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第二話 鉄壁の義妹と朴念仁矯正計画

 Cクラスでの授業は、ある意味で地獄だった。公爵令息としての英才教育を受けてきた俺にとって、古代語の基礎文法や初級魔術理論などは、正直あくびが出るレベルだ。


 問題は授業内容ではなく俺の「隣の席」である。なぜか入学初日から、ヒロインであるリリアン・スチュアートが、俺の隣の席を(他の女子生徒たちの牽制を振り切って)確保していた。


「あの、レオニール様!」


 ほら来た。休み時間になるたびに、彼女は(なぜか)キラキラした目で俺に話しかけてくる。


「さっきの魔術史の講義、すごく分かりやすかったです!先生の説明では理解できなかった『マナ循環の第一次変革期』について、もしよかったら放課後、図書館で少し教えていただけませんか?」


「あ、いや、俺は……」


(どうする!?断れば冷たい態度=悪役フラグ!受ければ親密=恋愛フラグ!)

ゲームのレオニールなら「平民風情が私に教えを乞うとは、身の程を知れ」と一蹴する場面だ。だがそれをやれば、義妹サキの「教育(物理)」が待っている。かといって、ホイホイOKすれば、それはもう乙女ゲームの攻略対象ムーブそのものだ。


 俺が究極の二択に固まっていると、俺の前の席(いつの間にか移動していた)のエリアーデが、クルリとこちらを振り返った。長い栗色のサイドテールがふわりと揺れる。


「ごめんなさい、リリアン様。本日はわたくしが兄の時間を予約しておりますの。公爵家として、新入生代表の挨拶(※王太子がやるはずだった)の準備を手伝わなくてはなりませんのよ」


 完璧な淑女スマイル。そして完璧な(嘘の)口実。


「そ、そうだったんですね!さすがレオニール様……!残念です……。じゃあ、また今度……」


「ええ、また『今度』」


 リリアンがしょんぼりと席に戻っていく。エリアーデが俺に向き直り、ニッコリと笑った(目は据わっている)。


「(小声)お兄。昨日あれほど言ったよね?『ヒロインとは半径5メートル以上離れろ』って。なんで授業中消しゴム貸したりしてるの?しかも『陽キャ挨拶』のせいで距離感ゼロじゃない!」


「(小声)不可抗力だ!落としたから拾って渡しただけだろ!」


「(小声)あの子、絶対お兄のこと『面白い(=好き)』って勘違いしてるよ!あの

『陽キャ挨拶』が全部悪いの!今夜、笑顔の練習追加ね」


「(小声)まだやるのかよ!?」


________________________________________


 昼休み。俺とエリアーデはこれ以上のフラグ建築を避けるため、Aクラスの生徒(王太子やソフィア)と鉢合わせる可能性のある学園のカフェテリアではなく、Cクラス校舎裏の人目につかない中庭の東屋で昼食をとっていた。侍女が用意した豪華なバスケットを広げながら、緊急作戦会議だ。


「……さて、反省会をします」


 エリアーデがエビとアボカドのサンドイッチを片手に、真剣な顔で切り出した。


「まず、昨日の『陽キャ教育』は明確な失敗だった」


「……だろうな」


「お兄の顔面偏差値と『公爵家嫡男』というハイスペックブランドが合わさると、コミュ障ムーブですら『ギャップ萌え』に、不審な挨拶は『ミステリアスで面白い』に誤変換されることが判明した。完全に計算外」


「不本意すぎる……」


「そこで、本日より教育方針をシフトチェンジする」


 エリアーデはビシッと人差し指を立てた。


「お兄を『朴念仁ぼくねんじん』に矯正します!」


「朴念仁?」


「そう!どんなアプローチも気づかない、鋼の鈍感力を持った男に教育し直す!恋愛フラグが立っても、本人が気づかなければそれは『フラグ』じゃない!『ただの棒』だ!」


「無茶苦茶な理論だ!フラグは相手が立ててくるもんだろうが!」


「うるさい!前世のラブコメで学んだ最強の防御スキルが『鈍感』なの!いい?これからは、ヒロインや他の女(ヒロイン候補)がどんなに思わせぶりな態度をとってきても、『え? 何のこと?』『お腹でも空いてるのかい?』みたいな、超絶鈍感ムーブで返すこと!わかった?」


「そんな器用なことできるか!」


「練習あるのみ!はい、今私がリリアン役やるから!『レオニール様……なんだか、ドキドキします』って言ったら、お兄は『どうしたんだい?不整脈かい?保健室へ行くかい?』って返す!」


「誰がやるかそんな茶番!」


 俺たちがコントのような口論を繰り広げていると、東屋の入り口に影が差した。 それまでザワザワしていた周囲(遠巻きに俺たちを見ていたCクラスの生徒たち)が一瞬で静まり返る。


「――こんなところにいたの、レオニール」


 静かだが、有無を言わせぬ覇気のある声。そこに立っていたのは、俺の婚約者、ソフィア・フォン・ヴァレンシュタイン侯爵令嬢だった。美しいロングストレートの赤い髪が、日の光を浴びて輝いている。Aクラスの制服を着こなす姿は、Cクラスの生徒たちとは明らかに「格」が違った。


「ソフィア……。Aクラスの校舎はあちらだろう?こんなCクラスの東屋に何の用だ」


「別に、私がどこを歩こうと勝手でしょう」


 ソフィアはツカツカと俺たちのテーブルに近づいてきた。そのルビーのような瞳が、俺と、俺の隣に座るエリアーデを厳しく射抜く。


「あなた、Cクラスに編入されたと聞いたわ。いったいどういうつもり?」


「どういう、とは」


 ソフィアは、その美しいストレートヘアをサッとかき上げ、俺を睨みつける。その仕草に、俺は(不覚にも)少し見惚れてしまった。縦ロールの時より、ずっと自然で魅力的だ。


「Aクラス(ここ)に来るはずのあなたが、なぜCクラス(あんなところ)にいるの!?しかも、あの平民ヒロインと親しげに話していると噂になっているわ!アストレイア公爵家の嫡男として恥ずかしくないの!?」


「!」


 さすが悪役令嬢。情報が早い。というか、俺がCクラスにいることが、もうAクラス中に知れ渡っているのか。


「そ、それは……父上のご意向で……」


「お父様のせいになさるの?見苦しいわね」


「ぐっ……」


 ソフィアは、朝の「キモいわよ」発言とは裏腹に、俺の動向をかなり気にしているようだった。


「……別に、あなたがどこのクラスにいようと、誰と話そうと、私には関係ないけれど」


  ソフィアはプイと顔をそむける。


 その時、隣のエリアーデが俺の脇腹を肘で突いた。


「(小声)お兄、聞こえた?伝統芸能『ツンデレ』来たよ。教科書通りすぎて笑える」


「(小声)は?」


「(小声)『私には関係ない』は『すごく気になってる』の裏返し!婚約者フラグ、バリバリに生きてるじゃない!さあ、実践! 『朴念仁ムーブ』開始!」


「(小声)今ここでか!?」


 俺が混乱していると、ソフィアが(俺たちのコソコソ話にイラつきながら)再び口を開いた。


「だいたい、あなた……今朝から妙だと思っていたけれど、その髪型も……」


「え?」


 ソフィアが俺の髪(いつも通りだが)に何か言おうとしたのか、それとも自分の髪型について触れようとしたのか。


「(小声)あ、ヤバい。髪型イメチェンの理由に触れる気だ。お兄、聞かれたら『朴念仁』で返すんだよ!『髪がどうかしたのかい?寝癖かい?』って!」とエリアーデが指示を飛ばす。


「ソフィア、君こそ、その髪型は……」


 俺が(好みだ)と言いかける前に、ソフィアがカッとなったように声を荒げた。


「私の髪型が何だというの!?あなたには関係ないでしょう!それより、婚約者である私を差し置いて、平民とCクラスで馴れ合うなんて……!」


(あれ?もしかして俺がCクラスに行ったから、心配で見に来てくれたのか?しかも

このイメチェンは……まさか俺の気を引くため……とか?)


 ゲームのソフィアは、王太子にしか興味がない設定だったはず。だが目の前のソフィアは明らかに俺を意識している。このシナリオ改変は、破滅フラグなのか、それとも……?


 俺がそこまで考えたところで、エリアーデの肘が再び脇腹にヒットした。


「(小声)朴・念・仁!」


「……ああ、ソフィア」


 俺はエリアーデに促されるまま、全力で「何も分かっていない顔」を作った。脳内で『不整脈かい?』『寝癖かい?』というアホなセリフがリフレインする。ダメだ、どっちも言えない。


「君も昼食か?ここの東屋は日当たりが良くて快適だぞ。侍女が作りすぎたんだが、サンドイッチ、一つ食べるか?」

俺が差し出したのは、エリアーデが食べ残したローストビーフのサンドイッチだった。


「………………………………は?」


 ソフィアが、信じられないものを見る目で俺を凝視した。美しいロングストレートの髪が、怒りでワナワナと震えている。


「サンドイッチですって……!? わ、私は……私はあなたを心配して、わざわざAク

ラスから様子を見に来てあげたのに……!」


「(小声)あ、自爆した。ツンデレがデレた」


「(小声)どうすんだよこれ!」


「もういいわ!!」


 ソフィアは真っ赤な顔で叫んだ。その瞳には、怒りと……ほんの少し、傷ついたような色が浮かんでいた。


「あなたの顔なんて二度と見たくない!この朴念仁!!」


「朴念仁!?」


 ソフィアがエリアーデの教育方針通りの罵倒を叫んだことに俺が驚愕している間に、彼女は美しい髪を翻して走り去ってしまった。


「…………行ったか」


「…………行ったね」


 俺とエリアーデは、どっと疲れて椅子に座り込んだ。


「……お兄」


「なんだ」


「ソフィア様、めちゃくちゃ可愛くなかった?あのイメチェン、絶対お兄のためだよ。入学に合わせて気合入れたんだよ。それをサンドイッチとか……お兄、マジで朴念仁だよ」


「お前がやらせたんだろ!?」


「それにしても……(コクン)」


「最悪だ……」


 エリアーデが頭を抱えた。


「ヒロイン(リリアン)は『コミュ障面白いイケメン』として懐いてくるし、婚約者ソフィアは『ツンデレ(イメチェン済み)』だし……」


「完全にラブコメの波動だ……」


 エリアーデは、俺が差し出したローストビーフサンドをヤケ食いするように頬張りながら、決意を新たにした。


「お兄の『朴念仁矯正計画』、絶対に完遂させる! 次は王太子殿下メインヒーロー対策も立てないと……!こうなったら、ソフィア様と王太子をくっつけるか……いや、それだとお兄がフリーに……うーん……」


 義妹(中身サキ)のオタク的苦悩は続く。俺のスローライフは、一体どこへ向かうのだろうか……。



ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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