第十五話 二人の監視者(ストーカー)と次なるシナリオ
翌朝。寮(公爵家の別邸)から学園へ向かう馬車の中。俺は、生ける屍だった。昨夜、『失われた図書館』でアッシュ・ランフォードと遭遇し、「研究対象」認定されてしまった。俺のスローライフは、もはや塵となって消え去った。
「(小声)お兄、しっかりして!まだ朝だよ!」
「(小声)……エリアーデ。俺はもう、卒業までこの『クズ(策略家)』のフリを続ける自信がない。俺は、ソフィア(婚約者)とアッシュ(天才)に、二重でストーキングされる人生(学園生活)を送るのか……?」
「(小声)……ごめん、お兄」
エリアーデは、分厚い革張りの攻略ノートを(昨夜、俺に『バカァ!』と叫んだ 後)開いたまま、遠い目をしていた。
「(小声)アッシュがここまで食いついてくるとは……完全に想定外。あの人、ゲーム本編じゃ、リリアン(ヒロイン)が『聖女の力』を見せるまで、誰にも興味なかったのに……」
「(小声)俺の『シャドウヒーロー』活動が、聖女の力より魅力的だったと?」
「(小声)そうとしか思えない!『クズ』の皮を被って、裏で古代魔術(番人)を浄化する公爵令息とか、研究バカ(アッシュ) の好奇心を刺激しすぎたんだよ!」
エリアーデの教育方針は、ついに「ヒロイン(ソフィア)をバグらせる」どころか、
「攻略対象のシナリオをバグらせる」という、神の領域(?)に達してしまったようだった。
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そしてその日の学園は控えめに言って「地獄」だった。俺を取り巻く人間関係(という名の誤解)は、ついにカオスを極めた。
Cクラスの教室。俺が席に着くと、クラスメイトたちは昨日までと同様、俺を「孤高のクズ(仮)」として扱い、遠巻きに無視している。これは平常運転だ。
「レオニール様!おはようございます!」
リリアンが(今日も元気に)駆け寄ってくる。俺はエリアーデの『冷たく突き放す』 方針に従い、彼女と目を合わせず、教科書を広げるフリをして完全に無視
した。
「あ……」
リリアンは(今日も)悲しそうな顔をしたが、すぐに(今日も)「……ご無理なさらないでくださいね。殿下にいただいた護符 、本当に魔力が安定するんです!」と(無視されているのに)嬉しそうに報告し、満足して(?)自分の席に戻っていった。
(……よし。平常運転)
俺がそう思った、その時。
(……視線が、二つある)
一つは、いつもの場所。Aクラス校舎の窓から。ソフィア・フォン・ヴァレンシュタイン が、俺を「解剖」する視線を送っている。
(……フン。今日もあの平民と距離を取っているわね。わたくし(ソフィア)への濡れ衣を避けるため ……本当にそれだけかしら?)
そして、もう一つ。Cクラスの教室、その後方の席から。
銀髪の天才、アッシュ・ランフォードが頬杖をつきながら、俺とリリアン のやり取りを値踏みするように「研究」 していた。
俺がアッシュと目が合うと、彼は(昨夜の借りを返すように)ニヤリと笑い、こう口パクで言った。
『(クズの演技、ご苦労様)』
(この野郎……!)
俺の胃が、朝一番の激痛を訴えた。
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昼休み。カフェテリア。地獄はさらに加速する。
俺とエリアーデが(針の筵の)東屋を諦め、カフェテリアの隅でスープを飲んでいると、リリアンが王太子と楽しげにランチをしていた。
(これは『シャドウヒーロー大作戦』の成果だ。喜ばしい)
そこに、二人の「監視者」 が、異なる方向から現れた。
まず、ソフィアが、Aクラスの席から、俺のテーブルに(あえて)近づいてきた。
「ごきげんよう、レオニール様」
「(ブフッ!)」
俺が(心の中で)スープを噴き出す。
「(小声)お兄!『不可侵』作戦! 」
俺はソフィアを(エリアーデの指示通り)無視した。すると、ソフィア はフンと鼻を鳴らし、俺にだけ聞こえる声で呟いた。
「……今夜も『鍛錬』ですの?『夜盗』の真似事は、わたくし(婚約者)の沽券に関わりますから、ほどほどになさいませ」
(脅迫か!?)
彼女は、俺が昨夜「王家の店に忍び込んだ」 ことを盾に、俺の行動を牽制(あるいは『私も混ぜろ』と威嚇)してきたのだ。
俺が(クズの顔で)ソフィアを睨み返していると、今度は別の方向から、トレーを持ったアッシュが、何の躊躇もなく俺のテーブルの向かい側に座った。
「!」
「(小声)ええええ!?」
俺とエリアーデが(声にならない悲鳴を)上げる。Cクラスのあの「孤高の天才」が学園一の「嫌われ者」と相席したのだ。カフェテリア中がざわめく。
「……何の用だ、アッシュ・ランフォード」
俺が『クズ』の声で威嚇すると、アッシュは(俺の隣にまだ立っている)ソフィアを一瞥し、ニヤリと笑った。
「ヴァレンシュタイン嬢。あんたもこいつ(レオニール)の『研究』か?奇遇だな、俺もだ」
「は……?」
ソフィアがこの銀髪の(無礼な)男を睨みつける。アッシュは、ソフィアの殺気など意にも介さず俺に向き直った。
「おい、『クズ(策略家)』殿。昨夜の浄化魔術、あれはアストレイア公爵家の古文書にあったものか?それとも、お前のオリジナルか?」
「……答える義理はない」
「そうか。なら、実力で聞くまでだ。……次の『鍛錬』には俺も付き合わせろ。お前のその『不器用な掃除(シャドウヒーロー活動)』には、色々ツッコミたいところがあるんでな」
「……!」
(こいつ俺の『シャドウヒーロー大作戦』に勝手に参加する気だ!)
このカオスな状況をカフェテリアの反対側から二人の人物が(混乱の極みで)凝視していた。
リリアン。
(え……?え?あのソフィア様と、アッシュ様(孤高の天才)がレオニール様(不憫なクズ)のテーブルに……?レオニール様、いつの間にあのお二人と……?まさか、あのお二人もレオニール様の『本当の優しさ』に気づいて……!?)
王太子。
(な……!?何が起きている!?ソフィア(被害者)が、加害者の元へ……?アッシュ・ランフォード(天才)までが、あの『クズ(策略家)』 と接触を……!?まさか、レオニール……貴様、ソフィアとアッシュまで、裏で手懐けたというのか!?)
俺の評価は王太子の中で「底知れない、邪悪な策略家」 から、「(王太子 以外の)全勢力を裏で掌握しつつある、魔王」へと最終進化を遂げようとしていた。
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その夜。寮(公爵家の別邸)。エリアーデは攻略ノートを床に叩きつけていた。
「(小声)無理ゲーだあああああ!!」
「(小声)……だろうな」
「(小声)ソフィア様(純情ツンデレ)は『共犯者』 としてお兄を監視!アッシュ(研究バカ)は『研究対象』として『シャドウヒーロー大作戦』 に勝手に参加表明!リリアン(聖女) は『お兄はみんなを裏で助けるヒーロー』だと誤解カンスト! 王太子は『お兄は全員を手玉に取る魔王』だと誤解カンスト!」
「(小声)……詰んだな」
「(小声)……詰んでない!」
エリアーデが(オタクの意地で)顔を上げた。
「(小声)こうなったら、この『バグ』を利用する!ソフィアもアッシュも、お兄の
『秘密(シャドウヒーロー活動)』に興味津々なんだ!なら、その二人を『シャドウヒーロー』の『駒』として利用する!」
「(小声)利用!?」
「(小声)次のシナリオは学園祭で起こる『魔導具暴走テロ事件』!これはお兄一人じゃ処理しきれない!ソフィア(Aクラス筆頭)とアッシュ(天才魔術師) の力が必要なの!」
エリアーデの『教育方針』は、ついに「主人公(俺)を鍛える」から、「攻略対象(ソフィア、アッシュ)を(俺が)鍛えて利用する」という、無茶苦茶な方向へとシフトチェンジした。俺のスローライフは、もう宇宙の彼方に消えていた。




