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第八話 シャドウヒーロー大作戦とカフェテリアの戦い

 その日の夜。アストレイア公爵家の豪奢な自室で、俺は義妹エリアーデと、ここ数日で何度目か分からない緊急作戦会議を開いていた。テーブルの上には、エリアーデが(どうやって持ち込んだのか)前世で使っていたと思しき、分厚い革張りのノートが広げられている。表紙には『光の聖女と七つの奇跡・完全攻略(前世・サキ私見)』と金文字(?)で書かれていた。


「いい?お兄。これが私たちの新しい教育方針、『人知れず国を救え!シャドウヒーロー大作戦』 の概要だよ」


 エリアーデは、完璧な公爵令嬢の顔から一転、前世のオタクサキの顔になり、興奮気味にノートのページをめくった。


「恋愛フラグが全部バグって『クズ』認定されてる今、お兄が学園内でどれだけ善行を積んでも、全部『裏がある』って誤解される。リリアン様には『私を庇うための自己犠牲』って誤解されて好感度が上がるし、ソフィア様と王太子ジークハルト には『ヒロインを利用する外道』って憎悪される。もう詰んでる」


「……お前のせいでもあるんだがな」


「だから、発想を転換するの!お兄は『表』の学園生活では、『婚約者を裏切った孤高のクズ(仮)』 を演じ続ける。クラスメイトからは無視され、ヒロインには冷たくし、婚約者からは憎まれ、王太子からは軽蔑される……完璧な『嫌われ役』だよ!」


「地獄か?」


「地獄だよ。でも、その『裏』で、ゲームの本筋シナリオに介入する!」

エリアーデが指差したのは、攻略ノートの『1年次・春:旧校舎ポルターガイスト事件』という項目だった。


「これだ。ゲームでは、来週あたりに旧校舎で原因不明のポルターガイスト現象が多発する。調査に向かったヒロイン(リリアン)と攻略対象(王太子たち)が閉じ込められ、そこでリリアンが聖女の力(浄化)の片鱗に目覚める、っていう重要イベント」


「……ああ、なんとなく覚えている」


「このポルターガイストの原因は、旧校舎の地下に溜まった『淀んだ魔力溜まり』。作戦は単純。この事件がおおやけになる前に、お兄が『シャドウヒーロー』として、夜中に旧校舎に忍び込み、この魔力溜まりを浄化・処理する!」


「俺が?」


「そう!お兄は悪役令息だけど、公爵家の英才教育のおかげで、魔力量も制御技術も王太子ジークハルト より上のはず。お兄ならできる!」


「……まあ、できなくはないだろうが」


「これを解決すれば、リリアンは聖女の力に目覚めない(=目立たない)、王太子

(ジークハルト)とのフラグも立たない、お兄の評価も(誰にも知られないから)上がらないし下がらない!完璧な『現状維持』だ!これぞスローライフへの第一歩!」


「……それがお前の『シャドウヒーロー』か。随分と地味なヒーローだな」


「いいの!ヒーローは目立ったら死ぬの!お兄は『クズ』の皮を被った影の功労者シャドウになるんだよ!」


 俺は深い溜息をついた。スローライフ(平穏)を求めていたはずが、いつの間にか「学園中の嫌われ者」を演じながら、「夜な夜な事件を秘密裏に解決する」という、前世の社畜時代よりハードな二重生活ダブルワークを強いられることになっていた。


________________________________________


 翌日の昼休み。俺とエリアーデは、いつもの東屋ではなく、学園のカフェテリアにいた。 理由は二つ。一つは、ソフィアが東屋にまで乗り込んできた ことで、あそこが安全地帯(?)ではなくなったこと。 そしてもう一つは……


「(小声)お兄、来たよ。ソフィア様、本当にやる気だ……」


 エリアーデが(紅茶を飲むフリをしながら)視線で促す。


 カフェテリアの入り口。ヒロインのリリアンが、Cクラスの友人(ゲームではモブだった女子生徒)と二人で、おずおずと入ってきた。その瞬間、カフェテリアの一角(Aクラスの生徒たちが陣取る、窓際の一等地)から、冷たい視線が突き刺さった。

ソフィア・フォン・ヴァレンシュタインと、その取り巻きの令嬢たちだった。


 リリアンは、俺たち(レオニールとエリアーデ)の噂のせいで、ここ数日肩身の狭い思いをしていた。だが、彼女は聖女ヒロインらしく、その友人のために「カフェテリアで一緒にランチを食べよう」と誘ったのだろう。


 リリアンがトレーを持って列に並び、席を探そうとした、その時。ソフィアの取り巻きの一人が、わざとらしく立ち上がり、リリアンの進路を塞いだ。


「あら、ごきげんよう。スチュアート様」


「こ、こんにちは……」


「Cクラスの、しかも平民のあなたが、Aクラスの生徒も利用するこのカフェテリアにいらっしゃるなんて。……随分と、厚かましいですのね?」


「え……?」


 カフェテリアが、一瞬で静まり返った。これぞ、乙女ゲームの王道。「悪役令嬢によるヒロインイジメ」の開幕だった。


「わたくしたち、高貴な者の食事の場に、あなたのようないかがわしいレオニールとののある方がいらっしゃると……空気が淀みますの」


「そ、そんな……! 学園の施設は、生徒なら誰でも使う権利が……!」


 リリアンが毅然と言い返そうとする。


「権利?平民が貴族と同等の権利を主張なさるの?さすがは『公爵家のクズ(レオニール様)』のお気に入りですこと」


「なっ……!」


 リリアンは顔を真っ赤にして俯くが、言い返せない。彼女が言い返せば、レオニールの立場がさらに悪くなると分かっているからだ。ソフィア本人は、窓の外を眺めながら紅茶を飲んでいる。まるで「わたくしは関係ありませんわ」とでも言うように。だが、その口元は愉悦に歪んでいた。


(……くそっ)


 俺は奥歯を噛み締めた。ソフィアが「教育」する とは聞いていたが、ここまで露骨なイジメとは。リリアンは何も悪くない。全ては、俺の朴念仁ムーブと、エリアーデの迷走作戦 が招いたことだ。


「(小声)お兄、どうする……?『孤高のクズ』は、ここで助けたらダメだよ。ソフィア様の思う壺だし、リリアン様の『悲劇のヒロイン』度が上がって、王太子ジークハルト の庇護欲を刺激する……」


「(小声)……分かってる」


 だが、目の前で(俺のせいで)イジメられている少女を見捨てるのは、前世の倫理観が許さなかった。 かといって、「やめろ!」と叫べば、リリアンが「レオニール様!」と感動し、ソフィアが「やはり庇うのね!」と激怒し、周囲が「クズがなんか言ってる」とドン引きする。詰みだ。


(どうする……?『シャドウヒーロー』は夜だけか?昼間は『クズ』のままか?)

俺が葛藤していると、エリアーデが(覚悟を決めた顔で)俺の足をテーブルの下で蹴った。 そして、口パクでこう言った。


『(ク・ズ・を・や・れ)』


(クズを!?)


 エリアーデは頷いた。


(リリアンを助けるな!ソフィアを止めろ!ただし『クズ』として!)

なるほど。そういうことか。 俺は意を決し、わざと食器をカチャンと音を立てて置き、席を立った。カフェテリア中の視線が俺に集まる。


 俺は、イジメられているリリアンには目もくれなかった。まっすぐに、カフェテリアの最奥、優雅に紅茶を飲むソフィアのテーブルへと向かった。


 取り巻きの令嬢たちが「な、なによ……」と怯む。 俺は彼女たちの前で足を止め、リリアン(ヒロイン)ではなく、ソフィア(婚約者)を冷たく見下ろした。


「ソフィア」


 ソフィアが(驚いた顔で)俺を見上げる。


「……何の御用ですの、レオニール様。わたくしは今、食事中ですが」


「うるさい」


「……は?」


 俺は、教室中に響き渡る声で、冷たく言い放った。


「婚約者である俺が、食事をしている。貴様ら(取り巻き)の甲高い声が、実に耳障りだ」


「なっ……!?」


 取り巻きたちが青ざめる。


「俺は、おソフィアに近づくなと王太子ジークハルト 殿下に言われた身だ。だが、お前が俺の食事の邪魔をするというなら、話は別だ。……さっさと静かにするか、ここから失せろ」


 カフェテリアが、今度こそ絶対零度の静寂に包まれた。


 俺がやったことはこうだ。


•リリアンを助けたのではない。

•自分の食事を「邪魔された」とキレた。

•ソフィア本人ではなく、取り巻きの「声がうるさい」とクレームをつけた。

•あくまで「婚約者ソフィアの監督不行き届き」を責めるという、クズ(というかパワハラ上司)ムーブ。


 これでどうだ!


 ソフィアは、怒りと屈辱で顔を真っ赤にし、ワナワナと震えていた。


「……あなた……!」


「行くわよ!」


 彼女は取り巻きを睨みつけると、トレーを乱暴に掴み、カフェテリアから出て行ってしまった。 イジメは中断された。


 俺は「チッ」と舌打ち(もちろん演技だ)をして、自分の席に戻った。エリアーデが(よくやった、お兄!)と目で賞賛を送ってくる。


 完璧な『孤高のクズ』ムーブだったはずだ。


 だが。


「……レオニール様」


  背後から、震える声が聞こえた。リリアン・スチュアートだった。彼女は、トレーを持ったまま、俺の背中に向かって……涙を浮かべ、感動に打ち震えていた。


「(え!?なんで!?)」


「……ありがとうございます……!」


「(なんで礼を言われる!?)」


「私を助けるために……!あんな、酷い『悪役』のフリまでして……! ソフィア様の怒りを、わざとご自分に向けるために……!」


(ピコピコピコーン♪♪)


(過去最大級のファンファーレが鳴り響いた!)


「(小声)お兄のバカァァァァァ!!」


 エリアーデがテーブルの下で俺の脛を(本気で)蹴った。痛い!


「(小声)『ヒロインを助けるために、婚約者にパワハラするクズ(でも本当は優しい!)』っていう、最悪の合わせ技フラグが立ったじゃない!もうダメだ!この子、お兄のこと好きすぎる!」


「……レオニール」


 地獄はまだ終わらなかった。カフェテリアの入り口に、王太子ジークハルト が立っていた。昼食に来たのだろう。


「……まだソフィアに絡むか、貴様」


 彼は、キレたフリをしたクズと、俺を見て感動で泣いているリリアン、そして今まさに逃げるように去っていったソフィアの姿を(一部始終ではないが)見て、完璧な誤解を成立させた。


「リリアン嬢の前で醜態を晒すな。見苦しいぞ」


 王太子は俺を心底軽蔑した目で睨むと、リリアンの元へ歩み寄り、「大丈夫か、スチュアート嬢。あんな奴(俺)のことは気にするな」と、優しく声をかけていた。


(……あ)


 俺とエリアーデの心の声がハモった。


((王太子ジークハルト が、リリアン(ヒロイン)を助けた(形になった)!!))


 俺が「クズ」ムーブでソフィアを追い払った結果、残されたリリアンを王太子が慰める、という、完璧な「ヒーローとヒロイン」の構図が完成してしまった。


 エリアーデが(興奮した顔で)フリップを掲げた。


『結果オーライ!!(泣)』


 俺は、自分が「道化ピエロ」になったことを悟り、味のしない紅茶を一気に飲み干した。


________________________________________


 その夜。俺は「孤高のクズ」の仮面を脱ぎ捨て、「シャドウヒーロー」として行動を開始した。 公爵家の従者たち(もちろん父には内密だ)の目を盗み、夜の闇に紛れて学園に侵入する。


(まったく、スローライフとは程遠い……)


 Cクラスの教室で黒い夜着に着替え(エリアーデ謹製。『シャドウヒーロー』は黒装束が基本!らしい)、旧校舎へと向かう。 月明かりだけが頼りの古い廊下は、不気味なほど静まり返っていた。


(エリアーデの攻略ノートによれば、魔力溜まりは地下の旧儀式室のはずだ……)


 俺が地下への階段を見つけ、足音を忍ばせて降りていくと、ひんやりとした空気の中に、淀んだ魔力の匂いを感じた。 間違いない。ここだ。

儀式室の扉をゆっくりと開ける。そこには、青白く光る魔力のもやが渦巻いていた。ポルターガイストの原因はこれだ。


(よし、一気に浄化……)


 俺が魔力を高めようとした、その瞬間。


「――そこにいるのは、誰ですの」


 冷たく、凛とした声。魔力溜まりの向こう側、物陰から、一人の生徒が姿を現した。

月明かりに照らされた、燃えるような赤いロングストレート。


「ソフィア……!?」


「……レオニール。あなたも、この魔力の淀みを嗅ぎつけてきましたのね」


 最悪のタイミングで、最も会いたくない人物。 しかも彼女は、俺が「シャドウヒーロー(仮)」として暗躍している現場を、目撃してしまった。



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