第二話 禁足地、侵入につき
【注意】禁足地で見つかった武具は、「抜く」で終わらない。
反応が返っても、起動は保証されない。
異常が疑われる場合、原因は「故障」とは限らない。
条件が揃っていないだけの可能性がある。
無理に起こそうとせず、現場では状況の確認と離脱を優先すること。
禁足札は、薄い板きれのくせに人を遠ざける力だけは強い。
ルカがそれを見たのは、町の掲示板の前だった。
金属の気配がしない場所は落ち着かない。人の匂いはもっと落ち着かない。なのに、その日だけは目が離れなかった。
札には、太い字でこうある。
『北森遺跡 禁足地
立入禁止
違反者は拘束・罰金
見回りの指示あり』
読み終える前に、隣でガイが声を弾ませた。
「北森遺跡だってさ」
「……禁足って書いてあるだろ」
ルカが言うと、ガイは肩をすくめる。
「禁足は本物の証明だ。誰も近づけないってことは、何かあるってことだろ?」
「何かあるなら、なおさら近づくな」
「何かあるなら、なおさら近づく!」
同じ単語から正反対の結論を出せるのは、ある意味すごい。
ルカは札の端を指で押さえ、裏に貼られた小さな追記を見つけた。
誰かの走り書きだ。字は汚いが、情報は生々しい。
『禁足の前に見た。台座に剣。青く光る。
抜けそうだったが、衛兵が来た』
光る。音がする。
それだけで、胸の奥が微かにざわついた。
「なあルカ」
ガイが、やけに馴れ馴れしく距離を詰めてくる。
この距離感もガイの才能だ。初対面でも相棒扱いをする。
「お前、そういうの……得意だろ?」
「そういうのって何だよ」
「剣だよ。台座に刺さってて、光って。――ほら、伝説っぽいやつ」
ガイは“伝説”の一言で未来を組み立てる。
根拠の薄さを、勢いで塗りつぶせるのも才能だ。
「……まず本当に剣かも分からない」
「剣だって!」
「その自信はどこから来る」
「俺が勇者だから!」
ルカは息を吐いた。反論は簡単だが、無駄なのも分かる。ガイの“俺が勇者”は、止めても止まらない。
「……じゃあ、行くとして」
ルカが言いかけると、ガイの目が輝いた。
「行くんだな!」
「“行かない理由”を探してるだけだ」
「同じだ!」
同じじゃない。
ルカは工具袋の中身を頭の中で点検した。
ブラシ、布、ピック、細いワイヤ、結束帯、小瓶ひとつ。
現場でできるのは、せいぜい“運べる状態にする”までだ。森で長居する仕事じゃない。
「勝手に突っ込むなよ。見つかったらただじゃ済まない」
「任せろ。俺は慎重だ」
ガイは胸を張った。
慎重な人間は自分で“慎重”と言わない。
北森の入口には、簡素な柵と張り紙、それから槍を持った衛兵が二人いた。
禁足は飾りじゃないらしい。
ガイが一歩前に出る。
「大丈夫。俺に任せろ」
「任せたくない」
ガイは衛兵の前で、やけに爽やかに手を挙げた。
「やあ! 森の奥で変な音がしたって聞いて様子を見に来た!」
衛兵は眉を寄せた。
「戻れ、禁足地だ」
「ちょっと見るだけ――」
「いいから戻れ、これ以上は違反になる」
ルカが一歩前に出る。
「すみません。こいつ、先走って……。すぐ帰ります」
「子どもは帰れ」
子ども。
その言葉が、ルカの胸に小さく刺さる。十六は、そう見える。
ガイが噛みつく。
「子どもじゃない! 俺は勇者だ!」
衛兵は面倒そうにため息をつき、笛を指で弾いた。
「勇者なら、なおさら帰れ。禁足地だと言ったろ。上の確認が済むまで誰も入れん」
その瞬間、森の奥で、低い音がした。
木が折れるような、石が落ちるような、嫌な音。
衛兵の視線がそちらへ逸れる。反射で、身体が半歩だけ向く。
ガイが目を細めた。
「……今、じゃないよな?」
珍しく確認する声だった。
「今じゃない」
ルカは即答して、ガイの腕を掴んだ。
ここで走ったら終わる。追われる以前に、音で森ごと起こす。
二人は引き返した。
いったん町へ戻るふりをして、道を外れ、木陰に身を沈める。
時間をずらす。
見張りの癖を読む。
“慎重”を、いまだけ借りる。
交代の間。
衛兵の注意が張り紙と笛に向いた一瞬に、ガイが縄をほどいた。音は立てない。指先だけがやたら器用だ。
ルカはそれを見て、舌打ちを飲み込む。
こういう器用さだけは、腹が立つほど本物だ。
二人は柵を抜け、道を外れ、湿った獣道を選んだ。
追ってくる足音はない。森は、何事もなかったみたいに暗い。
そして、遺跡に着いた。
苔むした石柱、蔦の輪、獣道の先の小さな口。
大聖堂みたいな立派さはない。むしろ「ここに何かがあった」と言い張るには静かすぎる場所。
二人は息を整え、辺りを確かめてから、台座へ近づいた。
台座に刺さる剣。青い光。
ガイが抜く。抵抗はない。
そして――「整備不良です」
そこまでの出来事は、今もルカの耳に残っている。
あの声のクリアさと、無慈悲な内容。
(抜けるのに、起きない)
(鍵が要る、と言った)
(台座には“差し口”があって、そこは空だった)
禁足は、守るためだけじゃない。
触らせたくない理由がある。隠したいものがある。
……少なくとも、ルカにはそう見えた。
「で?」
工房の作業台の上で、ガイが腕を組む。
剣は布の上に横たわっている。
「いつになったら直るんだよ」
「直るかどうかも、まだだ。まず様子を見る」
ルカは小瓶の蓋を開け、布に落とした。刃の根元の溝――触れていい場所だけを拭う。
汚れは落ちる。けれど、それで“起きる”とは限らない。
剣が淡々と口を挟む。
「推奨対応:整備。必要資材:認証鍵」
「また鍵かよ!」
ガイが机を叩きかけて、やめた。
ルカの工房で机を叩くと、工具が落ちる。
「鍵ってどこにあるんだよ!」
「知らん」
ルカは即答した。知らないものは知らない。
「……ただ、こいつは“鍵がないと先へ進めない”って言ってる。そこだけは分かった」
ガイが唇を噛む。
「じゃあ、どうする」
ルカは布を替えながら、掲示板の裏の追記を思い出した。
あの汚い字。あの妙に具体的な一文。
「手がかりを拾う。まず、あの追記を書いたやつを探す。
台座を見たって言ってた……鍵に気づいていてもおかしくない」
ガイが一瞬、目を丸くする。勢いで突っ込む顔じゃない。
「……掲示板の字で、人って探せるのか?」
「探せるとは言ってない。やるだけだ」
剣は変わらず、淡々と鳴る。
「整備不良です」
ルカは返事をしない。手を動かす。
いま出来るのは、触れていい溝の汚れを落とすことくらいだ。
それでも、何もしないよりは落ち着く。
工房の外で、扉を叩く音がした。
こんこん、と控えめだが、間違いなく“訪問”の音。
ガイが固まる。
「……誰だよ、こんな時間に」
ルカは布を置き、音の方向を見る。
持ち出した事に気付かれたなら、もっと荒い。もっと早い。
だからこそ嫌な予感がする。静かな訪問は、だいたい面倒を連れてくる。
剣が、いつもの調子で言った。
「注意:外部接近を検知」
ガイが顔を引きつらせる。
「なあルカ……」
「喋るな。まずは状況確認だ」
ルカは作業用の手袋を外し、工具台の角に揃えて置いた。
足音を殺して扉へ向かう。さっきまで当たり前だった工房の匂いが、急に薄く感じた。
面倒は、いまからだ。
――そして、鍵探しも、たぶん同じ方向から始まる。
ガイ・ヴァルドー
性別:男性
年齢:16
身長:175cm
体重:81kg
職業:冒険者(自称勇者)
好きなこと:褒められること、伝説や英雄譚、派手な装備




