第一話 陽キャの試練とイメチェンの婚約者
王立魔導学園の初日。公爵家の馬車を降りた瞬間から俺の試練は始まっていた。
「お兄、顔!顔が硬い!『氷の貴公子(笑)』に戻ってる!」
隣を歩く義妹、エリアーデ(中身:サキ)が、小声だが鋭いダメ出しを飛ばしてくる。 昨日、散々「貴公子の微笑み(胡散臭い)」「無表情(ただの威圧)」「冷たい視線(ガン飛ばし)」を矯正させられたというのに無茶を言う。
「これが俺のデフォルトだ。大体、お前だって公爵令嬢の顔になってるぞ」
「私はいいの!私は『儚げな義妹』ムーブで情報収集と、お兄のストッパー役をやるんだから。いいから口角上げて!はい、笑顔、笑顔!」
ぐいぐいと俺の頬を指で押し上げてくるエリアーデ。やめろ。公爵令息の顔をなんだと思っている。
周囲の生徒たちが「あれがアストレイア公爵家の……」「隣の可憐な方は? ああ、例の……」「まさか氷の貴公子が笑いかけている……?」とヒソヒソ噂しているのが聞こえる。違う、これは笑顔じゃない、顔面崩壊だ。
「……おはよう、レオニール。それに、エリアーデ様も」
凛とした声に振り返ると、そこに立っていたのは息をのむような美少女だった。燃えるような赤い髪が、見事なロングストレートとして背中まで流れている。
ソフィア・フォン・ヴァレンシュタイン侯爵令嬢。ゲーム本編での俺の婚約者であり、「悪役令嬢(本物)」その人だ。
(……は!?)
俺は内心自分の顔以上に硬直した。ソフィアがエリアーデの名前を知っているのは当然だ。アストレイア公爵家(俺の家)の当主が再婚し、連れ子を迎えたことは婚約者であるヴァレンシュタイン家には真っ先に通達されている。
問題はそこじゃない。
(ソフィアの髪型が……縦ロールじゃない!?)
物心ついた時から、社交の場や顔合わせで会うたび、彼女は常に完璧な「縦ロール」を(それこそゲームの立ち絵のように)維持していた。それが侯爵令嬢のプライドだとでも言うように。 それがなぜ、学園初日にいきなり好みのロングストレートに!?
「ああ、おはようソフィア」
「ごきげんよう、ソフィア様」
俺とエリアーデが挨拶を返す。ソフィアはジロリと俺の顔(まだ引きつっている)と、エリアーデの顔(完璧な令嬢スマイル)を見比べた。
「レオニール。あなた様子がおかしいわ。なんだか……そう、キモいわよ?」
「キモッ!?」
どストレートな罵倒!だが、髪型が変わっても中身は悪役令嬢ソフィアのままで、ある意味安心した。
「ふふ、ソフィア様。お義兄様はきっと新しい学園生活に緊張なさっているだけですわ」
エリアーデが完璧なフォローを入れる。ソフィアは「ふん」と鼻を鳴らし、「同じクラスでなくて幸いだったわ」と、その美しいストレートヘアを翻して去っていった。
……そう、ゲーム通りなら、俺とソフィア、そして王太子はAクラス。ヒロインはCクラスのはずだ。
(よし、これでヒロインとの接点は最小限に……)
そう思った俺の希望は、クラス分けの掲示板を見た瞬間に打ち砕かれた。
「――なぜだ」
【Cクラス】
•レオニール・フォン・アストレイア
•エリアーデ・フォン・アストレイア
•(その他大勢)
•リリアン・スチュアート
「お、お兄……なんでお兄がCクラスなの!?成績は完璧だったはずじゃ……」
「知るか!俺が知りたい!」
リリアン・スチュアート。それがこのゲームのヒロイン(光の聖女)の名前だ。 なんで俺がヒロインと義妹と同じクラスに!?シナリオ改変が明後日の方向に進みすぎている!
(……まさか、父上か)
俺が「目立ちたくない」「静かに過ごしたい」と零したのを、父が「謙虚なことだ」と勘違いし、裏から手を回して一番平和(=落ちこぼれ)なCクラスにねじ込んだ……?
「あ、ありえる……」
「最悪だ!これじゃあ強制的にエンカウントじゃない!」
俺たちが絶望していると、背後で「きゃあ!」という小さな悲鳴が上がった。
振り返る。そこには、教科書らしきものを派手にぶちまけ、尻餅をついている一人の少女がいた。 淡い桜色の髪。庇護欲をそそる大きな青い瞳。間違いない。ヒロイン、リリアン・スチュアートだ。
(来た……!)
ゲーム冒頭、ヒロインが教科書をぶちまけ、そこに通りがかった攻略対象が手を差し伸べるシーン。悪役の俺は、ここで彼女を見下ろし、「邪魔だ、平民が」と吐き捨ててフラグ(憎悪)を立てるはずだった。
(ダメだ、関わらない。俺は空気……)
俺がスッと身を引いて立ち去ろうとした、その時。
ビキッ!!
斜め後ろに立つ義妹から、凄まじいプレッシャー(殺気)を感じた。横目で見ると、彼女は完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、口パクでこう言っていた。
「(や・れ)」
(何をだよ!?)
「(よ・う・き・ゃ・あ・い・さ・つ!)」
(今このタイミングでかよ!?)
ヒロインは目を見開いて硬直した俺と、その俺に完璧な笑顔を向けるエリアーデを交互に見ている。 ここで何もしなければ、悪役ムーブ(無視)と判定され、義妹の
「教育(物理)」が飛んでくる。
くそっ、やるしか……ないのか!
俺は意を決し、前世の営業スマイル(ただし顔は引きつっている)を全力で作り、ヒロインに向かって手を差し伸べ――るフリをして、高らかに言った。
「やあ! ごきげんよう!いい天気だね!」
「……………………え?」
ヒロインが固まった。尻餅をついたまま、目を白黒させている。
(しまったああああ! 手を差し伸べずに挨拶だけするヤツがあるか!ただの不審者だ!)
「あ、あの……ご、ごきげんよう……?」
ヒロイン(リリアン)が困惑しながら挨拶を返す。
その時、俺の背後からスッとエリアーデが進み出た。彼女は優雅な仕草でヒロインに手を差し伸べ、立ち上がらせるのを手伝う。
「失礼いたしました。私のお義兄様は少々、その……独特な方でして。お怪我は?」
「あ、ありがとうございます!大丈夫です!あの、あなたは……」
「エリアーデ・フォン・アストレイアと申します。こちらは兄のレオニールですわ」
エリアーデが完璧な聖女ムーブで場を収めている。ヒロイン(リリアン)は、エリアーデに頬を染め、それから俺の(やらかした)顔を見て、なぜかフワッと笑った。
「私、リリアンと申します!あ、あの!レオニール様もありがとうございました! すごく……面白い方なんですね!」
(ピコーン♪)
どこからか、軽やかなファンファーレが聞こえた気がした。ヒロインの頭上に、見えないはずの「好感度UP」の文字が見えた気がした。
(な、なんでだ!?)
俺が混乱していると、エリアーデが俺の脇腹を思い切りつねった。
「(小声)お兄のバカァァァ!なんでそこで陽キャ挨拶オンリーなのよ!最悪のコンボで好感度上げちゃってるじゃない!これじゃただの『ちょっとコミュ障だけど面白い(イケメン)公爵様』だよ!」
「(小声)知るか!お前がやれって言ったんだろ!」
「(小声)限度があるでしょ限度があああ!」
こうして、俺の破滅フラグ回避計画は、初日にして「ヒロインからの好感度UP」という、最も避けたかったルートへと舵を切ってしまった。
遠くのAクラス棟から、王太子と、なぜかロングストレートになった婚約者が「レオニールが平民と話している……?」と訝しげに見ていることにも気づかずに。
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