第三話 回収対象、指定済み
【回収手順】回収命令が出た場合、対象物の返納が最優先となる。
対象を所持する者は事情の如何にかかわらず「回収対象」に含まれる。
抵抗や交戦は推奨されない。優先すべきは所在を悟らせず、速やかに離脱すること。
「注意:外部接近を検知」
ガイが顔を引きつらせる。
「なあルカ……」
「喋るな、まずは状況確認だ」
ルカは手を止め、耳だけを立てる。
工房の匂いに、湿った外気が混じった気がした。
こんこんと扉が叩かれる。控えめで、急がない音だ。
すぐに外から声が落ちる。
「ルカ、起きてるか」
ルカは息を殺し、鍵を外した。
扉を開けると冷たい夜気が流れ込み、雨の匂いが鼻をかすめる。
濡れた外套の男が立っていた。師匠だ。
師匠は中へ入るなり工房を見回し、作業台で視線を止めた。
布の上に横たわる剣、根元の溝に残る拭い跡。
師匠は短く言う。
「……持ってきたのか」
ガイが反射で胸を張る。
「俺が――」
「静かにしろ」
低い声だった。怒ってはいないのに、空気だけが締まる。
ガイは言葉を飲み込み、肩が少し下がった。
ルカが答える。
「北森遺跡で見つけた、抜いたのはガイだ」
師匠は頷き、鞄から薄い手袋を出して指に通した。
布を少しだけずらす。刃面は見ない。柄尻の刻みと溝だけ拾う。
指先が迷いなく溝の縁をなぞった。
剣が淡々と鳴る。
「推奨対応:整備。必要資材:認証鍵」
師匠の指が止まる。
「……鍵か」
ルカが頷く。
「台座に差し込み口があったけど、空だった」
師匠は声を落としたまま短く言う。
「……そうか」
ガイが目を丸くする。
「師匠、知ってんのか」
師匠は一拍置いた。答えを削る間だった。
「……触ったことはある」
それ以上は言わない。言いかけて、飲み込んだ。
手袋の指先を拭う仕草だけが妙に慣れている。
ルカが聞く。
「どこまで」
師匠は視線を上げない。
「今は聞くな、必要なのは逃げ方だ」
ガイが焦れた声を抑える。
「逃げるって、何からだよ」
師匠は布を戻し、懐から折り畳んだ紙を一枚出して作業台に置いた。
端は濡れていて、糊の匂いが残っている。赤い印が押してあった。
『回収対象 若年の男 二名
剣状遺物を所持
発見次第 拘束・確保』
ガイの喉が鳴る。
「……二名って」
「お前らだ」
師匠は淡々と言った。
「神殿の印だ、あいつらは祈って終わりじゃない。札を立てる、紙を回す、門を締める、町の手足を動かす」
ルカが低く言う。
「もう貼られてるのか」
「あぁ、だから来た」
師匠は裏口の方へ顎をしゃくる。
「今すぐ出ろ、表は使うな。門を越えるなら荷に紛れろ」
「師匠は」
「俺はここに残る」
短い返事だった、迷いがない。
「来られても知らないで通す、お前らは動け」
礼を言えば足が止まる、ルカは頷くだけで剣を抱えた。
ガイも何か言いかけ、結局黙った。
裏口を抜ける。路地に出る。
町は静かじゃない、静かにさせられている。
市場裏まで回ると、荷車のそばで男が悪態をついていた。
車輪が斜めに噛んで、動かすたびに木が鳴る。
男がルカの工具袋に気づき、声を落とす。
「おい、修理屋。頼む。門が詰まってるのに動かねえ」
ルカは一瞬迷い、しゃがんだ。善意じゃない、手段だ。
「どこが噛んだ」
「車輪だ、引くと止まる」
ルカは車輪の根元を指で触った。
車輪が少し傾いていて、回すと木がぎいと擦れる。
「楔が浮いてる」
ルカはピックの腹で楔を押し込み、手のひらで二度叩いた。
すとんと音が変わる、車輪の傾きが戻った。
ルカが車輪を回す。さっきの引っかかりが消えて、すっと回った。
男が息を吐く。
「……助かった」
ルカは手を拭きながら言う。
「荷台を少し貸せ」
男の目が細くなる。布の形と剣の長さを見る。
「面倒を抱えてる顔だな」
「門を越えたら降りる、荷は傷つけない」
男は少し黙り、息を吐いた。
「今夜だけだ、音は出すなよ」
「分かった」
荷台に布がかかる。
ルカとガイはその下へ潜る。剣は真ん中、ルカが抱えたまま。
門前で荷車が止まった。
「荷を見せろ」
衛兵の声が近い。布が揺れ、ルカの背が冷える。
男が先に言った。
「布と麦袋だ。今夜は詰まってる。さっさと通せ」
沈黙が一拍。
やがて衛兵が吐き捨てる。
「……通れ」
荷車が動く。石畳が遠ざかり、土の道に変わる。
門を越えた。
布の下で、ガイがやっと息を吐く。
「……出た」
ルカはまだ吐けない。吐くと師匠の背中が浮かぶ。
剣は静かなまま重い。
しばらく進んだところで荷車が減速した。
男が小さく言う。
「ここだ、降りろ」
二人が荷台から降りる気配に、男は前だけ見たまま続ける。
「夜明け前に隠れろ、紙が出てる。朝になりゃ見張りが増える」
ルカは短く頷いた。
二人は暗い畑道へ入る。荷車は遠ざかる。
町の灯りが背中で小さくなる。風の音だけが増える。
――門から少し離れた道の脇。
草に半分隠れた杭に、赤い印の紙が一枚、雑に結ばれていた。
誰かがそれを引き寄せ、指で「若年の男 二名」をなぞる。
紙はまだ湿っている。貼ったばかりの匂いがした。
フードの影で、誰かが小さく笑う。
「……見つけた」
ダリオ・グレイヴ
性別:男性
年齢:38
身長:178cm
体重:82kg
職業:整備士(遺物対応経験者/ルカの師匠)
好きなこと:工具の手入れ、静かな工房、手順が守られる瞬間




