二か月くらいか。長いからなこの桜は。普通は十日くらいで散っちゃうのもあるぞ」

「よかったっ、まだまだゲームできるね」

 男の子の側にはダックスと見られる犬がいて、大人しく胴体をシートにつけている。メイドの姿をした女性が話し始める。

「まだやることはあります。タクミさまがここに来られた理由、そして、最終的には」

 男らしいショートヘアの女性が、言う。

「ちゃんと帰ってもらわないとな」

 メイド姿の女性が頷く。

「えぇ」

 タクミは、すやすやと寝るばかりであった。


        5


「タクミさま。タクミさま」

「う、うーん、なんだ」

 またもや寝ぼけ眼のタクミがぼやけた頭で起きる。だが、今日はいつもと様子が違う気がした。若い女性の声がするのだ。ベッドで頭を右に向ける。すると。

「うおっ、だ、だれだ……んん……」

 メイド服を着た綺麗な女性がベッドのすぐそばに椅子を寄せ、座っている。しかし、妙に見覚えがある。タクミは半身を起こし、確認する。

「メイド……いや、その声、その顔、もしかして」

「さて、わたしは誰でしょう。ふふふ」

「その笑い方。冗談。お前は……スマホ……いや、リコ」

「正解です」

「リコっ、おまえっ、なんでっ、でも……ええっ、じゃあ最初からずっと」

「えぇ、タクミさまのサポートをさせていただいておりました」

「でもなんでそんな敬語なんだよ、いや、それ以前に、この場所は……家族に会えるとは聞いてたが……」

「私はここでは裏方で、メイドですので。敬語にすると決めたんです」

「よくわからないが……あぁっ、頭が混乱するっ、でも、会えてうれしいよリコっ」

 そういってタクミはリコに抱きつく。リコは恥ずかしそうにしながらも、タクミを諭す。

「だめですよ、タクミさま。私なんかより、ご家族のほうを優先されないと」

 タクミは抱きつくのをやめ、リコと呼ばれた女性の両手をしっかり握る。

「俺の家族がいるのかっ、というか、お前だって俺にとっては家族なんだからな」

「恐れ多いです。ありがとうございます」

「ずっと病気がちだったお前が、こんなに元気になって。あの世では苦しまずに済んだんだな」

「はい。おかげさまで」

「お前にはずっと助けられっぱなしだよ。ここでも、お前がいなかったらどうにもならなかった。ありがとうな」

「タクミさまのお力になれてなによりです」

「やっぱりその敬語、どうも慣れないよな……」

「この間までは疑問を感じられていなかったではありませんか」

「そりゃあ、よくしゃべるスマホとは思ってたが、まさかリコだなんて夢にも思わなかったからな」

「想像力の欠如ですね」

「その憎まれ口も変わらないな」

「はい」

「ははは」

「ふふふ」

 やけに仲の良い二人である。そこに、コンッコンッコンッと、三回ノックが響き、少し男勝りな声の女性がドア越しに語りかけてくる。

「おーい、邪魔するぞ。入っていいか」

「はい、ユリさま」

「ユリっ、なのかっ」

 ノブを回し、音のない扉を開けてユリと言われた女性が入ってくる。その後ろには、小学生くらいの男の子と、ダックス犬の姿もある。

「よっ、たっくん……久しぶり」

「み、みんな……あぁっ」

 タクミはベッドから降り、膝をつけてダックスと男の子を迎える。そこに、ユリがまた膝をついてタクミに抱きつき、家族四人の構図が出来上がる。

「みんな、会いたかったっ……会いたかった……こんなところにいたのか……もう、二度と見ることも、叶わないかと……」

 タクミは泣いている。ダックスは顔を舐め、男の子も泣き、ユリも涙をにじませている。

「ごめんな、たっくん。私たちが、わがまま言わずにたっくんについて行ってれば」

「そんなことはないよっ、ゆーちゃん。俺が……俺は、ずっとお前たちを守ってやれなかったことを後悔してたんだ。できることなら、俺は……」

「その先は言うなよ、たっくん。私たちは、たっくんが生きてるだけで幸せなんだ」

「本当……か……」

「もちろんだ」

「でも……そういえば、なんだか成長した気がするな、ソウスケは。気のせいかな」

 ソウスケと呼ばれた男の子は、泣きながら話す。

「僕、ゲームずっとやってたよっ、うまくなったよっ」

「そうだな、うまくなったな。お前は、ほんとに、頑張り屋さんだ」

「うんっ」

「リンタは、相変わらずだな、元気してたかぁ」

 リンタと呼ばれた犬は鼻をヒーヒーと鳴らし、甘えた音を出している。

 タクミたちは、久々の再会を心ゆくまで楽しんだ。頃合いを見て、リコが声を出す。

「……さ、タクミさま。それにみなさまも。この館の案内をしたいので、ついてきてください」

「ん、館はもう充分知ってるが」

「館の姿が変わったのです。変わった部分をお知らせしたいので、よろしくお願いします。これにはタクミさまの目から見て変化したものもあると思われます」

 館の姿が変わる。タクミの目から見て。不思議な言葉を聞いたものだった。だが、タクミはここまでいろいろなものを見てきていたので、さほど不思議な感じは受けなかった。大人しくリコについていく。まずは庭園からのようだ。庭園に着くと、輝く桜が花びらを散らしているのが見えた。

「ご覧のように、桜が散り始めました。タクミさま以外の方はご存じのように、これは残り時間を表すものでもあります。この桜が散るまでに、存分に再会をお楽しみください」

「桜が散るまでが残り時間って、なんだそれは。誰が決めたんだ」

「……神様ですよ」

「かみ、さま……」

 普段ならツッコミでも入れようかと思うタクミだったが、リコの神妙な面持ちにそんな気分になれないでいた。

「さぁ、次はキッチンとトイレです。館に戻りましょう」

「あ、あぁ」

 館に戻り、正面の廊下を進む。いつものダイニングホールを右に迂回し、絵の飾ってある壁の前を通る。そこでソウスケが言う。

「ねぇ、お父さん、ここに飾ってある絵、僕とリンタが描いたんだよ」

「そうだったのかっ、どうりでなんだか見覚えがあるような気がしたんだ……リンタも描いたのか」

「うん、この絵、よく見てみて」

「ん」

 タクミが壁に飾られている絵の一つをよく見てみると、ところどころに見覚えのある形があった。これは、犬の肉球の形か。なるほど、と思う。

「肉球のスタンプか、よく考えたな」

「すごいでしょうっ」

 ありがちな発想ではあるかも知れないが、タクミは我が子の嬉しそうな姿に、自然と笑みがこぼれるのであった。そして、廊下が一本に戻る角に着くと、リコが言う。

「ここがキッチンです。奥には食糧倉庫もあります。この反対側の角は男女共用のトイレになっています。洋式温水洗浄機つきですので、ご安心を」

 そこでユリが口を開く。

「このキッチン、よく使わせてもらってたぜ……というか、たっくんの料理は全部私が作ってたからな」

「そっ、そうなのかっ、なんで教えてくれなかったんだ、リコ」

 リコが答える。

「言う必要がないからです。そもそも十年も共に暮らしていたのなら、奥さまの料理の味くらい覚えているものではないのですか」

「ぐっ」

 タクミは痛いところを突かれ、完全に意気消沈してしまった。ユリがなぐさめる。

「まぁまぁ、私は、たっくんに食べてもらえるだけでも嬉しかったなぁ」

「ユリ……」

 リコがタクミに嫌味を言う。

「あら、ユリさまに助けられたようですね」

「うるさいぞ、こいつ」

 タクミはリコに手を伸ばすが、ひらりとかわされてしまう。リコはそのまま説明に入る。

「さて、最後は大浴場をご案内します」

「くそ……」

 あいかわらず手玉に取られている感満載だが、仕方なく従うことにした。大浴場がどこにあるのかも興味があったからだ。リコは玄関ホールまで戻り、エレベーターの扉の左隣にある空間を指し示す。

「こちらを進んだ先に大浴場があります」

「そう、一階の右側のスペースがどうなってるのか不思議だったんだよな。こんな通路なかった気がするが」

「いえ、元からありました。先ほどのキッチンにしても、大浴場にしても、タクミさまの目には映らなかっただけ、もっと言ってしまえば、見る気がなかった、ということだと思います」

「そ、そんなもんか。全く気付かなかったけどな……」

「そうですか」

 ユリが口を開く。

「まぁ、ここ自体が特別な空間でもあるし、そういうことくらいはあっても不思議じゃないな」

 タクミが納得したような、そうでないような返事をする。

「そうか……」

 リコが口を開ける。

「では、案内は以上になります。時間は限られています。ご家族ともども、団欒を心ゆくまでお楽しみください」

 タクミがリコに不満そうに話しかける。

「リコ、お前もだぞ」

 リコは少し考えた後、にこりと笑って言う。

「私は……そうですね、たまにはお邪魔させていただきます」


 それから、タクミと家族たちは目一杯、再会を楽しみ、喜び、分かち合った。朝はリンタを連れて砂浜へ、それが終わればユリの作る朝食をしっかりと食べ、朝から昼にかけてみんなでゲームをしたり、のんびりしたり。昼ご飯を食べてまた遊び、夕飯を食べて大浴場に出向き、風呂の後はまた遊び、寝る。基本的にはタクミたち家族が一緒に行動していたが、たまにリコも加わることがあった。そういう時は、タクミも喜びをいっぱいにして迎えるのであった。再会してからの一か月など、あっという間に過ぎ去るものであった。二か月がそろそろ過ぎようかという日の夜、みんなが寝付いたあと、タクミだけがなぜか寝付けず、ゲームルームにふらっと寄った。奥を見ると、シューティングゲームのコントローラーを握り、筐体でゲームを遊ぶリコの姿があった。近寄って話しかけるタクミ。

「よっ、精が出ますな。けっこうゲームにハマってるみたいだな」

「えぇっ、意外とやってみたら面白くてっ、つい夢中になってしまいますっ」

 リコは夢中になってシューティングゲームをしている。だが、不慣れなせいもあって、すぐにゲームオーバーになってしまう。

「はぁ……駄目ですね、私は」

「そんなことはない。本当に上手くなったよ」

「そう、ですか」

「あぁ」

「ありがとうございます」

「なぁ、手伝ってやろうか」

「え、いいんですか」

「いいとも」

「助かります」

 タクミはゲームの二人目となって参加する。やはり、慣れているだけあって上手い。

「上手いですね、タクミさま」

「あたりまえよ、何年やってきたと思ってる」

「回復アイテム、ありがとうございます」

「どうぞどうぞ」

「あっ、ボスですよっ、気を付けてください」

「どんとこい」

 そうして、ついに最終ボスまでたどり着いた。

「たぶんこいつがラスボスだ」

「みたいですね、気を引き締めてかかりましょう」

 リコが撃ち、タクミがそれをサポートする。リコの体力が減ってきたときは、タクミが温存していた回復アイテムを分け与える。そうして、ついに。

「やったっ、倒せましたよっ、タクミさまっ」

「よし、クリアだ」

「……私、初めてゲームをクリアできました。それもこれも、タクミさまのおかげです」

「いいんだよ。それに、これはお前の力だ。お前の実力だ」

「……ありがとう、ございます……こうやって、タクミさまと遊べて、本望です」

 タクミは消え入りそうなリコの様子に驚き、言う。

「何言ってるんだ、まだ時間はあるだろ。そんな今すぐ消えそうなこと言って」

 リコは、涙を拭きつつ、タクミに事実を伝える。

「もう、ほとんど時間はありません。この二か月間、本当に、本当に幸せでした……今日は暗いので……明日、桜を見てみてください」

 また離れ離れになるのか。そんな考えが、タクミの頭をよぎるのであった。


            6


 タクミは、動揺を隠し切れないでいた。

「また……みんなと……別れないといけないのか……」

 ユリは「約束通り」というように頷いている。

「神様も律儀なもんだなぁ。時間的にはぴったりだ」

 そこには、もう桜の花をほとんど散らして、残り僅かになってしまった木があった。その木の下に、見上げる家族一同がいる。

 リコがタクミに、事実をあえて強調する。そして、リコとタクミの長い会話が始まる。

「ということで、タクミさま、そろそろ現実の世界にお帰りください」

「……俺は残るぞ」

「そうおっしゃると思ってました。では、私と少し、問答をいたしませんか」

「問答……」

「えぇ、簡単なことです。私の出す質問に答えていただければよいのです。もちろん、逆に質問していただいても構いません」

「……なんだか分からないが、やってみよう」

「まず最初に、タクミさまがご家族の方々に会った時、あなたにはどう見えていましたか」

「ん、オークとサイクロプスのオオクロがユリで、小さいスケルトンがソウスケ、スライムがリンタ、そしてスマホがリコ、だろ」

「そうですか……私には、まったくそのようには見えていませんでした」

「なにっ、えっ、でも……」

「私がご家族の容姿に言及したことがございましたか。そのようなことが起こると事前に聞いていたものですから、特に取り乱さなかっただけです。私の姿は見えていなくて、スマホの画面を通して伝わっていたように見えました」

「なんか混乱してきたぞ。じゃ、じゃあ、あんな怪物に見えていたのは俺だけで、リコたちは最初から普通の姿だったと。スマホも、俺がそう見えていただけだと」

「その通りです」

「うっ……」

 タクミは頭が痛くなってきた。

「んっ、でも、俺が驚くはずだとか、最初に名前を言ったりしたのはリコじゃなかったか」

「はい」

「それじゃ話のつじつまが合わないじゃないか」

「そうでもありません。私は『ご家族に会われたら驚く』という意味で言いました。名前の件は『適当に』思い付きで言っただけです。それに合わせて、タクミさまのご家族に対する印象も変わったのかもしれません」

「なんだと……たしかに、名前があるなら近寄れるかもと思ったのは俺だが……いや待てよ、なんで本名を教えなかったんだ」

「許可が出るまで本名を言ってはいけないというルールですので」

「本気かよ」

「本気です」

 タクミはますます混乱してきた。

「次に思い出していただきたいのは、一階のご家族様がいらっしゃった部屋の扉、あれが変だとおっしゃっていましたよね。なぜですか」

「それもか……金属の大きい扉で、取っ手も何もない作りだったからだな」

「そう、ですか。これが大事なのですが……その扉は、外開きでしたか、内開きでしたか」

「ムクロさん、いや、ソウスケが入るときに目の前を通ってたように見えたから外開きだな。それが重要なのか」

 リコとユリは顔を見合わせ、よかった、というようにため息をつく。リコが続ける。

「はい。桜の残り時間を決めたのは神様だと言いましたよね」

「確かそうだったな」

「その神様が、私たちにおっしゃられたのです。もしタクミさまが一階の部屋の扉を見て『近寄りがたい雰囲気を感じた』のであれば、まだ希望があると。そして、それが外開きであればなお良いと」

「希望とか、どういう意味なんだ、それは」

「この問答を進めていけば分かります」

 タクミは、長くなりそうな対話に、気を引き締めてかかるのであった。

「では三つめの質問です。なぜ、ユリさまはずっとあなたから逃げていたのでしょう」

「たしかに謎だったんだよな。ユリに聞けばいいんじゃないのか」

 ユリは首を振る。

「私は答えてやれない。これはたっくんとリコちゃんの問答だからな」

 タクミが諦め半分で言う。

「これもルールってやつなのか……」

 再びリコとタクミが話す。

「はい。どうお考えですか」

「うーん、これは難しいな。恥ずかしかったから、とか」

「いいえ」

「じゃあ、そういうルールだから、とか」

「惜しいですが、違います」

「なら……うぅん、分からん」

「当然です。これは知っていなければ答えられない質問ですから」

「なんだよ」

「答えは『近づきすぎるとタクミさまが消えてしまうから』です」

「……なんだ、それ」

「もともと、私たちはタクミさまと交流することが認められていません。なぜなら、人間の魂と死者の魂は相いれないものだからです。それが認められるのは、神様の許可が下りたのち、限られた時間のみです」

「待て、待て。ソウスケやリンタとは普通にくっついてたぞ。なんでユリだけが駄目なんだ」

「ユリさまとタクミさまはご結婚なされてましたよね」

「そうだが」

「絆が強すぎるからです」

「……もし、それが本当なんだとしたら……皮肉だな」

「結婚して長い間生活しているほどの両者の魂が近づきすぎると、死者のほうが生者のほうを引きずり込んでしまうのです。だから、タクミさまが消えてしまう」

「……分かったよ。だが、リコが最初に俺に会った時、『家族に会える』と言ったよな。今までの話を聞いてると、会えないこともあり得ると思うんだが」

「タクミさまを信じていたからです」

「そんなに簡単に信じられるものかよ」

「はい」

「リコ……」

 タクミは頭を抱える。

「じゃあ、あの花見っていうのは何の意味があったんだ」

「儀式です」

「儀式……」

「桜の花が全く散らないのにお気づきでしたか、それと、ずっと満開なのにも」

「あぁ、気づいてたよ。そんな世界なのかと思ってた」

「理由がちゃんとあります。あの花は、一種のエネルギーの塊です。普段は霊界や人間界からエネルギーを集め、それをため込んでいます。花全体が光った時が、エネルギーが満ちた証です。その時に、儀式を行い、エネルギーを使わせてもらうことによって、迷い込んだ生者と、死者の安全を守るという役目を果たしています。これまたお聞きしたいのですが」

「なんだ」

「ソウスケさまやリンタさまとお会いした後、やけに疲れたと思ったことはありませんでしたか」

「そういえば、あったな」

「あれも、タクミさまが死者との接触によってエネルギーを消費されている証拠です」

「なる、ほど……」

 もう訳が分からないタクミであった。しかし、聞きたいことはまだあった。勇気を振り絞って聞く。

「あとは……そうだ、リコ、お前、同じものを見ている雰囲気出してたこともあったよな、あれも全部演技なのか」

「ぜんぶが演技というわけではありません。本当に同じものを見ていた時もあります。ですが、タクミさま」

「なんだ」

「この館は極端な例ですが、自分の見ているものと他人の見ているもの、それが全く同じというのは、あり得ないことかもしれませんよ」

「どういう意味だ。人間の世界だったら、そこに物があれば、百人いて百人が『物がある』と言えるぞ」

「はぁ……タクミさま、本当に『見えていない』のですね」

「なんだと」

「分かりやすい例で言えば、視力が悪いかたがいた時。これは物理的に見えませんね」

「あ……」

「少しわかりにくくすれば、その物体に思い入れがあるとき。これは精神的に見え方が異なります」

「うーん……」

「もっともっと分かりにくい例でいえば、その物体が霊的な力を持っているとき。これは霊的に見え方が異なってきます」

「そんなことが……」

「タクミさま。この世界は、見る人によって、見方によって千変万化です。そんな世界で他人と関わったり、愛を育んだりするのは並大抵の努力では出来ません。それでも、タクミさまはその努力を惜しまなかった。こんな世界でも、私たちを愛してくれた。私たちがたとえ怪物であったとしても、それを受け入れてくれることを、証明してくれました」

 リコの言葉に、だんだんと力がこもる。そして続ける。

「あなたが、ご自身の人生に絶望していようとも、生きる力を失っていようとも、私たちがあなたの傍にずっといることを忘れないでください。あなたが何をしていようとも、私たちはあなたを見つめ、それを受け入れていることを忘れないでください……私たちは、あなたと共にあります」

 その並々ならぬ気迫に、タクミはさらに混乱する。

「いやっ、リコ……俺は別に、人生に絶望してなんか——」

「この先は、ユリさまに譲ります。ユリさまなら、思い出させてくださるはずです」

 リコが下がる。そして、ユリが話しかけてくる。

「なぁ、たっくん。私も、聞きたいことがあるんだよ。たっくん、どうやってここに来たのか覚えてるか」

「えっ……ええと……」

 タクミの記憶があいまいだった。

「私たちのこと、重荷になっちゃってたよな……ごめんな」

「うっ」

 急にタクミは頭痛がしていた。

「私たちの遺体すら見つからなくて、ずっと探してくれてたんだよな……でも、周りは諦めろって言うし、諦めきれるわけもなくて、ずっと、ずっと……だから、病気にもなっちまったし、苦しいからあんなことに」

「ううっ」

 タクミの頭痛がひどくなっていく。

「でもさ、私たちが結婚した時、自分を傷つけるようなことはしないって約束したよな。それはさ……私が死んでも、守ってほしかったな」

「あぁあっ」

 急激なフラッシュバックと共に、頭痛が頂点を迎える。タクミはどうしようもない感情に、叫び声をあげていた。その後、どっとした疲れと共に膝をついたタクミが、息も絶え絶えに語る。

「そうか……俺……自殺、しようとしたのか」

 ここに来る直前、タクミは、うつの症状に苦しみ、また、十年間ずっと行方不明だったユリたちを悲しみ、自分の人生を嘆き、ODによる自殺を図ったのだった。

「はは……は……俺……お前たちに……なんて謝罪すれば……いいのか……」

「謝罪なんていらないよ。私たちは、たっくんに、幸せになってほしいだけだ」

「それだけで……いいのかよ……」

「いいんだよ……それに、ここでこうして会わせてもらえたじゃないか。たっくんがずっと頑張って生きてたおかげだよ。神様だって、たっくんだから許してくれたんじゃないかな……ねぇ、たっくん。私たち、愛してるよ、あなたのこと。ソウスケだって、リンタだって。もちろんリコちゃんだって。だから、生きて。私たちの分まで精一杯生きて、胸を張って死んでやろうよ。神様が感心するくらいにさ」

 ソウスケがタクミに語りかける。

「お父さん、僕たち、もう大丈夫だよ。もう寂しくないよ。だから、お父さんも寂しがらないで」

 リンタが、崩れ落ちて泣いているタクミの顔を舐める。

 もう、何も言うまい。そう決めた、タクミであった。
















         7


 別れの日は、やってくるものだった。

 ユリが朝の挨拶をする。

「たっくん、おはよう」

 それに続き、ソウスケも。

「おはよう、お父さんっ」

 リコも、いつものように冷静に、でも優しく挨拶をする。

「おはようございます、タクミさま」

 タクミははっきりとした意識で、出迎える。

「どうした、みんなして寝顔を見に来たのか」

 リコとタクミが話し始める。

「タクミさまが泣いているんじゃないかと思って、見に来ました」

「そんなに男の泣き顔が見たいか、悪趣味だな」

「ご自分だって、『リコのメイド服、なかなか似合ってるな』とか、変態みたいなことをおっしゃってたじゃないですか」

「うるさい、いいじゃないか、似合ってるんだから」

「それほどでも」

「ほめて……るか」

 空気が一瞬変わり、そのおかしさに、場が和んでいく。

「はははっ」

 ユリが笑う。

「へへへ」

 ソウスケが笑う。

 珍しく、リンタが嬉しそうに吠える。

「ふふふ」

 リコが、涼やかに笑う。

「はは……」

 タクミが、少し悲しげに、笑う。

「さて、行くか」

 思い残しはないようだ。タクミが、さっとベッドから降りて部屋の扉に向かう。その前に、少し、後ろを振り向き、海の絶景を眺めておく。扉から出て、みんなでエレベーターに乗り、玄関を出る。そして桜を見る。もう、散りそうだ。家族は桜の手前の、みんなで花見をした場所で集まり、最後の挨拶を交わす。タクミは、もう会えないと悟りつつも、また会えると信じて言う。

「じゃ、またな」

「はい。お気をつけて」

 リコが爽やかな笑顔で言う。

「またな、たっくん」

 ユリが元気よく、言う。

「お父さん、またっ」

 ソウスケがはつらつと言う。

 リンタが邪気を払うように、ひと鳴きする。

 そこで、タクミはつかつかとリコに歩み寄り、そっと、優しく、抱きしめた。

「どうされましたか。また、帰るのが嫌になられたのですか」

「そうじゃない……いままでのこと、ぜんぶ、ありがとうな」

「いえ……私からも、ありがとうございます。大好きなタクミさまに会えて、ほんとうに、嬉しかったです」

「ばかやろうっ、泣かせるなよっ」

 ユリが近寄り、涙をこらえるタクミの頭に手を添え、そっと肩に寄せる。

「我慢しなくていいんだよ、たっくん。泣きたいときは泣けばいい。私たちに気を遣って幸せを我慢する必要なんてないんだよ」

 タクミがこらえきれずに涙を流し、ユリをしっかりと抱きしめる。

「うぅ……ゆーちゃん……」

 タクミの頭を撫でるユリ。おもむろにタクミの顔を両手で押さえて目をしっかりと見つめ、言う。

「それと、最後に質問があるんだ、いいかな」

「ん」

 タクミは意表を突かれて不思議そうな顔をする。ユリたち三人と一匹がなにか目くばせをして横に並ぶ。そして三人が息を合わせてタクミに質問を投げかける。

「「今日は、何の日でしょうか」」

 突然の問題に目をぱちくりさせるタクミ。

「何の日って……それ今じゃなきゃ駄目なのか」

 リコが大事そうに言う。

「大切なことですよタクミさま」

 ユリが叱るように言う。

「答えないとこのさきしんどいぞ」

 ソウスケが笑って言う。

「お父さんなら答えられるよねっ」

 リンタが鼻をヒーヒー鳴らしている。

 タクミは考え始める。今日はそもそも何月何日なんだろうか。待て。ここに来たとき、ちょうど一年間で帰る予定だった。そう聞かされたはずだ。

ならば、今日は……。

「四月一日」

 ユリとリコ、ソウスケが嬉しそうに顔を見合わせる。ユリが言う。

「もう少しだ、たっくん」

 タクミが、思い出したように言う。

「俺の、誕生日」

 ユリとリコとソウスケが、拍手をして言葉を発する。

「「おめでとう」」

 リンタが遠吠えし、三人の拍手がだんだんと揃い、ゆっくりになっていく。それは、バースデーソングの手拍子。それと同時に、タクミの耳にはどこからか家族のバースデーソングが聞こえ始めていた。

 リコと過ごした誕生日の歌。ユリと過ごした誕生日の歌。ユリやソウスケやリンタと過ごした誕生日の歌。それらが重なりながら、次々と聞こえてくる。

 誕生日の幸せな思い出が、記憶が、蘇って閃光となり迸る。そして、遡るうちにタクミの両親と過ごした誕生日の思い出も蘇る。そこでタクミは、言いようのない悲しみにとらわれる。

 タクミは帰る決意をしていた。聞こえ続けるバースデーソングの歌と共に、最後の感謝の言葉を言う。

「みんな、ありがとう……俺、一生懸命生きるよ」


「タクミ、大丈夫か」

 タクミが目をゆっくり開けると、目の前には父親がいた。その表情は、怒りでも悲しみでもなかった。

「いま母さんも呼んでくる。ちょっと待ってろ」

 少しして、母の姿も見えた。

「タクミ、よかった」

 タクミは重い頭で、自分が体験したことを反芻するように、忘れないように、話し出す。

「……なぁ……父さん、母さん……俺、夢の中でユリたちに会ったよ……幸せだった……でも、やっぱり、夢でもずっと一緒にはいられないんだな」

 両親は驚いた様子で軽く顔を見合わせる。父親はタクミを責めるでもなく、悲しそうに話しかける。

「まず、タクミ、良かったよ。お前、一年も意識不明だったんだぞ」

「一年……か……ちょうどだな……律儀なもんだ」

 父親はタクミの言葉に驚きを見せたが、少しして話す。

「律儀なんてもんじゃない。お前が自殺しかけた日のちょうど一年後が今日なんだぞ」

 タクミはそんなこと、とでもいうように顔を振る。

「それが奇跡なら……もっと早く起きてほしかったよ……リコが死ぬ前でもいい。ユリたちが死ぬ前でもいい……なんで俺の人生は……」

 その言葉を聞いて、父親はつい口を開いてしまう。

「なぁ、もう、自分を許してやれよ、タクミ。お前のせいじゃないんだ、あの大震災は。お前の誕生日の四月一日が、震災の日になって、お前はずっと歳を取るごとに苦しんでたんだろう。ユリちゃんたちも、ずっと行方不明者のままで、お前のつらさは私たちには到底理解できんよ」

 そこで、黙っていた母親も話し出す。

「タクミ。あなたが病院に運び込まれてしばらくしてから、もう先生に意識は戻らないかもしれないって言われたのよ。それでも、こうして戻ってきた……ユリちゃんたちに会ったんでしょ、夢の中で。先生が言ってたわ。『天国と地獄が同時にやってきたようですね』って」

 タクミは目を丸くする。

「え……」

「地獄は、こういう場合、たいていはすぐに意識を取り戻すのに、一年間も意識を取り戻さなかったこと。天国は、臓器とか脳とかに後遺症がまったく残らなかったこと……ですって」

 父親が神妙な面持ちで話す。

「私はな、お前が夢でユリちゃんに会ったと聞いて、はっとしたよ。ユリちゃんが、お前を守ってくれたんじゃないかってな」

 タクミは、疑問に思ったことを口に出す。

「でも……父さん、俺、さっき言ったばかりで、自分でも、本当にあったことなのか分からないのに、どうして……」

 父親は申し訳なさそうな、ばつの悪そうな、それでも自分の行いを恥じてはいない様子で、話す。

「私たちがな、ユリちゃんにお願いしたんだ。『どうかタクミを守ってやってください。連れて行かないでください。そっちに行こうとしてたら、追い返してやってください』とな」

 母親も、申し訳なさそうに話す。

「リコちゃんのお墓にも、行ってきたのよ。本当はいけないけれど、お願いしてしまってね。『あなたとタクミの結婚を許可できなくてごめんなさい。恥を忍んでお願いします。いま、タクミがそちらに向かっています。顔を見たら、叱って追い返してください』って……本当に、恥知らずよね、私たち」

 タクミは、一人納得したような顔で、ゆっくりと両親を慰める。

「いいんだ……俺が悪いんだから……父さん母さんは悪く思わなくていい」

 そして、涙をにじませながら、出来事を思い出すように呟く。

「……そう、か……守って、くれてたのか……」

 ぽろぽろと、タクミの涙がこぼれる。

「ユリだけじゃない……ソウスケも、リンタも……リコだって、みんな、みんな」

 タクミは泣いている顔を隠すようにして、手をかぶせる。点滴のチューブが引っ張られる。

「馬鹿だよな、俺は……自分が守れると思ってたのに、逆に守ってもらうなんてな……」

 両親は、何も言わずにタクミが落ち着くまで、静かに、寄り添っていたのであった。


 四年後。四十五歳となったタクミは、前を向いて人生を歩いていた。再就職し、充実した毎日を送っている。担当していた医者はタクミの変わりように驚いた。自殺未遂の前後で病状の変化が著しく、それは確実に良い方向へと動いていたからだ。そして、なによりも本人の生きる気力が強く回復していることに驚いていた。

「世の中には不思議なこともある」

 そう、医者が呟いていたのを看護師は聞いたという。

 タクミはといえば、健康そのもので、明るくなり、休日に趣味のゲームをしこたましているらしい。

 タクミのプレイヤーとしての特徴は、粘り強さだ。とにかく諦めず、何度も何度もやり直してクリアする。それは、タクミの人生そのものであった。

 諦めるかと問われたらいいえを選択し、リトライするかと問われたらはいを選択する。そうやって少しずつ少しずつ、進んでいく。

 ふと、タクミがゲームをプレイする手を止め、時間を確認する。

「そろそろやめるか」

 そう言って、部屋の遺影立てのほうに向かう。三人と一匹の遺影の前で手を合わせ、目を閉じる。

 そのまま黙祷していたが、タクミが、ふっと笑顔になり、言葉を発する。

「みんな、ありがとうな」

 何かが聞こえていたのか。いや、聞こえていたに違いない。なぜなら、今日は、四月一日。タクミの、誕生日なのだから。

                               おしまい。

だいぶ前に完成してから、かなり加筆修正しました。

個人的にかなり好きな物語です。

タクミとリコという名前が同じなのがほほえましいですね。

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